ダークブリングマスターの憂鬱(エリールート)   作:闘牙王

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第四十二話 「聖石使い」

「ハアッ……ハアッ……!」

 

 

結界の都ラーバリア。聖地と呼ばれる闘争のレイヴが眠る地。その中を必死に駆ける少女の姿がある。レミ・シャープナー。レイヴを守る巫女を役割を演じていた存在。本来なら護衛もつけずに走り回るなどあってはならない行為。けれど今のレミにはそんなことは頭には欠片も残っていない。あるのは不安と恐怖、焦燥だけ。何故なら

 

 

(どうして結界がなくなって……!? それに凄い爆発の音も……! まさかクレア様に何か……!?)

 

 

五十年間、ラーバリアを守り続けてきた結界が全て消え去ってしまったのだから。それだけではない。まるで戦争が始まったかのような爆発音と衝撃。これまでにあった魔人たちの襲撃などとは桁外れの異変が聖地で巻き起こっているのは明らか。それを前に住民たちは避難し、騎士団はクレアの護衛のために向かって行った。レミの兄であるソラシドも。その兄にこの場に残るよう言われたレミだがそれを守ることができず、今はただ聖地へと駆ける。言ったところでレミにできることは何もない。それでもただ待っていることはできない。そしてついに聖地へとたどり着くも

 

 

「そ、そんな……これが、聖地……?」

 

 

そこにはもう聖地はなかった。あるのは廃墟だけ。厳かな神殿も、穏やかな花壇も。何一つ残っていない。ただ破壊によって全て蹂躙されてしまっている。それが何を意味するのか。レミは悟る。五十年守り続けてきた聖地が、使命が失われてしまったのだと。クレアも、自らの兄であるソラシドも。フーア達騎士団も。呆然と失意のまま、レミはその場にへたり込みかけるも

 

 

「レ、レミ……か……?」

「っ!? お、お兄ちゃん……!?」

 

 

それよりも早く、今にも消え入りそうな声がレミを繋ぎとめる。その声によって弾けるように近づいた先には見間違うはずのないソラシドの姿。だがその姿は満身創痍。せっかく治りかけていた片腕も再び傷ついてしまっている。立ち上がることもできない重症。それでも生きている。

 

 

「よ、よかった……! でも何があったの……!? 他のみんなは……!? クレア様は……!?」

「お、落ち着けレミ……もう大丈夫だ。侵入者があったが……そいつはもう倒された……フーア達も深手は負ったが無事だ……クレア様も……」

 

 

次から次に思い浮かぶ疑問をレミは口にするがソラシドは慌てながら答えていく。しかし満身創痍であるソラシドは息も絶え絶え。ようやくそのことに気づいたレミは自分が混乱してしまっていたことに気づき、慌てて質問攻めを止める。だがひとまずはソラシドの言葉によって安堵することができた。一番の気がかりだった皆の安否が確認できたのだから。だが同時に疑問が浮かぶ。ソラシド達をここまで追い詰めるほどの侵入者。ただの魔人ではあり得ない。一体何者なのか。その正体をレミは目にする。

 

それは老人だった。明らかに常人ならざる風貌を持つ男。レミは知らなかった。その倒れ伏している男が何者か。六祈将軍のリーダーにしてDCのナンバー2。無限のハジャ。ラーバリアなど瞬く間に殲滅できるまさに怪物といってもいい力を持つ大魔導士。そんな男が敗れ、地に臥している。何よりも異常なのはその胸元。そこには石が埋め込まれている。いや、埋め込まれていた。六十一式DB。埋め込まれた者に無限の魔力を与えるDBが粉々に砕かれてしまっている。その意味をレミは知らない。どんな力、兵器を以てしても破壊することができないDBが破壊される。その意味を。

 

 

「レミか……すまない、心配をかけたようだな」

「っ!? ク、クレア様……!? ご無事で……?」

 

 

そんなレミはようやく我に返る。聞き慣れた優しい声色によって。蒼天四戦士の一人にして、この地を守る本当のレイヴの守護者であるクレア・マルチーズ。その無事に喜びの声を上げようとするもレミは思わず言葉を失ってしまう。何故ならそこにいるのはレミが知るクレアではなかったのだから。黒くしなやかな髪に戦士としての強さを秘めた身体。それでいて女性らしさを併せ持った姿。鳥を依り代にして現界していた仮初の物ではない、生前の、本当のクレア・マルチーズの姿。

