萌えよ剣 壬生の狼の娘たち   作:越路遼介

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大文字の炎を守れ!(前編)

 夜の巡回に出ている新太郎、勇子、歳絵。妖気レーダーに点在している物の怪の反応がすべて消えた。

「全部倒したようだ」

 と、新太郎。そこへ

「う~い、なんや、若いのが女連れで何をやってんのや?」

 変な酔っ払いが来た。

「うぷっ、何だこの親父、酒くさ~」

 鼻をつまんだ勇子。

「ああ、お前らやな、チンドン新撰組ってのは」

「『機動新撰組』です」

 名前を変なふうに間違えるとは失礼な。不愉快な歳絵。

「へん、夜中にこうして出歩くだけで偉いさんから銭もらえるとはええ御身分やな」

「なんだとこの酔っ払い!」

「新撰組を愚弄するなら許しませんよ」

「勇子くん、歳絵くん、酔っ払いの言葉にいちいち腹を立てるなよ」

 今にも殴りかかりそうな勇子を止める新太郎。

「ふん、あずま者かい。女はやっぱり京女やな~」

「へいへいそうかよ、一生女に縁のなさそうな顔でよく言えるよ」

「阿呆ぬかせ、儂にゃあ二十人以上のイロがおるんや」

 散々悪態をついて酔っ払いは去っていった。

「ちゃんと家に帰れるかな、あのおっさん」

「ほっとけよ新太郎、二十人以上のイロが守ってくれるだろ」

 

 酔っ払いは自宅に千鳥足で帰っていった。

「まったくしつけのなってない若いもんや。儂を誰や思てんねん」

 

 グルルルル…

 

「ん?」

 周りを見ても何もない。

「何や気のせいか」

 

 グルルルル…

 

「……!?」

 四メートルはある巨大な怪物が酔っ払いの前に現れた。

「な、なんやぁーッ!!」

「グルルルルル…」

 恐ろしい形相で酔っ払いを睨む怪物。

「わ、儂は物の怪なんぞ怖ないぞ!かかってこい!」

 それに対して静かな声が聞こえた。

「我々は物の怪ではない…」

「ひ、ひえええええッ!化け物!」

 

 腰を抜かしている酔っ払いはそのまま体を引きずって逃げた。怪物は追いかけない。怪物の横に一人の男が姿を現した。青白い顔に見慣れない黒装束を着ている。

「崇高なる我ら魔族を化け物とは失礼な…。まあいい、いずれ思い知ることになりましょう。その時の人間ども驚く顔が見ものですね…。ふっはははは!」

 

◆  ◆  ◆

 

 さて翌朝、新太郎が起きてすぐに緊急招集の放送が天国荘に流れた。

「なんだろ?」

 急ぎ隊服を着て本部の作戦室に駆ける新太郎。テーブルについた。

「ふう…。もしかして僕が最後?」

「いえ、近藤さんがまだです」

 歳絵が答えた。間もなく

「みんな、おはよう~」

 と、まだ眠そうな勇子が入ってきた。その顔がだらけきったものに見えたか歳絵は立ちあがり

「遅い!それでも局長ですか!」

「な、なんだと土方」

「局長ならば我らの範になってしかるべき!一番早く来るのが筋ではないですか!」

「土方さ~ん、やめて下さいよ朝から」

 隣に座る薫が歳絵の服を引っ張る。

「……」

 歳絵を睨みつけながら着座する勇子。一連の様子を無視しておりょうが召集した理由を話した。

 

