萌えよ剣 壬生の狼の娘たち   作:越路遼介

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勇子の葛藤

 屯所に戻った新太郎たち。勇子はその帰りの道中に一言の言葉も発しなかった。父の勇が刀を捨てて敵に土下座した。この事実は父を誇りとしている勇子には衝撃だった。天国荘に帰り、沈んだ顔で部屋に戻っていく。

「本当に近藤勇はあのセバトと云う男に投降したのだろうか…」

 と、新太郎。

「盛川なる仁にもう少し話を聞ければ良かったのですが…」

 肩を落として歩く勇子の背を心配そうに見つめる歳絵。

「とにかく今は放っておいてあげるのが一番でしょう。それじゃ弓月さん、私もこれで」

「ああ、おりょうさんへの報告は僕がしておくよ」

 おりょうの部屋に向かっていたが、その途中の廊下で会った。

「あら新太郎さん、お疲れ様。お風呂が沸いているから入って休みなさい」

「はい、その前に報告を」

「ああ、そうでした。ここでこのまま聞くわ」

「実は今日の巡回でサンダードーンの幹部を名乗る外国人と会いました。盛川さんも一緒で襲われて手傷を負っていました」

「まあ…」

「盛川さんはサンダードーンと関わってはいけない、でなければ殺される。そう言っていました。やはり盛川さんは僕らの父の時代にサンダードーンと関わったようです。もう少し詳しくお話を聞きたかったのですが去られてしまい…」

「もう何年前になるか…。盛川さんは暗殺される前の竜馬さんに会って、妻の私への言葉を受け取り、そして私に伝えてくれた方なの」

「坂本竜馬の…」

「『もし、京都に物の怪が徘徊しだしたら新撰組の血を引く子供たちを集めてほしい』と」

「では薫くんが入隊する時に僕が質問した『どうして新撰組ゆかりの子を集めるのか』の答えは」

「そう、竜馬さんの遺言によるもの」

「遺言…」

「盛川さんからこの言葉を聞いたのは竜馬さんが暗殺された数日後です。竜馬さんは少なからず自分の運命を分かっていたみたいね…。だから師の勝先生と妻の私に後事を託したのと思います」

「…では勇子くんたちが集められたのは偶然ではなかったのですね」

「ええ、みんなのお父様たちも近い将来、こうなることを予測されていたそうよ。だから自分の子供たちを物の怪に対抗できるよう修行させていたの」

「そんな…。だって勇子くんたちは女の子なんですよ」

「そうね、でも竜馬さんは女だからこそ出来ることがあると言っていたわ」

「女だからこそ出来る…」

「女が時代を作る。そうすれば争いのない世界を生むんじゃないかって。竜馬さんは争いのない世界になれば日本はもっと変わると言っていたわ」

「……」

「やさしい時代になるんじゃないか、とね」

「それで勝先生とおりょうさんは機動新撰組を設立したのですね」

「そうよ、勝先生とそうならなければいいと考えていたんだけれど…竜馬さんの予言は当たってしまった」

「……」

「あら、ついつい話し込んでしまったわね。お疲れ様、お風呂に入って休みなさい」

「あ、はい!」

 部屋に戻り、寝間着に着替えて風呂に行く新太郎。

「やはり新撰組と坂本竜馬はサンダードーンに関わっているんだ。誰か詳しい経緯を知っている人はいないかなぁ…」

 

◆  ◆  ◆

 

