萌えよ剣 壬生の狼の娘たち   作:越路遼介

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機動新撰組、温泉へ

 やがて如意ヶ岳の山火事は鎮火、早乙女美姫も山から下りた。

「姫、お召し物が煙で汚れています。今日のところはホテルに戻りましょう」

「せやな」

 歩きながら美姫は考えごとをしていた。右近が訊ねる。

「姫、何をお考えに?」

「近藤はんたちが戦っていたあれ…。物の怪やない」

「確かに尋常な異形ではなかったですね…。あれが弓月たちの言っていた化け物のことなんでしょうか」

「でも姫、なんで新撰組を助けたんす?」

 と、左近。

「助けたんやない、京の誇りを踏みにじったドアホを見つけたら、たまたま近藤はんたちが先に戦っていただけや」

「姫は優しいっす」

「やめや左近」

「ははは、ともあれ腹が空きました。姫、ホテルで湯を浴び、召し物を代えて食事としましょう」

「そうしよか。明日から京でのねぐらを探さんとなぁ」

「御意」

 ホテルへの近道と公園に入って通り抜けようとした時だった。一人の女が一行の前に立った。

「…?なんやお前、道を開けや」

「…貴女が早乙女家第十四代当主、早乙女美姫さんですね?」

「なに?」

「私は偉大なるサンダードーン幹部、天戒のサリーヌ」

 歳は二十歳くらいの女、亜麻色の長髪を流し、白いスーツを着ている。

「姫、こやつ外国人です」

「日本語うまいっす」

「なんや、さんだうどんってな?」

「試させてもらいます」

「「…!?」」

「呼んでみなさい物の怪を」

「な、何を言っているんやお前、死にたいんか?」

「必死に戦ってみなさい。でなければ殺します」

「天下の義賊つばめ組に対してええ度胸やないか!あとで泣いても知らんで!」

 美姫は大かまいたちを召喚。右近と左近もサリーヌが尻尾を巻いて逃げると思った。しかし

「グギャアアアッッ!!」

 大かまいたちは瞬時に炎上して塵芥となった。

 

「よ、よくもウチのかわいいかまいたちを!」

「…もしかして、今のが貴女が呼びだせる最強の物の怪ですか?」

「そ、それがどないしたんや!」

「ふん、名高い早乙女家も落ちたものですね」

「なんやと!」

「…期待はずれでした。殺すにも値しません」

 美姫を侮辱された右近と左近はサリーヌを攻撃した。しかし右近の太刀と左近の張り手は固い岩壁に阻まれるように弾かれた。

「…貴方たち、結界発生装置も持っていないようね。何が天下の義賊でしょう」

 サリーヌの発した爆風に吹っ飛ばされた右近と左近。

「ぐわあああッッ!!」

「し、信じられないっすーッ!!」

 美姫も巻き添えを食い、樹木に叩きつけられた。

「あうう…」

 全身の痛みに悶える美姫。

 

「ふふ、今くらいの攻撃、貴女の母上は苦もなくはね返したものですけどね」

「…!?」

「母親の紗姫に比べればゴミ以下。ガッカリしました」

「ち、ちきしょう…!!」

 怒りで体を奮い立たせ立ちあがった美姫。

「ウチが母さまに比べて弱いやて…?」

「いや、比べるのも紗姫に失礼かしら。娘の力量はどんなものかと見に来てみれば、とんだ無駄足にございました。まあ駄目な娘で我らは助かりますけどね。あっはははは!」

 

 逆上した美姫は物の怪も呼ばずにサリーヌに殴りかかった。母さまに遠く及ばない、それは美姫がもっとも抱いていた劣等感だったのだ。

「言うたなぁ!!」

「ふん」

 サリーヌは美姫を張り飛ばした。吹っ飛んだ美姫。倒れた美姫は泣いていた。痛みではなく悔しさのあまりに

「ちくしょう…。ちくしょう!ウチが母さまの力をちゃんと受け継いでいたらあんなヤツに!」

 やがて気を失った。サリーヌはそのまま立ち去った。

 