「昨夜遅く、商店街裏のお寺付近で化け物を目撃したと云う報告が京都府警から入りました」

「化け物? 物の怪ではなくて?」

 と、新太郎。

「ええ、目撃者は『あれは物の怪じゃない、化け物だ』と一点張りだそうです。しかし…目撃者はかなりお酒に酔っていたと云う話も聞いています」

「ではその証言自体、信憑性に欠けると言えますね」

 と、歳絵。

「京都府警もそんな酔っ払いの話なんざ本気にしちゃいないんだろ。面倒なことはみんなこっちに押しつけやがって」

「しかし近藤さん、元々こういう類の事件は我ら機動新撰組の担当です」

「そ、そりゃあそうだが土方だって証言のことを疑っていただろうが!なのに京都府警の肩を持つのかよ!」

「それはあくまで状況分析であって、肩を持つ持たないは別問題です。近藤さんも局長ならそのくらい冷静に判断してもらいたいものです」

「じゃあ何かい? 私には局長の資格がないって言いたいのかい?」

「勇子くん、歳絵くんはそんなことは言っていない。落ち着いて」

「黙ってろ新太郎!」

 また始まった。新太郎と薫はため息をついた。

「年功序列ですから仕方ありません」

「こ、このやろおおッ!!」

「やめなさい!」

 おりょうが怒鳴った。

「互いに意見を戦わせるのは大いに結構。しかし今は捜査を優先してもらいます」

「…すみません」

「…申し訳ありません」

 さすがはおりょうの一喝、素直に謝る勇子と歳絵だった。

「物の怪かは分かりませんが、未然に事件を防ぐ努力をしましょう。各自、昨夜出たと云う化け物について情報収集をお願いします」

「「はいっ!!」」

 

 自室に戻り、聞き込みに行く準備を整えた新太郎。

「化け物か、普通の人には物の怪も化け物も一緒に見えるもの。いや僕も同じに見えるか。しかし物の怪ではなく化け物だと言い切るには何かあるんだろうな」

 天国荘の玄関で草履を履いていた新太郎に

「新太郎さ~ん!」

「どうした薫くん」

「早く早く!ちょっと一緒に来て下さいよ!」

 薫に腕を掴まれて引っ張られていく新太郎。

「ど、どうしたの?」

 道場の前に連れて行かれた。誰か中で打ちあっている。

「誰か使っているの?」

「近藤さんと土方さんです。さっきの決着をつけると二人で入っていってしまったんです!ああなったらもう私では止められませんよ~」

「…いいじゃないか。陰湿に反目し合っているより、こうしてやりあった方が」

「駄目ですよぅ、二人とも本気なんですよ!」

「まあ…そうだろうね」

「止めて下さいよ~」

「分かった、とにかくやってみよう」

「キャア~ありがとうございます!私は新太郎さんなら引き受けてくれると思っていたんです!じゃ私はこれで!」

「え…?」

 薫はさっさと消えてしまった。

「そりゃないよ薫くん…」

 渋々道場に入っていった新太郎。

 

「いっ…!?」

「このアマ~!今日と云う今日は許さねえ!」

 完全に本気となっている勇子。

「いい機会です。副長として局長の自覚のない貴女を叩き直してあげます!」

 あくまで冷静な歳絵である。

「ふ、二人とも…。それ真剣じゃないか!」

 なんと木刀ではなく真剣で戦っている二人だった。つばぜり合いになって刀を挟んで睨みあっている。

「止めるな新太郎!こいつの人を見下した態度には前々から腹が立っていたんだ!」

「それは貴女の被害妄想です。私は正しいことしか言っていません」

「てめえの言うことはいつも正しいってのか!」

「少なくとも近藤さんよりは」

「むがあ~ッ!!」

「やめろよ二人とも!怪我で済まなかったらどうするんだ!」

「出て行って下さい弓月さん、怪我をしますよ」

「あ!坂崎雪之丞!!」

「二度も同じ手を食うか馬鹿!」

「弓月さんはさっさと聞き込みに行って下さい。私もこの人を片付けて行きますので」

「片付けるだあ~ッ!!」

「駄目だ。僕では止められない…」

 

 薫がおりょうを連れてきた。

「やめなさい!」

 さすがにおりょうの言うことは聞く二人。頬を強烈に叩かれた勇子と歳絵。

「稽古ならば木刀を使いなさい!真剣を抜いて局長と副長が争うなど!」

「だけどおりょうさん…」

「言い訳はしない!」

 小さくなる勇子。

「…すいませんでした」

 謝る歳絵。

「新太郎さん」

「は、はい」

「二人の来月分の給料、二割引きます。罰として減給します」

「は!?」

 勇子は呆然とし、さすがに歳絵も驚く。

「貴女たちの不和は新撰組全体の雰囲気を台無しにしています!隊旗の『誠』の意味を知りなさい!」

 

