有馬温泉に来た機動新撰組の一行。混浴と知らずに温泉に入った新太郎が勇子に叩かれると云う一波乱のあとに夕食をとった一同。その後だった。宿の主人の上谷が新撰組御一行の部屋にやってきて新太郎に恭しく頭を下げた。
「…?」
「こんなに大きくなられて、嬉しゅうございます坊ちゃん」
「は?」
「坊ちゃんはまだ赤子でしたゆえ覚えてございませんでしょうが、私はお父上の陽一郎様にお仕えしていたのです」
「父さんに?」
「私は凶作で家を無くし、流れるようにして京都に来ました。乞食のような暮らしのうえ病を患い、路傍で果てるのを待つだけだったところを陽一郎様に助けていただいたのです」
思い出して涙を流している上谷。
「病が治った後は私をお屋敷の使用人に雇っていただきました。陽一郎様に私はどれだけ感謝していることか。う、うう…」
「そ、そうですか」
「この温泉宿も元は弓月家の保養所で、ご維新の前に私に託されて下さいました。以来陽一郎様の御霊を弔いつつ営業させてもらっています」
「ここが元は僕の家の…」
「はい、陽一郎様は有馬の温泉が大好きでございましたから…ところでその頬の手形は?」
「い、いや、ははは…」
ドッと笑いが湧く席。
「私の乙女肌をタダ見したんだから、そのくらいで済んでありがたいと思え」
顔を赤くしている勇子。
「ああ、そういえば当宿の露天風呂は混浴と言っていませんでしたなぁ、あっははは!」
(ははは、じゃないよ…)
と言いたい新太郎だった。
「しかし坊ちゃんが機動新撰組の一員とは存じませんでした」
「もう僕は弓月家の坊ちゃんじゃありませんから」
「ははは、新太郎が坊ちゃんか」
大笑いの勇子。
「それでも私にとっては大恩ある陽一郎様の子息、せめてここにおられる間だけ、誠心誠意お尽くしさせていただきます」
そう言って上谷は去っていった。
「兄ちゃんの親父は大したもんじゃ。普通道ばたで倒れている乞食なんて助けないぜよ」
「ありがとう竜之介。僕も嬉しかったよ」
◆ ◆ ◆
食後におりょうの部屋に集合、作戦会議が開かれた。有馬温泉の町並みの地図を上谷にもらい、巡回の割り振りをしている。
「この中央路の西が勇子さん、新太郎さん、猫丸さんに願います」
「「了解!!」」
「そして東を歳絵さんと竜之介さんに願います」
「「了解!!」」
「おりょうさん、私も行きます。もう車酔いはありませんから」
「今日は大事をとりなさい。明日から行ってもらいます」
「は、はい」
巡回に出た新太郎たち。出てくる物の怪はそんなに大したことはなかったが数が多かった。
「これじゃ有馬温泉の客足が途絶えて当然だよ。こんなに物の怪が出てくるなんて」
と、新太郎。
「確かにな。範囲は京都に比べて小さいが密度が比較にならない」
周囲を警戒しながら勇子が答えた。
「だけど、出てくるのはみんな物の怪だニャ。サンダードーンの使う魔物じゃないニャ」
「有馬温泉に物の怪が出始めたのはサンダードーンに関係あるのかとも思ったけれど、考え過ぎかな」
「また来るぜ新太郎」
「うん」
「竜之介さん、大丈夫ですか」
「ああ何ちないきに。しかしげにまっこと数が多いちゃ」
二人で出た歳絵と竜之介は一層大変だったようだ。
「姉ちゃん、こりゃ明日からは分散しないで戦った方がよさそうぜよ」
「私もそう思います」
結界発生装置の電池が鳴った。
「ちっ、あと四分の一が残っているが仕方ないの」
妖気レーダーを悔しそうに見る竜之介。歳絵も見る。
「西方で見えた大きな妖気の光がさっき消えました。近藤さんたちが討ったと見えますね」
