ダークブリングマスターの憂鬱(エリールート)   作:闘牙王

6 / 63
第六話 「ダークブリングマスターの憂鬱」

 

「姉ちゃん、姉ちゃん!」

 

 

ドタバタと騒がしい音をたてながらハルが二階から下りてくる。だがその慌てようはいつもよりも激しいもの。今にも階段から転げ落ちてしまいそうなほどだった。

 

 

「どうしたの、ハル? そんなに大きな声出して……」

 

 

そんなハルの様子に顔を顰めながらもいつものように朝食の準備をしていたカトレアが振り返りながらハルを嗜める。いつも騒々しい朝を迎える彼女にとってはこの程度は日常茶飯事。どこか貫録すら感じさせる対応。いつもならそんなカトレアの注意によって我に帰るのだがハルはそのままの勢いで自らの姉へと近づいて行く。何か特別なことでもあったのだろうかとカトレアが手を止めながらも改めてハルと向かい合うのと同時にハルが矢継ぎ早に声を上げた。

 

 

「アキ見なかったっ!? どこにもいねえんだっ!」

「アキ……? そういえば今日は朝から見てないわね……ゲンマさんの所にでも行ってるんじゃない?」

「くっそーアキの奴、置いて行きやがって!」

「あ、待ちなさい、ハル! 朝ごはんは!?」

「ごめん、今日はいい! ナカジマと先に食べといて!」

 

 

カトレアの言葉を聞くや否やハルはそのままその勢いで家を飛び出していく。まるで鬼ごっこの鬼のように。どうやら自分が置いて行かれてしまったことが気にくわないらしい。十二歳といってもまだまだそれ以上に子供っぽさは抜けていない証のような姿を見せながらハルはそのまま村に向かって駆けて行ってしまう。そんな自らの弟の姿にカトレアは溜息を吐くことしかできない。

 

 

「まったく……」

「ハル坊ちゃんは今日も元気ですな」

 

 

んふー、という鼻息と共に、さも当然のようにカトレアの隣に(正確には近くの壁に)怪しい花、人面花とでもいうべき存在、ナカジマが現れる。いつもは家の外側の壁にいるのだがどうやら好き勝手に移動できるらしい。普通の人間ならその姿と気味の悪さに悲鳴の一つでもあげるのだろうが既に慣れ切っているカトレアは自然体のまま。アキは六年もたつのにまだその度に驚きの声を上げるのだが、ある意味この家で一番肝が据わっているのは彼女なのかもしれない。

 

 

「そうね……それはともかく、あのアキアキって言う癖を直してくれればいいんだけど……」

 

 

カトレアは困ったように頬に手を当てながら思い返す。それはアキがこの島にやってきてからの、新しい家族になってからの日々。アキが一緒に暮らすことが決まった時のハルの喜びようは凄まじかった。元々この島にはハルに近い子供がいなかったことで遊び相手も満足に得ることができなかったこと、そして初めてといってもいい友達ができたことが一番嬉しかったようだ。すぐにハルはアキと打ち解け、あっという間に友達に、家族になった様な気がする。もっともそれは自分にも言えること。アキが来たときはちょうど母であるサクラが亡くなって日が浅かった時期。ハルは自分に心配をさせまいとやせ我慢をしていたようだがそれでも寂しかったに違いない。もちろん私もそれは同じ。これから母の代わりに、今はこの島にいない父の代わりにハルを立派に育てなければ。そんなプレッシャーに押しつぶされそうになっていた。そんな中でもう一人、男の子を育てることなどできるのか。そんな不安を抱かずにはいられなかったのだが結局ハルの強い要望をあきらめさせることもできず、そのまま私達はアキと共に生活を始めた。もっともそれは全く想像とは違う生活になったのだが……

 

 

「坊ちゃん達は本当の兄弟のようですからね。アキ坊っちゃんは年の割にはマセてますし、本気でカトレア様に気があるみたいですよ」

「そうね……あの子、どこか大人びた所があるし……少し楽しみかもね」

 

 