 さて、翌朝になった。勇子は部屋に閉じこもり朝食にも顔を出さない。見回りに出る前に新太郎は勇子の部屋を訪ねてみた。

「勇子くん、いる?」

 ドアをノックしてしばらくして

「…開いているよ」

 と、沈んだ声が返ってきた。部屋に入った新太郎は精気のない勇子の顔を見た。

「昨日のサンダードーンの男が言ったことを気にしているんだね…」

「…親父は刀を裏切ったんだ。あの近藤勇が…」

「それは何かの間違いだよ。盛川さんもきっと勘違いしているんだ」

「……」

「そんなことより、あのサンダードーンの男だけど」

 その言葉に、勇子は新太郎を鋭い目で睨んだ。

「そんなことって何だよ!」

「え?」

「あんたには『そんなこと』かもしれないけれど、私には大問題なんだ!」

 新太郎の胸ぐらを掴んだ勇子。

「親の言いなりになってのんきに大学へ行っていた東京の坊ちゃんに私の気持ちが分かるか!」

「そんな言い方…。僕だってチヤホヤされて大学に行ったわけじゃないんだ。父さんのような商人になりたくて母さんと勝先生に無理を言って入れてもらったんだ」

「父さんのような商人? じゃあ親父さんはどんな人だったんだよ」

「…それは僕が幼いころに死んでしまったからよくは知らないけれど」

 冷笑を浮かべて勇子は胸ぐらを放した。

「それでよく『父さんのように』と言えるな」

「……」

「出ていってくれ。もう話すことはない」

 勇子の部屋を出ていった新太郎。

(勇子くん、そうとう参っているな…。しかし父のことを訊ねられても答えられないなんて情けないなぁ…。あ、そうだ)

 

 新太郎は見回りのついでに長崎屋を訊ねた。当主の権蔵はお父さんの話が聞きたければ、いつでもこいと言っていたのを思い出したのだ。長崎屋を訊ねた新太郎は客間に通された。

「おお、見習いはん。元気そうやな」

「長崎屋さんも」

「ははは、毎日鈴香から元気をもらっているわ」

 新太郎の前に座った権蔵。

「で、何の用かな」

「はい、父のことを聞きたくて。長崎屋さんは父と何度か会ったことがあるのですか?」

「そりゃあ儂も長年京都で金貸しをしているさかいな。商売で何度か見習いはんの父上にお会いしているで」

「父にお金を貸していたんですか?」

「いやいやとんでもない。陽一郎はんは借金なぞする必要がないほど羽振りが良かったさかいな」

「そんなにお金持ちだったのですか?」

「陽一郎はんは一代で巨万の富を築いた。それなのに陰口など叩くものなどおらんかった。儲けたお金を自分の贅沢なんぞに使わないで、この京都の人々のために使ったんや。まさに名士と云える仁やった。維新三傑なんぞより、よっぽど立派な仁やで。と、維新と言えば…」

「何か?」

「陽一郎はんは坂本竜馬に莫大なお金を投資したんやで」

「坂本竜馬に?」

「陽一郎はん本人に聞いたわけやないが、間違いのない話や」

「初めて聞きました…。その投資で弓月家は傾いたのでしょうか」

「いや、それはありえへんな。坂本がどんな働きをしていたかはよう知らないが一個人への投資で傾く財力やなかった。坂本が暗殺されて投資は無駄になってしもたが、陽一郎はんは投資した金を香典として処理してしもうとる。今にして思うに陽一郎はんは坂本から金を回収出来ないことを最初から分かっていたかもしれへんなぁ」

「さる方から父は自分で家をつぶしたと聞きましたが、それは事実なんですか?」

「ああ事実や。子孫に美田を残さずと云うやつやな。陽一郎はんは『財を残したまま死ぬのは商人の恥なり』と言うておった。儂より若いのに何を言うているのかと思っていたが、陽一郎はんが病で亡くなったのはそれから間もなくのことや。もうそのころには死期を悟っておられたんやろ。だから京都の人々のために惜しみなく金を出したのやろうなぁ。全財産を京都の福祉と繁栄にすべて託した。なかなか出来ることやない。見習いはんの父上はホンマ大した仁やった」

