ダークブリングマスターの憂鬱(エリールート) 作:闘牙王
無言だった。ただひたすらに無言だった。魔王城(仮)の最上階、玉座の間。そこにある円卓で自分は今、クレアと向き合っている。ひたすらに無言で、座っている位置は端から端。本当なら隣にでも座るべきなのだろうが今の自分にそんな度胸はない。まるで自分たちの心の距離を表したような光景。当然のように口をつけられず、冷めてしまった紅茶。土下座からは解放されたものの。これならまだ土下座している方がマシだったかもしれない。
(どうしてこうなった……?)
もう何度目になるか分からない心の叫び。できるなら叫びながら何もかも放り出して逃げ出したい衝動に襲われるも、寸での所で思いとどまる。逃げたところで事態が悪化するのは分かり切っているのだから。何とか平静を装おうとするが、もはや憔悴しきっていた。当たり前だ。泥のように眠っていたところをいきなりワープロードで玉座に強制移動され、目が覚めたら目の前にクレアがいるという意味不明、冗談のような状態。悪夢以外の何物でもない。疲労と眠気も伴って極限の混乱状態に陥りながらも何とか状況を把握したかに思えた瞬間にクレアから有り得ないはずのダークブリングマスター呼び。あれで固まらない方がどうかしている。しかしその代償はあまりにも大きすぎた。
(お、俺、本当に首繋がってるよな……? ほ、本気で死んだかと思った……!?)
知らず息をのみ、自分の首をもう一度触って確認する。そこには変わらず繋がっている自分の首がある。だがそれは偶然に過ぎない。運が良かっただけ。もし自分だけだったら、間違いなくもう自分はこの世にはいなかっただろう。この世界に来てから本当の意味で死を感じた瞬間。決して侮っていたわけではないが、それを遙かに超えるクレアの実力。何よりもいきなりこっちを殺しにかかってくるとは想像していなかった。それはともかく、自分は九死に一生を得た。
『だいじょうだよ、お兄ちゃん。いったでしょ? さされてもへいきだって!』
自分の胸元に輝くラストフィジックスによって。初めて自分の役に立てたからか、ラストフィジックスはご満悦になっている。いつか言っていた刺されても平気だという言葉が実証された形。もっとも刺されるどころか首を飛ばされかけるレベルだったのだがラストフィジックスにとっては誤差の範囲なのかもしれない。物理無効の恐ろしさを身をもって思い知った。最強の一角に数えられるのも頷ける。
『ふん、全てはお主の油断が原因じゃ。全く……まあもっとも、本当なら我も防げたのだが今回はラストフィジックスに華を持たせてやらねばと思っての』
そして現れる役立たずの魔石その一。いつの間にか自分の胸元にやってきているマザー。しかも何故かラストフィジックスに対抗している始末。一体どういう神経をしているのか。きっとこいつの能力で身を守っても突破されるのがオチ。これからはとりあえずラストフィジックスだけは肌身離さず持ち歩くようにしようと心に誓う。
『もう、マザーったら嫉妬しちゃって! やっぱりこの世は愛なのよ、愛! でもやっぱり主の役に立ってこそシンクレアの面目躍如ってカンジよねー』
そんな中、さらっと会話に混ざってくる役立たずの魔石その二。よくよく考えればシンクレアを五つ手に入れたはずなのに実質役に立つのが一つしかないとか何の冗談なのか。相変わらずのノリと恋愛脳で場をかき乱す自称調停者。いつもなら面倒なので放置するのだが
『……で? どういうことか説明してもらおうか、バルドル』
今回ばかりは事情が違う。以心伝心かのようなタイミングでバルドルにそう問い詰める。
『……え? な、何のこと? わ、わたしは何もしてないわよ? 空気だって読んでるし、ルールだってちゃんと守って』
『ワープロードで俺を呼び出したのはお前だろうが。それについさっきまで城の中で六星の力を感じたんだが気のせいか? 俺以外に他のDBを扱えるのはお前だけだったはずだよな』
『そ、それは……』
流れで誤魔化せると本気で思っていたのか、誰がどう見ても不自然な様子でどもりはじめるバルドル。そう、自分は気づいていた。城の中が六星DBの力で満ちていることに。正確にはその残り香。六星を扱えるのはシンクレアと言えどもバルドルだけ。何よりも決定的だったのはクレアの態度。いくら自分が臭う、ではなく怪しいとしてもいきなり襲いかかってくるなど考えられない。ましてや一撃で相手の首を両断しようとするレベル。そしていつかバルドルが口走っていた戯言。状況証拠は全て揃っているに等しい。
