ダークブリングマスターの憂鬱(エリールート)   作:闘牙王

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第四十三話 「偶然」

(お、終わったのか……? これで、本当に終わったんだよな……?)

 

 

どこか半分夢心地、もとい意識が朦朧としてくるのを必死に耐えるも今にも倒れそう。手足は震え、腰は抜けそうな有様。文字通り精も根も尽き果てた形。目の前には倒れ伏している三人の担い手。ドリュー、オウガ、ハードナー。その全てが倒れ伏し、微動だにしない。完全に戦闘不能状態。誰がどう見ても勝敗は決している。にも関わらずまだ自分は倒れるわけにはいかない。その一心でデカログスを杖代わりにしながらも未だに気を張っている。それは

 

 

『……? 何をそんなに警戒しておる? もう儀式は終わったぞ? 気でも触れたか?』

『や、やかましい!? さっきまでトラウマでパニックになってたくせに……! 見ての通り警戒してんだよ!? いつも油断したところに乱入があるだろうが!? 四天魔王でもやって来かねねえだろ!?』

 

 

今までの経験則。もといマザーの教え。油断慢心をするなという地獄のような修行によって身に沁みついてしまった習性。自分のヘタレさと言っても過言ではない。それが未だに警鐘を鳴らしている。まだ何かあるのではないか。もはや疑心暗鬼の域。そんなこっちの苦労も知らずマザーは平常運転。まるで可哀想な人を見るかのような視線を向けてきている。一体何様のつもりなのか。

 

 

『なるほど……本当なら褒めるべきところなのだろうが、いかんせん情けなさの極みのような残念さじゃの。真に残念じゃが、ジェロがここにやってくることはないぞ。今のお主には興味がないじゃろうからな』

『ほ、ほんとか……? 俺が右往左往するのが見たくてデタラメ言ってんじゃねえだろうな……?』

『本当に重症じゃの……我とてジェロには会いたくもない。今のお主と我では例え万全だったとしても勝機は皆無じゃからの……』

 

 

自分に呆れかえっているのか、それともジェロに本当に恐怖を感じているのか。マザーはそのまま黙りこんでしまう。何だか所々で絶望の気配がプンプンするのだがとりあえずはこの場にジェロ……というか四天魔王がやってくることはないらしい。もっともどんなに警戒したところで自分にはどうしようもないのだが。

 

 

(と、とりあえず……今回の戦いは終わったってことでいいんだよな……? ま、マジで長かった……何か一年ぐらい戦ってたような気がする……)

 

 

げんなりしながらもとりあえず安堵のため息を吐くしかない。ジンの塔のエンクレイムを阻止するための戦い。千の魔人兵との戦いから始まり、王宮守五神、六祈将軍、羅刹剣に浸食されたキングとの死闘に続いての全ての闇の勢力との連戦。エリクシルの回復を一回挟んでいるとはいえ、これでもかというぐらいの連戦に次ぐ連戦。本当なら一年以上かけて消化するであろうイベントと戦いが今日一日に全て詰め込まれていたようなもの。時が交わる日といってもいくらなんでも濃すぎる。もうしばらくは隠居しても許されるかな、と本気で思ってしまう疲労っぷり。だが自分だけではどうにもならなかった。

 

 

(本当にシバが来てくれなかったら死んでたな……俺。っていうか俺がいなくてもシバだけで楽勝だったんじゃ……?)

 

 

目の前にいるレイヴマスター。シバ・ローゼスがいなければ間違いなく自分は死んでいた。全盛期には及ばないものの、その強さは自分の想像をはるかに超えるもの。今の自分でも真っ向から戦えば相手にならないに違いない。特に十剣の扱いについては文字通り年季が違う。途中から援護に入ったがそれもいらなかったのではと思えるほど。しかし

 

 

「シ、シバ……? あ、あの……どうかした、のか……?」

 

 

