萌えよ剣 壬生の狼の娘たち   作:越路遼介

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大文字の炎を守れ!(後編)

 如意ヶ岳での出来事をおりょうに報告する新太郎たち。

「以上が如意ヶ岳で見た一部始終です」

 困惑する顔のおりょう。

「大文字の火床に物の怪が現れるなんて…」

「火床でも言ったけど、あれは物の怪じゃないニャン。ニャー(私)も妖怪だから分かるニャン」

「物の怪とどう違うの?」

 新太郎が猫丸に訊ねた。

「物の怪は日本に古くから住んでいるニャ。ある程度のダメージを与えれば自分たちの世界に消えるニャ。つまりニャーたちは物の怪を殺しているのではなく彼らのいるべき世界へ返しているだけだニャ」

「うん」

「あの化け物は海の外の怪物ニャ。外人が使う悪意ある怪物ニャ」

「外国の怪物…。何で京都にいるんだ?しかも外人が使うって…」

「ニャーもそこまでは分からないニャ~」

「京都で何が起ころうとしているのだろう…」

「竜之介、新太郎さん、猫丸さん、とにかく今日はもう休んで下さい。今のことは明日にみんなと話しましょう」

「はい」

 新太郎たちはおりょうの部屋から出て行った。

「あの人が心配していたことが、ついに…」

 

◆  ◆  ◆

 

 翌朝になった。朝から作戦室で如意ヶ岳での出来事についての会議を開いた。

「そんなに強かったのか?」

 勇子が新太郎に訊ねた。

「一体がヌエに匹敵する強さだった」

 ヌエはここ数日出てくる物の怪の中で最強だった。それと同じくらいの強さの者が三体。よく無事に帰ってこられたと新太郎たちを見る勇子たち。

「竜之介のバズーカがもし弾切れだったらと思うとゾッとするよ」

「しかし猫丸さんの言われることも気になります。物の怪ではなく化け物、海の外の怪物で、外国人が使う悪意ある怪物…」

 と、歳絵。おりょうが

「火床の調査は竜之介と源内さんにお願いしました。他の方は化け物に関して情報収集をお願いいたします。」

「「はいっ」」

 勇子が立ち

「大文字の送り火の当日に火床へ出てくる可能性もある。みんな気を引き締めてかかろうぜ!」

「「了解!」」

 

 しかし、化け物はそれ以降火床に姿を現さず、町の聞き込みもめぼしい情報は掴めなかった。時は刻々と大文字の送り火当日に迫る。

「兄ちゃん、どうだった?」

 天国荘に戻った新太郎を出迎えた竜之介と猫丸。

「駄目だったよ、情報はない。町の人たちもチンプンカンプンだし、逆に府警に市民を動揺させるような聞き込みは困ると叱られる有様だよ」

「俺も似たり寄ったりぜよ。しかし参ったの~。明日は送り火当日じゃと言うのに」

「いつの間にか、祭りを利用して勇子くんと歳絵くんを仲直りさせると云う案が飛んでしまったけれど、彼女たちは相変わらず不仲だよ。こんな時にも協力しあわないもんなあ…」

「まあ、なるようにしかならんちゃ。それより兄ちゃん、化け物の足取りが追えないことが、また証拠とも考えられんかの」

「と、言うと?」

「姉ちゃんの言うように、送り火当日に行動するため今はジッと潜んじょるんじゃないかの」

「祭り当日に、あんな化け物が出たら大変なことになるな…」

「特にお盆は妖力が高まるからニャ」

 と、猫丸。

「まあ、ホトケさんを呼び出すのじゃからの」

「しかも如意ヶ岳の火床あたりは強い妖力があるニャ」

「そうなんだ」

 初めて知った新太郎。

「京都にはそういうところがたくさんあるニャ。だからニャー(私)のような妖怪には住みやすいところなんニャ」

「物の怪が出るのも、そういう場所柄だからかな…」

 

◆  ◆  ◆

 