『え、えっと……違うのよ! わたしはただ城に勝手に侵入してきたから追い払おうとしただ、い、痛い痛い痛い!? や、止めてアキ!? せめて話を全部聞いて!?』
『聞くまでもねえだろ……しばらくそこで反省してろ』
『そ、そんな……あ、でもこの感覚も悪くないかも。ジェロの絶対氷結とはまた違うカンジで、お、お仕置きって……カンジ……』
弁明の間も与えることなく頭痛を執行。そのままバルドルはお仕置きによって悶絶するも全く反省していない。一体こいつは何なのか。この魔石の相手をしていたという一点のみにおいて、ジェロに同情するしかない。そして予想通りの内容をゲロするバルドル。やはり六星を使ってクレアを攻撃していたらしい。でもなければあり得ない。城の破壊だけでは飽き足らず結果として主の命を危険に晒す。マザー以上に自分にとっての疫病神かもしれない。
「……それで、一体いつまでこのままお見合いする気?」
ついに痺れを切らしたのか。それともこっちの出方をうかがっていたのか。明らかに不穏な空気を纏いながら鋭い眼光と共にクレアはそう告げてくる。既にクレアを拘束していたゼロ・ストリームとアマデトワールの能力は解除している。にもかかわらずこの場から逃げることのなく自分と向き合える辺り流石は蒼天四戦士といったところ。本当はそのままお帰りいただければ一番良かったのだがそうはいかないらしい。
『どうした、このまま黙り込んでおってもつまらんぞ。ここは我が盛大な挨拶をかましてやろうか』
『さ、流石ねマザー……! 貴方の力を見せつければ蒼天四戦士でも逃げ出すに決まってるわ!』
『そ、そんなことしたらまたおしろがこわれちゃうからやめたほうが……』
(こ、こいつら……)
何よりもこの状況で厄介なのは他でもないシンクレアたち。平常運転のマザーは空間消滅で挨拶をかまさんとし、頭痛を継続中にも関わらずそれに便乗するバルドル。唯一まともなのはラストフィジックスだが、クレアの心配ではなく城の心配をしているあたり、やはりシンクレア。マザーと同じでシンクレアにとってはレイヴ、シンフォニアに関係する人物は嫌いなだけなのかもしれないが
「……お互い様だ。そっちこそ、勝手に人の城に侵入してきておいて何が目的だ?」
一度心の中で深呼吸し、気圧されながらも気取られないようそう切り返す。土下座から敬語のコンボを無駄にしかねない強気対応だが勝算がないわけではない。このまま下手に出続けては収集がつかないであろうこと、何よりも今回に関しては相手がこっちの領域に無断で侵入してきたというアドバンテージがある。防犯装置が六星DBであるというのはやりすぎだが、決して理がないわけではない。クレアの目的が不明なのもある。
『ほう、今回はそう来たか。意図は大体掴めるが悪手でないことを祈るのみじゃの。しかしそれはそれとして全く似合っておらんの』
『そ、そんなことないよ! あたしはいまのお兄ちゃんもかっこいいとおもう!』
そんな自分を観戦しているマザー。一体何様なのか。ラストフィジックスは何故そんなに尊いのか。バルドルの気配は完全に消えている。頭痛に耐えられず屍になっているようだ。とにもかくにも集中しなくては。ここにはいつもこういう時に助けてくれたゲイルさんはいない。自分だけで何とか乗り越えなくては。そのための自分でも似合っていないであろう強硬姿勢は
「馬鹿にしてるのかい? そっちから呼んでおいて何言ってるのさ」
「え?」
そんな切り返しで一瞬で崩れ去ってしまう。思わず呆然としてしまう。相手が何を言っているのか分からない。
「呼んだ? 誰が誰を?」
「あんたがあたしを、さ。まさかこんな砂漠くんだりまで呼び出されて、あんな熱烈な歓迎されるなんて思っちゃいなかったけどね」
もはや威厳も何もなく普通に聞き返してしまうも、クレアはさらに訝しみながらそう言い捨てる。そこには嘘や偽っている空気は微塵もない。あるのは自分に対しての不信感だけ。対して今自分にあるのは混乱だけ。
(俺がクレアをここに呼んだ……!? そんなことするわけねえだろ!? むしろ来ると分かってたら逃げだすっつーの!)