「めぼしいのは討ったし、宿に戻ろうぜよ」
「そうですね」
「電池が鳴った。そろそろ帰ろうか勇子くん」
と、新太郎。
「ああ、しかし悔しいなあ。全部掃討出来なかったぜ」
「仕方ないよ、数が多い…」
「近藤、新太郎!!」
猫丸も気配に気づいたようだ。
「ほう、気配は消していたのにな。なかなか鋭いじゃねえか」
一人の男が近藤たちに歩んできた。銀髪の黒い皮ジャンパーの男、背が高く眼光も鋭い。
「外国人…」
新太郎は構えた。
「誰だ、お前は」
勇子が聞くと
「おいおい、明治になったら人間どもは礼儀も忘れたのかよ。人に名前を訊ねるなら自分から言いな」
「…機動新撰組局長、近藤勇子」
「同じく参謀見習い、弓月新太郎」
「猫丸だニャ」
「これはご丁寧に。では俺も名乗ろう。俺はサンダードーン幹部、牙狼のアダル。魔族だ」
「あのニサンとか云うヤツの仲間か」
新太郎が訊ねた。アダルはフッと笑い答えた。
「一応はな」
ただ立っているだけなのに、すさまじい妖気を感じる。
「しかし、テメェら運が悪いぜ…」
「なに?」
「死ねよ!」
アダルは魔物を二体召喚した。美姫よりはるかに早い。
「物の怪を召喚した!」
驚く勇子。
「いや、物の怪ではニャいな。魔物ニャ」
「結界発生装置の電池は残り少ない。一体ずつ全員でかかって確実に倒していこう!」
「分かった」
「はいニャ」
新太郎は連続斬り、勇子は隼斬り、猫丸は拳の連撃で攻撃。魔物は攻撃力こそあったが速度が鈍く、新太郎たちは一気にたたみかけ魔物二体を倒した。
「はあはあ…」
呼吸を乱しながら、高見の見物をしているアダルを睨む勇子。
「ヒャッハッハッハ!思ったよりやるじゃねえか」
「ふん、私たち機動新撰組がこの程度でやられるわけないだろう」
「そうかいそうかい、しかしニサンを倒したからっていい気になるなよ。あんな奴、俺たちサンダードーンの中でも下っ端だからな」
(あの男が下っ端だと…!)
驚く新太郎、美姫の加勢がなければ勝てなかったあの男が下っ端と云うことは衝撃だった。勇子も同様だったが、気取らぬよう威勢を示す。
「だから何だよ、出てきたのなら手間が省けた。ここで畳んでやる」
「おっと、そう焦るなよ。オレ様の用事が済んだら、じっくりなぶり殺してやるぜ。特に女…」
「なに」
アダルは勇子を見て言った。
「せいぜい必死になって戦うこったな。俺様に敗れた女は哀れだぜ。さんざん犯された後でぶち殺されるからな…」
「ふざけるな!」
「ふっははは! じゃあな」
アダルは立ち去った。
「待て!」
新太郎が周囲を探すが、アダルの姿が完全に消えていた。
「くそ…」
「あいつ、女の敵だ! 絶対に許さない!」
女を小馬鹿にしたアダルに怒りを隠せない勇子。
「しかし、サンダードーンの幹部が何で有馬温泉にいるのニャ?」
と、猫丸。
「確かに、わざわざ僕らを追いかけてきただけとは思えないよね…。用事と言っていたし」
「何を企んでやがる…。とにかく宿に戻ろう新太郎」
◆ ◆ ◆
宿に帰った新太郎たち。おりょうに報告した。
「この有馬にサンダードーンの幹部が?」
「はい、確か牙狼のアダルと言っていました」
「有馬に物の怪が出たのも、サンダードーンが関与しているのかしら…」
「しかしおりょうさん、今日我らが戦ったものに魔物はおりません。物の怪です」
「わからないことばかりね…」
しばらくして歳絵たちも帰ってきた。おりょうが労う。
「お疲れさま歳絵さん、竜之介」
「しんどかったぜよ、母ちゃん、明日から夜の巡回は全員固まってやった方がええぜよ」