 さて、翌朝になった。床を出て窓を開けた新太郎。

「結局、何も分からないまま当日になってしまったな。どうなるんだろう今日のお祭り…。勇子くんと歳絵くんは相変わらずだし…」

 朝食を食べたあと、見回りに出た新太郎。先日の呉服屋を通りかかった。

「浴衣も結局用意出来ずか。あの三人の浴衣姿を見てみたかったのに残念だな」

「おや、先日の新撰組の見習いはん」

 たまたま店先に出ていた呉服屋主人が新太郎に声をかけた。

「どうも」

「先日は災難でしたな。で、あの綺麗なお嬢さん方の浴衣は見繕えたんですか?」

「あのあと色々とありまして、結局用意できませんでした。大文字の送り火はいつもの服で行きます」

「そらあきまへん。あんな綺麗なお嬢さんたちをいつもの着物で行かせたら、あの子たちの面倒を見ている長官はんが笑われますで」

「そ、そうなんですか?」

「そらそうですやろ。機動新撰組の長官は若い者の面倒もよう見ない怠けモンやと言われますで」

「た、確かに言われるとおりで…」

「仕方おまへん、三円ドブに捨てた見習いはんのために人肌脱ぎましょ。いま手持ちはいかほどですやろ」

「二銭ほどですが…」

 安物一着買えない額だ。

「それで三着の貸し衣装の浴衣を貸してあげますわ」

「ほ、本当ですか!」

「ほんまです。綺麗な子に着てもらうのがウチらの喜びやし」

「あ、ありがとうございます!」

 店主は中級の貸し浴衣を提供してくれた。かなりのオマケだ。しかも店主は先日に三人が気に入った取り合った浴衣の色と柄を考慮して新太郎に渡してくれたのだ。

「いつも京の平和を守ってくれている礼ですわ」

 新太郎は何度も頭を下げて呉服店をあとにした。

「あの三人、きっと喜んでくれるぞ」

 

 一度屯所に帰り、おりょうに浴衣を渡した。

「貸し衣装とは考えたわね」

「いえ、先日の呉服屋のご主人が」

 いつもの着物で祭りに行かせたら笑われるのは長官さんだと、安価で貸してくれたことを説明した。

「ありがたいことね。あとでお礼に行かなくちゃ」

「おりょうさんの手から渡してあげてください。私は続き見回りに行きます」

「新太郎さんの浴衣も用意してありますからね」

「え?」

「亡くなった主人のお古で悪いのだけど」

 つまり坂本竜馬が着ていた浴衣ということ。

「そ、そんな大切なものは着られません」

「あの浴衣も箪笥のこやしに飽きたでしょう。竜之介じゃ大きすぎて着られないし、遠慮しなくていいのよ」

「た、大切に着ます」

「では見回り気をつけてね」

「はい」

 

 再び見回りに出た新太郎、祭りの直前に何とか有力な情報を得たかったが、徒労に終わった。

「仕方ない、屯所に帰ろう」

 屯所に帰った新太郎を出迎えた竜之介と猫丸。

「おう、兄ちゃん、お帰り」

「ただいま」

「その顔じゃ今日も収穫なしのようじゃな」

「そうなんだ」

「敵襲に備えて装備一式は源内さんの出す夜店に置いておくことになったがやき」

 源内は香川出身でうどん作りが上手い。ここで自ら研究資金を稼ぐために夜店を出すことにして竜之介と猫丸が手伝うわけだ。

「使う機会がないことを祈るだけだね」

「げにまっこと、そん通りぜよ」

「で、勇子くんたちは?」

「もう帰ってきて、晩飯作っている母ちゃんを手伝っているきに。そろそろ出来上がるんじゃないかの」

 

 夕食後、風呂に入って自室に戻った新太郎は部屋の中央に盆に乗って置かれていた浴衣を見た。のりが利いて、色は渋いが何ともイナセだ。

「これが坂本竜馬の浴衣か…」

 手にとって一礼した新太郎。

「竜馬さん、着させてもらいます」

 天国荘の玄関に行くと竜之介と猫丸が待っていた。

「お、兄ちゃん、よう似合うぜよ~」

「そ、そうかな」

「俺が着たかったけれど、親父の体は大きかったようで無理じゃったきに」

「悪いね。僕が着て」

「ちゃ、ちゃ、ちゃ、男前が着て浴衣も喜んでいるぜよ」

「ありがとう」

「じゃあ、そろそろ行こうかの兄ちゃん。女ってもんはどうも出かけに時間がかかるきにな」

「そうだね」

 新太郎と竜之介、猫丸は大文字の送り火の祭り会場へと歩いていった。

「もう僕たちの装備は?」

「ああ、源内さんが先に持っていっているぜよ」

「いま敵に襲われたらたまらないな」

「物の怪か出る時間じゃないきに。それに今の俺らならヤクザが何人出てきても勝てるぜよ」

「でももし今つばめ組と遭遇でもしたら」

「そうじゃの~。右近と左近はあれで強いからの~」

 