 

 

「クレア様……そのお姿は……?」

「ああ、お前たちに見せるのは初めてだったな……これが私の本来の姿だ。役目を果たして、ようやく私も解放される時が来たらしい」

 

 

それが恥ずかしいのか、それとも嬉しいのか。クレアはどこか満足げな表情を見せて微笑む。レミだけではない、ソラシドたちも見たことのない、クレアの姿。その姿に見惚れているの束の間、レミたちは悟る。クレアの言葉の意味を。今のクレアの姿。それが霊体、魂なのだと。

 

 

「役目を果たされた……? それはもしかして」

「そうだ。闘争のレイヴは本来の持ち主へと渡った。レイヴマスターの元へとな」

「レイヴマスター……!? あ、あのシバ様がここに来られたのですか……!?」

 

 

二重の意味でレミは驚愕するしかない。闘争のレイヴが託された。それもレイヴマスターへと。世界に疎いラーバリアの民たちですら知らない者はいない、レイヴマスターであるシバ・ローゼス。彼がここにやってきたのだと。レミはようやく理解する。先の侵入者を撃退したのがシバだったのだと。無限の魔力を持つ大魔導であったとしても剣聖の前には無力。レミは知る。五十年前のお伽噺のような存在であるレイヴマスターは確かに存在するのだと。

 

 

「ああ……五十年経っているというのに全く変わっていなかったがな。相変わらず馬鹿なままだ、あいつは」

 

 

クレアは呆れながらそう呟く。だがその言葉には全く嘘がない。あるのはただ狂おしいほどの親愛のみ。五十年間、変わらぬ思いを貫いてきた馬鹿な男であり、自らの想い人に再び出会うことができた。その喜びだけ。もはや後悔も未練もない。それだけで五十年間、待ち続けた意味があったと。

 

そんなクレアの姿にレミたちは言葉はない。同時に理解する。本当に自分たちの、ラーバリアの役目は果たされたのだと。

 

 

「クレア様……」

「すまない、感傷に浸るのもこのぐらいにしておこう。これでラーバリアの使命は果たされた。もう結界も必要ない。あの二人がいる限り、もう魔人がここに現れることはないだろう」

 

 

心配そうなレミをあやすようにクレアはそう告げる。もう心配はいらないのだと。気休めなどではない、絶対の事実としてクレアはそう宣言する。今ジンの塔で起こっている世界の命運を賭けた戦い。その結末を知っているかのように。

 

 

「レミ……お前には辛い思いばかりかけてしまった。それも今日で終わりだ。これからは普通の女の子として生きなさい」

 

 

触れることができない魂のまま、それでも温かさを感じさせるクレアの抱擁。自らにとっては娘に等しいレミ。彼女に幸あれと。同時に自分にはできなかった、女の子としての生き方を託すもの。レミはそんなもう一人の母の言葉にうなずきながら泣き続ける。そんなレミをあやしながらクレアはソラシド達に視線を向ける。そこにもはや言葉はいらなかった。ソラシド達はただ首を垂れながら敬意を示す。

 

それを見届けながらクレアはそのまま天へと昇っていく。蒼天四戦士の帰る場所である蒼い空へと。

 

クレアは蒼天から再会した二人を見守りながら思う。涙もろく、どこまでいっても一直線だった馬鹿な男とヘタレで疫病神のようだった男。それにどれだけ振り回されたか分からない。本当なら文句も言い足りないぐらい。それでもあの二人ならどんな敵にも負けはしないだろう。聖石使いと魔石殺し。力も在り方も対極の二人。それが合わさればまさに無敵。

 

 

(頼んだぞ、シバ、アキ……世界の命運はお前たちにかかっている)

 

 

いつかの思い出を胸に抱きながら、蒼天四戦士クレア・マルチーズは空へと還っていった――――

 

 

 

 

「…………え?」

 

 