「そうだったのですか…。僕は明治政府に財を没収されて家が潰れたとばかり…」

「それも事実やで」

「え?」

「弓月家は幕末のころ、新撰組にも投資していたのは知っとるか?」

「聞いています。不貞浪人から弓月家を守ってもらうためにと」

「そうや、明治政府は仇敵であった新撰組に投資したと云う罪を着せて弓月家を取り潰して豊富な財産を国庫に入れてしまおうと考えたんやが、陽一郎はんはそんな企みも分かっておられたんやろ。政府の役人が弓月家に財の没収の勧告をしに行ったころにゃ、もう弓月家に金は残っていなかった。先の通り、みぃんな京都のために使ってしまったあとやった。怒った役人は妻子の残る家と、弓月家が京都に譲った土地も無効処分として取り上げてしまったんや。だから明治政府に家が潰されたと云うのは間違いでもない」

「はい」

「でも子孫に美田を残さなかったおかげで、君のような優れた息子が今の世にいる。陽一郎はんは正しかったんや」

「ありがとうございます長崎屋さん」

 今まで知らなかった父の話を聞けた。やっぱり父はすごい男だったのだ。誇りに思う。改めて父のような商人となろうと思う新太郎だった。

「あ、そうそう見習いはん」

「はい?」

「京都内のいくつかの神社が破壊されているらしいが…新撰組はどこまで情報を掴んでおるんや?」

「え…?」

 初耳だった。

 

「やっぱり新撰組に届いてへんか。府警が事件関係者に固く口止めしとるさかいな。儂ら商人には情報は大事でな。時にこういう物騒な情報も入ってくる」

「ちょ、詳しく教えて下さい」

 長崎屋主人の権蔵により、すでに京都内で七つの神社が破壊されていると聞いた。

「狙っているのは宝物殿らしいんやが、銭になる宝物には指一本触れておらんと云う。聞けば幕末時に各々の神社が預かっていたシロモノを回収しているとか。どんなシロモノかまでは知らんけどな」

「何を回収しているのでしょう…」

「紗姫はんの命令で安置するようになったもんとは聞いた」

「紗姫…?」

「早乙女家のご先代のことや。すでに故人、若いが立派な女やった」

「では…」

「そう、つばめ組の頭目美姫の母上や」

「……」

「さらに言うとな、やられた神社仏閣、すべて明治に至るまで早乙女家が治めていたんや」

「ではもしや…つばめ組が?」

「ありえん話じゃないが…あの美姫と云う娘も義賊をきどるだけあって手荒な真似は今までしておらん。それが明治まで自分の家が治めていた神社を壊すのか…理由が見当たらん」

「確かに言われる通りですね…」

「見習いはん、儂が言ったとは孫の鏡一には内緒やで」

「あ、はい! 貴重な情報、感謝いたします!」

「もしかすると早乙女家に行けば何か分かるかもな」

「どこにあるのです?」

「壬生寺の近くや。今はもう幽霊屋敷みたいでな。誰も近づかん」

「ありがとうございます。行ってみます」

 長崎屋を後にした新太郎は壬生寺の方へ走った。寺の周囲を歩いてみると

「あれか…。確かに幽霊屋敷だ」

 しかし門前に警官がいた。

「…? 何かあったのかな」

 

 近づいてみると

「機動新撰組の者か。ここは立ち入り禁止だ」

 新太郎に警棒を突きだす警官。

「は?」

「明治政府よりお達しがあった。早乙女家には誰も入れてはならないと。よって我ら府警が警戒しているのだ」

「ちょっと待って下さい。頻発している神社破壊の情報を我ら新撰組にまで秘したばかりか、どうして早乙女家の調査まで阻まれなければならないのですか?」

「そんなこと我らは知らない。政府に聞け」

(…話にならない。悔しいな)

 新太郎は拳を握って早乙女家を後にした。どこの神社が襲われたかは長崎屋に聞いている。七つすべて回ったが、どこも警官が張っていた。だが二つほどの神社に何とか潜り込むことが出来た。

(ここは確か松国神社と言ったっけ…。宝物殿はどこだろう)

 神社内の木々に隠れて宝物殿を探す新太郎。そしてやがて見つけたが

(な、何だあの異様な壊れ方は?)

