翌日、昼の見回りに出た新太郎。五条の方で、ある寺院の前を通りかかった時だった。
「なぜ府警に調査をさせない!京都の治安を守るのはお前ら陸軍だけではないのだぞ!」
京都府警の叶鏡一が寺院の門前で陸軍兵ともめていた。叶の部下たちも納得できず食い下がっている。立ち止まって寺院の様子を伺った新太郎。今まで美姫たちに破壊されたのと同様に宝物殿らしきものが壊されている。その調査を叶率いる府警の一隊がやってきたのだが先着して調査していた陸軍に阻止されている。
「お前らじゃ話にならない!陸軍卿に直接かけあうが、それでよいな!」
「勝手にしろ。たかが地方の警官どもが我ら陸軍に逆らえるものならやってみろ」
「なんだと!」
激怒のあまりサーベルの柄を握る。陸軍、つまり王師。天皇に太刀を向けると同じになる。叶の部下たちは陸軍に怒りを覚えるものの叶を止めた。
「警部補!太刀から手を離して下さい!府警が反逆罪に問われますぞ!」
「くっ…!」
「さあ、我らは現場調査で忙しいのだ。とっとと帰れ。シッシッ」
犬を追い払うように退くのを促す兵士。
「この野郎、我らは犬ではない!お前らこそ政府のイヌだ!」
部下数人に抑えつけられ、ようやく門前をあとにした府警。新太郎に気付いた叶だが、よほど悔しかったのか、何も言わずに立ち去っていった。
「陸軍と府警も上手くいっていないのか。本当なら陸軍・府警・新撰組と手を取り合いサンダードーンに挑むべきなのに…。この京都の治安はどうなってしまうのだろう…」
ともあれ、この騒動は報告すべきだと思った新太郎。屯所に帰り、おりょうにその旨を伝えた。
「そう、陸軍と府警も足並みが揃っていないのね」
「これでは陸軍は何のために来たのか…」
「では、ちょうどいいでしょう。ついさっき山県さんから陸軍宿舎に来るように通達がありました」
「陸軍卿からですか」
「ええ、今さら歳絵さんの所業の叱責ではないと思いますが、とにかく新太郎さんも一緒に来てちょうだい。さきの疑問も直接陸軍卿にぶつけてみると良いでしょう」
「分かりました」
おりょうと新太郎は山県が本営としている陸軍宿舎に向かった。兵に案内されて山県の執務室に通された。
「呼び出して申し訳ない。非公式に何度も足を運ぶと良からぬ噂を立てる者も出てくるでな」
「いえ、新撰組にご足労願っても…。歳絵さんのこともありますし…」
「うむ、座られよ」
山県とおりょう、新太郎は卓で向かい合った。
「話とは、昨日に申した機動新撰組解散の件だ。まだ正式発表はされていないがね」
「解散ですか」
と、新太郎。
「そうだ」
「京都に物の怪が一切出現しなくなった日が到来したならば、僕らは使命を終えたと喜んで刀を置きましょう。解散も受け入れましょう。しかし今は違います。毎夜毎晩、物の怪が出て人々を脅かしているのです。一度京都の平和のために誠の旗をあげた僕たちが使命半ばで旗を降ろせません!」
「……」
「陸軍卿は明治政府のやり方に納得されているのですか?明治政府は事件の情報を隠し、得体の知れない外国人を雇い、神社が襲われているのを調査しようとした府警を陸軍が追い返したりしているのですよ」
「…政府のやり方にまったく疑問がないわけではない。だが私は軍人だ。任務を全うする責任がある。すべては国のためだ。そのために軍が形成され、我々軍人がいる」
「……」
「得心せよとは言わない。とにかく解散の通告がありうることは覚えておきたまえ。今後も逐一、明治政府の機動新撰組に関する情報は届けよう」
「分かりました。では新太郎さん、帰りましょう」
「はい」
すっかり日が暮れていた。
「…もし、機動新撰組が解散してしまったら、おりょうさんはどうされるのです?」
「さて、決めていないわ。今はサンダードーンと戦うことだけで頭がいっぱいだから」
「すいません、変なことを聞いて」