 そう言って歩いていると、見たことのある三人組が前方から歩いてきた。見覚えのある面々だ。

「兄ちゃんがそんなこと言うから現実になってしもたがじゃ」

「そんなのんきな、逮捕しなくちゃ!」

 三人組も新太郎、竜之介、猫丸に気がついた。

「新太郎…?」

「つばめ組!」

 刀の鯉口を切った右近。

「よしとけ右近、こないな往来で構えることはないやろ」

「はっ」

「京都に戻っていたんだね」

「ほう新太郎、なしてウチらが京都にいなかったことを知っているんや?」

「あの日、京都駅で汽車に乗ったところを見たと云う情報が入っていたんだ」

「おい美姫」

 竜之介が呼ぶと

「貴様、姫様を呼び捨てにするとは!」

「やめとき右近、お子さま相手にしてもしゃあない。で、何か用かえ、坊や」

「同じ歳のくせして相変わらず高飛車な女じゃの。まあええ。おんしらが火床に出た化け物を使役しておったがか?」

 新太郎は美姫、右近、左近の顔を注意深く見つめた。いかにとぼけても身に覚えがあれば顔に出る。

「何のことや?火床に化け物?物の怪の間違いやろ」

「うんニャ、あれは物の怪じゃニャい。外人が使う悪意を持った化け物ニャ」

 猫丸を見る美姫。化け猫妖怪が言っているのならば信憑性がある。

「信じる信じないは勝手やが、ウチらは今日、この京都に戻ってきたんやで」

 本当らしい、美姫の目は嘘を言っていないように見えた。

「京の都を愛する者として、やっぱり大文字の送り火は見ておかんとなぁ」

「姫、そろそろ」

「そうやな、ではウチらはこれで」

 つばめ組は新太郎たちの一瞬の虚をついて逃走。

「逃がさない!」

「兄ちゃん、俺たちは丸腰ぜよ!右近と左近にとうていかなわんちゃ!」

「しかし、このままじゃ」

「せめて、あとをつけて連中が送り火を見る場所を落ち着けるまで待つんぜよ。そこでみんなと合流して捕物じゃきに」

「分かった」

 

 急ぎ追いかけるが、どうやら美姫たちは散り散りになって逃げたようだ。いつしか新太郎の方も竜之介や猫丸とはぐれてしまった。

「…仕方ない、集合場所に行こう」

 前もって示し合わせていた集合場所に向かう新太郎。その途中だった。

「弓月様…」

「え?」

 

 それは叶鈴香だった。初めて会ったときのようにベソをかいている。また迷子になったんだな、新太郎は察して鈴香の視線に腰を下ろした。

「ぐすん、お爺様とはぐれてしまいました」

「今日はお兄さんと一緒じゃないのかい」

「はい、お爺様と来ました。でも途中で」

「ほらほら鈴香ちゃん、せっかくのお祭りなんだから泣いていちゃもったいない。一緒に探してあげるから」

「ほんとですか」

「うん」

 新太郎は鈴香を肩車した。

「わあ、高い」

「これならお爺ちゃんを見つけられるだろ」

「はい」

 しかし祭りを人探しだけに費やすのはもったいない。新太郎は鈴香と射的に興じたりして遊んだ。

「えい」

 菓子の箱を落とした鈴香。

「こりゃお見事、妹さんやりますなぁ」

 射的屋の主人が鈴香を誉める。どうやら新太郎の妹と思ったらしい。

「一人っ子だからな…。妹がいたらこんな感じなのかな」

 綿菓子を見て食べたそうな顔をしている鈴香。買ってあげた新太郎。本当に嬉しそうだ。満面の笑顔である。

「ありがとう弓月様♪」

「来年は一緒に来ようか」

「はいっ」

 