ただただ呆けるしかない。頭が、思考が追いつかない。分かるのはまだ自分が生きているということだけ。ただ目の前の男に目を奪われる。見た目は老人。だがその佇まいと風格は常人ではない。その正体を自分は知っている。思い至っている。その手に握られている剣がその証。見間違うはずがない。封印剣。それによって先のドリューとオウガの奥義を切り裂いたに違いない。そしてこの世に封印剣を使える存在は自分とキングを除けば一人しかいない。それでも確信が持てない。どうして。何故。そんな疑問は

 

 

『な、なななな何でここにレイヴマスターがおるっ!? どうなっておるんじゃ!?』

 

 

自分の胸元にいる自分よりも遥かにこの事態に動揺してしまっているマザーによってかき消されてしまった。

 

 

『お、おい……ちょっと落ち着けって。それよりも目の前にいるのってやっぱりシバなのか……?』

『あ、あああ当たり前であろう!? あ奴の顔を忘れるわけがない! 何をのんきに座り込んでおるアキ!? さっさとここから逃げんと壊されるぞ!? は、早く動かんか!! お、お主が動かぬのなら我だけでも……!?』

『な、何を訳が分からんこと言ってやがる!? 大体逃げる必要なんてないだろ……って痛てててて!? やめろ、首が締まるから止めろっつーの!?』

 

 

今まで見たことのないほどの御乱心を見せるマザー。あまりの狼狽ぶりによって自分たちがエンドレス側でないことも忘れてしまっているのか必死に逃走を図ろうとしている姿は情けないことこの上ない。自分以上にこいつはヘタレだろうとしか思えない。もはや力は残っていないはずなのに自分で動いて主である自分を置いて逃げようとするクズっぷり。そのせいでマザーに着けている鎖が首に巻き付いてこっちは窒息寸前。一体どんだけトラウマだったのか。四苦八苦しながら何とか身柄を拘束するがまともに話ができる状態ではない。分かるのは目の前にいる老人が間違いなくシバ・ローゼスであるという事実だけ。

 

 

(何でここにシバが……? いや、それよりもマザーじゃねえけど、これってマズいんじゃ……!?)

 

 

ひとまず冷静さを取り戻しながらもマザーの言っていることもあながち馬鹿にできないと気づく。そう、今の自分はダークブリングマスター。シンクレアを持つ担い手の一人。レイヴマスターのシバからすれば敵でしかない。加えて自分の臭い、もとい気配の問題。それのせいでどれだけ誤解されてきたか。もうここは土下座するしかないのか。だがそんな考えは

 

 

「……本当に生きておったのじゃな、アキ」

「へ……?」

 

 

何故か自分を見つめながら笑みを浮かべているシバの姿によってなかったことにされてしまう。そのままシバはその手を差し出してくる。思わず反射的にその手を握るとそのままシバは自分を起こしてくれる。その瞳には確かに涙が流れている。端から見れば感動の再会。なのに自分には全く覚えがない。

 

 

「な、なんで俺の事を……?」

「何を言っておる? お主がワシを探しておったんじゃろう? あのジークという魔導士の青年からそう聞いていたのだが」

「ジーク……? あ、そ、そうか……それで……!」

 

 

混乱の連続で収拾がつかなくなりつつあったがようやく理解する。そう、自分は確かに半年前ジークにシバを探してほしいという依頼をしていた。どうやらジークはそれを果たしてくれたらしい。そのおかげもあってかシバは自分がエンドレス側の人間ではないと分かってくれているのだろう。しかしこのタイミングでの登場とか神ががっている。やはり主人公とはこういう星の巡りあわせにいるのかもしれない。

 

 

「じゃあ、ジークも来てるのか……じゃなくて来てるんですか? 姿が見えないですけど……」

「あの青年なら来ておらぬよ。つい先ほど時の民たちの協力でここへ空間転移させてもらったからの。魔力がない自分では力にはなれぬと。そうそう、伝言を預かっておった。お主のためではなく時を守るためだそうじゃ」

「そ、そうですか……」

 

 

ジークといえばジークらしい伝言に苦笑いするしかないが本当に助かった形。自分としては見つかれば儲けものぐらいにしか思っていなかった保険だったのだがジークはやり遂げてくれたらしい。しかも時の交わる日、エンクレイムにシバを送り込んでくれるおまけ付き。空間転移は時の民たちが全ての魔力を合わせてようやく可能なほどの大魔法。きっと時の民たちの説得もしてくれたに違いない。そのことに感謝していると