頭の中で頭を抱えるしかない。何故自分がクレアを呼び出さなくてはいけないのか。むしろ会わないように逃げ出すレベル。色んな意味で厄介ごとでしかないのだから。だが勘違いだとは思えない。砂漠のこの場所をピンポイントで訪れていることからもそれは明らか。一瞬、マザーかバルドルの仕業かと思うもやはりあり得ない。バルドルは言わずもがな、マザーは蒼天四戦士を嫌っている。自分を困らせるためにここまでするとは思えない。そんな自分の戸惑いを感じたのか
「……何をそんなに気にしているのか知らないけど、これが証拠だよ。自分が残した手紙のことも忘れてるってわけ?」
どこか投げやりにクレアはそのまま一通の便箋をこちらに投げ渡してくる。瞬間、思わず固まってしまう。一体自分は今日何回固まればいいのか。何故ならその便箋には見覚えがあったから。
「……これをどこで手に入れたんだ?」
「あんたが使ってた洞窟でだよ。まさか、本当に私を呼んだのはあんたじゃないの?」
「いや、それは……とりあえず、中身を俺も見ていいか?」
「……? 好きにすればいいじゃないか。何で私の許可がいるのさ」
意味が分からないとばかりに首をかしげているクレア。だがそれを気にできるほど今の自分には余裕がなかった。隙を狙われれば何度首を落とされるか分からないレベル。だが仕方がない。自分が手にしている手紙は間違いなくこの時代から見れば未来のクレアから預かっていた手紙。しかしこっちに転居する際に紛失してしまっていた。当然何度も洞窟内を探したものの結局見つけられず、もう一度捜索しなければと思っていたのだがまさかそれをクレアに発見されるとかどういうことなのか。偶然にしてはあまりにできすぎている。思わずクレアに中を見てもいいか尋ねてしまうも仕方ない。未来のクレアに散々中身を盗み見するなと釘をされたのだから。今のクレアに許可を取っても仕方ないのだがそれはともかく、緊張しながらその中身に目を通す。だがそこには
(ふ、ふざけんなああああ!? 何だこれ、明らかに俺を困らせるための嫌がらせじゃねえか!?)