 しばらくして、不安に血相を変えている長崎屋と会った。

「お爺様」

「ああ、鈴香ぁ、よう無事で」

「弓月様が一緒に探してくれました」

「見習いはん、おおきに、もう鈴香とはぐれてから生きた心地がせんかった」

「いえ、こうして無事に会わせることが出来て何よりです」

 孫娘と会えてホッとしたのか、目ざとく新太郎の着ている浴衣を見つめる長崎屋。

「…それにしても、粋な浴衣やなあ」

「おりょうさんの亡くなった旦那様のものなんです」

「そ、それじゃ坂本竜馬の浴衣か!?」

「はい」

「ほう~。なあ見習いはん、長官はんに言って儂に売ってくれと取り計らってくれんか」

「そ、そんな無理ですよ」

「…せやろな~。しかし坂本竜馬の浴衣か~。欲しいの~」

「もう、お爺様、弓月様を困らせては駄目です」

「あ、これはごめん鈴香。またお爺ちゃん叱られてしもたな。この長崎屋を叱るモンなど鈴香くらいや。ははは」

 

 長崎屋と鈴香は新太郎に軽く頭を垂れて祭りの中に姿を消していった。二人と別れると新太郎は大急ぎで走った。合流する時間を大幅に過ぎてしまった。時間にうるさい歳絵に何を言われるか。

「はあはあ、遅れてごめん」

「おう、兄ちゃん、今までつばめ組の足取りを追っていたんか」

「そ、そうなんだよ竜之介」

「新太郎さん、それで美姫さんたちは?」

 と、おりょうが聞いてきた。

「すいません、この雑踏で」

「そう…」

(すいません、おりょうさん。実は鈴香ちゃんと遊んでいました)

「まあまあ母ちゃん、今日はせっかくの大文字やき、捕物すんのも市民にとっちゃ興ざめで迷惑なだけじゃろ。つばめ組が京都に戻ってきたのなら、また会う時もあるぜよ」

「そうね竜之介」

「それより兄ちゃん、見てみろよ」

 大きな猫丸の後ろに隠れている人影三つ。

「何を柄にもなく照れちょるんじゃ。出てきいや」

「柄にもなくは余計だ竜之介」

 

 膨れた顔で出てきた勇子。歳絵と薫も少し顔を赤めて出てきた。三人とも浴衣姿だ。

「わあ、みんなきれいだよ」

「新太郎さん、ありがとう。とても嬉しいです~」

 浴衣に大喜びの薫。

「ゆ…弓月さん、ありがとうございます」

「ほら、土方さんもお礼を言ったんだから近藤さんも!」

「分かったよ!コホン、ありがとうな新太郎、この浴衣を用意するのに苦労させちまって」

「いや、三人のその姿が何よりの馳走だよ。本当にきれいだ」

「はは、知ってか知らずか、兄ちゃん女を口説いちょるきに」

「そ、そんなんじゃないよ竜之介!」

「新太郎もなかなか男前だぜ。馬子にも衣装だな」

 照れ隠しで勇子は憎まれ口を叩いているが、新太郎の浴衣姿は本当に粋で決まっていた。新太郎とすれちがった何人かの京娘は振り返って頬を染めたほどだ。新太郎は全然気づいていなかったが。

「本当です。新太郎さんもカッコいいですよ~」

「ええ、見事な男ぶりです」

 薫と歳絵も珍しく手放しで褒める。新太郎も照れくさそうだ。

「で、どうなの勇子さん、歳絵さん」

 おりょうが厳しく訊ねた。意図を察した勇子と歳絵は

「ここまでされては矛を収めるしかありません」

「弓月さんの好意を無にするわけにはまいりませんから」

「新太郎さん、良かったわね。仲良くするって」

 ニコリと笑うおりょう。苦労した甲斐があった。

「では、今日は自由とします。みんな羽を伸ばして、大文字の火祭りを楽しみなさい」

「「はいっ!!」」

「ただし…」

 釘を刺すことも忘れないおりょうだった。

「異変生じたら、すぐに源内さんの夜店に行き装備を整えて出撃に備えること。いいですね」

「「はいっ!!」」

「よろしい、では解散!」

 

◆  ◆  ◆

 

 誰かを誘って祭りを楽しもうかと思った新太郎。しかしこの会場のどこかにつばめ組がいるはず。今日捕えるのは無理だとしても祭りのあとに尾行して新しいアジトを確かめておきたいと思った。

「我ながらくそ真面目だなあ…」

 自分に呆れて頭を掻く新太郎。

「この役目、歳絵くんなら一緒に来てくれるかもしれないけれど、彼女も…」

 竜之介、猫丸、勇子、歳絵、薫と祭りを楽しんでいる後姿を見て誘うに誘えなかった。いつも物の怪と戦っているのだから、今日くらいは普通の女の子にさせてあげたい。そう思った。