当のシバは戦いが終わってからその場に立ち尽くしてしまっている。微動だにせずこっちを見つめたまま。その顔は下を向いており、表情を伺うことはできない。分かるのはただ無言で険しい顔をしているであろうことだけ。対して自分もどう接していいのか分からず途方に暮れるしかない。戦いの中では無我夢中だったが相手は自分よりも五十歳以上の年上であり、伝説の英雄とされる男。

 

 

(もしかして……身体に何か異常が……!? 羅刹剣も使ってたし……)

 

 

ふと思いつくのは身体の不調。年齢的なこともそうだが何よりも一瞬とはいえ羅刹剣を使用している。そのせいで身動きが取れないのでは。そう思い声をかけようとするもそれは

 

 

「ぐ……ぐもおおおおおっ!! あ、会いたかったぞ、アキいいいいいい!!」

「ぶ――――っ!?」

 

 

関を切ったかのようにこちらに抱き着いてくるシバによってなかったことになってしまった。

 

 

「ほ、本当にアキなんじゃな!? わ、ワシを一人置いて行きおって……!! 死んだのだとばかり思っておったのじゃぞ!?」

「っ!? い、一体何の話だ!? お、俺は死んでなんていないっつーの!? だ、誰かと勘違いしてるんじゃ……!?」

「いいや、お主は間違いなくあのアキじゃ! 昔よりまだ薄いが、懐かしいこの吐気を催すような邪悪な臭い……アキ以外にはあり得ぬ!」

 

 

滝のような涙と嗚咽と共にシバが抱き着いてくる。その勢いと泣きっ面は本当にさっきまで一緒に戦っていた剣聖シバと同一人物なのかと疑ってしまうほど。もしかしたらこっちがシバの素なのかもしれない。どうやら戦闘中だったため、今まで号泣して抱き着いてくるのを我慢していたらしい。

 

 

(一体何がどうなってるんだ!? 何で俺、シバに抱き着かれながら泣かれてんの!? ていうかこの展開、いつかどこかであったような……?)

 

 

何とか必死にシバを引きはがそうとするも叶わない。シバはもう離さないとばかりにがっちりと自分をホールドし号泣している。こっちはただただ混乱するしかない。何で自分が死んだことになっているのか。シバが自分を知っているのか。だがそんな中思い出す。そういえば同じような展開があったような気がする。あれは確かそう、半年前。同じように自分に身に覚えがない事を口走りながら泣いて抱き着いてきた――――

 

 

『お、お主……一体いつまでレイヴマスターと抱き合っておる!? 早く離れぬか!? え、エリーならまだしもそんな年老いた男相手に……非生産的な! ダークブリングマスターとしての誇りはないのか!?』

『そんなもん初めから持ってないっつーの!! そもそも全然関係ないだろうが!? 俺だって好きでこんな……痛ててて!? 止めろマザー!?』

 

 

そんな思考を粉々にするようなマザーのお仕置き。というかなぜこの状況でお仕置きなのか。マザーの奴も度重なる心労でおかしくなってしまっているのか。色んな意味でレイヴマスターによってマザーはPTSDを発症しているらしい。その結果がこれ。シバに抱き着かれながらマザーの頭痛で悶絶するという意味不明の状況だった。

 

 

「わ、分かったからちょっと落ち着けって……!? っていうか離れてくれないと頭痛が……ま、マザーもう止めろっつーの!?」

「フォフォ、いつもの頭痛とDBに話しかける癖は治っておらんようじゃの。すまぬすまぬ……ちょっと昔を思い出しての、今のお主には少し早すぎたの。老い先短い老人の戯れだと思って許すがよい」

 

 

何が面白かったのか、落ち着きを取り戻したシバはやっと自分を解放してくれる。色んな意味で死にかかった自分もようやく一安心といったところ。まさか戦いが終わった後に死にかけるとか冗談じゃない。

 

 

「と……とにかく、落ち着いてくれたみたいだな……俺が言うのもなんだけど、体の方は大丈夫なのか? 羅刹剣も使ってたけど……」

「ふむ、心配いらぬ。一瞬しか使っておらぬしの。一週間ほどは筋肉痛になるじゃろうが問題はない。じゃがこちらも助かったぞ、アキ。流石に三人同時に相手をするのは厳しかったからの。年は取りたくないものじゃの。体が付いてこぬわ」