 

 

「ふむ……どうやら本当にクレアが言っていた通りのようじゃの。アキ、その気持ちが悪い敬語を止めよ。全然似合っておらんぞ」

「は……?」

 

 

顎のひげを触りながら本当に気持ちが悪いと言わんばかりのシバの言葉に言葉を失うしかない。

 

 

「な、何の話ですか!? っていうかクレアに会ったって……!?」

「うむ、今しがた会ってきた。慌ただしくて長くは話せなんだが、そこでお主のことを聞いてな。きっと気持ちが悪い敬語で話しかけてくるだろうから気を付けろとな」

「気持ちが悪いって……そ、そんなことはどうでもいいっつーの!? それより闘争のレイヴは手に入れたってことか!?」

「フォッフォッ、ようやく調子が出てきたようじゃの。その通りじゃ、クレアから確かに託された」

 

 

やけくそ気味に地が出てしまうが何が嬉しいのか、シバは笑いながらその手の中にあるレイヴを見せてくれる。闘争のレイヴ。五十年間、クレアが守り続けてきた聖石が今、シバの手に返ってきた。その輝きは以前見た時の比ではない。担い手であるシバが持つことのみでその力を発揮できるレイヴ。シバがこの世界で一人だけの聖石使いである証。その輝きに思わずこちらが浄化されかねない力を感じていると

 

 

「それがレイヴか……ってことは本当にそこにいるのはレイヴマスター様ってことらしいなァ?」

 

 

もう時間の無駄だと言わんばかりに担い手の一人、ハードナーが一歩こちらに近づきながらそう告げてくる。その瞳がシバとその手のひらにあるレイヴに向けられる。その貌はまさに空賊の王そのもの。五十年前の伝説であるレイヴマスターとレイヴ。それが何の因果か目の前に現れたのだから。

 

 

「なんだ、レイヴマスターってのはこんなジジイなのかよ。けったいな謳い文句を聞いてたが大したことなさそうじゃねェか」

 

 

新たな獲物が現れたことで興奮しながらもオウガはシバの容姿に気勢を削がれてしまう。どう見ても年老いた人間。剣聖という称号を持っているとはとても思えないような風貌。オウガからすれば血沸き肉躍る戦いができるかもと期待していたにも関わらずこれでは台無しだと言わんばかり。

 

 

「レイヴマスター……光の者か。お会いできて光栄だがいささか表舞台に上がるのが遅すぎたのではないかな?」

 

 

ドリューはレイヴマスターであるシバに敬意を払いながらもそれでも自信は揺るがない。同じ剣を扱う者として剣聖の称号の意味は理解している。だがそれは五十年前の話。当時であれば脅威であったかもしれないが、今のシバは全盛期からは程遠い。それは正しい。今のシバは五十年前の全盛期の半分以下の力しか持っていないのだから。

 

 

「ふむ……どうやらゆっくりと話しておる暇はなさそうじゃの。アキ、お主はそこで休んでおれ。こやつらの相手はワシがしよう」

 

 

にも関わらずシバは全く臆することなくその手に剣を構える。TCM(テン・コマンドメンツ)と呼ばれる世界の剣。そこには世界のレイヴが埋め込まれている。五十年、シバと共に戦い続けてきた愛剣。瞬間、シバの纏っていた空気が変わる。懐かしい親友を前にした老人ではなく、世界のために戦い続ける剣士へと。

 

それを感じ取りながらも焦りを隠せない。自分もシバの強さは知っている。幻とはいえシバ相手に修行を積んできたのだから。だがそれは全盛期のシバの話。それから五十年経った今のシバではその当時には遠く及ばないのは明らか。そして相手にするのはキングに匹敵する力を持つ三人の王であり三つのシンクレア。加えてエンドレスの介入によって今の三人は戦気を纏っている。その強さはかつての四天魔王に匹敵しかねない物。どう考えても勝ち目はない。だが自分は知らなかった。

 

 

レイヴマスターがいかなる存在か。レイヴが一体何のために生み出されたのか。その意味を。

 