「貧乏くじを引くのは僕だけでいい」

 新太郎は河原の方に歩いていった。夜店と少し離れていて人の数が少なくなってはいるが大文字の送り火を見るには絶好の場所だ。人が多い場所は避けるかもしれないと見た新太郎は河原周辺を注意深く見回った。すると

「あ、あれは」

 

 新太郎の勘は当たった。人の多い場所を避けて、大文字がよく見える場所である河原沿い。そこに早乙女美姫がいた。如意ヶ岳の方角を静かに見つめている。つばめ組の警戒厳しい京都に戻ってきたのは、やはり大文字の送り火を見たかったからなのだろう。河原に一人立っていた。

「右近と左近がいない今、彼女を捕らえる好機だ」

 仲間を呼びに行ったら、その間に立ち去られてしまう可能性がある。単独でやるしかないと腹を括った新太郎。

「装備を取りに行く暇はない。何とか物の怪を呼び出す前に彼女に当て身を食らわせ気絶させないと…」

 

 だが予想外のことが起きた。美姫に突撃すべく疾駆に備えた新太郎の前で

「おい、お姉ちゃん、せっかくのお祭りにお一人とは寂しいね~」

「こっちに来て酌をしろや」

「おお、可愛らしい娘っ子やな~」

 酔漢が美姫にからみだした。数人いる。

「何や、汚らわしい手ぇで触るんやない。ウチを誰やと思うとるんや」

「なんだと小娘」

「橋の下に連れ込んで、お嫁に行けない体にしてやろう」

(ちっ、右近と左近はどこまで行ったんや、仕方ない、せっかくの祭りの日に物の怪を出したくはなかったんやが)

 

「待て」

「「は?」」

 酔漢たちが振り向くと変な男が現れた。

「俺様は大文字仮面、せっかくの祭りに婦女子を狼藉するとは不届き千万。大文字の炎に代わってお仕置きをしてくれよう!」

「「……」」

 浴衣姿で近くの夜店で売っている桃太郎のお面をつけて登場した変な男。酔漢たちは、いや美姫もあっけにとられた。

「若いの、悪いこと言わんから病院行けや」

 酔漢たちは無視。

「こら、僕、いや俺様を無視するな!食らえ、正義の鉄拳を!!」

 格好は冗談そのものだが、大文字仮面はとても強かった。難なく酔漢をのしてしまった。

「お嬢さん、では!!」

 急ぎその場から離れようとした大文字仮面。

 

「…おい新太郎」

「な、何の話かな。俺様は大文字仮面である」

「…何でばれへんと思えるんや」

 のびている酔漢たちを見る美姫。

「毎日物の怪相手に戦っているんや。こないなモンらがお前にかなうはずがないわなあ」

 観念した大文字仮面は桃太郎のお面をはずした。弓月新太郎だった。

「ウチを捕えようと構えとったら、この阿呆どもが現れたっちゅうわけか?」

「まあ、そんなとこだよ」

「何で助けたんや」

「たとえ敵であれ君は女の子だから」

「……」

「暴漢に襲われているのを見過ごせなかっただけだよ」

「ふん、助けたと思てるんなら大間違いやで。飛んで火に入る何とやら。丸腰で来るとはウチもなめられたもんや。結界発生装置も持っていないやろ。畳んだるわ」

「ならば、物の怪を呼ぶ詠唱より早く、君に当て身を食らわせる」

「大かまいたちを出したときを忘れたんか。ウチは一瞬で呼び出せるんや」

「やってみるがいい。僕の当て身の方が早い」

(たぶん…)

 

 しばらく見つめ会う新太郎と美姫。

「ふん、まあええ。今日は大文字の火祭りや。許したるわ」

「僕も今日は見逃そう」

「偉そうに言うわ」

「…一つ聞きたい。どうして大かまいたちを消した」

「聞いてどないする」

「知りたいだけだ。僕たちを全滅させることも出来たのに」

「つばめ組は義賊や。殺生はせん」

「……」

「新太郎」

「え?」

「お前、あの戦いで近藤はんたちを逃がすため犠牲になろうとしたやろ」

「な、何で知っているんだ?」

「やはりそうかえ。双眼鏡で戦闘の様子を見ていたが言葉は聞こえずとも、お前の目ぇがそれを言っていたわ」

「……」

「そんなん、仲間を助けることにはならへんで。お前阿呆やなあ」

「そ、そんな言い方ないだろ」

「でもウチは嫌いやないで。この腑抜けた明治にお前みたいな男おったやなんて」

「……」

「だからこそ戦いがいある。今度会ったときは容赦せんで」

「こちらこそだ」

 去りかけた新太郎に

「新太郎、おおきに」

「え…?」

 美姫の姿は消えていた。最後に助けてくれた礼を言ったようだ。

「かわいいところ、あるじゃないか」

 