 道場から出て行ったおりょう。

「し・ん・た・ろう~!お前がおりょうさんを呼んだんだな~ッ!」

 歳絵に向けていた怒りの目を新太郎に向ける勇子。

「え!ち、ちが…」

 道場の入り口で薫が新太郎を睨んでいる。告げ口したらたぶん泣かれる。

「…近藤さん、確かに我々の落ち度です。よく二割の減給で済んだもの。弓月さんを怨むのは筋違いです」

 助け舟を出してくれた歳絵。

「んだと!給料二割引かれるんだぞ~ッ!ただでさえ安月給なのに!」

「博打と牛鍋屋を行く回数を減らせばいいでしょう」

「いやだ~!博打と牛鍋はやめられねえ~ッ!」

「さて、私は聞き込みに参ります」

 

 スタスタと道場の外に歩きだした歳絵。

「嫌になるくらい冷静な奴だ。あいつ絶対に機械で出来ているぞ!」

「勇子くん、僕らも聞き込みに行かなくちゃ」

「新太郎~」

「な、なに?」

 妙に艶っぽい顔で迫る勇子。

「勘定方の権限で二割減給何とかしてくれよ~」

「駄目」

「…はあ、やっぱしなぁ」

 

◆  ◆  ◆

 

 ひと騒動あったが、ともあれ新太郎も含めて隊士たちは聞き込み捜査をしに京の町に散った。しばらく歩くと、つばめ組アジトあとを通りかかった。もう府警が完全に屋敷の残骸を撤去していて新地になっていた。

「死にかけた戦いだったなぁ…」

 あの親玉かまいたちとの戦い、新太郎は死の覚悟をして勇子たちを逃がそうとした。

「あの時に美姫さんがかまいたちを消さなかったら…みんな死んでいたかもなあ…」

 大徳寺付近を通りかかると歳絵に出会った。

「歳絵くん、何か情報はあった?」

「今のところ、これといってございません。でも夕刻まで続けるつもりです」

「僕はこれから府警に行ってみるよ。新たな情報が入っているかもしれない」

「…近藤さんが弓月さんの四分の一でもまじめなら助かるのですが」

「え?」

「どうせ今ごろ私の悪口でも考えながら歩いているのでしょう」

「…なあ歳絵くん」

「はい」

「勇子くんと仲良くやれない?」

「…局内の不和は良くないと分かっています。でも私は新選組副長、言うべきことは言わねばなりません。近藤さんこそ局長らしく構えるべきです。それが新撰組のためと私は思います」

「局長と副長が仲良くすること、それも新撰組のためと思うけれど」

「弓月さん、何度か言いましたが私は遊びで機動新撰組にいるのではありません。各々がプロ意識を持てば個人間の不和など論ずるに足りません」

「……」

「では聞き込みに戻ります」

 はあ、とため息をついて新太郎は府警庁舎の方に歩いていった。その道中で勇子とも会った。

 

「よう新太郎、なにシケたツラしてんだよ。女に逃げられたか?」

「い、いや、逃げられる前に付きあっている女の子なんていないし」

「ははは、でもどんなに恋人が欲しくても土方はやめた方がいいぜ。ああいうのと一緒にいたらお前、一ヶ月でハゲになるぜ」

「勇子くん、歳絵くんと仲良く出来ないの?」

「は?」

「おりょうさんの言う通りだよ。局長と副長があんな不仲じゃ組織として成り立たないよ」

「…頭じゃ分かっていても感情が許さないんだよ~」

「なんだよそれ」

「そう怒るなよ、人間どうにも反りが合わない奴っているだろ。あいつだきゃ御免だよ。じゃあな~」

「……」

 

 京都府警に寄ったが、特に真新しい情報はなかった。収穫なし、そろそろ帰ろうと思っていて三条河原付近を歩いていると

「貴方も私の言葉に耳を傾けなさい」

「は?」

 一人の外国人が道行く人に話をしていた。青白い顔ではげ頭、見たこともない黒衣を着ている。布教のようなものかと新太郎は思った。新太郎はそのまま通り過ぎようとしたが外国人が前を立ち塞いだ。

「私の話など聞けないというのですか?」

「え、いやその…僕は無宗教で…」

「そもそも貴方たちが今こうしていられるのは、すべて私たちのおかげなのです」

「……?」

「そしてこれからも多くのことを西洋から学びなさい。我々の導きに従うのです」

「……」

「さすれば日本はさらなる発展を遂げられるでしょう」

 言うだけ言うと、その男は新太郎の前から去っていった。

「なんだ? 宣教師か?」

 