 

「なっ――――っ!?」

 

 

その声は自分だけではない。他の三人の担い手も同じ。ただ驚愕し言葉を失うしかない。シバが剣を構え、レイヴの光が輝いた瞬間それは起こった。それは三人の担い手が持つシンクレア。そこから生まれていた戦気、エンドレスの力が全て消え去ってしまった。いや、無力化されてしまった。それだけではない。ダークブリングマスターである自分には手に取るように分かる。三つのシンクレアの力が弱まっていくことに。

 

 

『ふふふ……よ、ようやく気付いたようじゃの。あれこそが忌々しいレイヴの力。あれを前にすればDBはその能力を封じられてしまう。エンドレスの力も同じじゃ……レイヴの数が二つであるため完全ではないが、それでもシンクレアの極みは封じられたも同然。その恐ろしさをアキ、お主も身を以て知るがよい……』

『お前が身を以て思い知ってんじゃねえか!? っていうかなんで関係ないはずのお前がダメージ受けてんだよ!?』

 

 

どこか得意げに解説するも、息も絶え絶えで今にも倒れそうなマザーの有様に突っ込むしかない。何でレイヴに力を向けられていないにもかかわらずこいつはダメージを受けているのか。もしかしたらトラウマで偽痛に襲われているのかもしれない。それは無視するにしてもダークブリングマスターとしてただ戦慄するしかない。闘争のレイヴを手にしたとはいえ、二つのレイヴだけであそこまでの力を生み出すシバに。いわばあれはレイヴの極み。五十年間、レイヴを扱い続けたシバだからこそたどり着ける頂き。レイヴの数が三つであれば別れたシンクレアの力は完全に封じ、四つであればシンクレア以外のDBは輝きのみで破壊し、五つ集まればTCMは真の聖剣へと至る。

 

かつてホーリーブリングと呼ばれた、DBに対抗するために生み出された聖石の力が今、再びシンクレアへと向けられる時が来た。

 

 

「流石はレイヴと言ったところか……だがそれだけで勝てると思うのは早計だぞ、レイヴマスター」

 

 

戦気とシンクレアの極みを封じられながらも、それでもドリューは揺るがない。レイヴがDBの天敵とされる以上、それは想定されていた内容に過ぎない。それを示すようにドリューは間髪入れずにシバへと迫る。ヴァンパイアの引力と自らの闇魔法によって。レイヴマスターとしてのシバではなく、光の者としてドリューはシバを見逃すことはできない。自らが作る闇の絶対王権において最も存在してはならないのが目の前にいるシバなのだから。

 

だがその引力と魔法は呆気なくシバによって切り裂かれる。封印剣による一振り。その前にはヴァンパイアの引力も闇魔法も通用しない。しかしそれすらもドリューにとっては計算された展開。TCM。魔界にいる者ですら知っている世界の剣。同じ能力の剣を持つアキにこの戦法が通じなかった以上こうなることは当然。だからこそ

 

 

「闇に堕ちろ、光の者よ」

 

 

ドリューはその手に持つ闇の剣で間髪入れず、同時に斬りかかる。漆黒丸と呼ばれる宵の剣を超える物。引力と魔法を囮とした剣での同時攻撃。それこそがドリューの狙い。それは封印剣が実体を持つものを斬ることができないことを見抜いたが故。封印剣は切れない物を斬る剣であり、逆に普通の物体を斬ることができない。今シバは引力と魔法を封印剣で切り払っている。故に同時に行われる漆黒丸の一刀を防ぐことはできない。光属性のシバにとってその一撃は致命傷になりかねない。だがそんな一撃は難なく鉄の剣によって受け止められてしまう。

 

 

「なっ……!?」

 

 

今度こそドリューは驚愕するしかない。完璧なタイミングであるはずの渾身の一撃が受け止められてしまった。だが理解できない。確かにシバは封印剣を使用していたはず。その証拠に今もなおその手には封印剣が握られている。なら漆黒丸を受け止めている剣は何なのか。

 

 

(これは……まさか、二刀剣……!?)