 天井が内部からの爆発で吹き飛んだ様相の壊れ方だった。人間技と思えない。もう一方潜り込めた神社の宝物殿もそうだった。

(物の怪か…魔物の仕業に違いない。なのに何故府警は僕らに情報を隠すのか…)

 

 屯所に帰った新太郎は急ぎおりょうに報告。おりょうも初耳だった。

「驚いたわね。そんな大事をどうして私たちに隠すのかしら…」

「府警でも事件を秘す理由を知るのは、たぶん上層部しかいないでしょう。とはいえ政府に聞くわけにも…」

「…そうね。では新太郎さん、本日の巡回前の会議にてその件をみんなに」

「分かりました」

 

◆  ◆  ◆

 

 さて、その夜の巡回前に勇子が新太郎の部屋に訊ねてきた。

「どうしたの勇子くん」

「…お前、怒っていないのか」

「え?」

「ごめん、ひどいことを言った。親に言いなりの東京の坊ちゃんなんて言っちゃって」

「いや、僕こそ勇子くんにとって一大事を『そんなこと』なんて言って…」

「…入っていいかな」

 新太郎の部屋に入った勇子。

「なあ新太郎、どうして親父は刀を捨てたのだろう…」

「…盛川さんが言ったこと。勇子くんは事実と」

「ああ…。あんな状況で嘘を言っても仕方ないしな」

「そうだね…。盛川さんの態度から僕も正直嘘とは思えなかった」

「新太郎、私はさ子供のころから親父に憧れていたんだ。師匠から親父のことを聞いて、私も親父みたいになりたいと一生懸命修行に励んだよ。修行はやったぶんだけ強さに出る。周りには女のくせにとか言われたけれど、そんなことは別にどうでもよかった。父のようになりたい、父の愛した京都を守りたい、それが厳しい修行にも耐えて、過酷な物の怪との戦いに身を投じている私の『誠』だった」

「…」

「でも親父は刀を裏切ったんだ」

 目に涙を浮かべる勇子。

「私はいったい何を信じたらいいのか分からないよ…」

「だからと言って勇子くんはお父さんを裏切れないだろ」

「え…?」

「刀を捨てたと言うけれど、僕はけして敵の強さに屈してのものではないと思うんだ。赤穂浪士の『神崎与五郎の股くぐり』のような…後の大望のため、あえて恥を受け入れた。そう思えないかな」

 赤穂浪士の神崎与五郎は東下りの途中に立ち寄った茶屋で酔漢に絡まれた。許してほしくば股をくぐれと強要する。神崎は仇討ちの大事のため酔漢を斬れたにも関わらず悔しさに身を震わせながらも言うとおりにした。新太郎はその故事を勇子に聞かせたのだ。

「……」

「それは強さなくして出来ないことだと思う」

「ありがとう…新太郎」

 涙を拭く勇子。

「お前、本当にいい男だよ」

「はは、ありがとう」

「ようし、気を取り直して今日も化け物退治だ」

「あ、今日の巡回前の会議でみなに言うことがあるんだけど、局長の勇子くんには事前に言っておくよ」

「ん? なんだい」

「実は…」

 

 新太郎は神社の宝物殿を破壊する事件が続いていること、その壊された神社を明治以前は早乙女家が治めていたこと、早乙女家に行っても警官に阻まれ調査できなかったこと、七つすべての神社に警官が張っていたこと、そして潜り込めた二つの神社で見た宝物殿の破壊のされよう、すべて伝えた。勇子は驚き