 しばらくして美姫は目覚めた。誰かがダメージを癒したのだ。

「う…」

「大丈夫ですかプリンセス美姫」

「…?」

 痛みも何も無くなっていることに驚き、美姫は起き上った。かたわらに外国人がいた。西洋のタキシードを着ている美男子。

「私の名前はマルケシュヴァン、お見知りおきを…」

「さっきの奴の仲間かいな…」

「はい」

「お前がウチの治療を?」

「そうです。プリンセス美姫があまりに哀れで」

「哀れやと…!」

「早乙女の力を受け継ぐことが出来なかったのは貴女の罪ではないと云うのに…」

「…どういうことや?」

「貴女には代々早乙女家で受け継がれていた力がある。物の怪を使うと云う力」

「…だが、あの女には何も通じんかった」

「先代の紗姫殿は本来貴女が受け継ぐべき力を機械のようなものに封印したのです」

「なんやて?どうして母さまはそんなことを!」

「それは紗姫殿に聞かねば分かりませんが、明治には不要の力と見たからではないでしょうか」

「母さまはお前たちサンダー何とかと戦ったんか?」

「戦いました。貴女の母上は強く美しかった。敵であった我々とて称賛を惜しまない、尊敬に値する敵手でございました」

「……」

「プリンセス美姫は紗姫殿より美しい…」

「母さまより綺麗なだけで何になるんや!何の役にも立たへんわ!」

「ですが、機械に封印された母上の力を得れば、貴女は強くなる」

「…母さまの力」

「この京都に十数個に分けられて封印されています。それを全部解放して力を得れば、先ほどのサリーヌなど鎧袖一触にございましょう」

「…お前、そのサリーヌの手下やないんか」

「いかにも手下です。しかしもうウンザリしているのです。総帥であるのをいいことに好き放題に振舞っていましてね」

「あの女が総帥?」

「紗姫殿との戦いのおり、サリーヌはサンダードーンの次席でしたゆえ、まあ自然と今は総帥と相成りました」

「……」

「しかし我らのすべてがそれを認めたわけではありません。私もそうです。あの女に馬車馬ようにこきつかわれ、ほとほと嫌になりました。だからプリンセス美姫がサリーヌを倒すことにご協力したいと思うのです」

「…話が上手すぎるわ」

「そう思われるのも無理はないですね。すぐにとは言いません。良いお返事がいただければ封印されている機械の元へご案内いたしましょう」

「……」

「早乙女の本当の力を得れば、明治政府もサリーヌも倒せるはず。悲願の早乙女家再興もまた成就するかと」

 この数日後、京都から忽然とつばめ組が姿を消した。

 

◆  ◆  ◆

 

 さて、機動新撰組屯所の天国荘では

「ちくしょう、痛いな…」

 風呂に入っている勇子。先ほどの激戦の傷かしみるようだ。

「そんな強い敵が出てきたのですか。近藤さんたち大変でしたね」

 同じ湯船に入っている薫。彼女も消火活動を手伝いクタクタであった。少し遅れて歳絵が入ってきた。天国荘の風呂は男女別に分かれていて、かつ大きい浴室である。歳絵はかけ湯をして湯船に入った。

「ふう~」

「ジジくさいヤツ」

「ほっといて下さい近藤さん」

「はは、で、調べ物を済ませてからと言っていたが、何を調べたんだ?」

「先ほどのニサンについてです」

「あいつが載っている本なんてあるのか?」

「それはないですが、あのニサンが西洋の物の怪であることが改めて分かりました。つまり魔物です」

「魔物…」

「猫丸さんが言ったように悪意を持つ怪物です。すでにおりょうさんには報告しておきました」

「そんな奴と戦っていくのかぁ…。さっきの戦いだって美姫の助太刀がなければ…」

「我ら三人、死んでいましたね」

「土方…」

「はい」

「修行は続けて、今後も物の怪と戦い経験を積んだとしても、とうてい今の装備じゃ今後も出てくるだろうサンダードーンの魔物と渡り合うのは無理だ」

「私もそう思います」

「源内さんなら何かいい武器を作ってくれるのでは?」

 と、薫。

「…そんな資金はないでしょう」

 歳絵の言葉に反論できない薫。とにかく武器製造には金がかかるのだ。湯を顔にかけて鼻息を出す勇子。

「どうすりゃいい…。今回のニサンの強さを考えると、先日の『鬼の手甲』を全員が身に着けても焼け石に水だぜ」

 