 

 

ドリューはようやくその正体を悟る。二刀剣。今シバの両手には封印剣と鉄の剣が同時に握られている。それこそが魔法と剣の攻撃を同時に捌けた理由。だがドリューは知らない。それがどれだけの絶技であるかを。確かに十剣には双竜の剣である二刀剣が存在する。しかしそれは炎と氷の属性を持つ二刀剣。それ以外の剣を同時に扱うことができる物ではない。理論としては確かに可能。十剣を連携ではなく、同時に扱うこと。しかしアキにはそれができなかった。だがシバにはそれが為し得る。剣聖の腕と五十年の年月という名の経験によって。

 

そのあり得ない二刀流がドリューを攻め立てる。その猛攻を前にドリューは防戦一方。反撃に転じることもできない。

 

 

「どうしたのかの。お主こそ舞台を降りるのが遅すぎたのではないかの」

「お、おのれ……!!」

 

 

シバの皮肉にも言い返すことができないほどドリューは追い詰められる。シンクレアも魔法の力も封印剣で封じられてしまっている。だが本当に戦慄しているのはもう一つの事実。そう、二刀流の片方の剣のみで自分が捌かれ、追い詰められてしまっているという現実。それはシバの剣聖としての技量とシバが両利きであることがその理由。本来なら扱いにくいはずの二刀剣を鍛冶屋ムジカが組み込んだのもそれが理由。TCMはまさにシバのための剣であることの証明。

 

ドリューは感じ取る。力も速さも体力も、その全てで自分はシバを上回っていると。五十年という人間である限り逃れることができない衰えという名の身体機能の劣化。だがにもかかわらず剣が通用しない。それを補って余りある技量の、剣士としての差。ドリューは悟る。全盛期の半分以下しかない、のではない。今の自分では全盛期のレイヴマスター、剣聖シバの半分以下の力さえ超えられないのだと。

 

 

「死にぞこないのジジイ相手にえらくてこずってるじゃねェかドリュー! ちょうどいい、てめェもろともオレ様がミンチにしてやらァ!!」

 

 

そんな二人の戦いに割って入るようにオウガが金術を見せる。宣言通り、全てを巻き込んで粉微塵にして余りある一撃。だがそれを難なく躱し、シバはその剣によって金を粉々に粉砕する。まるで豆腐の様に呆気なく金属の王であり、オウガの力の象徴である金は地に堕ちる。シバの両手には新たな二刀剣が握られている。音速剣と重力剣。速さと重さ。対極の位置する二本の剣を同時に扱うことで十剣中最速の速さと最高の物理攻撃。その矛盾が完成する。その前ではいかにオウガの金術であっても無力。だがそれだけではない。

 

 

(こ、コイツ……オレ様のシンクレアの力を一瞬で見破りやがったってのか……!?)

 

 

オウガに向かって炎と氷の遠隔攻撃が襲い掛かってくる。金術で防御しようとするも音速と重力の二刀剣によって砕かれ、防ぐことができない。同じく非物理の攻撃はラストフィジックスでは無効化できない。それを見透かしたかのようにシバは決してオウガに直接斬りかかってくることはない。その隙を狙わんとしているオウガはその事実にようやく気付く。シバに自らの持つシンクレアの力を見破られているのだと。それこそがレイヴマスターであるシバの力。レイヴを通して相手の持つDBの能力を読み取る力。それによってシバは初見の相手であっても最適解の戦い方ができる。

 

二刀剣の応用による十剣の力の底上げとレイヴの眼による相手の能力の看破。それこそが今のシバの強み。五十年の歳月による体の衰えと、失ってしまった四つのレイヴの力を補うための生み出した、剣聖シバの答え。

 

その前にドリューとオウガは為す術がない。二対一という圧倒的有利な状況でありながらも傷一つ与えることができない。いくらエンドレスの力を、シンクレアの極みを封じられていると言ってもあり得ない事態。

 

 

「老いぼれ一人に醜態晒しやがって……オレが処刑の仕方ってのを教えてやる!!」

 

 

そんな状況に業を煮やしたのか、それとも戦士としての勘が警鐘を鳴らしたのか。それまで静観していたハードナーもまた戦いに参戦する。言葉には出さずとも三人の担い手は理解していた。目の前のレイヴマスターが自分たち、DBを扱う者にとっての天敵なのだと。そしてそれは三つのシンクレアの総意でもある。シンクレアたちは己の利害、プライドを全てかなぐり捨ててシバへと挑む。それは正しい。二対一ならまだしも、三対一であればいかにシバであっても勝ち目はない。そう、この場に魔石殺しがいなければ。