「そんなことがあったのか…」

「うん、京都府警が情報を隠していると云うのも何か解せないし…」

「そうだな…。時に反目はしているがこういう時は手を結んだのに…」

「勇子くん」

「ん?」

「率直に訊ねるよ。僕ら機動新撰組はこの事件に首を突っ込むべきか。それとも」

 今なら静観と云う選択肢もある。何せ府警と政府も敵に回すかもしれないのだ。勇子は一瞬驚いたように新太郎を見つめ、そして首を振った。

「突っ込むに決まってんだろ。物の怪、いやサンダードーンの仕業かもしれないんだぜ」

「…分かった。地獄の底まで付き合うよ」

 フッと笑う新太郎と勇子。

「こりゃ、あの外国人の詭弁に踊らされてしょげている場合じゃないや。忙しくなるね」

 

◆  ◆  ◆

 

 巡回前の会議、新太郎は事の次第を隊士たちに伝えた。

「七件も…。なぜそんな重大事を今まで…」

 と、歳絵。

「府警が事件関係者にかなり強く口止めをしたとしか思えない。どうしてこの事実を隠そうとするのか…。分からないことばかりだ」

 そう歳絵に答えながら黒板に神社名を書いた新太郎。

「おりょうさん」

 源内が発言した。

「源内さん、どうぞ」

「勇子くん、府警の協力どころか、妨害されたうえ逮捕される可能性さえある。ここは発想を変えて、今まで襲われた神社の調査は最低限度に留め、我らはこれから襲われるかもしれない神社を張ってはどうかな?」

「簡単に言うが、どこを襲うなんて見当も…」

「いや、新太郎くん。襲われた神社は明治前にすべて早乙女家が治めていたのだろう?」

「ええ、そう聞いていますが」

「ならば市の図書館に行き京都府史か市史を閲覧すれば」

「そうか!早乙女家の治めていた神社名が網羅されているかもしれない!」

「源内さん、冴えてるう」

 拍手している薫。おりょうも名案と微笑み

「では源内さんはその調査を頼みます」

「分かりました。それと神社から持ち出された物はおそらく有馬の洞窟で発見した物と同じ物でしょう。あの中に入っていた物。漠然とした表現となりますが『早乙女家の力』です。開けることが出来るのは現当主の美姫さんだけと思われます」

「では源内、神社を破壊したのはやはり…」

 勇子が訊ねた。答えにくそうに源内は言った。

「サンダードーンと結託した美姫さんでしょうね」

 机を拳で叩いた勇子。

「右近の阿呆!大切なお姫様が悪事に走ることを止められず何がナイトだ!」

「でも弓月さん、美姫さんの力を上げることがサンダードーンに何の得があるのでしょうか」

 歳絵の問いに頷く新太郎。

「…うん、問題はそれだよね」

「たぶん、あの機械の中に封じられているものは早乙女家の血を引く者にしか解除出来ないのでしょう。封じられているものが、もし『早乙女家の力』以外に何かあるとしたら結託する理由となります」

「源内さん、何かって…」

「…器に入っていたものを得るたびに美姫さんは強くなったのでしょう?」

「ええ、わずか数時間で」

「では、同じくサンダードーンの幹部や魔物たちも強くするものではないでしょうか。あくまで仮説ですが」

 源内が答えに背筋が寒くなる思いだ。

「美姫の身柄を確保する必要があるな…」

 勇子の言葉に頷く一同。

「何をするつもりなんだ、あの馬鹿女!」

 

◆  ◆  ◆

 

 夜の巡回は新太郎、勇子、歳絵で出た。

「近藤さん、大丈夫ですか?」

「何だよ土方、心配してくれているのか?」

「貴女が使い者にならなければ私と弓月さんの命が危うくなりますから」

「ははは、ちがいねえな。でも大丈夫。さあ装備の確認だ」

「了解」

 