◆  ◆  ◆

 

 夜店並ぶ通りに戻ったところ、ちょうど大文字の送り火が焚かれた。祭りに来ている者たちは炎に見とれる。

「やっぱり京都の夏はこれやなあ…」

「きれいだべ、はるばる山形から来たかいがあっただな、ばあさん」

「んだなぁ、じいさん」

 新太郎も歩みを止めて送り火を見た。

「想像以上の美しさだな。…ん?」

 送り火が異常な大きさになった。

「…なんだ?あれじゃ山火事じゃないか!」

 即座に新太郎は源内の夜店へと駆けた。同時に勇子たちもやってきた。

「新太郎、見たかあれ!」

「勇子くん、もしかしたら僕と竜之介が出くわした化け物の仕業かもしれない!」

「弓月さん、近藤さん、急ぎ装備を!」

「でも近藤さん、土方さん、この浴衣を汚しちゃ駄目ですよう」

「薫くん、そんな場合じゃ」

「いや沖田の言う通りだ。この夜店の裏なら覗かれずに着替えられそうだ」

 せっかく新太郎が工面してきた浴衣を汚すまいと勇子たちは装備の入った包みを持って夜店の裏へ駆けた。

「よっぽど新太郎くんの気遣いが嬉しかったんだろうな彼女たち」

 と、源内。新太郎も嬉しかった。新太郎が着ていた浴衣を受け取るきよみが

「誰だか知らないけれど、京都の人々が楽しみにしている祭りを台無しにするなんて許せないわね。新太郎くん、ギッタギタにしてやんなさいよ」

「そのつもりです」

 刀を差して、いつもの隊服姿になった新太郎。

「やれやれ、私の讃岐うどん屋台、とても繁盛していたのに」

 残った材料を虚しく見つめる源内。

「源内さん、この騒ぎを片付けたら僕たちに食べさせて下さい。きっと腹ペコでしょうから」

「そうしましょ、源内先生」

「そうだね、きよみくん」

 勇子たちが着替え終えた。

「きよみ、私たちの浴衣、持って帰ってくれ。汚すなよ」

「分かっているわ」

 三着の浴衣をきよみに渡す勇子。

「お待たせしました。参りましょう!」

「せっかくの祭りをブチ壊して許せない。ぶっ飛ばしてやるんだから!」

 勇子、歳絵、薫も隊服に着替えて刀を腰に差している。

「新太郎、おりょうさんたちは?」

「竜之介くんと猫丸はもう火床に駆けていった。おりょうさんも一緒だと思う」

 と、源内。

「勇子くん、僕たちも急ごう」

「よし、機動新撰組、出動だ!」

「「了解!!」」

 

 急ぎ火床へ駆けていった新太郎たち。如意ヶ岳に着いたものの、もはや山火事だ。それを見て新太郎、

「みんな、熱気を避けて進むよ!うかつに呼吸しては駄目だ!気道熱傷を起こす!姿勢を低くして疾駆し、地面に近い比較的温度の低い空気を吸って!」

「「了解!!」」

(さすが弓月さん、気道熱傷に考えが及ぶとは)

 もはや参謀見習いではないなと思う歳絵だった。新太郎たちを見ておりょう、竜之介、猫丸がふもとに降りてきた。

「みんな、いる?」

「「はいっ!!」」

「消火を手伝うものと火床に向かう者を分けます。消火は私、竜之介、猫丸さん、薫さん」

「「はいっ!」」

「火床には新太郎さん、勇子さん、歳絵さん、願います!」

「「了解!!」」

 

 新太郎は勇子と歳絵を連れて火床へ駆けた。木々が紅蓮の炎をあげる。新太郎は持っていた水筒から手拭いを取り出して少し濡らしてマスク代わりにした。勇子と歳絵も真似る。そして到着した火床。そこには一人の外国人が立っていた。