これ以上にない、ある意味自分にとっての嫌がらせでしかない内容が記されていた。この時代のクレアを自分に会わせるための撒き餌に等しい罠。雰囲気から未来のクレアから過去に向かっての国家機密的な重要書類かと思っていたのに一体何の冗談なのか。しかも丁寧にダークブリングマスターの二つ名まで。穴があったら入りたいレベル。未来と過去を通じた壮大な自作自演によって自分は今右往左往させられてしまっているらしい。
『ほう、未来から嫌がらせの手紙を送るとは。その発想はなかったの』
本当に感心しているのか、それとも自分の狼狽っぷりが愉しいのか。マザーは上機嫌にくくく、と笑いを堪え切れていない。いつかこいつにも頭痛を与えれるように修行を積まなければと心に誓うも今はともかく。
「それで、そろそろ納得はできたかいダークブリングマスターさん。それともまだ私はここでお見合いさせられるってこと?」
未来のお前のせいだろうが! と叫びだしたいところだがそれを言ったところで仕方ない。クレアからすれば手紙に呼び出された挙げ句六星の攻撃を受け、当の呼び出した本人には覚えがないと待ちぼうけさせられているのだから。色んな意味で理不尽な状況。
「ならいいさ。こっちから質問させてもらうよ。あんたは一体何者なんだ? ダークブリングマスターとか書いてたけど」
このままでは埒があかないと思ったのか、強引にクレアはそう問いかけてくる。至極まっとうな質問。自分は何者なのか。さっきのDBは何なのか。どうしてこんな所にいるのか。レアグローブの関係者ではないのか。しかし自分はその問いのどれにも答えられない。答えられるわけがない。
自分がレアグローブの末裔の肉体を持った存在であり、シンクレアを五つ持ったダークブリングマスターであり、五十年後の未来からやってきた異邦人。自分がいかにヤバい存在なのか改めて突きつけられた形。こんな危険人物を放置するなんてあり得ない。メガユニット送りでも許されないに違いない。
『どうした、いつまでも黙り込みおって。面倒なら記憶喪失だとでも言えば良かろうに』
『お前な……あれはエリーだから通じただけだっつーの……それに下手なこと言ったら未来がどうなるか分からねえだろうが!』
『それもそうよねー……あ、ならちゃんと言ってあげたらどう? どうせ数年後にはシンフォニアは消えてなくなっちゃうんだから戦うだけ無駄よって痛い痛い痛い!?』
『お前は黙ってろっつーの。それを言うなら今のシンクレアにもどうせ失敗して五つに壊されるんだから無駄だって伝えてやれ』
『え、えっとだいじょうぶだよ。あたしはこうなってよかったとおもってるから。アナスタシスとヴァンパイアもきっとわかってくれるとおもうし』
『ふむ、それはまた別として、いつまでもヘタレておっても意味はないぞ、アキ。お主の好きに喋れば良い。どうせ遅いか早いかの違いでしかないしの』
『て、てめえ……他人事だと思いやがって』
それぞれが好き勝手なことを喋っているシンクレアたちに辟易するしかない。だがそんな中、ふと気づく。それはマザーの一言。
遅いか早いかの違いでしかない。
自業自得と並んでことあるごとにマザーが自分に向かって口にする口癖のようなもの。だがそれがただの口癖でないことをこの時代にタイムスリップしてからようやく自分も悟った。このワードは自分が未来と過去に関係する出来事に遭遇した時のマザーの忠告なのだと。
(そうだ……ジェロの時にマザーの奴が言ってた通りだとすれば、俺がこの時代で何をしたところで未来は変わることはないはず)
思い出すのは世界女子会議でのジェロに関する議題。大魔王になる前のこの時代のジェロを倒すことができればいいのではという自分の案にマザーはそれは無意味だと答えた。未来、五十年後に大魔王になったジェロが存在している以上、過去のジェロを倒すことはできないのだと。その理屈で言えば、自分はこの時代で何をしても未来には何ら影響しない。いや、自分が動いた影響を含めた結果が、自分がいた五十年後の世界ということなのだろう。だがそれでも影響は最小限に抑えるに越したことはない。バルドルが口にしたことなどもっての外。
(落ち着いて思い出せ……あの時のクレアとのやり取り……確か)
思い返すのは五十年後、未来のクレアとのやり取り。未来のクレアが何を知っていて、何を知らなかったのか。まず自分が五十年後にいたことに驚いていた。つまり自分の正体、自分が未来から来た存在であることはクレアは知らなかったということ。マザーと一度話してみたかった、とも言っていた。それはつまりマザーとは、シンクレアとは話したことはなかったということなのだろう。そして確かあの時は他にも
「……喋ってくれる気はないってわけ。ならDBの秘密って奴はどう? それを聞きたければここに来いって触れ込みだったはずだけど」
そんな走馬灯のような思考の最中、天啓にも似た言葉がクレアからもたらされる。クレアからすれば何も語らない自分に半ばあきらめ、そんな中思い出した手紙の内容を口にしただけ。しかし自分にとっては違う。『DBの秘密』というワード。それに思い当たる節が自分にはある。
「……DBがどこから生まれているのか、お前は知ってるか?」
慎重に言葉を選びながら、内心滝のような汗を流しながらクレアにそう尋ねる。自分にとっては当たり前、初歩の初歩にも等しい知識。だがこの時代のクレア、いやシンフォニアがどこまでDBについて把握しているのかを確かめるための試金石。
「っ! あんたはDBがどこから作られてるのか知ってるのか!?」
結果は言わずもがな。動揺を隠し切れないのか、クレアは身を乗り出しながら食いついてくる。自分が話そうと思っていたDBの秘密から考えれば取るに足らない情報にこの態度。
(間違いねえ……! クレアはDBのことはまだほとんど知らない。もしかしたらシンフォニア王国も……!)