◆  ◆  ◆

 

 屯所に帰った新太郎、勇子と歳絵の不仲についておりょうと相談してみようと思い、長官室に歩いていった。

「おりょうさん、新太郎です」

「どうぞ」

 部屋の中にはおりょうと竜之介もいた。

「おう、ちょうど良かった兄ちゃん、話があったんぜよ」

「何だい?」

「そろそろ『大文字の送り火』があるでしょう」

 と、おりょう。

「はい」

「大文字の送り火はお盆行事の一つで冥府に帰る霊魂を送るために五つの山に火を灯すの。中でも大文字が一番有名で、ちょっとしたお祭りみたいなものね」

「はい、僕も見るのは初めてで、とっても楽しみにしています」

「ねえ新太郎さん、そのお祭りをきっかけに出来ないかしら」

「きっかけ?」

「そうぜよ兄ちゃん、その祭りで近藤と土方を仲直りさせるんぜよ」

「なるほど!」

「そう、お祭りは人を楽しくさせるものがたくさんあるでしょう。そういう心が弾んでいる時ならばうまくいくような気がしない?」

「そうですね、うまくいくかも!」

「兄ちゃん、あの三人の浴衣姿も見てみたい気がするぜよ。結構化けるかもしれんぜよ」

「浴衣か!いいね」

「みんなの浴衣代なら局で出してもいいわよ、新太郎さん」

「分かりました。どうせ行くなら浴衣がいいですものね!」

「うひ、兄ちゃん案外、女の着ちょるもんによって元気になる口か?」

「べ、別にそんな」

「うひひ」

 しかし確かにあの三人の浴衣姿は見てみたいと思う。

「じゃあ明日、聞き込みがてら三人と呉服屋に行ってみます」

 

 新太郎は天国荘に駆けていった。玄関を見ると勇子と歳絵の履物がない。

「まだ帰っていないか。薫くんはいるな」

 薫の部屋を訊ねた新太郎。ドアを叩いた。

「おーい薫くん、いるかい」

「新太郎さん?はーい、ちょっと待っていて下さいね」

 薫が部屋から出てきた。

「何でしょう」

「いきなり何だけど、薫くんも勇子くんと歳絵くんを仲直りさせるのを手伝ってほしいんだ」

「ええ、私がですか?だけど…それはちょっと難しいのじゃないですか」

「確かに難しいかもしれないけれど、ほら大文字の送り火がいいきっかけになるかもしれないだろ? せっかくお祭りに行くのだから、いつもの隊服じゃなくて浴衣がいいのじゃないかとおりょうさんも言っていたから」

「浴衣!」

「うん、局で三人分出してくれるって」

「やったーッ!浴衣を買ってくれるのですね」

「だから明日にでも買いに行こうと思うのだけど、薫くんから勇子くん歳絵くんを誘っといてくれないかな」

「分かりました。沖田薫引き受けます!」

「ありがとう、頼むよ。しかし気に入った浴衣が同じになって取り合いなんかしなけりゃいいけどなぁ」

「あっははは!そんなとこまで意地は張りませんよ!」

「それもそうか、じゃ頼むね」

「はい」

 

◆  ◆  ◆

 

 翌朝になった。新太郎はまだ寝ている。

「新太郎さ~ん!いつまで寝ているのですか~!」

 ドアを叩く薫。その音で起きた新太郎はドアを開けて

「やあ、薫くん、おはよう」

「おはようじゃありませんよ~。浴衣を買いに行くって約束を忘れてしまったのですか?」

「忘れていないよ、て、もう行くの?」

「はい、善は急げと云うじゃありませんか」

 急ぎ身支度を整えた新太郎。薫に誘われていた勇子と歳絵も廊下に出てきた。

「で、沖田。どこに私を連れて行こうと?」

「やだな~近藤さん、大文字のお祭りに備えて昨日浴衣を買いに行くと言ったじゃありませんか」

「…わ、私はいいよ、そういうの苦手だからさ」

「任務に関係ないのならば、私もお断りいたします」

 買い物に行くのを断る勇子と歳絵。

「そんな~」

「でも当日は僕たちも大文字のお祭り会場に行かなきゃならないだろ。祭りに来ている人たちを物の怪から守らなきゃならないんだし。ならば浴衣の方が目立たなくていいじゃないか。それに…」