「新太郎さん、もし解散と政府に通告されてもね。私は解散しない。解散をする時は新太郎さんの言うように、私たちが刀を使う時がなくなった時。一度みんなと始めた新撰組だもの。お偉いさんの鶴の一声でハイ、そうですかといくものですか」
「おりょうさん…」
「そうなった時は、もう政府の資金提供などいりません。自力で運営資金を稼ぐのです。亡き良人竜馬のようにカンパニーとしようと思うわ。株式会社機動新撰組と云うのはどうかしら」
「それはいいです!カンパニーは人ですものね!」
「そうなったら新太郎さんには私の右腕となり、資金の確保のために働いてもらわなくちゃね」
「任せて下さい!」
京都に物の怪が出る限り、サンダードーンとの戦いが終わらない限り、政府の解散通告にも従わない。おりょうの強き意思が嬉しかった。その夜、巡回前の作戦会議。
「以上が陸軍卿のお言葉です」
「納得できません!陸軍に結界発生装置が備わったからといって即解散だなんて!」
薫が憤然とし席を立って言った。新撰組だけが自分の居場所と思う彼女にとって『解散』は受け入れがたいことだ。
「薫くん、続きがある。座りなさい」
新太郎の言葉に頬をプクと膨らませて座った薫。
「しかし、私は機動新撰組を解散させる時は、我らが刀を置くべき時、つまり京都に本当の平和が訪れた時と決めています。それを目指して一度『誠』の旗を立てた以上、使命半ばで旗を降ろすわけにはまいりません。たとえ創始者の勝先生が命令しようとも私は屈しません。みんなで誠の道を突き進み、この京都に平和をもたらします!政府の命令で解散は絶対にいたしません!」
「「おりょうさん!!」」
「よく言ってくれた~!」
感涙している勇子。
「さすが母ちゃんぜよ~」
同じく感動している竜之介。
「政府の資金援助は絶たれますが、当局は株式会社に転身し事業を続けて行きます。その運営については勘定方の弓月新太郎に一任いたします」
「任せて下さい。すでに執るべき財源案はこの頭にございます。しかし」
「しかし、なんだよ新太郎」
「まだ政府の手を離れると決まったわけじゃありません」
意気が下がることを言うなよ、と云う目の勇子。だがおりょう
「その通りです。いま私が言ったのは先の陸軍卿が訪れし時に言った解散の可能性をみなが危惧していたのを安心させる意味合いもあります。とにかく今はサンダードーンとの戦いにのみ集中して下さい!」
「「了解!!」」
「では本日の夜の巡回、勇子さん、新太郎さん、薫ちゃんにお願いいたします」
「「はいっ!」」
「機動新撰組、出動!」
◆ ◆ ◆
夜の巡回は陸軍も担当し始めた。新撰組は京都御所の西側、陸軍は東側、まだ物の怪と戦いの浅い陸軍兵を鑑み、おりょうが山県に申し出ていた境界線であった。
「大丈夫かねぇ。私たちは妖蜘蛛やこけし男と云った雑魚から始められて経験をうまく積めたけれど、いま徘徊している物の怪や魔物たちは私たちも手こずる連中ばかりだからねぇ」
と、勇子。
「少しくらい痛い思いした方が分かるのではないですか」
相変わらず、時に冷めている薫。
「確かに口で言っても分からないだろうね。お、そこ左だ」
妖気レーダーを持ち先導する新太郎。
「そうですよぅ。おりょうさんが物の怪と戦う危険性を訴えたのに兵たち『女どもで倒せる者など臆するに足らず』と一蹴したらしいですよ!」
その話は聞いている。兵たちが女どもと侮るのは壬生の狼の娘たち、そんじょそこらの小娘と一緒ではない。新太郎を見てあんな優男が倒せるのだからとも笑ったらしい。確かに新太郎は細見だが全身が筋肉で並はずれたバネと素早さを持つ一級の剣士である。それを分かっていない。
「目的は同じ物の怪退治なのに、どうして協力できないのだろうね~」
刀を肩に担ぎ、ため息混じりに言った勇子。薫が突っ込む。
「いつも府警と大喧嘩している近藤さんの、どの口が言うんですかソレ」