 それは新太郎も分かっていた。風呂から出たあとに源内を訊ねた。

「そうか…。サンダードーン、それが我らの敵の名前か」

「はい、歳絵くんの話では西洋の物の怪『魔物』であるとか」

「魔物…」

「はい、詳しくは明朝の会議でみなに言いますが、おりょうさんも予期せぬ事態に戸惑っているようです」

「ふむ…」

「ニサンが『幹部』と言っていたので、サンダードーンは魔物そのものの名前ではなく、魔物を統べる者の組織名と思います」

「なるほど、しかしそれほど強力な化け物だったのか…」

「源内さん、少し厚かましいお願いなのですが…」

「分かっている。そのサンダードーンに対抗出来る武器が欲しいと云うわけだろう」

「…そうです。僕、何とか資金を捻出しますから」

「これを新太郎くんに見せておこう」

 源内は鍵付きのキャビネットからレジュメを取り出した。

「これは…設計図ですか?」

「そう、父、三代目源内が作ったもので『機動剣』と云う」

「機動剣…」

「結界発生装置も組み込まれた武器だ。攻撃力は設計図を見る限り、あらゆる日本刀を凌駕するだろう」

「す、すごい!作れるのですか?」

「いや設計図をどう見ても、ある物質構造がどうしても解明できない。それさえ判明すれば、そんなに高額な資金を使わずとも出来るのだが…」

「無理を言っているのは分かっているのです。でも…」

「分かっている。あんなに気持ちのいい女の子たちを化け物なんかに討たせるわけにはいかない。全力を尽くすよ」

「はい」

「話は変わるが、明日は給料日、どうかな?」

「ご一緒します」

「明日の相方は前回の…え~と…」

「雪奈さんです」

「そうだった。私の方で指名しておくよ」

「はい」

(楽しみ~♪)

 

◆  ◆  ◆

 

 ここは異様な雰囲気を持った一室。サンダードーンの本営である。どんな建物で、そもそもその本営は京都にあるのか、それとも西洋の国のいずれかにあるのかも分からない。最深部に幹部が詰める部屋がある。その奥の豪奢な大きな椅子に一人の女が座り、足を組んでいる。側近の男が報告した。