どこか満更でもなさそうな笑みを浮かべながらカトレアはナカジマの言葉に頷く。アキは少し、いやかなり特殊な子だった。歳はハルと同い年。普通なら我儘などを言って手を焼かされるものなのだがアキはそういったことは全くしなかった。それどころか自分からハルの面倒を見てくれていた。まるで弟を見るように、いや保護者のように。もしかしたら自分以上にハルの面倒を見ていてくれたのかもしれないと思ってしまうほど。もっとも二人で遊んだり悪さをしている時には年相応の子供のような無邪気さを見せはするのだが、やはりどこか普通の子とは違っていた。だがそんなことは些細なことだ。あの子が、アキが私たちの家族であることは変わりないのだから。

 

 

ナカジマはそのままどこか遠くを見ているかのように想いを馳せているカトレアの姿にどうしたものかと考え込んでしまう。ナカジマは確信していた。今、きっとカトレアの中ではアキやハルとのこれまでの日々が蘇っているに違いない。そして恐らくはその中に自分の姿がないであろうことが。ここはひとつ、自分の存在感を、存在意義を示しておかなければ。

 

 

「んふふー! そう考えるとまるで私とカトレア様は夫婦のよう……」

「あ、いけない。お醤油きらしちゃってた。ナカジマ、ちょっと留守番お願いね」

 

 

カトレアはそのままぱたぱたと慌ただしく家を後にして出かけてしまう。全くナカジマの話に耳を傾けることなく。後には留守番を頼まれたナカジマが家で一人、へなーんとしおれながら落ち込み続けるのだった……

 

 

 

(ったくアキの奴、出かけるんなら出かけるって言えよな……)

 

 

心の中でそんな愚痴をこぼしながらハルは一直線に村に向かって走って行く。ハル達の家はそう村からは離れていないため焦らなくてもすぐに着くのだがそんなことなどハルの頭にはこれっぽっちもなかった。あるのは自分がのけ者にされてしまった、置いて行かれてしまったという想いだけ。もしアキにバレればまだまだお子様だと言われること請け合いの理由だった。だがそんなことはハルも当然分かっている。しかしハルにとってはそれほどアキは特別な存在だった。

 

友達であり、兄弟。それが自分とアキの関係。いや、ライバルと言ってもいいだろう。小さい頃からアキは何でもできた。勉強も、運動も、全て自分よりも上手くできる。それが悔しくて何度も挑んでいるのだがまだ一度も勝てていない。でもそれを威張ったりはしない、自分をまるで見守ってくれているかのような感覚。きっと兄がいればこんな感じなんだろうなと思えるような空気があった。もっとも恥ずかしくてそんなことは一度も口にしたことはなかったのだが。アキの冗談を真に受けるわけじゃないけど、本当にアキが姉ちゃんと一緒になって本当の兄弟になるのも悪くないかもと思わなくもない。そんなことになったらオレの方が家に居づらくなるかもしれないけど……と、とにかくそんなことよりもアキをさっさと見つけなくては! 今日こそアキにひと泡吹かせてやる!

 

 

ハルはそう気持ちを新たにしながらも目的地である村へと到着する。そう、到着したはずだった。だがハルはそのままその場に立ち尽くしたまま。呆然とその光景に目を奪われるしかなかった。そこには

 

 

「何だよ……これ……?」

 

 

見慣れた筈の村が、平和な村が破壊しつくされてしまっている、信じられない光景があった。家屋は倒壊し、ところどころでは火事が起こっている。村人たちはその中を逃げ惑っているだけ。既に村はパニック状態に陥っていた。まるで映画の中に放り込まれてしまったような、そんな現実感のなさがハルを襲う。それほど目の前の光景はハルにとって信じられない、考えられないような光景だった。だがすぐにハルは我を取り戻す。それは人影。視線の先に見知った人物がいたからに他ならなかった。

 

 

「っ!? ゲンマ、大丈夫かっ!?」

 

 

そこにはよく見知った喫茶店の店主、ゲンマがいた。父が出て行き、母も亡くなった自分達を援助してくれている、世話してくれているハルにとってはおじさんとも言うべき人物。だがその姿は既にボロボロ。まるで何かに襲われてしまったかのように服は破れ、ところどころ怪我もしてしまっている。一体何があったのか。ハルはそのまま慌てながらゲンマへと近づこうとするが

 

 

「よ、よせ、ハル……来るんじゃねえっ!」

 

 