DBはシンクレアから生まれる。それすらもまだクレアは知り得ていない。蒼天四戦士ですらそうなら、シンフォニアの国王や予言者サガもこの段階ではもしかしたらそうなのかもしれない。恐らくこの段階で確実にそれを知っているのはレアグローブの王であるシャクマ・レアグローブのみ。
その事実に気づき、今自分がそれを明かしてもいいのか一瞬躊躇するももはや自棄になりながら続ける。シンクレアの存在。エンドレス。魔導精霊力。この世界の成り立ち。現行世界と平行世界。星の記憶。本来の歴史ではハルたちも終盤まで知ることがなかった世界の核心のオンパレード。出会ったエリーにいきなり『あなたはリーシャ・バレンタインです』と告げるレベルの暴挙。しかしこれから先の話をするためには避けては通れない話題ばかり。もう後は野となれ山となれ。絶賛自分の胸元で映画でも鑑賞しているかのように生き生きしているマザーの言葉を信じるしかない。幸いにもクレアは自分の話に集中しているのか、訝しんでいるのか口を挟んでは来ない。
そのまま一気に話題はDBの裏の役割、現行世界の創造についてまで行き着く。自分ですらクレアに知らされるまで知らなかったダークブリングマスターの役割。それを今度は自分がクレアに伝えなくてはいけなくなっている。
(何なんだこれ……? 結局俺も自作自演してるってことか? 頭がおかしくなりそうだ……)
考えれば考えるほど頭が痛くなってくる。過去が未来なのか、未来が過去なのか。分かるのはただ結局は遅いか早いかの違いでしかないということ。鶏が先か卵が先か。考えるだけ時間の無駄。そもそも自分はそんなことを理解できる頭ではない。ただ自分ができることを。今はただクレアによって聞かされた話をクレアに聞かせること。しかし
「……そんな荒唐無稽な話を信じろっていうのか?」
しばらく黙り込んでいたクレアは自分の話を聞いた後にそう告げてくる。あるのは疑いと戸惑いだけ。
(まあ、そりゃそうだよな……俺だって信じるわけないし……)
内心ぐもーん、とうなだれながらも同意するしかない。むしろ信じてくれるとすればエリーかラストフィジックスぐらいだろう。
「信じるのも信じないのもお前の勝手だ。気になるならシンフォニアの国王にでも聞いてみればいい」
「…………」
こっちとしては真実だと証明する方法もないのでそう締めくくるしかない。本当は自分が持っているシンクレアでDBを生み出すのを見せれば手っ取り早いがそんなことしたらギルティ。自分が黒幕扱いされかねない。
『まあお主が全ての黒幕なのはある意味間違ってはおらぬがの』
『ナチュラルに人の心を読んでんじゃねえよ……』
同じく黒幕筆頭の駄石の突っ込みに辟易するしかない。黒幕云々は置いておくとしてもクレア、シンフォニアから見れば今の自分は裏ボスみたいに見えてもおかしくない。自分の臭い、もとい気配を消してくれる聖石でもどこかにないものか。聖石ならレイヴもあるが存在ごと浄化されかねない。
「そうだね、確かに私じゃどっちにしろ理解できるような話じゃなさそうだ。ならもっと簡単なことを聞いてもいいかい? DBの弱点とか、破壊する手段ってのは何かある?」
事の真偽は置いておいて、クレアはそう続ける。自分が一応質問に答える姿勢を見せたおかげか、幾分警戒が弱まっているような気がする。もっともいつでも動ける警戒態勢であるのは変わらないが。そして問いかけられる難題。DBの弱点。破壊する方法。
(DBの弱点、か。改めて考えると本当に反則だよな、DBって……)