「サリーヌ様、ニサンがやられました」

「ほう…。誰にです?」

「機動新撰組と称する私設部隊です」

「新撰組…」

「はい、あのおりに『誠』の旗を掲げていた連中のことです。現在はイサミ、トシ、ソウジの娘たちが所属しているとの由」

「ほう…ソウジの娘がね」

 穏やかな微笑を浮かべるサリーヌ。報告の続きを聞いた。

「加えて、ゲンナイ、ヨウイチロウ、リョーマの子も集結とのことです」

「…そうですか、どうやら各々の父親たちはこうなることを予測していたと見えますね」

「そのようです」

「それでサイヴァ、ニサンはどうしました?」

 側近の男の名はサイヴァと云う。『漆黒のサイヴァ』と呼ばれる魔族の男で、サリーヌの右腕である。新緑の長髪を流す美男子であった。

「はい、奴は如意ヶ岳の大文字焼きのおりに集まる霊力を利用し、テトラグラマトン様復活のエネルギーにしようと考えたようですが…」

「それを先の機動新撰組に阻止されたと云うことですか」

「御意、過剰に集まった霊力を制御できず、山火事を発生させてしまうと云う体たらくぶりばかりか、人間に討ち取られると云う魔族の恥をさらしました」

 サリーヌの前には、サイヴァの他にもう一人男がいた。

「俺たちサンダードーンの中でもっともヘタレだったニサン、いいんじゃねえか別に」

 それは銀髪で黒の皮ジャンパーを着た男だった。名を牙狼のアダルと云う。アダルの言葉にサリーヌは

「そうは参りません。人間の底知れぬ力にやられたのをもう忘れたですかアダル」

「別に忘れちゃいねえけどよ」

「テトラグラマトン様がまだ復活していない以上、我らの魔力は不十分。つまり我々は紗姫と戦ったころより弱い。危険な芽はすぐに摘まねばなりますまい」

「はいはい、分かったよ。俺が一撫でしてくるぜ。しかし機動新撰組か、面白くなってきやがった」

 アダルはスッと姿を消した。

「サリーヌ様、あんな言動を許していては」

「構いません、あれでも戦いでは駒となる男。それでマルケシュヴァン」

「はっ」

 先に美姫に取り行った男だ。

「あの女はこちらに確保できたのですね」

「はい、すべてサリーヌ様の思惑通りに」

「ふふ、たとえイサミ、トシ、ソウジ、ゲンナイ、ヨウイチロウ、リョーマの子らが集結しても彼らが担ぐべき御輿である早乙女家の娘は我らが元にあるのです。集まっているのなら、むしろ幸い、十六年前の借りを返してくれましょう」

「「はっ」」

 サリーヌ、サイヴァ、マルケシュヴァンは右手を空に掲げた。

「「すべては我らサンダードーンの未来のため、そして偉大なテトラグラマトン様のため!」」

 

◆  ◆  ◆

 

 さて翌日に給料が出たので新太郎、竜之介、源内は島原遊郭へと遊びに行った。新太郎の相方を務めた雪奈は事前に源内が指名予約していてくれた。

「新太郎はん」

 部屋に入るなり新太郎に抱きつく雪奈。

「よう来てくれはりましたなぁ。待っとりましたえ」

「雪奈さん、会いたかったぁ」

「もう『さん』なんて付けんと『ゆ・き・な』と呼んでおくれやす」

「ゆ、雪奈」

「嬉しおす、さ、召し物を脱いで。今宵もウチを堪能しておくれやす」

 

 さて情事のあと

「先日の大文字の送り火、大変な騒ぎどしたなあ」

「うん、僕たちも祭りに行っていたけれど、突如任務に早変わりだよ」

「…この傷は先月にはなかったもの。新太郎はんたちは毎日命がけで戦っておるんどすな。新撰組の方たちのおかげでウチら安心して暮らせるのどす」

「ありがとう。そう言ってくれると励みになるよ」

 その新しい傷跡に口づけする雪奈。

「京の女は強くて優しい男が好きどすえ」

 

◆  ◆  ◆

 

 それから数日後のことだった。朝に臨時の会議が開かれた。

「京都府警から依頼が入りました。有馬温泉に出没をしはじめた物の怪の掃討依頼です」

 おりょうが作戦室で隊士たちに伝達した。

「有馬温泉に物の怪が?」

 と、新太郎。

「そう、二週間ほど前から出没していると報告されているわ」

「どうして有馬温泉に物の怪が。有馬は京都府ではなく兵庫県なのに…」

「それは京都に物の怪が出ると同じで解明はされていませんが、現地の温泉宿の組合は物の怪によって客足が途絶え兵庫県警に物の怪討伐を依頼したのです。しかしながら警察に物の怪は討てません。兵庫県警から京都府警を経て機動新撰組に依頼が入ったというわけです」

「なるほど…」

 腕を組んで頷く勇子。

「しかし、おりょうさん。有馬に行くのは良いとしても、その間の京都の物の怪退治はどうしますか。それにサンダードーンについても…」

 と、歳絵。

「二方面作戦は無理です。府警が徹底した警備をするということでした」

 とにかく府警からの依頼なので、機動新撰組としては断れない。

「それに、たまにはみんなに温泉で身を休めてほしいですからね」

 おりょうが言うと、隊士たちの顔は明るくなった。

「わあい、温泉に入れるのですねー!」

 大喜びの薫。

「沖田さん、遊びに行くのではありません」

「はーい」

「土方、そんニャに厳しく沖田を叱ることはあーりま温泉。ぐふ、ぐふふふふ!」

 