ハルが近づいてこようとしていることに気づいたゲンマが息も絶え絶えに、それでも鬼気迫った表情で叫びを上げる。その光景に思わずハルが足をとめた瞬間

 

 

「何だ、やっぱりガキがいるんじゃねえか」

 

 

そんな今まで聞いたことのない声がハルに向かって掛けられる。咄嗟にハルは振り返りながらもその声の主へと向き直る。そこには見たことない男がいた。長髪にサングラスをかけているいかつい男、明らかにこの島のものではないよそ者。だがそれだけではない。その後ろにはまるで兵隊のような奴らもいる。数はざっと十人ほどだろうか。その手には銃のようなものが握られている。だが明らかに目の前の集団は警察や軍隊ではない。今までそんなものをみたこともないハルですらそう感じ取れるほどその集団は危険な雰囲気を漂わせていた。

 

 

「だ、誰だ、お前らっ!? お前らが村をこんなにしたのかっ!?」

「だったら何だってんだ? 村の奴らが強情だから仕方なくやったんだよ。ったく、さっさと吐けば痛い目見ずに済んだのによ」

「な、何だって……?」

「ん? よく見りゃお前、銀髪じゃねえか。せっかくガキが見つかったと思ったのにまた振りだしかよ……ま、いっか。おい、ガキ、お前と同じぐらいの年のガキがいるだろ。金髪で顔に傷がある奴だ。痛い目に会いたくなかったらそいつがどこにいるか教えな」

「え……?」

「や、やめろ……ハル、早くこっから逃げろっ! こいつらは……」

「ちっ、うるせーな……おい、そいつちょっと黙らせとけ」

「はっ!」

「や、やめろっ! お前ら何してんだっ!?」

「うるせえガキだな……お前もちょっとじっとしてな!」

 

 

ボロボロの体を引きずりながらも必死にハルへ逃げるように叫ぶゲンマを兵隊たちが抑え込んでいく。ハルはその光景に呆気にとられるものの、すぐに助けに行こうとするが目の前のサングラスをかけた男、リーダーによって捕まり、身動きが取れなくなってしまう。いくらハルが強いと言ってもそれは十二歳の子供としてはの話。大の男、しかも明らかに普通の組織ではない集団のリーダーの前には為す術がなくそのまま押さえつけられてしまう。だがそれでも必死に抵抗し続けているのがハルがハルである所以。正義感が強いハルにとっては許せない状況だった。

 

 

「お前ら何なんだっ!? 何でこんな酷いことするんだ!?」

「ったく、最近のガキは躾がなってねえな。まあいい。俺達はデーモンカード。田舎者のお前らは知らねえかもしれねえが、まあいわゆる悪の組織ってとこだ。ちょっと小耳にはさんだんだけどよ、ここに金髪のガキが隠れ住んでんだろ? そいつに用があって来たんだ」

「用……? お前らみたいのがアキに何の用があるってんだよ!?」

「アキってんのか……? まあ名前なんてどうでもいいさ。どうやらお前ら何もしらねえようだな。教えてやるよ。そのアキって奴はな、ただのガキじゃねえ。『金髪の悪魔』って呼ばれる化け物なんだよ」

「金髪の……悪魔……?」

「そうさ。六年前、砂漠にある監獄、メガユニットから脱獄した金髪の悪魔、その子供がアキって奴なのさ。何でもとんでもない力と邪念を持った化け物らしくてな。莫大な懸賞金がかけられてる。俺達はそれを狙って来たってわけだ。化け物退治に来てやったんだ、感謝してほしいぐらいだぜ」

「う、嘘だっ! アキが、アキがそんな奴なわけがない! 騙そうたってそうはいかねえぞ!」

「ほんとにうるせえガキだな。そういえばそいつもダークブリングを持ってるって情報だったな。おいガキ、そのアキって奴もこれと似たような石を持ってなかったか?」

 

 

そう言いながらリーダーはその胸に掛けている石をハルに向かって見せてくる。淡い光を放っている小さな石。だがそれを前にしてハルは思わず息を飲んでしまう。それは大きさや形に差はあれど、間違いなくアキがいつも首に掛けていたアクセサリと同じものだったから。それはつまり、目の前の男が探している金髪の悪魔と呼ばれる存在が間違いなくアキだということを示していた。その事実にハルは驚愕し、混乱したままその場に蹲ってしまう。