 

 

「――――はあっ!!」

 

 

瞬間、まるで狙っていたかのようにアキの爆発剣がハードナーを吹き飛ばす。完全にシバのみを標的としていたハードナーはまともに爆発剣を受けたことで悶絶し、倒れかけるもアナスタシスの再生によって何とか踏みとどまる。

 

 

「く、くたばり損ないの小僧がァ……!! このオレに傷を負わせやがったな……!!」

 

 

屈辱からか、聞く者を戦慄させるような怨嗟の声と視線でハードナーはアキを見据える。その言葉通り、アキの身体は満身創痍。力もほとんど残っていないのは明らか。そんな相手に邪魔された、傷をつけられた。ハードナーにとっては許すことができない屈辱。

 

 

「ほう、腕が鈍っておるのではないか、アキ。一撃で仕留められんとは」

「なっ!? た、助けに入ったのに何でそんな文句言われなきゃならんのだ!? ちょっとは感謝しろよ!?」

「いやなに、お主にも見せ場は必要じゃと思っての。怖気づいたのなら後は座っておってもよいぞ」

「う、うるせえよ……! 見てろ、俺だって意地があるんだからな……!」

 

 

アキはそんな助けに入ったはずなのにあんまりなシバの物言いに言い返すしかない。もはやシバに対する遠慮も敬語も吹き飛んでしまっている。あるのはシバに負けてたまるかという対抗心のみ。故にアキは気づけない。背中を合わせるような形で立っているシバの胸中を。五十年間、忘れてしまっていた背中を任せて戦うことができる親友に再び出会えたことに対する歓喜を。

 

それはまさに共演だった。シバとアキ。レイヴマスターとダークブリングマスター。レイヴとDB。何もかもが対極である二人の使い手が背中合わせに舞う。その間に三人の担い手たちは誰一人割って入ることができない。

 

爆発。音速。封印。双竜。真空。重力。太陽。月。

 

それぞれが一本の剣として成立する能力を持つ剣。 TCMとデカログス。十剣と十戒の名を持つ名剣。レイヴとDBの力を引き出すための剣。その二重奏。前衛と後衛、それが目まぐるしく入れ替わりながら一糸乱れぬ動きでドリューたちを襲う。攻防共に、付け入る隙がない、完璧なコンビネーション。だがそれに戸惑っているのは誰でもない、アキ本人。

 

 

(どうなってるんだ……? まるでずっと一緒に戦ってきたみたいに体が動く……!?)

 

 

アキはただ困惑するしかない。今日初めて会ったはずのシバとの共闘。いくら同じ十剣を持つ者同士だとしてもあり得ない連携。いや、そうではない。アキの動きに完璧に合わせてくれるシバ。まるで長い時間、共に戦ってきたかのようにシバはアキの動きを熟知している。その呼吸も、癖も。当たり前だ。シバにとってアキは共に剣を磨き、共に戦ってきた戦友なのだから。

 

それに導かれるように、アキの力が引き出されていく。とうに限界は超え、立っているのもやっとのはずの状態。にもかかわらずアキは剣を振るう。力が漲ってくる。今の自分は、自分たちは誰にも負けない。そう思えるほどの力が。

 

 

「認めぬ……私は認めぬ! 光の者と闇の者が共に戦うなど……! あってはならぬのだ――――!!」

 

 

シバとアキの共闘。光と闇が共にある姿にドリューは激高する。その光景はあってはならないのだと。それを認めること、それに負けることは今までの自分を否定することになる。それを振り切るようにドリューはヴァンパイアの力を全て解放する。極みには至れずとも、極限まで高めた引力。それによる超加速。それによる超高速による剣の一撃。剣技で劣ろうが、経験で劣ろうが関係ない。その全てを置き去りにする引力による縮地。狙いはシバ。そこを崩せば全ては終わる。

 

 

「――――シバ!!」

 

 