「そうね…」
勇子は歳絵にサンダードーン幹部に会ったかと訊ねた。
「この有馬にサンダードーンが?」
「ああ、しかし敵さんは戦いを避けてどっか行っちまった」
「やはり有馬に物の怪が出たこととサンダードーンには何らかの繋がりがあるようですね…」
「とにかく今日はみんなもう休みなさい。京都から来て、すぐに見回りですものね。こんな時だからこそ各々体調には気をつけてね」
「「はいっ」」
◆ ◆ ◆
翌朝になった。そしてこの日、予期せぬ客が来た。
「兄ちゃん」
竜之介が血相変えてきた。洗面所で顔を洗っていた新太郎。
「おはよう、竜之介」
「つばめ組が来たんぜよ!」
「え?」
「美姫が新太郎を呼べと言っているっちゃ!」
「みんなは?」
「姉ちゃんたちも出て行ったが、何も話そうとしないんぜよ」
「何を考えているか分からないが逮捕する好機だ。行こう!」
「おう!」
隊服を着て、急ぎ旅館の入り口に向かった新太郎。
「来たか新太郎」
「美姫さん」
右近が美姫を守るように立っている。すでに刀も抜いている。
「ふん、我らつばめ組がいないことをいいことに温泉とはいい御身分だな」
「保養で来ているわけじゃ、いやそんなのはどうでもいい。美姫さん」
「なんや」
「如意ヶ岳での加勢、ありがとう」
「別にお前らのためにしたことやない。京都の誇りを踏みにじった、あの馬鹿禿げが許せんかっただけや」
「なら今、君たちを逮捕してもかまわないのだね」
新太郎の言葉を機に勇子たちがつばめ組を囲んだ。
「何を考えているかは知らないが、白昼堂々と私たちの前に現れるとはいい度胸じゃないか。美姫、大人しくお縄につきな」
「近藤はんに用はない。すっこんどき」
「んだと!」
「待って近藤さん! 美姫さんの様子がおかしい!」
歳絵が制止するより早く刀を抜いて美姫に攻撃を仕掛ける勇子。だが
「……!?」
何かの衝撃波が飛んできて勇子は吹っ飛ばされた。美姫、右近、左近は動いていない。
「な、なんだ?」
夢でも見たかのように起き上がる勇子。
「今のウチは京都にいた時と違う。呼べる物の怪は日本の伝承に出てくるような強力な者ばかりとなり、かつウチ自身も戦えるようになったんや」
「今の不思議な技は…美姫、お前が?」
「幼馴染のよしみで殺さなかっただけでも感謝してほしいわ」
「そういうことだ。だが姫は争う気はない。弓月に話があるだけだ」
と、右近。
「僕に?」
「新太郎、サンダードーンから手を引き」
「な…っ!?」
美姫の口からサンダードーンの名前が出たことに驚く新撰組一行。
「もう一つ」
「……?」
「新太郎、ウチに仕えんか?」
「な、なにを!?」
「剣も立ち、計数に明るいお前がいたら、ウチらも助かるからなぁ」
「断る」
「…新撰組よりいい給料出すんやがなぁ」
「君に仕えると云うことは、ここにいる勇子くん、歳絵くん、薫くん、竜之介、猫丸と戦うと云うこと。冗談じゃない!」
「なら、ウチは斬れると云うんか?」
「京都の平和のためにならないと見たら斬る」
「出来んことを言うなアホ。お前に女は斬れん」
「……」
「まあ、残念やが仕方ない。しかしもう一度言うておくで。サンダードーンには関わるんやないで」
美姫たち、つばめ組は上谷旅館から立ち去った。
「待ってくれ! どうして美姫さんはサンダードーンのことを知っている!」
「「……」」
つばめ組は何も返さない。新太郎は続ける。
「何より、どうして有馬温泉にいるんだ。君らつばめ組は有馬に物の怪が出始めた理由を知っているのか?」