 このころになると物の怪が四割、魔物が六割ほどの出現率となっていた。表だってサンダードーンは動いていないが魔物の出現状況を見るに水面下で動いているように思える。

「妖気レーダーの反応が消えたね」

 新太郎の持つレーダーを見る勇子と歳絵。

「今日はすべてやっつけられたな」

 刀を収めた勇子。

「任務完了、さあ帰りましょう」

 と、歳絵の言葉に頷き帰ろうとしたところ、再び昨日と同様に強い妖気をレーダーがキャッチした。

「屯所までの道中にいるな。新太郎、土方、結界発生装置の電池は?」

「あと一戦がやっとだね」

「私のも同じです」

「よし、何とか当たってみるか」

 レーダーの示す地点を目指した新太郎たち。そして

「あいつ!」

 セバトが立っていた。使い魔をニ体連れている。見ると同時に刀を抜いた勇子。

「おや、昨日の女か」

「何をとぼけていやがる。私たちが他の魔物たちと戦い、疲労したのを潰す気で待ち伏せていたんだろうが」

 刀を突きつける勇子。

「否定はせんよ。ところでまたぞろ私に刀を突きつけているが、親父のように捨てて土下座する気はないのかね?」

「ふざけるな!親父は断じてお前の強さに屈して捨てたんじゃない。そのくらいのこと分かるぞ!」

「同感です近藤さん、あの近藤勇が敵の強さに屈するなどありえません」

「ふっふふふ…。見てきたようなことを…」

「とにかくお前がサンダードーンの一味ならば討つ」

「どうやら観念する気はないようだな」

「当たり前だ!」

「ほう…。いい度胸だ。また罪もない人間がお前のために犠牲になると云うのにな」

「なに?」

「言っただろう。お前が刀を捨てない限り、この一帯を焼き払うと。昨日の火事はお前が刀を捨てなかったから起きた。捨てたら私は黙って立ち去るつもりであったのにな…」

「起きやがれ!お前は火事が起きた場所にはいなかったろうが!」

「ならば見せてやろう…」

 セバトが軽く手をあげると彼の両脇にいた使い魔が突如炎に包まれた。

「「グギヤアアアアッ!!」」

「な…!?」

「ふっははは、私はこのように炎を自在に操れる。通り名の『炎力』は伊達じゃないのだよ。ふふふ…。まだ足りないか?」

 

 新太郎たちのいた道の両側の家々が次々と火に包まれて炎上していく。人々の悲痛な叫びが轟く。

「あ、熱い!」

「お父さん、お母さん!!」

 熱風を受けながら呆然とする勇子。人々の幸せを一瞬にして自分が奪ったのか…!勇子の顔は罪の意識と悲しみに歪み、

「や、やめろおおおッ!!」

「何たる卑劣な!」

 歯ぎしりしてセバトを罵る歳絵。

「刀を捨てるから…もうやめてくれ…」

 涙をポロポロと落とす勇子。構えを解いて握る刀を離そうとした時だった。

「屈してはダメだ勇子くん!」

「新太郎…」

「きさま…。近藤勇にも同じ手を使ったのか…」

 温和な新太郎が初めて見せた怒りの形相

「だったらどうした?」

「たとえ敵とはいえ…これほど許せないと思ったことは初めてだ!どこまで腐ってやがる!」

「ふん、ならば討つがいい。お前たちが私を討つのが先か、京都が焦土となるのが先か、いやお互い興味の尽きぬ競走ではないか。ふっはははは!」

「ふざけるなああッッ!!」

「許しませぬ!」

 斬りかかる新太郎と歳絵、しかしセバトは火球を両手に作り、二人へ連続して投げ放った。刀ではじくか、避けるので精いっぱい。間合いを詰めたと思ったころセバトはすでに姿を消していた。

「くそ…ッ!!」

 ハッと気付いた新太郎は勇子を見た。勇子は手と膝を地に着け、号泣していた。

「私のせいで…。私のせいで…。うわあああああッッ!!」

 

