アダルの凄まじい猛攻が始まった。武器こそ持っていないが、両手十本の長い爪は鋭く剣豪の一太刀に匹敵する。何よりアダルは素早い。新太郎や勇子の太刀が空を切ることもしばしばである。
洞窟の中とはいえ、高さと広さはある。岩肌はそう簡単に崩落しそうにない堅固さ。せめて崩落の心配をせずに戦えることだけが幸いか。
「ふっははは、弱い弱い!やはり人間など魔族に遠く及ばないぜ!」
「この野郎!砕の太刀を受けてみやがれ!」
「駄目だ勇子くん!大技はみんな避けられている!」
「弓月さんの言うとおりです。隙が生じない攻撃を続けていくしかございません」
腕で額の汗を拭う歳絵。薫が術を唱えた。
『大地の恵みを与えるよ!』
式神の耐久力回復術で傷が癒えるが戦局は悪い。
「勇子くん」
「何だ新太郎」
「采配をとってかまわないかな」
「許す」
「では竜之介、バズーカの火薬をアダルの顔に飛ばして、それを狙撃してくれ。猫丸は爆発に合わせて体当たりだ」
「し、しかしこげなとこでバズーカを使ったら危険ぜよ」
洞窟戦なのでバズーカを使うことは控えていた竜之介。
「この一発だけだ。頼む」
「わかったきに」
「ニャーも了解ニャ」
「猫丸の攻撃のあと、間髪いれずに突っ込む。僕、勇子くん、歳絵くんが突撃。しかしアダルの体幹は攻撃せず、腕を狙う。まずあのうっとうしい腕の攻撃を何とかしなければならない。僕が右、勇子くんと歳絵くんは左だ」
「わかった」
「了解」
「薫くんは我らの攻撃力をあげる術を頼む。その後は君の判断で術を駆使してくれ。頼むよ」
「はいっ」
「なにをブツクサ言っている。逃げ出す相談か?」
「逃げたら逃がしてくれるのか?」
訊ねた新太郎。
「そうさな、男は別にいいぜ。仲間の女を見捨てて逃げるか?」
「そんなことをしたら、僕はお前などよりはるかに恐ろしい彼女たちを敵に回すことになる。お断りだ」
「新太郎、お前ずいぶんなことを言うなぁ」
苦笑している勇子。薫も添える。
「宿に帰ったらお仕置きですね!」
(アダルの言葉を逆用して私たちを落ち着け士気を上げた。なかなかですね弓月さん)
歳絵も落ち着き、そして竜之介の攻撃を待った。
「いっちょ、派手なん行くぜよ!」
竜之介はガンベルトから二つ弾丸を取り出し、アダルに投げた。
「剣はみんなに負けるが、狙撃なら任せるぜよ!」
アダルに放った弾丸に狙撃。爆発した。
「うおっ」
「ウニャニャニャニャーッ!!」
猫丸は大きい体を球体に丸めて勢いよく突進。渾身の体当たりがアダルに炸裂した。
「なめた真似を!」
その後ろには新太郎、勇子、歳絵がすでに迫っていた。薫の術で攻撃力は上がっている。新太郎がアダルの利き腕の右腕を。勇子と歳絵が左腕を狙った。さすが魔族で皮膚が硬いが
「ぐあっっ!!」
右手にはざっくりと刀が食い込み、そして左腕は吹き飛んだ。
「やったぜ!兄ちゃん諸葛孔明顔負けの軍師ぜよ!」
拳を握った竜之介。
「貴様らあああッ!!」
怒り狂ったアダルだが、左腕は吹き飛び、右腕も用をなさないほど切られている。こうなってはもうアダルに勝ち目はない。
「覚悟しな。人間と、そして女を馬鹿にしたお前に相応のもんをくれてやる!!」
勇子が隼斬り弐段の構えに入った、その瞬間だった。アダルは突如消えた。
「な…!」
突然目の前から敵が消えて驚く勇子たち。
「ニサンの消え方と同じだ…」
と、新太郎。
「弓月さん、敵方には遠方にいても仲間を回収できる能力者がいると思います」
「高いところから私たちの死闘を眺めていたってわけかい。いいご身分だねえ」
刀を収めた勇子。
「あ、そうだ。源内さん、無事ですか?」
新太郎は周囲を見渡した。
「ここにいるよ~」
岩影に隠れていた源内。彼に戦闘は出来ない。
「良かった。怪我はありませんか?」
「大丈夫だ。いやもう生きた心地がしなかったよ」
「どうしますか近藤さん、さらに奥に行ってみますか?」
と、歳絵。