 

 

ホッホと笑いながらシバはそう告げてくる。どうやらシバ的にはさっきの戦いは楽勝というわけでもなかったらしい。当然と言えば当然。いくらシバと言えども年には勝てない。技量はともかく、体力的な面では自分達には劣っている。それでも羅刹剣の代償が一週間の筋肉痛だけというのは顔を引きつらせるしかないが。

 

 

『アキ、いつまで無駄話をしておる。いい加減さっさと後始末をするがよい。いつまでも放置プレイではさしもの奴らとはいえ耐えかねるであろうしの』

『ほ、放置プレイって……お前な……』

 

 

いい加減飽きてきたのか、それとも自分に構ってくれないので面白くないのか。さっさと面倒ごとを終わらせろとばかりにマザーは自分にそう告げてくる。そこでようやく自分も後始末が終わってない事に気づくもその言動と現実に辟易するしかない。後始末とはいえ、これからが自分にとっては本番と言っても過言ではないのだから。

 

 

『ふぅん……それでぇ? ようやくこっちに話が戻るわけぇ? 私としてはずっとそこで茶番をしててくれてもかまわないわよぉ? 供物さん?』

 

 

そんな自分の態度を見て取ったのか、そんな毒と言う名の棘しか感じられない辛辣な声が響き渡る。支配を司るシンクレアであるヴァンパイア。主を失ったにも関わらず、その光は失われていない。むしろ邪悪さは増しているのではと思ってしまうほど。

 

 

『ふむ、担い手を失ってもなお態度を変えぬのはお主らしいが、はっきり言って見苦しいだけじゃぞ。大人しく負けを認めて我が主様の従僕となるがよい』

『ちょ、ちょっと待て!? 誰がそんなこと言った!? 俺はそんなことする気は毛頭』

『お主は黙っておれ。これは我らの問題じゃ。それで? 答えを聞こうか、ヴァンパイア?』

『そんなもの答えるまでもないでしょぉ? 認めないわぁ。私と下僕が負けたのはレイヴマスターがいたからよ。あんたこそ恥を知りなさい。レイヴと手を組むなんて……吐気がするわぁ』

『何を言っても負け犬の遠吠えでしかないの。そもそも三人がかりで我が主様に襲い掛かって来たお主らが言えることでもあるまい。一対一なら敵いませんと言っとるようなものじゃろうに。その挙句に敗北とは。恥知らずなのは一体どっちかの?』

『マ、マザー……お前な……!?』

 

 

我が世の春が来たとばかりにヴァンパイアをこき下ろすマザーの姿に思わずこっちが言葉を失ってしまう。間違いない。こいつはこの瞬間が楽しみで仕方がなかったのだと。その証拠にマザーは生き生きしている。さっきまでヴァンパイアと同じくシバにビビっていたくせにいったいどういう神経をしているのか。担い手を失って敗北した相手に対しての仕打ちとは到底思えない有様。もっともヴァンパイアもヴァンパイア。同じシンクレアなのに何でこんなに仲が悪いのか。

 

 

『そこまでにしなさい、ヴァンパイア。経過はどうあれ、私たちが敗北したのは事実。どんなに虚勢を張ったところでそれは変わりません。例えレイヴマスターがいなくとも、もう一度私達三人で挑んだところで金髪の悪魔には敵わない。貴方もそれは分かっているはずです』

 

 

そんなマザーとヴァンパイアを見かねたのか。再生を司るシンクレア、アナスタシスが間に入ってくる。明らかに二人とは違う、どこか知的さすら感じさせる雰囲気。その内容もまた自らの敗北を認める潔いもの。

 

 

『相変わらずの優等生ぶりねぇ……それでぇ? 今までの担い手を捨てて新しい金髪の悪魔様に媚びへつらうってわけぇ? 売女同然ねぇ?』

『言葉を慎みなさい、ヴァンパイア。それこそあり得ません。儀式での敗北は認めたとしても、金髪の悪魔を主として認めることなどあり得ません。かの裏切り者を認めるなど……』