言われて改めて実感するDBの出鱈目さ、理不尽さ。一般人でもこれを持てば一騎当千とまではいかなくとも好き放題に暴れることができる。この時代で対抗できるのは蒼天四戦士のような猛者か、魔導士、もしくは同じくDBを持つ者ぐらいだろう。シンクレアが喋るのとジェロが弱点と言えなくもないがクレアに言えるはずもない。
「……弱点は特にないな。使う人間が悪に染まっちまうのが弱点っていえば弱点だが……」
「……やっぱりそうか」
分かっていたとばかりにクレアはそう目に見えて落ち込んでいる。自分の前だというのに。恐らくはクレアとしてはそれが一番知りたかったことだったのだろう。戦士としては当然の事。クレアほどの戦士であればDBを持つ相手にも遅れは取らないだろうが、全ての兵がそうではない。むしろ対抗できるのはほんの一握りであるはず。戦争は数で決まると言っても過言ではない。仮にレアグローブの兵が全てDBを装備しているとなれば、いくら蒼天四戦士と言えど勝ち目はない。まだこの世界にはDBに対抗する術がないのだから。しかし
「そんなに悲観することもないだろ。無敵なんてものはこの世界にはあり得ないからな」
この先はその限りではない。そう、この世界に無敵なんてものは存在しない。この世界の力は対で成り立っている。エンドレスには魔導精霊力が。DBにはレイヴが。だからこそ希望はあるはず。絶望のジェロもきっと無敵ではない……と信じるしかない。
「言ってることが矛盾してるよ。弱点はないって言ってたじゃないか」
「今は、だ。それにないなら作り出せばいいだけだろ」
「作り出す?」
「ああ、例えばDBは魔石なんだから対抗するなら聖せ……痛てててて!?」
どうせ信じてもらえないと高をくくったのとこのままクレアを失望させたままなのも罰が悪いので行ける所まで言ってやろうとした瞬間、頭痛が襲い掛かってくる。自分に頭痛を与えれる存在など一つしかない。
『て、てめえマザー何しやがる!?』
『お主こそ一体どういうつもりでそんなことを、言っていいことと悪いことがあろう!?』
『そ、そもそもお前が好きに喋れって言うから好きに喋っただけだっつーの!? 止めろ! あ、頭が割れ……』
『くうぅ……! まさかこんな、お主のせいで我らは……!! しかし、遅かれ早かれ結局は……!』
『もう、マザーったら八つ当たりしちゃって可愛いんだから♪ でも本当に色んな意味でアキってば魔石殺しよねー。あたしたちの父でありながらレイヴの父でもあったってカンジ? あれ? そう考えるとあたしたちとレイヴって異母姉妹ってこと? 何だか背徳的でちょっといいかも♪』
『あたし、レイヴはきらい』
マザーのヒステリックなお仕置きによって思わず悶絶してしまう。好きにすればいいと言っておいてこの扱い。どれだけ理不尽なのか。それに同調するようにバルドルやラストフィジックスも騒いでいる。もはやシンクレアたちは収拾がつかないため完全放置。
「……私が言うのも何だけど、大丈夫なの?」
「ああ……いつものことだからな」
頭を押さえながらとりあえずそう仕切り直す。頭痛は解除されたがぎゃあぎゃあ喧しい声は継続中。クレアから見ても心配するほどの無様っぷりを晒してしまったらしい。いったい何度首を落とされかねない隙を晒したことになるのか。そのせいもあってかクレアの視線に呆れが混じり始めている。順調に自分のヘタレっぷりが露呈している。喜べばいいのか悲しめばいいのか。
「そう……だけど、あんまり時間をかけるのも良くなさそうだからこれだけは聞かせて。あんたは結局シンフォニアの敵なの、それとも味方なの?」