「機械とやらも美姫たちが持っていってしまったかもしれないしなぁ…。ずらかるか」
「いや、彼らはそんな荷物は持っていなかった」
「すごーい源内さん、そんなとこまで見ていたのですかぁ?」
と、薫。
「こういう時は目ざとくなるものだよ、とにかくもう少し進んでみよう」
勇子たちは奥に進んだ。そして見つけた。それは成人の上半身ほどの大きさで金色の筒状の機械だった。勇子たちには鉄の塊としか見えない。
「やはり、父さんが作ったものだ」
機械の真ん中に『源』と赤い文字があった。機械をよく見る源内。
「これは何かの入れ物だ。ついさっきこじ開けられたようだな。美姫くんたちの目的はこれに入っていたものか」
「なにが入っていたんだろ」
勇子の疑問に
「お化けだったり」
「そ、そういうのやめて下さい新太郎さん、私苦手なんですよう」
両耳を塞ぐ薫。
「中身は無くても、この入れ物だけで大収穫だ。これを詳しく解析すれば今まで父さんの発明で分からなかったものが理解できるかもしれない!」
機械を回収して洞窟を出た一行。
「太陽が無事に拝めたねぇ…」
しみじみ言う勇子。
「ははは、確かにアダル戦では往生したきにのう」
外の空気を思い切り吸う竜之介。
「さて、夜の巡回まで宿で休もうぜよ」
宿に戻る道中、源内は洞窟で得た機械に頬ずりしていた。よほど嬉しいらしい。
(これで機動剣と機動甲冑が作れるかもしれない!)
◆ ◆ ◆
「余計な真似をしやがって!」
場所は現世か、それとも何物にも属さない世界か、サンダードーンの基地はそこにあった。その司令官室、幹部筆頭のサリーヌに詰め寄るアダルがいた。
「余計な真似?左腕を切り落とされた者がよく言えたものですね」
「下がれアダル、お前はサリーヌ様の術によって左腕も結合した上に負傷も治った。感謝こそすれ、怒声で詰め寄るとは何事か」
「てめえは黙っていろサイヴァ!俺はサリーヌに聞いている!」
「様が抜けているわ馬鹿者!」
サイヴァの発した衝撃破に吹っ飛ばされたアダル。壁に叩きつけられた。
「ぐ、うう…」
「敗因を当ててやろうかアダル、お前はその機動新撰組の女三人を欲して、あえて肉体は傷つけぬように戦った。それをつけ込まれたのだ」
サイヴァに図星を刺されたアダル。倒した後に三人まとめて楽しもうと思い、あえて斬撃は峰で打った。それだけで女の力には圧倒できると思ったからである。並の女武芸者ならそれで良かっただろう。しかし相手は壬生の狼の娘である。
「人間を馬鹿にして、女を性欲の対象にしか見ていないからそうなる。我らサンダードーンはかつて女を御輿にした人間どもに敗北した。人間を侮るまいと教訓としていたはずなのに、そんな体たらく。まったくサリーヌ様もお人がよい、こんな役立たずを治してやるとは」
「何だとサイヴァ!!」
「もう良いサイヴァ」
「はっ」
「アダル」
「サリーヌ…」
「貴方はもう一つ、致命的なミスをしました。どうして封印機をそのままにしたのです?」
「あ?」
「あれは三代目平賀源内が作りしもの。機動新撰組にはその息子がいます。父と比肩する頭脳と知識があれば、あの封印機から分かることも多いでしょう。我らにとって厄介なことになります。貴方はそんなことも分からなかったのですか」
「…」
「機動新撰組に負けたのは時の運ということもありましょうが封印機を完全回収しなかったのは明らかに失策です。愚かな」
「サリーヌ…!」
「せいぜい恋人のキスレヴに見捨てられないよう励むのですね」
「今にてめえをブチ犯してやる!!」
アダルは司令室を去っていった。
「サリーヌ様、あんな暴言を許しては組織として示しがつきません」
「良いのですサイヴァ、手負いならばこそ今度は真剣に機動新撰組に当たるでしょう。殺すのはいつでも出来ます」
「はっ…」
「セバトとテベトを呼びなさい」
「はっ」
しばらくしてセバトとテベトがやってきた。彼らは双子の兄弟でセバトが兄、テベトが弟である。双方眼鏡をかけ、そして西洋の軍服を着ている。