「そ、そりゃあ、府警が色々と突っかかってくるからだよ」
「陸軍は『結界発生装置』を備えれば、それだけで物の怪に勝てるとでも思っているのだろうか」
と、新太郎。
「だとしたら、そうとうめでたいぜ。でも陸軍が備えた結界発生装置。確かテベトとセバトの阿呆兄弟が技術提供したらしいな。政府の馬鹿ども。敵に技術を教えてもらい多額の謝礼を支払っているなんてな。馬鹿ばっかりだ」
忌々しそうに言い放つ勇子。
「でもサンダードーンはどうして自らを攻撃できる『結界発生装置』の技術を政府にあげちゃったんでしょう」
薫の疑問はもっともだ。
「僕がサンダードーンの幹部なら精密機械のことなどまるで分からない政府高官を騙し込んでまがい物を売りつける。自分たちに危害は及ばず、あって困ることのない大金は入る。一石二鳥だよ」
「新太郎さん、すごーい。悪徳商人になれますよ」
「ちっとも褒めていないよ薫くん」
「はっははは、だけどあながち的外れな見解じゃないな。もし当たりなら政府の馬鹿どもにつける薬はないぜ」
「しかし…サンダードーンはどこまで明治政府に潜り込んでいるんだろう」
「中枢まで至っていれば先に陸軍卿が言った解散が現実となるな。たとえカンパニーに転身しようとも、泣き寝入りは面白くないよな。どうする新太郎」
「そうだな。その時はみんなで東京の内閣府に怒鳴り込んで伊藤博文卿や井上馨卿に鉄拳をご馳走し、今までの戦いの報酬を請求しようか」
「はっははは!その話乗ったぜ。私にも一発くらい殴らせてくれよな」
「私も大暴れしちゃいますぅ」
そして御所西側の物の怪と魔物を掃討した勇子たち。
「片付いたな、新太郎、東側は?」
「一体も倒せていないみたいだ」
レーダーを勇子と薫に見せた新太郎。
「きゃは!言わないことじゃないんだ!」
「薫くん、駄目だよ、そんなこと言っては。陸軍兵だって京都のために戦っているんじゃないか」
「だぁって~」
「しかし、これじゃ東側にたくさん物の怪と魔物が実体化してしまうよ」
新太郎の言葉はもっともだ。はぁ、とため息を吐く勇子。
「しょうがねえ。行くか」
「え~。陸軍の助太刀に行くのですかぁ?」
「陸軍じゃない。京都の人々のためだよ」
「はぁ~い」
陸軍兵はサンダードーンの恐ろしさどころか、その存在すら知らない。今日が初めての実戦と云う者もいるだろう。京都の人々のためには、やっぱり自分たちが行かなくては。そう思い勇子たちは東側にも行き、物の怪と魔物を確実に倒していった。
「あとは祇園だ。行こう」
「分かった。しかし何だよ、ホントに陸軍は一体も倒していないじゃねえか。やられたのなら分かるけれど戦った痕跡もありゃしない。やる気あんのかよ」
「まったくですぅ」
祇園に向かって走っていく勇子たち。すると前方から火の手が上がった。
「まさか…」
眉をひそめる勇子。
「違うよ勇子くん、炎を使うセバトは討ったはずだ。とにかく行こう」
「「了解!」」
大急ぎで祇園方向に駆けた新太郎たち。妖気レーダーが激しく鳴動した。
「二つ!大きい妖気がある!」
「新太郎、沖田!気合い入れな!」
「「了解!」」
やがて現場に到着した新太郎たち。そこには陸軍兵が何人も倒れていた。
「あいつ…!」
刀を抜いた勇子。
「ようやくお出ましか。遅かったじゃねえか。待ちくたびれたぜ」
牙狼のアダル、そしてそのアダルの相棒であるアブがいた。アブは本来の姿である獣人の姿をしている。獅子が巨大化したような魔物、三メートルはあろう巨体だ。
「なぜサンダードーンが陸軍を?」
裏で繋がっていなかったのか。それを察したアダルは
「いいや、お見込みの通り、我らサンダードーンは明治政府に潜り込んでいる。だから政府のイヌである陸軍にサンダードーンが攻撃するのはおかしい、そう思っているんだろ?」
「……」