そんな自分の事情を勘違いしたのか、それともクレア自身の事情もあったのか。恐らくはDBの秘密以上に気になっていたに違いない質問。そして自分にとっては最も答え難い質問。本音を言えばシンフォニアの味方であり、エンドレスに敵対する者だと即答したい。だが状況的にそれは難しい。どっからどうみても自分はこれでもかとDBを所持しているダークブリングマスターであり、怪しすぎる存在。何よりも自分は未来人。マザーの言葉を借りれば好き勝手にしてもいいのかもしれないが、それでも自分がこの世界でどれだけ異質な存在かは分かる。
「……俺はシンフォニアの味方でも、レアグローブの味方でもない。この戦争に関わる気もない」
それが今の自分の答え。こと王国戦争において自分は直接介入する気はない。重ねてマザーの言葉を借りればそれは無意味。例え自分がシンフォニアの味方となっても、結果は変わらない。王国戦争の結末を自分は知っているのだから。
『まあそれが当然よねー。結果が決まってるのに逆らっても何の意味もないわけだし。でもどうしてそれが結局ああなったのかしら? 貴方なら分かる、マザー?』
『さての。それはこれからのお楽しみにするとして……どうじゃ、アキ? ここはあえて第三勢力となってシンフォニアとレアグローブを征服するというのは?』
『っ!? な、何でそうなる!? 結果が決まってるって言ったのはお前だろうが! なのにそんなことして何の意味があるんだよ!?』
『いやなに、このままお主が傍観者では見ているこっちはつまらんからの。結果は変わらぬが過程は変えられる。この時代にお主が意義を見出すとすればその一点のみ。この時点であればどっちの国もお主一人で簡単に滅ぼせるからの』
『そ、それは……』
『お兄ちゃん、せかいせいふくしたいの? だいじょうぶ! あたしたち、こわすのもとくいだから!』
マザーの言葉を真に受けたラストフィジックスが張り切ってしまっている姿に顔を引きつらせるしかない。つい忘れかけてしまうがラストフィジックスもシンクレア。破壊も創造も等価値なのだろう。ようするにどう使うかは担い手次第。そして改めて思い知らされる自分のジョーカーっぷり。文字通り自分は一人で二つの王国を、いや世界を征服できる力がある。次元そのものを消し去るレベルはまだ不可能だが、シンフォニアを消滅させる程度の規模の大破壊なら今の自分でも起こせるのだから。
「……本気で言ってるのかい? それだけのDB、力を持ってて何もしないなんて……レアグローブみたいに世界征服を狙ってるんじゃないの?」
そんな自分たちの会話が聞こえていたのではないかのようなタイミングでクレアもシンクレアたちと同じようなことを言ってくる。一体何なのか。
「……なんでそうなる? 俺ってそんなに世界を征服したがってるように見えるのか?」
「それは……でもあんたも言ってたじゃないか。DBは使用者の心を悪に染めてしまうって……私も見てきた。優しかった兵士が人が変わったようになって、支配や暴力に染まっていったのを。その行き着く果てがレアグローブが掲げている世界征服なんだろうさ」
クレアはどこか苦々しさを感じさせながらそう吐露する。実際にDBに心を支配された者たちを見てきた悲哀。本当なら子供の妄想だと笑い飛ばせるはずの世界征服という野望を実現しかねないレアグローブの力。それは分かる。しかし、どうしても分からない。理解できないことがある。この世界に来てからずっと疑問でしかなかったこと。それは
「…………何でどいつもこいつも世界征服ってやつに拘るんだ? 面倒なだけだろ」
どうして悪の組織というのは世界征服に拘るのか。DCといい、他の闇の組織といい、レアグローブといい、本来のルシアといい。他にやることがないのだろうか。