「有馬に物の怪が出てるやて?」
美姫も初耳のような反応である。
「君たちも知らないのか」
「初めて聞いたわ。で、有馬にいる理由は教えられ…」
「わしらは有馬の洞窟に用があって来たっす!」
鈴木左近が普通に答えた。この男は怒れば鬼みたいに強いのに心は本当に純朴だ。
「阿呆ッ!何で言うんだ左近!」
左近の頭を思い切り叩く右近。美姫も呆れ果てたような顔をしている。
「ま、まあええ、ともかく忠告したで」
つばめ組は去っていった。
「勇子くん、大丈夫か」
「ああ、でも驚いたな…。いつの間に美姫はあんな技を会得したんだろう」
「ですが近藤さん、昨日今日の修練で得られる力ではございません」
と、歳絵。
「薫くん、あれは陰陽術?」
新太郎が訊ねた。
「違います。式神も呪文さえ使っていませんでしたから」
「サンダードーンを知っていた…。もしや魔族の技なのか」
「いや弓月さん、もはやつばめ組とサンダードーンは結託していると考えた方が良いかもしれません」
「じゃ何か土方、美姫はサンダードーンに魂を売って、あんな技を身に着けたと云うのか?」
と、勇子。
「それが自然です」
「美姫はそんな女じゃない!」
「近藤さん、一番痛めつけられたのは貴女でしょう。どうして庇うのですか?」
「ほんのかすり傷だ。だがな土方、美姫はそんな女じゃないんだ」
「勇子くん…」
「いっつも強がっちゃいるが根は優しい女なんだよ。鈴香があんなに慕っていたのを見て分かるだろう? サンダードーンが変えちまったんだ! 許さねえ!」
ふて腐れて旅館に戻る勇子。
「とにかく弓月さん、今のことをおりょうさんに報告しましょう。そして上谷さんに、この付近に洞窟らしきものがあるかどうかを聞きましょう」
ころっと忘れていた。確かに左近が洞窟に用があって来たと言っていた。歳絵が覚えていてくれて助かった。
「分かった、僕から上谷さんに聞いておくよ」
「えへ、新太郎さん」
「なんだい薫くん」
「ちょっと嬉しかったです。美姫さんの誘いをはねつけて」
「…当たり前じゃないか。新撰組は僕の家なんだから」
おりょうに事の次第を報告した後、新太郎は上谷に会った。
「洞窟…」
「はい、この近辺に洞窟のようなものはありませんか?」
「あるにはあるのですが…」
「その場所を教えて下さい」
「ですが坊ちゃん、あの洞窟は昔から不気味な噂が絶えないところでして、そこで物の怪を見たと云う者も多いのです。近づくと祟りがあると恐れられ、有馬の者はそこへ近づかないように生活してまいりました」
「ますますあやしいな…」
「ですがある時、陽一郎様が変な機械を持ってあの洞窟に持ちこんだのです。そのうえで私たちにあの洞窟には近付くなと強くおっしゃいました」
「父さんが?」
「はい、今もそのままでございます。思えば陽一郎様の突然の不幸はあの洞窟の祟りではないかと」
上谷は暗に場所は教えたくないと新太郎に伝えている。
「しかし、この有馬に物の怪が出てきた原因がそこにあるのかもしれないのです」
「坊ちゃん…」
「父の愛した有馬温泉をこれ以上蹂躙されたくはない。教えて下さい」
「…分かりました。お教えしましょう」
「ありがとうございます」
上谷に簡単な地図を渡された新太郎。
「ところで坊ちゃん」
「はい」
「お見せしたいものがございます。こちらへ」
新太郎は上谷に案内され、ある一室に着いた。それはたくさんの本が置いてある部屋だった。
「ここは書庫?」
「はい、これは陽一郎様が読まれた本です」
「父さんの?」