 

その間にも自分を抑えつけているリーダーが得意気におしゃべりを続けて行く。ダークブリングがどんなものであるか。その力がどんなものであるか。アキを殺し、そのダークブリングも奪うのも目的であると。癇に障るような笑い声と共に、頼んでもいないのにそんなことばかりをしゃべり続ける。だがハルにはそんなことなどこれっぽっちも頭にはなかった。あるのは唯一つ。

 

それは怒り。

 

 

「うるせえ……」

 

 

村をこんなことにした目の前の男たちへの。

 

 

「アキは……」

 

 

それを前にしても無力な自分への。

 

 

「アキは……」

 

 

そして

 

 

「金髪の悪魔なんかじゃねええええっ!!」

 

 

一瞬でもアキを疑ってしまった自分自身への怒りだった。

 

 

ハルは渾身の力でリーダーの拘束を振りほどき、そのままがむしゃらに向かって行こうとする。だがそれよりも早く、近くに控えていた兵士の一人がそれを防がんと銃を構える。その銃口がハルを捉える。ゲンマが制止の声を上げるがそれは間に合わない。そしてその引き金が引かれんとしたその瞬間、それは現れた。

 

 

「……え?」

 

 

ハルはそんな声を上げることしかできない。当たり前だ。何が起こったのか全く分からなかったのだから。自分は撃たれそうになったはず。いや、間違いなく撃たれたはず。それなのに全く痛みがない。それどころか傷一つない。慌てて辺りを見渡す中で気づく。それは自分の位置。それが先程までは全く変わっている。リーダーと思われる男や兵隊たちから離れた場所に今、自分はいる。まるで瞬間移動したかのように。まるで魔法でも使ったかのように。いやすぐにそんな疑問は消え去ってしまった。それ以上の驚きによって。

 

 

「アキ……?」

 

 

目の前にいる、今まで見たことのないような黒いマントを纏ったアキの姿によって。

 

 

「ハル、そこでじっとしてろ」

 

 

アキは一度ハルの姿を一瞥した後、そのままDCの連中の所に向かって近づいて行く。まるでハルを守るかのように。ハルはそんなアキの姿に声をかけることができない。たくさん聞きたいことがある。どうしてここにいるのか。一体さっき何が起こったのか。その格好は何なのか。だがこれまで感じたことのないような雰囲気を、気配を纏っているアキの姿をハルはただ黙って見続けることしかできなかった。

 

 

「ふん、やっと現れやがったな、金髪の悪魔。残念だったな、今までずっと隠れてたみたいだがここで死んでもらうぜ。ありがたく思いな、そのダークブリングも俺達、DCが頂いてやるよ」

 

 

ハルによって吹き飛ばされたものの、すぐに体勢を立て直しながらリーダーが何食わぬ顔でアキを見据えながら興奮した様子で宣言する。ようやく探し求めていた獲物、そして懸賞金とDBという報酬が目の前にある。それがあればDCの幹部になることも容易い。そうなれば怖いものはなにもない。リーダーは喜びを隠しきれないようにそのまま笑い始める。まるで全てが思い通りにいっていると言わんばかりに。

 

だがその瞬間、まばゆい光が辺りを包み込まんとする。それはアキの首に掛けられているアクセサリ、DBから発せられたもの。その光にアキ以外の者たちは思わず身体を硬直させてしまう。それは本能。何か凄まじく不吉なものがその光にはあると身体が感じ取ったかのように。しかしそれはアキがDBをすぐさま握りこんでしまうことで収まってしまう。まさに一瞬の出来事だった。

 

 

「何だ? こけおどしか……脅かしやがって……」

 

 

何かDBの力を使ってくるかと思い身構えていたもののどうやら杞憂だったらしい。確かにDBを持ってはいるが所詮子供。その力を使いこなせていないようだ。金髪の悪魔だの何だの言われているが恐るるに足らない。所詮は噂に尾ひれがついただけだったのだろう。もしかしたら懸賞金は手に入らないかもしれないがDBだけでも十分な収穫だ。自分で使うにしても売るにしても莫大な利益が自分には転がり込んでくる。そうと決まればさっさとやることを済ますことにしよう。