 ヒュウウウウウウウウ

 

 作戦室の空気は猫丸の駄洒落で凍りついた。

 

 かくして機動新撰組一行は有馬温泉に行くことになった。源内の作った電池で走るトラック、車内は運転する源内と女たち、荷台は男たちだ。

「季節が夏で良かったの兄ちゃん」

「いや、まったく。冬だったら有馬に着く前に凍死だよ」

「近藤は完全に旅行気分だニャ」

 車内から勇子の歌声が聞こえてきた。よほど温泉行きが嬉しいようだ。

「赤い夕日が向日葵染める~♪ 男にゃなれぬが鬼にはなれる~♪ とくりゃあ」

「近藤さん、遊びに行くわけじゃないのですよ」

「堅いこと言うな土方、お前だって嬉しいくせに」

「べ、別に私は」

「ははは、ん?」

 薫の顔が優れない。

「どうした沖田、顔が暗いが?」

 薫はずっと黙っていた。真っ青な顔で勇子に振り向いた薫。

「う、うう…。酔いました。吐きそう…」

「は、早く言え馬鹿!源内さん、車を止め…」

「もう駄目ェ…」

「「うわあああああーッ」」

 

 荷台でチンチロリンに興じていた新太郎たちは突如の悲鳴に驚いた。同時に急ブレーキ。どんぶりの中にあったサイコロが揺れる。

「うニャ!ニャー(私)の四五六があ~!」

「な、なんぜよ」

「さあ…」

 頭をぶつけた新太郎と竜之介。全員が車から出てきた。

「薫ちゃん、大丈夫?」

 きよみが駆け寄った。

「ずびばぜん…」

「もう、何でもっと早く言ってくれないのよ」

「どうしたの?」

 新太郎が勇子に訊ねた。

「沖田が車に酔って嘔吐しちゃって…」

「薫くん、大丈夫か?」

「…駄目でしゅ…。気持ち悪くて…」

「薫くんはむしろ荷台組の方がいいかもな。外の空気を吸えるから」

「はい…」

「とにかく掃除しよう」

「私が掃除…」

「いいから薫くん、君は座って休んでいなよ」

「沖田総司の娘が掃除するとニャ。ぐふ、ぐふふふふ!」

 

 ヒュウウウウウウ

 

 自分で言って馬鹿ウケしている猫丸。

「と、ともあれ新太郎くんの言うように荷台の方がいいだろう。車内で横になっても嘔気が止むとは思えないから」

 と、源内。

「はい…」

 自分のとしゃ物を掃除している新太郎の背を見る薫。

「新太郎さん…」

「優しいねえ新太郎は」

 勇子が言うと歳絵が答えた。

「性格なのでしょう」

「幼いころから女先生にシゴかれると女に優しくなるのかねぇ…。三流以下の器量でも女を軽く見る馬鹿男が多いなか珍しいよ、ああいうの」

「そうですね。でも私は嫌いではないです」

「ああ、その点は同感だ」

 荷台を見るとチンチロリンをしていた様相、博打好きの勇子は

「沖田には悪いが、しばらくは臭いが取れないだろう。私も荷台に行くよ。竜之介、私もチンチロリンの仲間に入れろ」

「ええけど、姉ちゃんが好むような高い相場で打ってないぜよ」

「いいよ、着くまでの暇つぶしだし」

 掃除を終えて、再出発した一行。薫は荷台に座るが車内よりはマシなようだ。

「新太郎さん、ありがとう」

「また吐きたくなったら言って、源内さんに言うから」

「はい」

「兄ちゃんからぜよ」

 竜之介にどんぶりを振られた新太郎。

「ああ、そういえば僕が親か。ようし勇子くん、容赦しないぞ」

「その言葉、そっくり返すぜ。ケツの毛まで抜いてやる」

 