『だそうよ、供物さん? 私もこんなのを主にするなんて壊れても御免だわぁ』

 

 

まるで親の仇を見るような絶対零度の視線に晒されこっちは返す言葉もない。針のむしろにされた気分。まるで本当に自分が他人から彼女たちを寝取るかのようないたたまれなさ。というかそもそも何で自分が石ころ相手に気を遣わなければならないのか。

 

 

『それよりもマザー、あんたこそ覚悟はできてるんでしょうねぇ? 金髪の悪魔を担い手にした上に、レイヴマスターと手を組むなんて……エンドレスにバレたらどうなるか見物ねぇ……?』

 

 

だがそんな考えはヴァンパイアの脅しによって消え去ってしまう。そう、それこそが一番自分たちが恐れている展開。マザーの、自分の裏切りがエンドレスに露見すれば全てが終わり。自分は結局エンドレスの力によって繋ぎ止められている人形に過ぎない。マザーもまたシンクレアである以上エンドレスには逆らえない。ヴァンパイアやアナスタシスからそのことがエンドレスに伝わればどうなるか。だが

 

 

『何を言うかと思えば。あれじゃな、人間の子供が言う『ママに言いつけるから!』と同じじゃの。情けないことこの上ないの』

『何ですって……!? あんた、自分の立場が分かって』

『分かっておらぬのはお主らの方じゃろうに。エンドレスが母だとすれば、アキは我らにとって父にあたる存在。本能では分かっておっても反発せざるを得んといったところかの。あれじゃ、反抗期とかいうやつかの、主様?』

『…………は?』

 

 

そんな意味不明の事を口走りながらマザーはこっちに話を振ってくる。一体こいつは何を言っているのか。言ってることの全ての意味が分からない。

 

 

『何訳が分からない事言ってやがる!? 何で俺がお前たちの父親になんてなるんだ!? ふざけるんじゃねえぞ!?』

『ふふ、照れるでない。まあまだお主からすれば生まれてもいないものを認知しろなどとは言わぬ。要するにあれじゃ。そこの二人は本当はお主の事が好きで好きで堪らぬということじゃ』

『お、お前……目が砂肝にでもなってるんじゃねえか……?』

『ふむ、信じられぬのも無理はないか。おい、ラストフィジックス。さっきから黙り込んでおるがお主はどうじゃ。我が主様を認める気はあるか?』

『えっ!? わ、わたし……?』

 

 

そういえばすっかり忘れてしまっていた理を司るシンクレア、ラストフィジックス。当の本人も全く予想外だったのか、急にマザーに話を振られてあたふたしている。他の二つのシンクレアとは違う意味で個性的な存在。

 

 

『わたしは、その……みんなでいじめちゃったのはわるかったとおもうし……ほかのますたーたちもころさないでいてくれたから、みとめてあげてもいいと、おもうんだけど……』

 

 

もじもじしながらラストフィジックスはそんなことを口にしている。何だが言い争っているマザーたちが滑稽に思えるほどの純粋っぷり。何でこの子はシンクレアなのだろうかと本気で悩むしかない聖石っぷり。

 

 

『本当に馬鹿な子ねぇ、あんたは。シンクレアじゃなくて本当にレイヴなんじゃないのぉ?』

『っ!? ち、ちがうもん! あたし、レイヴなんかじゃないもん! あたしは、シンクレアなんだもん……! うぅ……ぐすっ……ひん……』

『言葉が過ぎますよ、ヴァンパイア。それはラストフィジックスには禁句だとあれほど……』

『ふん、いい気味だわぁ……』

 

(こ、こいつら……)

 

 

小さな子供をいじめるいじめっ子にそれを戒める優等生。一体シンクレアとは何なのか。小一時間問い詰めたいところだがこのままでは埒が明かない。どうしたものかと途方に暮れるも

 

 