 

 

「悪いがままごとに付き合ってる時間はねえ。さっさと死んでくれや」

 

 

合図と共に後ろに控えていた兵隊たちが一斉に銃をアキへと向ける。その数は決して避けられるような数ではない。DBを使えない子供などひとたまりもないほどの無慈悲な銃撃が加えられんとしている。その光景にハルとゲンマが声を上げるもどうすることもできない。リーダーも自らの勝利を確信する。そんな絶体絶命の状況の中、

 

アキは全く動じることなく、その手を天にかざした。

 

瞬間、あり得ないことが起きた。それは剣だった。黒い、アキの身の丈ほどもありそうな大剣。それがまるで手品のようにいきなりアキの手の中に現れた。その光景にアキ以外の全ての者が目を奪われ、動きを止めてしまう。いきなりの理解を超えた事態、そしてあまりにも子供には不釣り合いな武器を持つアキの姿に。だがリーダーだけはすぐにそれがDBの仕業であることに気づく。物体がいきなり現れることなど普通はあり得ない。ならばそれが恐らくはあの胸にあるDBの能力。確かに厄介な能力ではあるがそれがあるからといってあの大剣を扱えるわけでも、強くなるわけでもない。

 

 

「さっきから妙なことばっかりしやがって……そんなこけおどしで俺達をどうにかできると思ってんのか?」

 

 

再び銃撃の合図を放たんとするもののアキは全く動じる様子を見せない。それどころか全くリーダーの方を、兵隊たちの方を見ようともせず、ずっと自分が持っている大きな剣を眺め続けている。しかも何か独り言をぶつぶつ言っている。恐怖で頭がどうにかなってしまったのだろうか。だがいつまでもこんなことに時間はかけれない。全てを終わらせんと再び銃撃が、一斉掃射が放たれようとした瞬間、

 

 

大きな、一陣の風が辺りを吹き荒れた。それは一瞬。瞬きをするほどの時間。だがその時間で全ては決した。

 

 

「……え?」

 

 

その声は一体誰の声だったのか。その場に立っていたのは四人だけだった。一人はリーダー。だがその表情は先程までの余裕に満ちたものではない。明らかな恐れと不安を抱いたもの。そしてもう二人がハルとゲンマ。二人は何が起こったのか全く分からず、ただ呆然とその光景を前にして息を飲んでいるだけ。

 

最後の一人、アキが立っているその光景に。いや、その周りの光景に三人は目を奪われていた。そこには先程まで銃を構えていた兵隊たちがいる。だが先程までと違うこと。それは兵隊たちが皆、一人残らず何かによって斬り捨てられていること。まるで剣によって斬られたように。どうやら全員まだ息はあるようだが誰一人起き上がることはできず、戦闘不能になってしまっていることは明らかだった。そしてそんな中、リーダーだけが何が起こったのかをかろうじて見ることができていた。

 

その視線がアキが持っている剣へと向けられる。だがそこにある剣は先程までの黒い大剣ではない。青を基調にしたまるでカッターのような刃先をした剣。明らかに先程までの剣とは違っていた。そしてリーダーは確かに見た。銃撃が行われる瞬間、アキの剣が変化し凄まじい、まさに目にも止まらぬ速さで十人の兵士を斬り倒してしまった光景を。明らかに人間の常識を、限界を超えた速度。かろうじて見えたものの、反応することなどできない程の速度だった。だがリーダーの表情にはあきらめの色はない。むしろ楽しんでいるかのような表情をみせる。それは絶対的自信があったからこそ。

 

 

「なるほど……それがてめえのDBの力か……だが残念だったな。俺には剣は通用しねえ! この俺のDB、『フルメタル』にはな!」

 

 

宣言と共にリーダーは自らのDBの力を解き放つ。瞬間、その体がまるで鉄になってしまったかのように変化していく。それこそがその絶対の自信の理由。身体を金属に変換する力、『フルメタル』の力だった。

 

 

「少しはできるようだがこの身体にはどんな攻撃も通用しない! じわじわと嬲り殺してやるぜ!」

 

 