「陽一郎様はとても読書が好きでした。仕事の傍らによく読まれておりました。それで知らぬうちにこれほどの数に」
「経済学、歴史書、すごいな…」
「弓月家が無くなる時、この本が破棄されるのは不憫と思い、私がこの有馬に運び込んだのです」
「ありがとう、上谷さん」
「しばし、本に目を通されてはいかがですかな」
「はい」
上谷は書庫から去っていった。
「史記、太平記…。父さんも歴史が好きだったんだなぁ…」
好きな三国志の本に目がとまった新太郎。その本を取った時に隣の本も落ちた。
「おっと」
開いている本は洋書だった。
「父さん、英語なんて読め…」
載っている写真に我が目を疑った新太郎。
「こ、これは…ニサンじゃないか!」
ニサンが正体を現した時の怪物、その姿の写真が載っている。
「ど、どうして父さんがこんな本を…」
三国志の本を戻して新太郎は急ぎ女子部屋に行った。
「歳絵くん!ちょっと!」
「…?はい」
女子部屋の入り口で歳絵に洋書を見せる新太郎。
「これを見てくれ」
「…こ、これはニサン?」
「この本は父の蔵書にあったんだ」
勇子と薫もその本を見た。
「これがニサン?何か不気味ですね~。体中に目があって」
気持ち悪がる薫。
「だけど、何で新太郎の親父がこんな本を持っているんだ?」
タイトルを確認する歳絵。
「著しく破損して分からないですね…」
「新太郎、大学生のお前なら英語分かるだろ?なんて書いてあるんだ?」
と、勇子。
「まだざっとしか見ていないから。でもかなり特殊な古書だと思う」
読み続ける歳絵。彼女も英語は分かる。
「これには異国の物の怪『魔物』について詳しく書いてあります。弓月さんのお父上もこの古書を手に入れるには苦労されたと思います」
「しかし…父さんは商人。魔物の知識なんて仕事に何の関係も…」
歳絵は本を閉じて言った。
「…不思議だと思いませんか?どうしてこのような本が必要だったのか」
「うん、皆目見当がつかないよ」
「…私はこの本を弓月さんのお父上が持っていたことで今まで疑問に思ってきたことが繋がってきました」
「疑問?」
「私は今まで自分がしてきた修行の意味が分からなかったのです」
「修行の意味?」
「どういうことだよ土方」
「近藤さん、私はそれぞれの土地にある宗教的知識や武技を学んできました。明治になって人々が文明開化を謳歌している時にどうしてこんな修行を必要としているのか。おじ様(榎本武揚)はそれを私には教えてくれませんでした。ただ一言、それは父の土方歳三の遺言に基づいている修行だと聞かされていたのです」
新太郎、勇子、薫は驚く。
「ぼ、僕が北辰一刀流を学んだのも父陽一郎の遺言によるものだった」
「私も同じだ。師の勇五郎は家族にどんなに反対されても私へ天然理心流を教えることを譲らなかった。それは父の勇の遺言だからと聞いた」
「薫くんは?」
「…みんなと同じです。父の沖田総司の遺言によって陰陽術の修行を」
「こうして私たちは集められ物の怪と戦い、今度は魔物を相手に立ち向かおうとしている…。それらのことを考えると私たちの父上たちは物の怪や魔物に関わりがあったのではないかと…」
「そ、それじゃあ土方、私たちの親父たちが魔物と戦ったと言うのか?」
「おそらく勝先生は少なからず京都に物の怪が跳梁跋扈する世が到来することを分かっていたのではないでしょうか。それで器量確かなおりょうさんを長官に据えて、幼いころから物の怪退治の修行を積んでいた新撰組の娘たちと弓月陽一郎と坂本竜馬の息子も集わせた…。機動新撰組の誕生は明治の世が始まるころには決まっていたかもしれません」