「確かに上の連中に手出しするなとは言われたさ。しかしよぉ、群れるしか能のない奴らを見ていると腹が立つんだよ。こんなカスには本当の強さを教えてやろうと思ってなぁ」
倒れる兵士をあざ笑い答えるアダル。
「相変わらずイカれた奴だ。お前は弱い者しか、しかも」
陸軍の持つ結界発生装置を拾った勇子。
「陸軍の持っている結界発生装置がバッタもんと知っていたから攻撃したんだろ。この装置が作動しなければ鉄砲だってお前らに効かない」
やはり粗悪品で使えないものだったか、勇子は地に投げて踏み壊し、刀を構えた。
「戦いに卑怯も糞もねえ。ふふふ…。お前らにも教えてやるさ」
「アダル、こいつらか?機動ナントカというのは」
「そうだ、お前男は喰っていいぞ。俺様は女二人をいただく」
「お断りだね。お前にはメスブタがお似合いだよ」
相変わらず女の敵、勇子は吐き捨てるように言った。
「おやおや嫌われたことだな。まあいい、そういう女だから犯すに興が乗るってものだ」
「だから犯すって何よ」
本当に分かっていない薫だった。
「前は油断した。今回は全力で潰すぜ」
「アダル、俺が最初に戦う約束」
「ちっ、ああそうだったな。女は殺すなよ、今のとこはな」
獣人アブが機動新撰組に襲いかかった。ニサン、アダル、そしてツインドラゴンより強い。力は桁違い。スピードも巨体にそぐわず豹のような俊敏さ。まさに魔獣であった。強靭な皮膚に刀は通らず、なすすべがなかった。新太郎、勇子、薫はあっけなく倒された。
「な、なんて強さだ…」
刀を杖に何とか立ち上がる新太郎。
「お前ら期待はずれ、俺全然本気じゃない」
「あ、あれで本気じゃなかったというの…」
式神を呼ぼうとしてもアブの攻撃の前に詠唱の時間が持てず、薫は倒され、勇子も何とか意識を保っている。
「ち、ちくしょう、機動剣さえあれば…!」
「わっはははは!魔族と人間の格の違いよ。まあ、あんまりガッカリするな。人間にしちゃ強いと認めてやるさ。さあお楽しみの時間だ。アブ女二人、俺のアジトに連れてきな。骨までしゃぶりつくしてやるぜ」
「分かった」
「くそ…」
仲間の女をそんな目に遭わせるわけにはいかない。新太郎は何とか立ち上がる。勇子も
「誰があんな奴に私を自由にさせるものか…!」
薫はもう立てない。もう勝機はない。だがその時だった。勇子たちとアダル・アブが対峙し、結界発生装置が作動中の領域に京都府警の部隊が大挙してやってきた。
「弓月、近藤、沖田!どいてろ!」
「叶さん…!」
府警の鉄砲隊が新撰組を守るように並んだ。その真ん中には叶がガトリングガンを持って構えた。
「撃てーッ!!」
「ちっ…!」
一斉に鉄砲とガトリングガンが火を吹いた。
「ギャアアアアッ!!」
アブは全身に銃弾を浴びて即死。アダルは正体を見せて翼を広げ、空へと逃げた。
「アブ…!」
アブの最期を見ると同時にアダルは背筋に凍るものを感じて振り向いた。
「お粗末だなアダル」
それはスーツを来た新緑の髪を流す魔族サイヴァだった。
「サイヴァ…!」
「お友達を捨てて逃げるか。お前らしい…」
「なんだと、てめえ!」
「アブがやられたのは府警の助太刀があったからとでも言いたいのか?」
「……」
「漢の高祖劉邦しかり、江戸幕府を築き徳川家康しかり、絶体絶命の危機を迎えた時、運以上の何かが働き生き延びたもの。今回は機動新撰組に天が味方した。便所の鼠にさえ嫌われそうなお前には理解できんだろうがな」
「言わせておけば、この野郎!」
アダルの鋭い爪がサイヴァの胸を捉えた。しかし腕をしっかり掴まれ、そして折られた。
「ぐああっ!!」
アダルのことは見ず、眼下の機動新撰組、そしてアブを見つめる。サイヴァが右手を軽く上げるとアブの遺体は光に包まれて消えて行った。
「き、消えた!」
死んだのを確認しに来た叶は驚いた。アブの魂と言える光球を手のひらで踊らせるサイヴァ。