「それに、なんだよ新太郎」

「みんなの浴衣姿を見たいな。きっと似合ってかわいいと思うよ」

「…そ、そこまで新太郎が言うのなら仕方ないか。分かったよ、付き合うとするよ」

「歳絵くんは?」

「私は隊服のままで結構ですので」

「いいよ新太郎、似合わない奴を無理に誘うことはないぜ」

「…近藤さん、それはどういう意味ですか?」

「言葉の通りだよ。似合いそうにないから正直に言ったまでさ」

「私は断じてそういう理由でお断りしたわけではありません」

「ヘン、どうだか」

「…聞き捨てなりませんね。分かりました。そうまで言われては私も退けません。お付き合いいたしましょう」

 

 かくして四人で呉服屋に行った一行。

「おや、新撰組御一行はん、いらっしゃいませ」

 店の主人が出てきた。

「わあ、たくさんあって迷っちゃいますね~」

 浴衣の棚に走りだす薫。

「まあ似合っていればどれでもいいんじゃないか」

「では近藤さんは探すのが大変ですね」

「そりゃどういう意味だよ土方」

「勇子くん、歳絵くん、こんなとこまで来て喧嘩はよしなよ」

「喧嘩なんかしてないさ、ふん!」

 勇子も浴衣の棚に歩いていった。店の主人が新太郎に

「見習いはん、浴衣をお求めですか」

「はい、女物の浴衣を三着欲しいのですが、あんまり予算の方は…」

「御心配には及びません。大文字の送り火が近い今は、お手軽な金額で上質な浴衣を提供させてもらっています」

「ああ良かった」

「しかし、お連れのお嬢さん方はお目が高いようですな」

「え?」

 高価そうな浴衣を物色している三人。歳絵も渋ったわりには目を輝かせている。

「あちらの棚は高めの浴衣なのですが…」

 と、主人が言うので新太郎は安価の棚に三人をそこに誘導しようと思った、その矢先

「この色と柄、とても素敵…」

 と、歳絵が一着の浴衣を手にした。だが同時に勇子と薫もその浴衣を掴んだ。三人で睨みあう。

「土方、これは私が目をつけたんだよ!」

「いいえ、これは私が先に見つけたんです!」

「ええ~!あたしでしたよ~!」

 薫も譲らない。三人で浴衣を引っ張り合った。

「土方、お前は何を着ても似合うんだろ~?ここは局長の私に譲れ!」

「二人とも、ここは一番年下の私に譲って下さいよ~!」

 両手で引っ張る薫。歳絵もむきになって離さない。

「人が先に目をつけたものを横取りしようなんて、もっての他!近藤さんも沖田さんも潔く引きなさい!」

「この浴衣は沖田薫に着られるために生まれたんです~!」

「か、薫くん、昨日はそんな意地を張らないって…」

「え~新太郎さん、私そんなこと言いましたか~?」

「……」

 

 新太郎は値札を見た。『三円』(現在額でおよそ三万円)

「さ…!みんなそんな高いの駄目だよ!一人一円の予定なんだから!」

「男がみみっちいこと言うな新太郎!」

「とにかく、そんなに引っ張ったら!」

 浴衣は破けてしまった。

「あああ…」

 やっと手を離した三人、もはや布切れとなった浴衣を拾って肩落とす新太郎。

「すいません、弁償します…」

「いやいや、取り合いになるほど気に入ってくれて嬉しいですな。あははは」

 店主に三円渡す新太郎。局から支給された浴衣代が一瞬でパアになった。さすがに勇子たちも悪いことをしたと思っているようだが

「土方、お前が意地を張るからだぞ」

「近藤さんが大人げなく横取りしようとするからです」

「あ~あ、素敵な浴衣だったのに~。新太郎さん、あの浴衣誰が一番似合ったと思います?」

「引っ張られていて柄が分からなかったら…」

「遠慮しないで薫くんが一番て言っていいですよ~」

「何を言っているんだ!私だよな新太郎」

「近藤さんが私より似合うと思ったのならば弓月さんに眼科に行くことを強く勧めます」

「なんだと土方!」

「トホホ…」

 