「炎力のセバト、参上」
「氷結のテベト、参上」
サリーヌにひざまずく兄弟。
「面を上げよ」
「「はっ」」
「セバト、テベト、明治政府に潜り込み、かつ早乙女美姫と行動を共にせよ」
「「はっ」」
「途中、機動新撰組なる私設集団の横やりが入るでしょう。ニサンを倒し、アダルも退けた油断ならざる者、心しておきなさい」
「「御意」」
◆ ◆ ◆
さて、一方機動新撰組。あの洞窟での戦いの日より、夜の巡回では驚くべきことが起きていた。何と物の怪が一体も出てこなかったのだ。消えてしまったと言ってもいい。
「今日も出なかったね…。これで四日目か」
上谷旅館の玄関で草履を脱ぐ新太郎。
「先日の洞窟の機械が何か関係あるんかのう」
と、竜之介。
「そろそろ京都に戻った方がいいな。物の怪が出ないのでは僕らは留まる必要はない」
「そうじゃな」
おりょうもそれは考えていたようで、明後日の朝に京都に戻ることになった。明日の昼は見回りもなく自由だ。さて翌朝、上谷が新太郎を訊ねた。
「坊ちゃん、物の怪がすっかりいなくなったので、我ら有馬の者もホッとしております。いやあ陽一郎様も剣は強かったですが坊ちゃんも相当ですな」
「父さんも剣術を?」
「はい、そりゃもう強かったですぞ」
「そうなんだ…」
「明日にお帰りになるとか」
「ええ」
「先の書庫で欲しい本があったら、何冊でもお持ち下さい」
「ありがとうございます」
書庫に行った新太郎は先の古書も合わせて、歴史書や経済学の本を中心に箱に詰めていった。源内もそこにいた。
「お、これは二代目源内の本だ。新太郎くん、いいかな」
「はい、上谷さんのせっかくの好意ですので」
「しかし、これじゃ荷台も一杯だ。車の天井に縛り付けていくか」
本選びも一段落ついた。ふと海を見る新太郎。
「よく考えれば、こんなに海に近いのに海水浴もしていなかったな…」
昼食の時、新太郎はみんなを誘ってみた。
「明日の朝に帰るのだし、みんなで海水浴に行こうよ」
「そりゃあいいな」
「私も大賛成!」
「ご一緒しましょう」
勇子、薫、歳絵も賛成。おりょう、源内、きよみ、竜之介、猫丸も行くことに決めた。
「あっ」
何かを思い出した竜之介。
「水着どうするがぜよ」
「海岸近くの店に売っているんじゃないかな」
と、源内。
「へっへ~ん、実は私、海に近いってことで用意しておいたんだ~」
「実は私も」
「…私もです」
案外抜け目ない勇子、薫、歳絵。
「へえ、見てみたいな」
「ああ、新太郎さんスケベ」
「いや薫くん、僕はそんな…」
「ようし、楽しみにしていろよ新太郎」
かくして海岸に向かった機動新撰組一行。海水浴には少し早いが、十分快適に楽しめる気温だ。気持ちよさそうに日光浴をするおりょうときよみ。
猫丸が気持ちよさそうに眠っているので、みんなで埋めた。
「うニャ、なんニャ、これは~!?」
みんなで大爆笑、普段澄ましている歳絵も大笑いしていた。波打ち際でボール遊びに興じ、時に海水をかけあい楽しく過ごした。
その夜、露天風呂では勇子と歳絵が乳比べしている。歳絵は相手にしていないが。
「大きさでは土方に一歩譲るが、形と張りは私の勝ちだな」
「乳房のことですか。馬鹿馬鹿しい」
二人の乳と自分の胸を見比べてため息をついている薫。彼女は貧乳であった。
「ほれほれ、ちょっと揉ませてみろよ。デレシシシシ」
両手で揉む仕草をする勇子。顔は助平な中年親父のようだ。一瞬の隙をついて後ろから歳絵の胸を掴んだ。
「な、何をするんですか!」
「いいじゃねえか女同士だし」
「ちょっ、ちょっとそんなに揉まないで」
「う~ん、なかなかの揉み心地」
心底嫌な歳絵は思わず
「やめ、やめて下さい!イヤアアアッ!!」
と叫んだ。たまたま廊下でその叫びを聞いた新太郎は
「敵か!」
考えもなしに露天風呂に入っていった。
「「「……!?」」」
「……!?」
目の前には勇子、歳絵、薫の一糸まとわない姿があった。二の句が告げない四人。しかし