「馬鹿がアブ、前大戦でもお前は人間を侮り、あの男たちに斬られたと云うのに。敗北を教訓に出来ない男は魔族でも人間でも三流以下だ」
再び攻撃を仕掛けてきたアダル。後ろから襲ったがサイヴァにあっさりかわされ、雷神の槌のような肘撃を食らった。
「ぐおっ…」
「お前もだアダル、あの女どもを欲してアブに全力を出させなかった。アブが本気でやっていたら仕留められたはずであろうが!」
「だから何だ…。お前とてサリーヌが欲しいから腰巾着をやっているんだろうが!男が戦うのは女が欲しいからだ!」
「馬鹿な男だ。キスレヴはお前のような男のどこがいいんだか」
「…サリーヌに見たまま言えばいいだろうが!サリーヌに殺される前に殺してやるぜ!」
「出来もしないこと言うな。私にさえ勝てぬお前が、どうしてサリーヌ様に勝てるのだ?笑わせる」
サイヴァは漆黒の闇夜の中に姿を消した。
「ちっ」
痛む腕を押さえるアダル。
「機動新撰組…!次こそはブっ殺してやる!」
◆ ◆ ◆
アブが倒されて緊張が緩んだか、勇子は倒れた。
「大丈夫か近藤」
「叶…。けっ、余計なことをしやがって…。あいつが油断したところをバッサリとやる計画だったのに」
「ほう、そうか」
「何だよ、その言い方!イタタ!」
「叶さん…」
「弓月、お前の傷も浅くない。馬車を用意するから三人して警察病院に行け。手配はしてある」
叶の部下が気を失っている薫を馬車の中に搬送している。
「ありがとうございます…」
「鈴香を助けてくれた礼だ」
新太郎も気を失った。叶が勇子を抱きあげた。驚いた勇子、お姫様抱っこをされるのは初めてのことだ。
「てめえ、何するんだ!下ろ…イテテテテッ!!」
「大人しくしてろ」
「ちぇっ、治ったら覚えていろよ」
陸軍の新手が来た。凶悪な物の怪が出てきたと報告が行き援軍を呼んだのだ。しかしすでにアダルとアブは京都府警に倒されていた。勇子を抱きあげている叶に
「お前が警官隊の代表か!」
陸軍の将官が詰め寄ってきた。
「そうだ」
「今日のことは口外するでないぞ。府警のためにもならんぞ」
「ふざけるな」
「なに?」
「両手が塞がっていなければ、この場で殴り飛ばしている!恥を知れ!」
そのまま勇子を運ぶ叶。
(こいつ、カッコいいじゃない…)
勇子たち三人はその日のうちに京都府警察病院に入院。本来は全治数週間なのだが、朝に体力が回復した薫が何とか式神を呼んで治癒した。翌日には退院と云う結果となった。迎えに来たおりょう、竜之介と屯所に帰る一行。
「今度ばかりは京都府警に感謝しなくちゃなあ」
と、新太郎。
「本日にでもお菓子をもって叶さんにお礼を言いに行きましょう。ね、勇子さん」
「いや、おりょうさん、なんか照れくさいですよ。勘弁して下さい」
「駄目よ、聞けば勇子さん、叶さんにお姫様抱っこされたらしいじゃない」
「いっ…!新太郎てめえ!」
「怒ることないじゃないか。大人しく抱っこされていたのだから」
「あれは傷が痛くてだな!ああもういいよ!行けばいいんだろ行けば!」
おりょう、新太郎、勇子が府警を訪れた。叶が出てきた。目を右左に泳がせながら勇子
「あ~。昨日はありがとうな叶、一日で治って驚いたろうが、沖田はオンミョー術とかいう不思議な術が使えてな。朝に沖田が体力を回復したところ私たちに術を施してくれたんだ。全治数週間だったけれど、見ての通りとなったよ」
「そうか」
ムッとした勇子、しかしそのまま続けた。
「しかし昨日は助かったよ。府警が来てくれなければ死んでいたものな。これお礼だ。京都銘菓『八ッ橋』だ」
「…いらん」
「な、なに?」
「警官として当然のことをしただけのこと。それにお前からの贈り物なぞ何が入っているか分からん」
「むがあ~!毒でも入れたと云うのかよ!」
また始まった…。ため息を出すおりょうと新太郎。結局、叶はお礼を受け取らず、勇子は頭から湯気を出して府警庁舎から出た。
「あいつ、一生女に縁がねえぞ!」