◆  ◆  ◆

 

 さて、その夜の巡回の前、作戦室では

「「……」」

 勇子、歳絵、薫の雰囲気が最悪になっていた。お互いの顔を見ようともしない。

「なんニャ、今度は沖田まで喧嘩かニャ」

「まったく女って奴はどうしてこう引きずるんかの~」

 猫丸と竜之介にも呆れられている。

「「ふんっ!!」」

 怒気を含んだ鼻息を出す時だけ三人一緒である。ふう、とため息をつく新太郎。

「こんなんじゃ一緒に巡回に行けない。僕の命が危ないよ」

「困った子たちねえ…」

 おりょうも呆れている。

「今日は俺と猫丸が兄ちゃんと一緒に行くがやき。それでええじゃろ母ちゃん」

「ええ、お願いするわ」

 

 さて、夜の巡回に出た新太郎、竜之介、猫丸。出てくる物の怪をいくつか倒した三人。竜之介は源内の作った特製バズーカ砲と名刀『陸奥守吉行』を駆使して戦うので体は小さいが実に頼りになる。猫丸はパンチと体当たりで攻撃する。特に体当たりは大きい体を丸めて球体とし、すさまじい速さで転がり敵に当たる。これが結構強烈だ。

「兄ちゃん、妖気レーダーの表示が全部消えたぜよ」

「そうだね」

「見回りも楽じゃないニャー」

「帰って風呂にでも入ろうぜ兄ちゃ…」

「どうした竜之介?」

 

 竜之介が凝視している先を見つめた新太郎。大文字の送り火が行われる如意ヶ岳の下から炎のようなものが見えた。

「山火事?」

「とにかく行ってみようぜよ兄ちゃん」

「よし」

 如意ヶ岳に行った新太郎たち。大文字の火が灯される火床に行くと

「あれ? 何もないぜよ」

「僕も確かに炎のようなものが見えたんだけどな…」

 周囲に閃光が走った。一瞬目がくらんだ新太郎たち

 

グルルルルル…

 

「「………!!」」

 突如、見たことのない怪物が三体現れた。

「物の怪だ!デカいぞ!」

「兄ちゃん、結界発生装置の電池は!!」

「残り少ない。長期戦になったらやられるぞ!」

「俺のも心細いの~。長期戦になりそうだったら即座にズラかるしかないきに」

「竜之介、新太郎、こいつら物の怪じゃないニャ!」

「「え…?」」

「ニャー(私)は妖怪だから分かるニャン、こいつらは物の怪じゃニャい」

「じゃあ、こいつが話に出ていた化け物の正体…!」

 化け物は新太郎たちに襲いかかった。巨体のわりにすばやい。新太郎の太刀もかわされた。

「兄ちゃん、猫丸!離れろ!」

 竜之介の言葉に新太郎と猫丸は化け物から離れた。

「いっちょ、派手なんいくぜよ!」

 竜之介は化け物三体にバズーカ砲を打った。たいていの物の怪はこれで掃討できた。だが化け物はダメージを受けつつも、まだ立っている。

「ちっ、こいつら物の怪より強いぜよ!」

「もう一度撃てるか竜之介」

「あと一回だけ撃てるぜよ」

「頼む、猫丸、僕と二人がかりで一体ずつ倒していこう!」

「分かったニャ!」

 二度のバズーカ一斉射撃と新太郎と猫丸が分散して戦わなかったのが功を奏して何とか化け物を退けた。

 

「はあふう…」

 膝をついて座り込んでしまった新太郎。竜之介も汗を拭いた。

「何で大文字の火床に化け物がおるんぜよ…」

「とにかく、もう結界発生装置の電池はない。また出てこられたら全滅だ。急ぎ屯所に帰ろう」

「分かったぜよ」

 新太郎たちは屯所に帰っていった。激闘のあと、一人の男がスッと姿を現した。先日新太郎が見た妙な宣教師だ。

「我々の計画を成就させるにはこの地から…」

 目をつぶり大きく呼吸をする男。

「感じる、この地より大きな魔力を感じる。大文字の送り火の時はさらに高まっていよう…。当日が楽しみだ。テトラグラマトン様もさぞやお喜びになるであろう。ふっははは!」


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