「またタダ見しやがったなああ!!」
「女人の敵!!」
「新太郎さんの馬鹿!!」
勇子、歳絵、薫に袋叩きにあった新太郎。
「まったく油断もすきもあったもんじゃねえ」
パンパンと手を叩く勇子。
「次は殺します」
目は本気の歳絵。
「もう、新太郎さんのスケベ!」
プイと拗ねる薫。
(な、なんで僕だけがこんな目に…トホホ…)
のびている新太郎に冷たい視線を下ろす三人だった。
◆ ◆ ◆
翌朝、機動新撰組一行は有馬温泉を出た。また荷台でチンチロリンをやっている。車酔い防止のため荷台にいた薫も興味を示し、
「新太郎さん、私にもやり方教えて下さい」
「駄目だよ、こんなのに神経使ったらまた酔うよ」
「だって面白そうなんだもの」
一通り教えた新太郎、薫もチンチロリンに興じた。そして屯所に着くと
「うう、新太郎さんたらひどい。私みたいな初心者から身ぐるみ剥ぐなんて」
頭に血が上って、羽織も刀も賭けた薫。何度もやめろと新太郎は言ったのに退かなかった薫。賽の目は新太郎だって分からないもの。運悪く薫は新太郎に大敗を喫してしまった。
「だから遊びだから返すって言っているじゃないか…」
「負けをなしにしてもらうなんて出来ません。クシュン!!」
「同じくしゃみでも近藤より沖田の方が可愛らしいニャ」
「うるさいぞ猫丸、へっくしょい!」
勇子もまた猫丸に大敗していた。
「じゃ貸しとくよ、それじゃ今日の巡回にも行けないだろ」
「…はぁい」
渋々受ける薫、猫丸も同じ理由で勇子に着物を返した。
「まったく博打で身ぐるみ剥がされるとは情けない」
「でも土方さん、チンチロリンって面白いんですよう」
「そうだよ、土方も今度やってみろよ!」
「馬鹿馬鹿しい」
ツンと歳絵は天国荘に入っていった。
「兄ちゃん、土方がいたら俺たちが身ぐるみ剥がされていたかもしれんぜよ」
「あはは、竜之介、上手いことを言うな。歳絵くん、案外強そうだものね」
こうして機動新撰組一行の温泉旅行、もとい、任務は完了した。
◆ ◆ ◆
さて、数日が経ったある朝、新太郎が屯所前の掃除をしていると
「少々お訊ねするが、ここが機動新撰組の屯所でしょうか」
「はい、そうですが」
「では、おりょうさんと云う女性がここにいらっしゃるね?」
「はい、ご面会の方ですか?」
口ひげを生やした穏やかな初老の男だった。
「いかにも。私は盛川と云う者だが、おりょうさんに取り次ぎを願えますか」
このままあっさり通すのは子供の使いだ。
「失礼ですが、どのようなご用件でしょうか」
「機動新撰組は物の怪と戦っているそうだね」
「はい、それが僕たちの主な任務です」
「その件で長官に話があって来たのですが」
「分かりました。盛川さんですね。私は隊員の弓月新太郎と申します。しばらくお待ちを、長官に取り次いでみます」
「かたじけない」
本部の長官室に駆ける新太郎。
「おりょうさん、新太郎です」
「どうぞ」
書き物を中断して筆を置くおりょう。
「何かしら新太郎さん」
「はい、おりょうさんに面会を求めている方がいます。盛川と云う方です」
「まあ盛川さんが?」
知人のようだ。
「お通ししてよろしいですか?」
「そうして下さい。ここではなく客間に」
「はい」
盛川のもとに行き、客間に案内する新太郎。
「もしかして君は弓月陽一郎氏のご子息かね?」
「はい、そうですが」
「うん、父上にどことなく似ているな」
「父をご存じなのですか?」
「ああ、実際にお会いしたこともあるよ。君もお父上のような大きな人物になれるといいな」
長官室に案内された盛川、
「長官、盛川さんをお連れしました」
「どうぞ」
新太郎はそのまま昼の見回りに出かけた。帰ったら盛川に面談を申し出て父のことを聞こうとしたが
「え?盛川さんはすでに?」
盛川はおりょうとの用談を終えると帰ってしまったと云う。
「そうですか…。父のことを聞こうとしたのですが」
「ごめんね、お引き留めはしたのだけれど用があるとのことだったので」
