※「」会話、[]心の声、『』呪文、です。
魅了の少女
「ここか。」
とある孤児院の前で全身黒づくめの男がそう呟いた。その男は迷わず孤児院のベルを鳴らす。すると、孤児院の院長である女が男を見て、警戒しながら出てきた。
「何のご用件ですか?」
「我輩はここにいる娘に用があって参った。手紙が届いているはずだが?」
男は淡々と話した。その言葉を聞いた途端、女の顔が憎しみに染まった。
「あんたが例の学校の人間かい?あの子をホグワーツ魔法魔術学校とかいう、怪しい学校になんて行かせるものか。あの子は赤ん坊の頃からここにいる。ここ以外に行かせるなんてとんでもない。あの子は私の側にいるのが一番なんだ。あの子を私は誰よりも愛しているんだ。あの子は私が大切に育てるんだ。あの子を私から取るんじゃない‼」
「貴様の事情など知らん。我輩は任された仕事をしに来ただけだ。それに行くか行かないかを決めるのはその娘だ。彼女に会わせたまえ。」
「言っただろう。あの子は行かせないし行かない。あの子は一生私と共にいるべきなんだ。あんたになぞ会わせんぞ!!」
「ならば少しばかり強引にいかせてもらおう。」
そう言うと男は懐から何かを取り出した。拳銃を想像した女は一瞬青ざめたが、出てきたものを見てすぐに笑い始めた。
「なんだいそりゃ?ただの木の棒じゃないか。そんなものでどうす…」
男は無言で女に木の棒を向けた。すると、女は突然糸が切れた様に気を失った。男は女を一瞥すると孤児院の中に入っていった。
孤児院の中は薄暗かった。電気が点いておらず、少女が何処にいるのか分からない。仕方なく男が部屋を一つ一つ見て回っていくと、一番奥に明かりが点いている部屋を見つけた。男が向かっていくと、
「今だ‼」
一斉に各部屋から子ども達が飛び出してきた。
「皆で守るんだ!」
「絶対にここを通すな!!」
「守ってと頼まれたんだから守りきるぞ‼」
皆その様なことを叫びながら男に向かってきた。その手には金槌やシャベル、刃物まで持っている子どももいる。挟み撃ちの形になり男に逃げ場はなく、無傷では済まないハズであった。しかし、男は一瞬にしてその場から消えた。
「い、いなくなった…」
「消えたぞあの男」
「ここがホグワーツであったなら貴様らには罰則を与えられたのだがな。」
子ども達が慌てて男の声がする方を見ると、そこには木の棒を構えた男が嘲笑っていた。子ども達はそこで意識を失った。
[なんなのだこの孤児院は…皆どこか狂気を纏っている。]
男はそんなことを考えながらも奥の部屋の中に踏み込んだ。
その部屋に少女はいた。少女は腰まで届く淡いピンクブロンドの美しい髪によって顔を隠し、部屋の隅で震えている。男は少女に話しかけた。
「我輩はホグワーツという学校の教師である。貴様から全く連絡がないためこうして直接答えを聞きにきた。」
「そんなこと言って私を自分のモノにしようとするんでしょ⁉分かってるんだからね‼」
少女は男を恐れながらも叫んだ。
「何故我輩が貴様を自分のモノにする必要があるのかね?」
「皆そうしようとするわ‼美しいとか欲しいとか愛してるとか勝手なことばかり言って。私は誰のものでも無いわ‼」
[埒があかない。]
男はそう考えた。どうもこの孤児院にいる者は人の話を聴かずに一方的に喚き続けてくる。この日三度目となる実力行使に溜め息が出た。
「悪いが貴様の心を少し見させてもらうぞ。『レジリメンスー開心ー』」