 

「ふっははは、燃えろ燃えろ、立ち上る炎は、すべての封を解く道しるべとなり、京都を闇に導くのだ!」

「あれはいつかの宣教師!」

 新太郎たちが来たことに気付いた宣教師。勇子が怒鳴る。

「なんだって、こんなことをするんだ!」

「ふふふ…。すべては偉大なる計画のため…」

「その計画とはなんだ?あの化け物を使っていたのも、その計画の一環か?」

 新太郎が訊ねた。

「ふふ…。低俗な人間どもに語る必要はないわ」

「訊ねても無駄なようですね。弓月さん、近藤さん、参りましょう」

「ふふふ…。我らは物の怪とは違うのです。貴方たちに勝てますかな?」

「私たちは京都の治安を守る機動新撰組、名乗れ!」

 刀を突き付ける勇子。

「私は天より使わされた偉大なるサンダードーンの幹部の一人。魔眼のニサン!」

「ふん、にいさんかねえさんかは知らないが覚悟しな、ハゲ!」

 勇子がニサンに突進、

「隼斬り!」

 あっさり斬られたニサン。

「なんだよ、口ほどにも…」

「勇子くん、はなれて!様子がおかしい!」

「なに?」

 

 ニサンの眼がキラリと光ると勇子は吹っ飛ばされた。

「うわあああ!」

 そしてニサン、勇子に斬られた傷はみるみるうちに塞がっていく。

「この姿ではかなわないようですね…」

 ニサンは巨大化した。全身が紫色の巨大な怪物。全身に眼球がある不気味なものだった。

「あいててて…」

 腰を押さえて立ちあがる勇子。

「大丈夫かい、勇子くん」

「ああ、何とか。しかしあれがやっこさんの正体か…」

「そのようだ、確かに物の怪と雰囲気が違うな」

「バラバラに戦っては勝ち目がございませんね…」

 と、歳絵。

「やるしかねえだろ。私が攻撃に集中する。土方は陽動、新太郎は私たちの回復、そして隙あらば斬れ」

「了解」

「分かった」

(正念場だ…)

 

「姫、あぶのうございます!こんな山火事の中を駆けて!」

 早乙女美姫も如意ヶ岳に入ってきていた。右近が懸命に止めるが

「ウチの目の前で京の誇りをぶっ壊した阿呆をぶん殴らな気が済まん!」

「ひいはあ、元相撲取りのおれにはキツイっす~」

「懸命に走れ左近!我らは姫を守るのが使命ぞ!」

「うひ~」

 

「はあはあ…」

 肩で息をしている新太郎、勇子、歳絵。

「強い…」

 とてつもないパワーだった。武器は持っていないが、その巨大な腕から繰り出される拳は脅威だ。さらに最悪な事態も重なった。ニサンが放った怪光線は勇子の視力も奪ったのだ。暗闇回復薬はあるので治癒はするが、そんな暇をニサンは与えない。

「ふっははは!さっきの鼻息はどうしましたか!」

 勇子をかばいながら巨腕による攻撃を避ける新太郎。

「すまない、私が足を引っ張って!」

「歳絵くん、いったん退却だ」

「それしかないようですね」

「逃がしませんよ。貴方たちはここで…」

 

 ニサンも気付いたが新太郎たちも気付いた。新太郎たちの後ろから何かが迫ってきている。大きな獣が迫るような足音。

 

 ドドドド…

 

「新手!?」

 真っ青になった新太郎。ここでニサンに加勢が来れば我らには勝機どころか命もない。

「私を置いて逃げろ!」

「馬鹿なことを言わないで下さい!」

「土方…」

「弓月さんはニサン、私は後方の敵に備えます」

「分かった」

 歳絵が構えた瞬間、その大きな獣が歳絵の横を通り過ぎた。歳絵の長い髪が勢いよく流れる。

 

「お、大かまいたち!?」

 そう、かつてつばめ組アジトで戦った、あの大かまいたちがまさかの助太刀でやってきたのだ。

「キシャアアアッッ!!」

 ニサンも突如現れた難敵に驚き、怪光線を放ったが大かまいたちの目を外れた。

「ちっ!」

 大かまいたちの巨大な鎌はニサンを切り裂いた。召喚された物の怪と云うものは召喚者の命令に絶対に逆らわない。あの時は機動新撰組を襲えと命令されたが、今回はニサンを襲えと命令されたのだろう。