「いえ、おりょうさんの責任ではありませんよ。しかし僕の父のことを知っていたり、おりょうさんと知己であったり、失礼ですがあの方はどういう仁なのでしょうか」
「盛川さんはね、旧新撰組で隊士の世話を焼いていた人なの。新太郎さんのお父さんとも、そちらで知り合ったのではないかしら。弓月家は新撰組に投資していた商家だったから」
「そうなんですか?」
「ええ、そのぶん新撰組も大富豪弓月家を狙う不貞浪人から守っていたわ。持ちつ持たれつやっていたのね」
「しかし…。佐幕の新撰組を少なからず支援していたならば、倒幕派の坂本竜馬とは敵対関係にあるはず。どうしてその坂本竜馬の奥さんであるおりょうさんに?」
「竜馬さんと近藤勇との間に入って連絡役をされていたのが、あの盛川さんなのよ」
それはすごい大物じゃないかと新太郎は驚いた。
「私も盛川さんとお会いするのは何年ぶりかで…。とても懐かしかったわ」
微笑を浮かべておりょうは天国荘の中に入っていった。新太郎も自室に帰った。
(あの盛川と云う人が坂本竜馬と近藤勇の間を取り持っていたなんて。でも驚いたな、倒幕と佐幕の巨頭が手を組んでいたなんて…)
机に置いてある巡回の当番表を見てみると、今日は新太郎、勇子、歳絵の番だった。
「勇子くんと歳絵くんなら何か知っているかな?」
夜の巡回に出た新太郎、勇子、歳絵。戦うこと数度、妖気レーダーから魔物の存在を示す光が消えた。
「物の怪と魔物の違い、だいぶ分かってきたね…」
と、新太郎。
「ああ、物の怪も少し出るが魔物は妖気が異質だ。悪意と殺気が物の怪と比べ物にならねえよ…」
勇子の言葉に頷く歳絵。
「倒せないほどではないですが、ここ数日の巡回で出てくる魔物は強い…。弓月さん」
「ん?」
「源内さんに資金を回して強力な武器を作ってもらうことは出来ないのですか?」
「よせ土方、ないものねだりをしても仕方がない。今の力で戦うしかないんだ」
「しかし近藤さん…」
「…実は先の洞窟で得た機械で、かねてより源内さんが研究していた武具が現実味を帯びてきたそうだ」
「本当ですか?」
「近々試験的に使ってもらいたいとのことだよ」
「何よりの朗報です。そんなとっておきが製作中と聞いただけでも」
「ああ、士気が保てる」
最近出てくる魔物の強さに不安を感じていただけに勇子や歳絵には良い知らせだった。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか」
「そうだな」
「あ、そうだ勇子くん、歳絵くん」
「何だ新太郎」
「二人は盛川と云う人を知っているかい?」
勇子と歳絵は顔を見合った。
「いや私は知らない」
「私も存じません」
「そうか…。二人なら何か知っているかもと思ったのだけど」
「弓月さん、その盛川なる方は?」
「今日、おりょうさんを訪ねてきた。何でも坂本竜馬と近藤勇の間を取り持ち、連絡役をしていた方なんだって」
「私の親父と坂本竜馬の間を?」
「つまり坂本竜馬と新撰組の間を取り持ったと云うことになりますね…」
「うん、ともなれば当然副長だった歳絵くんの父上にも会っているだろうし…」
「で、弓月さん、その盛川さんがおりょうさんに何を…」
「それは…」
妖気レーダーが鳴った。
「近いぞ!」
「妖気が大きい。勇子くん、歳絵くん、結界発生装置の電池は?」
「あと一戦くらいいける。長期戦になったら退却しよう」
「参りましょう、近藤さん、弓月さん」
◆ ◆ ◆
「ふっふふふ、まさかこんなところで十六年前の生き残りに出会うとはな…」
「くそっ…」
「しばらく京都を離れてボケたかモリカワ、こんな時間にウロつくとはな!」
かつての敵に似た男を京都内で見た盛川は尾行した。だが気付かれて攻撃され手傷を負い窮地に陥っている。
「セバト…。やっぱりサンダードーンが明治政府に…!」
「名を覚えていてくれたとは光栄だなモリカワ。だが再会の挨拶はなしだ。死ね」