ーどの人間からも甘い言葉をかけられる少女[気持ち悪い]、欲望を叶えようと少女に襲い掛かる男達[気持ち悪い]、恐いと思ったら吹き飛んだ男達[気持ち悪い]、それでもまた襲い掛かる男達[気持ち悪い]、何処かに消えろと必死に言うと笑顔で従った男達[気持ち悪い]、男だけでなく女も、同じ孤児も彼女を一方的に求めてくる[気持ち悪い]、同じ事が何度も繰り返される日々ー
「もうやめて‼」
少女は叫んだ。頭を激しく揺らしながら此方を睨み付ける。すると、髪の間から少女の顔が見えた。
[美しい]
男はそう思った。彫像の様に整った顔、雪の様に白い肌、形が良く白い肌に映える唇、そして何よりも爛々と輝いているオッドアイ。左目が茶色で、右目は金色に輝いている。
[そういうことか]
男は納得がいった。何故この孤児院が歪んでいたのか、その理由が。
「何処かに消えてよ‼皆みたいに‼」
「残念ながらまだ答えを聞いていないので出来ないな。」
男がそう返すと少女は、愕然とした表情で此方を見た。
「なんであなたはいなくならないの?皆はいなくなったのに‼」
「我輩は君と同じだからだ。君は我輩と同じ魔法使いだ。」
「魔法…使い…?」
少女は予想外の言葉に驚き、そして納得したような表情になった。
「そっかぁ。私本当に魔法使いなんだ。だから皆あんな風になっちゃうんだ。ねぇ、魔法使いは皆私みたいなの?」
「そんなことはない。その力は君だけのモノだ。君はただの魔法使いではない。魔眼使いだ。」
「魔眼…?」
「さよう…。おそらく君の右目を見たものに魅了の呪いをかけるものだろう。それも非常に強力な。」
「私は呪いなんてかけてない‼」
「だろうな。恐らく君の意思とは関係なく見たもの全てに呪いをかけるのだろう。」
「じゃあ、私はどうやっても呪いをかけ続けちゃうの?」
「いや、恐らく君の右目を見なければ呪いはかからないはずだ。若しくはホグワーツに来れば君の力をコントロールする術が見つかるやもしれん。」
「……そのホグワーツっていう学校に行けばコントロール出来るようになるの?」
「断言はできんがここに閉じ籠っているよりは可能性があるだろう。それとも、ここでビクビクと隠れて暮らし続けるかね?」
少女は考え込んだ。男はジッと待つ。そして少女は決心を固め答えを告げた。
「私をそのホグワーツっていう学校に入学させて下さい。」
「よろしい。入学を歓迎する。」
少女は男の前で初めて笑った。実際には顔は隠れているのだが、それでも彼女の美しさが伝わってくる。
[これは早急に対策を立てねば混乱が生じるな。]
男がこの先のことを考えていると、少女が突然ハッとした顔になり、すぐに恥ずかしそうな顔で尋ねてきた。
「私、あな…先生の御名前を聞いていませんでした。教えていただいてもいいですか?」
「我輩はセブルス=スネイプだ。ホグワーツで魔法薬学の教鞭をとっている。」
「スネイプ先生ですね。よろしくお願いします。」
「入学が決まったところだが、最初の指導といこうか。名乗られたら名乗り返すのが礼儀だ。君も名乗りたまえ。」
少女は暗い表情になり、
「私自分の名前が嫌いなんです。それに、手紙に私の名前があったんですから知ってるはずですよね?……それでもですか?」
「君が自分の名前をどう思っていようと我輩はどうでもいい。だが礼儀として、君がどう思おうが名乗るべきだ。」
スネイプが冷たく言い放すと、少女は深呼吸して気持ちを作り、名乗った。
「私の名前は……ルクスリア…です…。姓はありません。」
「色欲か…。君の力に相応しい名前ではないか。」
「院長が勝手につけただけです。私はこんな名前捨てたいくらいです。」
憐れな娘。スネイプはそう思った。しかし、同時に疑問も持った。
[何故我輩には呪いがかからないのだ。魔眼の呪いについては、我輩の予測通りであるはずだ。それなのになぜ…。]