「しめた!」

 新太郎は急ぎ、勇子に暗闇回復薬を飲ませた。

「勇子くん、どうだい目は」

「にっげぇ~ッ!!おぇ」

「吐くなよ!高いんだよ、それ!」

 視力が戻った勇子。

「よくも私に地球規模の苦さの薬を飲ませるはめにしやがったな!」

 それにしても大かまいたちの攻撃はすごい。ニサンはその攻撃を避けるのがやっとだ。

「すげえ…。あの時にこいつはまだ手加減していたのだろうか」

「いや、たぶん火床の持つ妖力に力が倍増されているんだと思う」

「私も弓月さんと同意見です」

 回復薬を飲み終えた歳絵。

「弓月さん、近藤さん、回復は?」

「「終えたよ」」

「大かまいたちの攻撃にニサンは腰が引けています。隙を見て一斉に斬り込みましょう」

「「了解!」」

「この、低俗な物の怪が!」

 逆上したニサンはついに大かまいたちに渾身の一撃を入れた。大かまいたちはよろめく。それを見て一瞬隙を見せたニサンに

「連続斬り・弐段!」

「隼斬り・弐段!」

「凍跡殺・弐段!」

 新太郎、勇子、歳絵の必殺剣がニサンに叩きこまれた。

「ぐぁ、ぐああああーッッ!!」

 

 倒れたニサン、姿は最初の宣教師に戻った。全身が斬られている。大かまいたちは姿を風のように消した。

「美姫さん…。ありがとう」

 姿の見えない美姫に礼を言った新太郎。だれが助太刀をしたのかは勇子や歳絵も分かった。

「京都の誇りを汚した者を許さない気持ちは同じと云うことですね」

 と、歳絵。

「いつか恩に着せてくるぜ、あの女」

 ふん、と笑う勇子だった。ニサンが動く。急ぎ構えた新太郎たち。

「まさか…人間ごときに…」

「ふん、信じられないってのかい?だが残念、現実だよ」

 勇子を忌々しそうに睨むニサン。血だらけで地に伏して、もう死を免れない。

「物の怪のように消滅しない。やはりこれから戦う化け物は殺さなければならないと云うことか」

 新太郎が言った。勇子と歳絵も初めてそれに気付いた。

「結界発生装置を使うのは同じだが…これから殺さなければならないのか…」

「殺さなければ、私たちが殺される戦いが始まるようですね」

 

 ニサンを見つめる歳絵。

「ニサン、サンダードーンとは何ですか。貴方たちは京都で何をしようとしているのですか」

「…言ったであろう。京都を闇にすると」

「闇?」

「今に分かるだろう…。我が命、偉大なるテトラグラマトン様に捧げる!…ぐふっ」

 ニサンは死んだ。今まで目の前で息絶えた敵はいない。物の怪は猫丸の言うようにある程度のダメージを与えれば現世に留まることが出来なくなり、煙のように消えただけ。しかしニサンは目の前で死んだ。まぎれもなく物の怪のような別世界の住人ではなく、いま新太郎たちが立っている世界に存在する悪の者なのだ。

「サンダードーン…。テトラグラマトン…。何の話なんだ」

「分かっているのは、その名称が洋語であることから西洋の悪しき者と推測できるということだけです…」

 新太郎の疑問に添える歳絵。

「西洋のワルモノが何で京都を狙う…。おい、見ろ!」

 ニサンの死体を指す勇子。ニサンは不気味な光に包まれて消滅した。

「なっ…!?」

 驚く新太郎。勇子が

「今の消え方は…物の怪の消え方じゃないな」

「そのようです。まるで何者かが連れ去ったような…そんな消え方です」

 ニサンがいた場所を見つめている歳絵。地に染みていた血すら無くなっている。

「京都で…何が起ころうとしているのか…」

 そう思わずにはいられない歳絵だった。

 

 新太郎たちのはるか上空、西洋のスーツ姿の男が空中に浮いていた。手のうえに光を放つ物体がある。

「ニサン、お前の望むとおり、その命をテトラグラマトン様に捧げよう。かの偉大な方の血肉となって生き続けよ。そして見届けろ。この京都が闇となっていく時を」

 男は夜の空に忽然と姿を消していった。


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