 セバトはほくそ笑み、仲間たちと落ち合う場所へと行った。とある寺の境内だった。

「兄者、首尾は?」

 弟のテベトが待っていた。

「ああ、あれであの娘は再起不能となるだろう。ふっははは!」

「兄者、侮ってはいけない。人間の思わぬ底力のため我らは先の戦いに敗れたのですぞ」

「だからこそ念を押して心を破壊したんだ。侮ってなどおらぬ」

 パチパチ…。一人の男が拍手しながらセバトとテバトに歩んできた。マルケシュヴァンである。

「大したものです。しかしセバト、貴方のやり方は美しくない…」

「なに?」

「美しくないうえ、逆に底力を相手に出させる結果となるやもしれぬのに…。愚策」

「ふん、ようは勝てば良いのよ。あんな小娘に立ち直ることなど出来まい」

「侮っているやないか人間を…」

 早乙女美姫もそこにいた。

「これはプリンセス美姫…。お耳汚しを」

 恭しく美姫にかしずくマルケシュヴァンを忌々しそうに見るセバト。

「分かってへんなお前ら、機動新撰組を本気で怒らせたということを」

「「……」」

「さあ、プリンセス美姫、封印機はこちらです。ご案内いたしましょう」

「ん」

 スタスタと歩き去る美姫。

「小娘が!」

「まあまあ兄者、彼女を操ることで我らの大望が成れば安いものです。これで偉大なるチカラが蘇る日も近くなります。そしてそのチカラにより、この京都は魔都へ…」

「分かっている! まったく忌々しい!」

 

 美姫はマルケシュヴァンに案内されて寺院内の宝物殿に入っていった。厳重な鍵が幾重にもあり奥に至るには難しい。しかし

「プリンセス美姫、お下がりを」

 マルケシュヴァンが魔力で扉を吹き飛ばした。

「さ、どうぞ」

「ん」

 奥には台座に置かれた金色の機械があった。封印機、そうサンダードーンが称する筒状の機械である。三代目源内が作ったものだ。

「また一つ、母様の力がウチに宿るんや」

 美姫は封印機に手を向けた。

「早乙女の名において命ずる。いま封印を解きその力を我に注げ!!」

 封印機が輝き、その力を封じていた札が破れ、そして真上に光線が放たれ天井をぶち抜き、やがて美姫に降り注ぐ。宝物殿は崩れていった。

「ふふ…。はっははは!! 感じるで、感じるわ。ウチにまた新たな力が吹き込まれたんや!!」

「プリンセス美姫、おめでとうございます」

「う…?」

「どうなさいました?」

「何でもない、ちょっとめまいがしただけや」

「…」

「さあ帰るで」

 

 セバトの思惑通り、勇子は心に大きなダメージを受けた。心が破壊された、そう言える。いかに無双の強さを誇る彼女も十七歳の乙女なのだから。自責の念から立ち上がることもできず、新太郎が背負って帰ってきた。新太郎の背中で涙をこらえきれず泣いていた。新太郎も歳絵もかける言葉すら見あたらない。天国荘に戻り

「ありがとう新太郎…」

 背負って帰ってきてくれた礼を言う勇子。完全に顔から覇気が消え失せている。

「勇子くん…」

「…今は何も言わないでくれよ」

「…」

「お前が思っているほど…私強くないんだ…」

 虚しい笑みを見せてドアを閉めた勇子。

「…刀を捨てなかったのは私も同じ」

 と、歳絵。

「僕も捨てなかった…」

「しかし、あの男は私たちが刀を捨てようが捨てまいが同じことをしていました。炎を自在に操る能力…。何とかに刃物とはこのこと」

「…僕もそう思う」

「いかに猪突猛進の彼女であれ、普段ならば捨てようが捨てまいが結果は変わらなかったと分かったはず。あの男が『お前が剣を捨てなかったから』と言ったことで近藤さんは自分の責任と感じてしまった…」

「そうだね…」

「私たちを本気で怒らせたことを骨の髄まで後悔させてやりましょう。誠の旗に賭けてあの男を斬る」


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