両手を拳にし、自分の力を、DBの力を誇示するかのようにリーダーは悠然とアキへと距離を詰めて行く。剣も銃も自分を傷つけることはできない。一方的な暴力でじわじわと相手を嬲り殺すことがこの男の楽しみ。そしてDBの力に飲まれてしまっている代償でもあった。だが

 

 

「………」

 

 

アキはそれを前にしても全く動じた様子を見せない。それどころか相手の顔を見ようともしていなかった。その視線は相手の首元、DBに向けられている。同時にその表情に変化が生じる。それはまるで憐れみの表情。そしてそのまままるで子供をあやすかのような雰囲気を放ち始める。およそ戦闘中とは思えないような、ありえない、明らかに相手を馬鹿にしているかのような態度。

 

 

「てめえなめるのもいい加減に――――」

 

 

リーダーがついに我慢の限界を超え、その拳で殴りかからんとした瞬間、勝負は決まった。

 

 

爆発。

 

 

あり得ない規模の爆発が突如リーダーに襲いかかった。その威力はフルメタルによって金属と化した身体を一瞬で破壊してあまりあるほどの威力。それがなぜ起こったのか。何が起こったのか全く分からないままリーダーはその意識を失った――――

 

 

 

 

ハルはただその光景に声を上げることすらできなかった。だが確かに見た。先程の爆発。それはアキが振るった剣によっておこされたものだった。その剣の形も色も先程の物とは大きく変わっているオレンジ色を基調にした剣。

 

 

爆発の剣(エクスプロージョン)

 

音速の剣(シルファリオン)

 

 

それがこの戦いでアキが使ったデカログスの、十剣の力。だがこの時のハルにはそれが何なのかを知る術はなかった。

 

 

そのままアキは手に持っていた剣をまた一瞬で消し、爆発によってその場に倒れ込んでいるリーダーの元へと近づいて行く。そしてその胸にあるDB、フルメタルをその手に収めると、どこか寂しげな表情のままハルに向けて視線を向け、そしてそのまま背中を向けたまま歩きだしていく。そう、まるでこれが別れであると告げるかのように。

 

 

「っ!? アキ、どこにいくんだよっ!?」

 

「悪いな、ハル、巻き込んじまって……カトレア姉さんにもすまねえって言っといてくれ……」

 

 

ハルが制止の声を上げるものの、アキはそのまま振り返ることなく森に向かって姿を消していく。その黒いマントを翻しながら。まるで今生の別れだと言わんばかりの背中を見せたまま。いつもと変わらない声色で。だがそれが一層ハルの心を惑わせる。

 

 

「待てよアキ! 一体どうしたんだよ!? どういうことなんだよ!? その剣は何なんだよ!? DBって……DCって何なんだよっ!? ちゃんと説明しろよ!」

 

 

知らずハルは声を震わせながら、涙声になりながらアキの後を追っていた。だが必死に追いかけた後にはアキの姿はどこにもなかった。どれだけ辺りを見渡しても、大きな声をあげても、アキの姿は、そして返事はなかった。まるで霧になって消えてしまったかのように。

 

 

「嘘だろ……アキ……?」

 

 

呟くように、自分に言い聞かせるように声を上げる。だがそれに応えてくれる者はいない。いつもなら自分の傍にいた、当たり前だと思っていた存在はいない。たったさっきまでいたのに、昨日までずっと変わらなかったはずの日々が。

 

 

「何とか言えよ……アキ……なあ、こんなのないだろ……お前、言ってたじゃねえか……姉ちゃんと結婚するって……オレと兄弟になってくれるって……」

 

 

終わってしまった。突然の出来事によって。DB、DC、自分が知らない、未知の世界によって、力によって。きっとアキに関係があった、そして自分が全く知らなかったもののせいで。

 

 

「アキ―――――!!」

 

 

ハルはただ叫び続けた。もう帰ってこない家族の名前を。ただひたすらに。カトレアが騒ぎに気づき止めに来るまでハルはずっとその場で泣き続けた。それがハルとアキの別れ。そして新たな物語の始まりだった―――――

 

 

 

 

 

 

 

……うん、ごめんなさい。アキです。このまま終わればよかったのかもしれませんがそういうわけにもいかなかったんです。今、俺はガラージュ島の修行場にいます。え? お前あのまま島から出たんじゃないかって? ははっ俺も思わずあのままワープロードで島を出ようと思ったんです。もうそれしかない雰囲気だったし、俺も何か泣きそうだったし(いろんな意味で)思考がおかしくなってたんです。だけど気づいたんです。忘れものに。