『仕方あるまい……アキ、とりあえずこやつらを回収せよ。口説き落とすのはその後でよかろう。身柄さえ押さえてしまえば後はこっちのもんじゃ』

『色々突っ込みたいところはあるが……分かったよ。このままじゃ収集付かねえしな……』

 

 

げんなりしながらも仕方なく、本当に仕方なく強引に(普通に)三つのシンクレアを回収する。最初からこうすれば良かったような気がする。

 

 

(とりあえずこれでいいか……っていうか俺、とうとうシンクレアを手に入れちまったんだな……)

 

 

掌に収まっているシンクレアを目にしてようやく実感する。とうとうマザー以外のシンクレアを手に入れてしまったのだと。しかも三つ同時に。一体なんの冗談なのか。頭痛の種が四つに増えたようなもの。最終的にはさらに一つ増えるのは確定している。あとはもうどうにでもなれ、といった気分。

 

 

(とにかく早くゲイルさんたちを安全な場所に連れて行かねえと……! 特にキングは急がないとマズい……!)

 

 

ひとまずシンクレアの事は置いておいて今はジンの塔に残っているゲイルさんたちのこと。戦闘が終わった今ならもう襲われる心配はない。エンクレイムが終わり、シンクレアが全て自分の物になった以上、ワープロードも使用可能になったはず。皆重傷だが特にキングは一刻を争う状態。そう焦りながら急いでジンの塔に戻ろうとした瞬間、ようやく自分は気づく。それは

 

 

(な、何だ……? エンドレスの力が消えてないどころか、強まってる……!? ま、まさか……!?)

 

 

ジンの塔を中心に渦巻いていたDBの、エンドレスの力。それが消え去っていない事に。それどころかさらにその力は増して行っている。あり得ない事態。その原因と思われるシンクレアは既に回収し、エンクレイムを行っていたキングもまた同じ。にも関わらずこの状況。

 

 

『ふむ……我も気づかなんだが、どうやらエンクレイムは続いておったようじゃの』

『エンクレイムが……!? 何でそんなことに……!? もうキングは止めただろうが!?』

『そうじゃが、もはやキングの手を離れてもエンクレイムは止まらぬ域まで到達しておる。キング以外の意志が働いておるとしか……』

 

 

マザーにとっても信じられない事態なのか。明らかにマザーも動揺している。当たり前だ。ただのエンクレイムなら恐れる必要はない。だが今、行われようとしているのは、完成しようとしているのはただのエンクレイムではない。

 

 

(この力……エンド・オブ・アースどころじゃねえ……!? シンクレアに匹敵、いやそれ以上……!?)

 

 

本来ならエンクレイムによって完成するはずだった大破壊のDBであるエンド・オブ・アース。だがその完成はあり得ない。エンドは既に自分が管理しているのだから。その証拠に今も自分が所持している。だが今生まれようとしているのはそれを遙かに超える力を持つDB。ダークブリングマスターである自分には分かる。それがシンクレアを超える力を持っているDBであることに。それを示すように、シバも他のシンクレアたちもただ戦慄のままジンの塔に釘付けとなってしまう。

 

エンクレイムが始まった時から集まり続けていた全ての力がまるで雷のようにジンの塔へと降り注ぐ。そう、全てはこの瞬間のための儀式。刹那、ついに真のエンクレイムが完成し

 

 

『ぷはーっ!! ほ、ほんとに死ぬかと思ったわ! まるで本当にもう一度生まれ変わった気分ね! いやー、無理かと思ったけど何でもやってみるもんよねー、やっぱりこの世は愛なのよ、愛!』

 

 

この瞬間、この場に最も現れるはずのない、現れてはいけない最後の使者が登場した。

 

 

「…………」

 

『ここが人間界なのねー、やっぱり魔界と違って空気がいいわね! 五十年ぶりの里帰りってところかしら?』

 

 