 さて、しばらくして有馬温泉に到着。

「おい近藤、若い娘が上はサラシだけじゃいかんニャ」

 勇子はチンチロリンでボロ負けした。勝ったのは猫丸。勇子が博打のかたに入れた上着とマントを返そうとするが

「うるせえ、負けをチャラにしてもらうなんて出来るか!へっくしょい!」

「仕方ないニャ、出世払いと云うことにしてやるから、この汗くさいの受け取れニャ」

「てめえ、花の乙女の着物を汗くさいとは何だ!」

 ようやく猫丸の申し出を受けて着物を着た。旅館に到着、上谷旅館と云う建物で兵庫県警が都合してくれた旅館だ。

「まあ、なかなか趣のある旅館ね」

 満足そうなおりょう。

「おりょうさん、ここなら海にも近いです」

 きよみも満足そうだ。

「ようし、さっそく露天風呂としゃれ込もうぜ」

 勇子が言うと

「近藤さん、まずは現地の情報を集めませんと」

「はいはい、分かったよ土方」

「もう大丈夫かい薫くん」

「…はい、何とか」

 まだ体力の回復していない薫を気遣う新太郎。

「今日の巡回は避けた方がいいね」

「いえ、それは大丈夫です」

「まあまあ、それは少し休んでから判断しても遅くないよ」

 

「いらっしゃいませ」

 旅館の主、上谷信夫が出迎えた。

「ご主人、兵庫県警より要請のありました機動新撰組です。私は長官のおりょう」

「局長の近藤です」

「この旅館を営みます上谷信夫と申します」

「しばらくお世話になります」

「「お世話になります!!」」

「どうぞどうぞ」

 部屋は当たり前だが男部屋と女部屋に分かれてあった。

「へえ、いい宿ぜよ。海にも近くて、げにまっこと絶景ぜよ」

 窓からは播磨の海が広がり、まさに絶景だ。潮風を思い切り吸う竜之介。

「任務とは云え、いい旅となりそうだね新太郎くん」

 と、源内。荷物を下ろして腰を伸ばしている。まずは旅の疲れを癒しては、と上谷が勧めるので早速新太郎は風呂に行った。竜之介と源内は近くの砂浜を散策してから入るとのことだった。

「へえ、こんなに広いのに僕一人が客か。客足が途絶えていると云うのは本当のようだなぁ」

 いそいそと着物を脱いで露天風呂にざんぶと入っていく新太郎。

「うい~」

 あまりの気持ちよさに変な声も上げてしまう。

「かの豊臣秀吉も愛した有馬温泉か…。分かる気がするなあ」

 自然と歌も歌いたくなる。

 

「貴女に紳士のいでたちで、うわべの飾りは良けれども、政治の思想が欠乏だ。天地の真理がわからない、心に自由の種をまけ。それ、オッペケペェ、それ、オッペケペッポー、ペッポッポ♪」

 

 新太郎は最近流行っているお気に入りの『オッペケペ節』を口ずさみながら温泉に浸かった。さて、そこに

「さーて露天風呂、露天風呂♪」

 と、勇子が入ってきた。

「ん?」

 湯殿の大岩の影に人影が見えた。

「沖田だな、ようし脅かしてやるか」

 湯に完全に潜り、人影に進み、その眼前に突如姿を現し、

「うわははは!驚いたか沖田」

「え…!?」

「ぅえ?」

「な、何を」

「し、新太郎?」

 新太郎は大きく二回うなずく。勇子はバスタオルを体に巻いていたが、それが落ちた。勇子の一糸まとわぬ姿が新太郎の目に飛び込んだ。

「ぎゃあああああっっ!!」

 強烈な平手打ちが新太郎にたたき込まれた。

「な、なんでぶたれなければ…とほほ」

 

 大きな手形を頬につけて部屋に帰る新太郎。途中で源内に会った。

「どうしたんだい、その大きな手形は」

「…実は混浴と知らずに温泉に入り、そこに勇子くんが」

「…そ、そりゃあ気の毒だったね」

(でもまあ…。きれいだったな勇子くんの裸は)

 得をしたと思おうと新太郎は部屋に戻っていった。


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