「でもそれって身勝手じゃありませんか? 生まれる子供に過酷な修行を課すなんて!」
「薫くん?」
「私の父の沖田総司がいい例です。娘のことなんか何一つ思わず、生き地獄に突き落としたのですから!」
プイと部屋を出て行く薫。
「見回り前に温泉入ってきまーす」
「気にするな新太郎、沖田は修行時代や昔の話が出ると決まってむくれるんだよ」
「陰陽術は分からないけれど、剣術とは異なる厳しいものがあったんだろうなぁ。思い出したくないこともあると云うことか…」
「では弓月さん、この本の報告をおりょうさんに。それと上谷さんに洞窟の場所は?」
「聞いてある。今日は洞窟探検になりそうだ」
昼になり、おりょうの部屋で会議が開かれた。美姫がやってきて『サンダードーンに関わるな』と告げたこと。魔物の詳細が記されている本が新太郎の父の蔵書から見つかったこと。それらが改めておりょうに報告された。そして新太郎が洞窟について発言した。
「土地の者も近づかない不気味な洞窟ということです。つばめ組が赴く洞窟はおそらくそこでしょう。その洞窟には父の陽一郎が何かの機械を持ち込んだということです」
機械と聞いて源内は興味を示した。
「その洞窟探索、私も一緒に行っていいですか」
「許可します」
と、おりょう。
「源内さん、予期せぬ洞窟探索となりましたが照明とかありませんか」
「持って来てはいないけれど、車の電灯を使って何とか即席のものは作れると思う」
「ありがたい、お願いします」
こうして新太郎たちは源内を伴い洞窟に向かった。海岸の断崖絶壁にそれはある。
「あれですね」
と、薫。悪霊退散とか色々な札がついている。普通の人間なら恐れるが、普段から物の怪と戦っている彼らにはさほどのものではない。洞窟に入っていった新太郎たち。源内が灯りを着けた。
「妖気レーダーを改良して、私たちが歩いたところは記録できるようにしてあるから迷うことはない。しかし全員まとまって行動した方がいい」
「そうだな。新太郎、私が先頭を歩くからお前はしんがりを頼む」
「分かった。ちゃんと源内さんの指示通りに行ってくれよ勇子くん」
「分かっているよ」
歩くこと五分ほど経った。
「源内さん、空気は流れていないからこの洞窟は袋小路のようですね」
「そのようだ。最深部に機械があるのかもしれない」
「しかし父がこの洞窟に封じたのは十五年以上も前です。今の源内さんからすれば大したことはない機械かもしれないですよ」
「いや…もしかすると父が作ったものかもしれないんだ」
「しっ!」
先頭にいた勇子が立ち止まった。反対方向から数人が歩いてきた。
「つばめ組…!」
「なんでウチの忠告を聞かなかったんや…」
と、美姫。勇子たちは気付いた。美姫は今朝よりもまた強くなっていると。
「プリンセス美姫、こんな陰気なところは貴女に相応しくない。早く出ましょう」
マルケシュヴァンも一緒にいた。
「貴方もサンダードーンの者ですか?」
歳絵が訊ねた。
「その通りです。お初にお目にかかる機動新撰組のレディたち。私はプリンセス美姫の護衛とご案内を務めるサンダードーン幹部マルケシュヴァンと申します」
「舌を噛みそうな名前だ」
ふん、と一笑にふす勇子。
「ふっははは、人間も上手いこと言うじゃねえか。なあ色男」
アダルが現れた。
「こいつらとは俺が遊ぶ。その女を連れてさっさと行きな」
「頼みましたよアダル」
美姫は新太郎たちに一瞥もくれず、洞窟の外へと歩き出した。
「美姫さん」
新太郎が呼びとめた。
「なんや、早う言え」