 

DBです。袋に大量に入れているDBを洞窟に置きっぱなしなのを思い出したんだよ! さすがにあれを放置しとくのはヤバすぎるんで仕方なくここに戻ってきたというわけだ……何か色々台無しにしてしまった感がある……余計なことを言わないように細心の注意を払ってたのに最後で台無しだよほんとに……あ、最後姿を消したのはイリュージョンの力で風景と同化してたんです。咄嗟にワープロードを使えないことに気づいたオレをフォローしてくれたんです。マジ助かったぜ、やっぱ持つべきもんはいいDBだよな。

 

ん? あ、そういえば……あったあった! 大丈夫か、お前? うん、まあそんなに気にすんなって。別に俺は怒ってないし、マザーもついカッとなっちゃっただけだからさ! ほら、マザーも何とか言えよ!? お前のせいでこんなに怯えてんだからな!

 

俺はそのまま手に持っているDBを慰める。その手にあるのはさっきまであのグラサン野郎が持っていたDB、フルメタルだ。まさかこのDBが出てくるとは思っていなかった。確かこれってシュダが元々持ってたDBだったはず。うーむ、ということはこいつからシュダの元まで渡る予定だったということだろう。そんなこんなで一応回収してきました。まあそれも理由の一つだけどあまりも可哀想だったのが一番の理由だ。だってあんな主人を持ったフルメタルが不憫すぎる。だってあいつ、俺が持ってるのがシンクレアだって本気で気づいてなかったんだぜ? 普通DB使ってる奴なら気づくっつーの! シンクレアを知らなくてもそのヤバさが本能的に分かるはず。よっぽどの馬鹿だったんだな……だが可哀想なのはフルメタルの方。

 

当然だがフルメタルは俺が持ってるのが、戦おうとしているのがマザーだとすぐに気づいた。だがDBマスターではない奴にDBの声なんて聞こえるはずもなく、フルメタルは焦りと恐怖でガクブル状態になっていた。当たり前だ。例えるならスライムが大魔王に反逆しようとしてるようなもんだしな……何とか落ち着くように言ったんだがそれに応えられないくらいテンパってたっぽい……マジでちびる寸前だったようだ。まあ、マザーがグラサンの言葉にキレかけて全部まとめてディストーションしようとしたせいもあったんだが……っつーかマジで勝手に動くのやめてくれません!? こっちも色々考えて動いてんだから! その辺またお話(肉体言語)する必要がありそうだな……

 

後、この黒いマントは一体何? 新手の嫌がらせですか? え? 俺の正装? コスプレの間違いだろ、どんな罰ゲームだっつーの! あ、やめろっ!? そんなことで頭痛起こすんじゃねえっ!? ハアッ……ハアッ……あ、あとどうでもいいけどシュダがフルメタル使ってるの想像したらなんか笑えてきた。見る機会があったら写メでも撮っとこう。あ、この世界って携帯とかあんのかな? 

 

まあ、とにかくこんなに早く追っ手(?)がくるとは予想外だった。まあ人の口に戸は立てられないっていうし、当然っちゃあ当然だったのかも。大したことない奴らで助かったけど。初めての実戦ってことでめちゃくちゃ緊張してたんだけど拍子抜けもいいとこだった。よく考えれば幻影とはいえいつも修行の相手をしてもらってる人達が人達だから比べるのがおかしいのかもしれんな。え? し、師匠っ!? 慢心はもっとも愚かな行為だってっ!? 分かってます! 全然調子なんてこいてません! これからも常に挑む姿勢で戦います、はいっ! 流石師匠……危うく自分が強いと勘違いするところだったぜ……まだまだだな……せめて蒼天四戦士を倒せるレベルにならなければ……ん? なんか俺、おかしいこと言ってたような気がするけど、何だろう……まあいいか。

 

それよりも問題はハルの方だ。不測の事態だったとはいえ色々と予定外の事態になっちまった。

 

まずDB、DCの存在を知られてしまったこと。そして爆発の剣と音速の剣を見られてしまったこと。本当なら親父を探しに行くという言い訳で島を出る予定だったのに……ちくしょう、あのくそグラサンたちのせいで計画がめちゃくちゃになっちまった! ま、まあ大丈夫だよね、そんな大きい差異じゃないし、何とかなるだろ、うん、何とかなるさ! 