新太郎たちが現場に駆けつけると、そこには先ほど話に出ていた盛川の姿があった。盛川は襲われていた。
「盛川さん?」
「弓月くん!?」
盛川とその場にいたのは外国人だった。西洋の軍服を着ている長身の眼鏡の男。
「ちっ、いらぬ邪魔が入ったか…」
「いかん、君たちではかなわない!逃げなさい!」
と、盛川。勇子が盛川の前に立った。
「そうはいかないよ、アンタには私の親父について聞きたいことがあるんでね」
「ふん、今のうちならば見逃してやらんこともないぞ。さあ武器を捨てて土下座しろ」
「誰に向かって言ってやがる!私たちは機動新撰組だ!」
「新撰組?」
「お前、サンダードーンだな!」
刀を抜いた勇子。
「いかにも。私は偉大なるサンダードーン幹部、炎力のセバト」
「近藤さん、我らも参ります!」
歳絵と新太郎も刀を抜いた。
「近藤…?ふっははは!ではお前はあの近藤勇の娘か?」
「…!お前、親父を知っているのか!?」
「知っているも何も、あの男は私の前で刀を捨てて土下座したのだ」
「ふ、ふざけるな!親父が刀を捨てるもんか!馬鹿いっているんじゃねえ!」
「確かにありえません。あの近藤勇が刀を捨てるなど。我らを動揺させる下策」
歳絵も構えた。アゴで盛川を指すセバト。
「この男に聞いてみろ。すべて見ている」
勇子が盛川を見た。しかし盛川は勇子を見ようとしない。
「もう一度訊ねる。武器は捨てないのだな?」
念を押して勇子に聞くセバト。
「当たり前だ馬鹿野郎!覚悟しろ!!」
すると盛川が
「いかん!言う通りにするのだ!」
「なんだって?」
驚いて盛川を見る新太郎。
「ふっふふふ、もう遅いぞモリカワ、馬鹿はどっちか教えてやる。その強情が招いた惨事を目の当たりにするがいい!」
セバトが軽く右手を挙げた。すると西に少し離れた区域から火の手が上がった。突如火災が発生したのだ。何棟もの建物が燃え始めている。
「な、なんだ、突然火事が!」
爆音も上がる。まさかあいつがやったのか、セバトを睨む新太郎。
「なんということを!セバト!」
「モリカワ、私は忠告したぞ。武器を捨てろと。そうすれば何ごともなく私はここから立ち去るつもりだった。だがこの馬鹿どもは聞かなかった。だからこうなった。ふっははははは!!」
「どういうことだ!」
「ふっははは、今日のところは近藤勇の娘に免じて見逃してやろう。ふっははは!」
「待て!」
「勇子くん!今は消火活動が先だ!」
「くっ…」
新太郎の言葉に踏みとどまった勇子。盛川の胸倉を掴んだ。
「おい!親父が刀を捨てて土下座したと云うのは本当なのか!」
「じ、事実だ…」
「……!?」
勇子は全身の力が抜けたように地に手と膝をつけた。目の焦点は定まっていない。歳絵も呆然とした。
「まさか…。冗談はやめて下さい!どうして近藤勇が刀を捨てて土下座など!」
「サンダードーンと戦ってはいけない!あいつらは悪魔だ!関わった者は必ず殺される!」
新太郎に訴える盛川。
「盛川さん…」
「君たちも京都を離れなさい!それしか助かる術はない!」
盛川は走り去った。
「勇子くん…」
新太郎の肩を掴んだ歳絵。黙って首を振った。
(そっとしておきましょう)
目がそう言っていた。
「弓月さん、私たちは消火活動と救出活動を」
「そうしよう」
勇子をチラと見て新太郎と歳絵は火災現場に駆けていく。
「うっ…。ううう!嘘だろ親父…!うわああああッ!!」
気付いた方もおりましょうが、この萌え剣の二次創作小説には私が書いたダイの大冒険『火水の法則』『天道』にて悪役だったサリーヌとサイヴァが登場しております。重要キャラクターです。
本来の萌え剣公式ストーリーではサリーヌの立ち位置はティスリと云う男性魔族です。側近も女性魔族が務めています。どうして、ラスボスとその側近を入れ替える必要があったかと言いますと……
ぶっちゃけ、敵役として少々物足りなかったのです。
ストーリーそのものは良いのに、これは勿体ないと思い、拙作ではご覧の通りとしたわけです。