「力を得て何をしたい?僕たちを倒すだけなら現時点でおつりがくるはずだ」
「決まっているやないか。早乙女家の再興や」
「それは早乙女家を潰した明治政府を潰すと云うこと?」
「そうや、目にもん見せてやるわ」
「力で成し遂げて何になるんだ!力で得た物は必ず力で奪い取られる!」
「…明治政府も力で徳川さんを倒して偉いさんになったんやないか。お前の論法よろしく、ウチも力で成し遂げてやるわ」
「愚かな…!明治になって十五年、人々は平穏に暮らしている。それを壊してまで家を再興しようと云うのか!」
「お前は弓月の家を再興したいとは思わなんのか。お前の家も明治政府に潰されたんや」
「再興させるさ、しかし力ではなく知恵で、父と同じ商人として!」
「ご立派なことや」
「明治政府に潰された僕ら家うんぬんより先に、君の体はどうなんだ? 今朝の力は尋常なものではなかったが、以前の美姫さんにはなかった力、サンダードーンより与えられた力なのだろうが、何の修行もしないであんな強大な力を得て無事に済むはずがない!必ず強烈なしっぺ返しがその身を襲う!右近も左近も何で止めない!」
言葉に詰まった右近と左近。
「そ、それは…」
「反論出来ないっす…」
「新太郎の言う通りだ右近、お姫様の言いなりになるのが騎士道精神なのかい?」
「近藤…」
「何がナイトだ、笑わせやがる。ぶん殴ってでも過ちを冒させないのが筋ってもんだろ!」
「…」
勇子の顔を見ることが出来ない右近。
「もうええ、議論は終わりや。行くで右近、左近」
「「は、はは!」」
「美姫さん、畜生働きはしないと云う、つばめ組の誇りはどうしたんだ?僕たちは宿敵に失望したくない。目を覚ますんだ!」
「…今日は見逃したる。今度会った時は容赦せんで。新太郎もウチを殺す気で来いや」
美姫は立ち去った。右近と左近は新太郎に申し訳なさそうな顔をしている。もう二人で何度も今の新太郎と同じような説得をしているのだろう。でも美姫は聞く耳を持たないようだ。
「あっはははは! 話し合いは終わったかい兄ちゃんよ」
洞窟内にアダルの高笑いが響いた。
「さて、今回はちゃんと相手してやる。女どもは必死に戦えよ」
「「……?」」
歳絵と薫は意味が分からない。勇子が
「こいつ、敵の女を倒した時は犯してから殺すそうだ」
歳絵の顔が険しくなった。
「女人の敵ですね…」
「犯すって何です?」
「薫くん」
「はい?」
「源内さんの持つ灯りを消されたら終わりだ。一定の時間、ここいらを明るくすることは出来るかい?」
「さすが新太郎さん、頭がいい! 任せて下さい!」
仲間の女たちをそんな目に遭わせるのは男の誇りが許さない。新太郎は対アダルに気持ちを切り替えた。そして薫が陰陽術を発動させた。
「急急如律令!」
黒い法衣を着た美童、式神玄武が現れ
『暗いの怖いよ~。明るくしちゃえ!』
その一帯を明るく照らした。
「ほう…。器用な真似をする」
と、アダル。そして正体を現した。それは巨大な黒い翼を背にし、鋭利な爪、残酷な目をした魔の者だった。
「下手に暴れて洞窟が崩落したら大変なことになるぞ…」
周囲を見渡して勇子が言った。それに
「しかし屋外ではあの翼が使える。空中から襲われるよりいい」
新太郎が答えた。道理だ。戦闘が始まった。
「ふっははは、その澄ました女が特にそそるな。その澄ました顔を恐怖で歪ませ、そして命乞いするほどに犯してくれるわ」
アダルの言葉にも歳絵は顔色を変えない。たとえどんなに強かろうと性根は三流以下。怒る気もしない。
「新撰組に敗北の二字はない。覚悟なさい」