 

でも……はあ……ついにこの時が来てしまったのか……来ることは分かってたけどいざ来ると寂しくなるもんだな。というか未練が半端ない。俺、ここで余生を暮らしたいんですけどダメですか? あ、やっぱりダメ? ですよねー、まあ六星DBを渡さなきゃなんないし、これ以上島にいると同じような奴らがくる可能性もあるから仕方ない、ある意味あきらめもついたわ……唯一の未練がカトレア姉さんにきちんとお別れのあいさつができなかったことだな。今更戻るなんてみっともなくてできないし、会うと決意が鈍りそうだ、マジで姉さんは平穏の、日常の象徴でした。もし生き延びることができたら俺、プロポーズに行くんで待ってて下さい! 何だが死亡フラグをバンバン立ててる気がするけど気にしない! このぐらいの死亡フラグ日常茶飯事だっつーの! むしろ生存フラグが立ったほうが怖いぐらいだ! 

 

じゃあ行くとしますか! とりあえずはワープロードでここから一番近い港まで飛んでから。こんな時のために一度島から船に乗って一番近い港に行ったことがあるのだ。流石にランダムは怖すぎる。使った瞬間DC本部なんてことになりかねん。割と本気で。

 

マザー、なんかノリノリっすね……そんなに外に行きたかったの? あ、そう、まあほどほどにやってくから無茶はやらかすなよ。街中でディストーションやらかしたらずっとこの袋の中に突っ込むからな。イリュージョンと師匠もいいか? うむ、やはり君たちは優秀だ! これからも頼りにしてます! じゃあワープロード、久しぶりに移動お願いします!

 

 

アキはそのまま背中に大きな袋をいくつも背負った、まるでサンタクロースのような姿のまま旅立って行く。もはややけくそ気味に。これ以上の面倒事が増えませんように。そんな叶わぬ願いを抱きながら―――――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

凄まじい砂塵が辺りを包み込み、息すらまともにできそうにない砂嵐の中をまるで何でもないかのように進む一つの人影がある。その人影はそのままその場所へと辿り着く。もはや元がどんな施設であったかも分からない程大きく崩壊してしまっている巨大な施設。世界最大の監獄と呼ばれたメガユニットのなれの果てだった。

 

ローブを被った人影はそのまま施設の最深部に向かって階段を下りて行く。その最深部は六十六階まで続いて行く。その不吉な数字が表すように、もっとも危険な囚人を収監するために造られた文字通り監獄へ、いや監獄であった場所へと。

 

人影はそのまま辿り着き、足を止める。その視線がある一点に釘づけになる。そこには何もなかった。本来は何者にも、いかなる力を以てしても破ることができない程の強度を誇るはずの壁。だがそれが無くなってる。いや、削り取られていた。その力の、惨状を前にして人影がそのフードを脱ぐ。まるで決意を新たにするかのように。その力をその目に焼き付けるかのように。

 

 

「やはり間違いなかったか……」

 

 

それは青年だった。歳は二十代前半と言ったところだろうか。青い髪に白いコートのようなものを身に纏っている、間違いなく美青年と言える容姿。

 

 

「『金髪の悪魔』……キングと同じく、時を狂わす危険を持つ存在……」

 

 

だがその容姿の中で一際目を引くものがある。それは顔。その顔にまるでタトゥーのような文字が刻まれている。それは『命紋フェイト』と呼ばれるもの。身体に文字を刻むことでその者の未来を変えることが、操ることができると言われる紋章。特に『魔導師』が好んでそれを刻む習慣があった。それはすなわちこの青年が魔導師であることを意味している。だが青年は魔導師ではなかった。

 

 

「ならばそれを殺すのが俺の役目……全ての『時』のために……」

 

 

『大魔導師』 魔導師を超える魔導師。その称号も持つ魔導師。

 

 

『時の番人 ジークハルト』

 

 

 

悲しいかな、ダークブリングマスターの憂鬱はまだまだ終わることはないのだった―――――


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。