「面倒……? 世界征服が?」
「だってそうだろ? 苦労して戦争して領土を広げて、どんどん面倒を見なきゃいけない連中が増えてくだけじゃねえか。何が楽しいんだろうな」
心底それが理解できない。俺から見れば自分で面倒事を増やしている様にしか映らない。第一、世界征服したいなら星の記憶で時空操作するのが一番手っ取り早い。エンドレスも発生してしまうかもしれないがそれはまた別。そもそも世界征服なんて余裕がある奴にしかできない。欠片もしたいと思わないが、自分のことで手一杯の自分には最も縁遠い在り方だろう。
「…………そうかもね。今度レアグローブの連中に会った時に言ってみるよ。面倒な世界征服ご苦労様ってね」
そんな自分の返事がおかしかったのか、クレアは一瞬吹き出しながらそんな風に茶化してくる。何だか釈然としないが不穏な空気や命を狙われていたさっきまでに比べればマシになったと言えるのかもしれない。
「……もういいだろ。俺も暇じゃないからな。そろそろ終わりにさせてもらう」
「そうだね。あんまり長くなるとまた頭痛が起こるかもしれないしね」
これ以上は色々な意味で危険だとばかりに切り上げようとするも、そんな風に返されてしまう。実際これ以上頭痛に襲われたくないのも理由の一つだったので一本取られたような気がする。というか全然こっちに遠慮がなくなってきているような気がするのは気のせいだろうか。そんなこんなでお互い席を立ち、クレアはそのまま階段へと足を向ける。外が砂漠だったことを思い出し、ワープロードで砂漠の外に送ってやろうかと言いかけるも寸でで思い留まる。蒼天四戦士をDBで送るなんて嫌がらせ以外の何物でもない。そんな中
「そういえば……エリー村ってところに住んでる長い金髪の女の子ってあんたの知り合い?」
「ぶ――――っ?!?!」
今日一番の爆弾が完全に油断していたところに炸裂する。吹き出しているのは同じだがその規模はさっきのクレアとは桁が違う。
「なんでそんなこと……?」
「あんたが住んでた洞窟でその子に会ってね。ちょっと挙動不審なところがあって、もしかしたらと思ったんだけど……その様子を見る限りやっぱり知り合いだったみたいだね」
「…………」
完全にカマかけだったらしいがもはや手遅れ。黙秘権を行使するが後の祭り。というかエリーは一体何をしているのか。何でそんなところにいたのか。しかもクレアと会ってるとは。さっきまでとは違う意味で思考が追い付かない。
「その子、あんたを探してたみたいだから一度帰ってあげたらどうだい? ダークブリングマスターさん」
「……余計なお世話だ」
それ以上は何も言い返せない。それまでの蒼天四戦士ではない、どこか五十年後を彷彿とさせる雰囲気を見せるクレア。恐らくはこっちが素のクレア・マルチーズなのだろう。からかわれているこっちとしてはたまったものではないが。そんな仏頂面をしているであろう自分を横目に、ふとクレアは円卓の上に置かれっぱなしだった紅茶に口をつける。今更何を。そんな自分の戸惑いをよそに
「……やっぱり紅茶は駄目だね。今度来る時はコーヒーをお願いするよ」
「…………え?」
口元を釣り上げながらクレアはそう言い残し、城を去っていく。あまりにも絵になる、思わずこっちが見惚れてしまうようなしなやかさ。そのせいで再び頭痛に襲われる羽目に。意識が途切れそうな最中にようやく気づく、今度来る時という約束された訪問宣言。脳裏にちらつくエリーの姿。もうどうにでもなれ。
アキはまだ知らない。それが予言者サガ・ペンドラゴンが予言した、運命に連なる出会いの始まりであることを――――