まるで城下町に下りたお姫様、もとい上京したばかりの田舎娘のようにそのDBはキャッキャとはしゃいでいる。興奮が収まらないのか、そのままジンの塔の上空で旋回し始める始末。その光景に自分はもちろん、シンクレアたちも言葉が出ない。これ以上にない出落ちを食らった気分。一体どんな化け物が出てくるのかと思ったらどっからどう見ても残念な存在が出てきてしまった、そんな空気。だがそんなこちらの空気と生温かい視線を感じたのか、DBはそのまま自分達に気づいて動きを止めてしまう。いや、正確には自分達ではなく

 

 

『っ!? ま、まさか……ほんと? ほんとにマザーなの……!? あ、会いたかったわマザー!!』

 

 

自分の胸にあるマザー。それだけを凝視していた。それを証明するように上空を旋回していたDBは一直線にこっち、マザーへと急降下し纏わりついてくる。

 

 

『き、貴様……本当にバルドルなのか!? 何でこんなと』

『やっぱりマザーなのね! まさかこんなにすぐに会えるなんて、やっぱりこれも愛のなせる業なのね! 元気にしてた? しゃべるようになったのね? 何で返事してくれなかったの? あれ? 何でそんなに疲れて、力使いきっちゃってるのね?』

『い、いいから我の話を……!』

『ふふ、照れちゃって、五十年ぶりなんだからもっと喜んでもいいでしょ? あ、もしかしてそこにいるのがマザーの担い手さん? 直接話すのは初めてよね、初めましてあたしはバルドル! シンクレアを統べるシンクレアよ、ヨロシクね♪』

『ヨ、ヨロシク……』

 

 

思わず反射的に挨拶をしてしまうもただただ圧倒されてしまう。あまりの押しに強さ、と言う名の能天気さに。あのマザーがいくら疲れ切っているからと言っても完全にいいようにされている。間違いない。目の前にいるのがマザーが苦手としている五つ目のシンクレア。バルドル。だがそれがどうしてここに。確かバルドルは魔界で四天魔王に守護されているはず。

 

 

『相変わらず騒がしいわねぇ……それでぇ? 今度は一体どんなルール破りをしたわけぇ?』

『ル、ルール破りなんてしてないわよ!? わ、わたしはただエンクレイムでこっちに召喚されただけなんだから! ほら、別にルールを破ってこっちに来てるわけじゃないでしょ?』

『それをルール違反というのですが……今更貴方に言ったところで仕方がありませんね……』

『あ、バルドルだ! ひさしぶり、やっぱりこっちにきてたんだ。マザーにあえてよかったね!』

『うぅ……わたしの味方はラストフィジックスだけなのね。わたしが一体どれだけ苦労してジェロの呪縛から逃れてきたか……ってあれ? ラストフィジックス?』

 

 

よよよ、と嘆いていたのも束の間。バルドルはまるで今気づいたとばかりに目をぱちくりさせている。その視線が順に一つずつ移っていく。

 

ラストフィジックス。アナスタシス。ヴァンパイア。マザー。もう一度マザー。ヴァンパイア。アナスタシス。ラストフィジックス。そして自分。とどめとばかりにもう一度マザー。

 

 

『もしかして…………わたしたち、全員揃っちゃってる……?』

 

 

シンクレア達はそのまま互いと互いを見つめ合う。ただ呆然と。それは自分も全く同じ。思考が追いつかない。当たり前だ。シンクレアが五つ揃う。それはすなわち世界の崩壊を意味するのだから。それがこんな、感慨も戦慄も何もない、女子会の延長線上、うっかりで起こるなど誰が想像できるのか。

 

 

『…………てへ♪』

 

 

顔を真っ青にし、滝のような汗を流しながらもバルドルは渾身の可愛さ、ドジっ娘アピールを見せると同時にそれは起こった。

 

 

天変地異。空は嵐、大地は割れ、全てが崩壊していく。その割れ目から光の集合体が生まれていく。ジンの塔の崩壊とともに。ジンの塔を遙かに超える巨体がその姿を見せる。この世の終焉。遙か昔からこのジンの塔の下で眠っていた、忘却の王。

 

『エンドレス』

 

今、時の交わる日、魔石大戦の最終局面が始まろうとしていた――――

 

 

 


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