ドリューの狙い、その全てを看破しアキは剣を解き放つ。真空剣。その力によって真空波がドリューを襲うも、それを止めることは叶わない。敵の動きを封じる真空剣であってもヴァンパイアの引力斥力の前には通用しない。だがアキとてそれは承知している。故にこれは布石。組み合わせとしては思いついていながらも実現できなかった連携技。それを理解したシバはそのまま風に乗る。文字通り、音速剣によって。瞬間、シバは音速を、光速を置き去りにする。真空剣と音速剣。二本の十剣がなければ実現しない連携技。あり得た未来でハルがシュダとの戦いの時に見せた音速剣を遥かに超えるもの。

 

 

「――――音速の太陽剣(シルファリオンズ)!!」

 

 

神速の速さの太陽剣での七連撃。ドリューにとっての天敵である太陽の剣が切り裂く。斬られたことに気づけないほどの剣撃。それによってドリューは一瞬で意識を失う。ただその刹那に確かに思い出す。光の温かさ。かつて自分が憧れ、確かに手にしていたはずの感情。それを体現している目の前の二人の剣士。その答えに至れぬまま、それでもドリューは最後の一線を留まった。それを示すように自らの主を陥れんとしていたヴァンパイアは地へと落ちる。怨嗟と苦渋の悲鳴を上げながら。

 

瞬間、オウガとハードナーに隙が生じる。ドリューが敗北した。その事実に。隙と呼ぶにはあまりにも短い刹那。だがそれをシバを見逃さない。暴風を遥かに超える風によってオウガとハードナーは動きを封じられる。二重の真空剣(デュアル・メル・フォース)。シバの二刀剣による絶対拘束。だがそれもまた布石に過ぎない。オウガとハードナーは思い知る。この連携が、自分たちを苦しめてきたキングの系譜を継ぐ者の一撃であることを。

 

アキはそれを見ながら天高く剣を振り上げる。今度こそこれが最後。自らの力を全てデカログスに注ぎ込む。自らの奥義にして、キングの奥義でもある究極技。

 

 

「――――デスペラード・ボム!!」

 

 

死の爆撃波。アキの渾身の力を込めたそれは、真空剣の風を取り込みながら全てを破壊し尽くす。それから逃れる術はない。

 

 

「ふざけるな……オレが……オレ様がこんなところで――――!?」

 

 

オウガは己の全ての力を込めた金術によって身を守るもその全てが破壊されていく。力という絶対の法則によって。物理無効という理も、死の爆撃波の前では意味を為さない。オウガは知る。無敵の存在などどこにも存在しないのだと。世界中の全ての女を手に入れるという欲望も、野望も、全てが消え去っていく。人魚を含めた多くの命を弄んできた、一人の銀術師の女の運命を狂わせた報い。それを理解してもなお自らの主の敗北に心を痛めながらラストフィジックスもまた地に落ちる。

 

 

「まだだ! まだオレは死んじゃいねェ……!! この世界を全て消すまでオレは――――!!」

 

 

爆炎の中から、不死身の処刑人は姿を見せる。満身創痍どころではない。もう死んでいてもおかしくない肉体。アナスタシスの再生ですら追いつけないほどの重傷を受けながらもハードナーは止まらない。ただ全てを忘れるために。自らの存在を消すために。その手がシバへと伸びる。極限の痛み(アルティメットペイン)。その名の通り、触れた相手が今まで受けた傷を全て再生し、極限の痛みを与える奥義。シバほどの相手であればそれは決まった瞬間即死するレベル。ハードナーはただ狂気のまま手を伸ばす。例えどんな攻撃を、痛みを受けようとも耐える覚悟がハードナーにはある。アナスタシスの再生がある限り、どんな痛みも耐えられる。だがそれは

 

 

剣聖の一閃によって断ち切られた。

 

 

「――――」

 

 

分からない。ハードナーには何が起こったのかは理解できない。分かるのは自分が斬られたという事実だけ。それほどまでに次元を超えた、一閃。

 

羅刹剣の瞬間使用。

 

それがシバの見せた究極の一撃。羅刹剣を制御できるシバだからこそできる奥義。一時的にシバの身体能力を全盛期まで引き上げる、まさに剣聖の一撃。それによってハードナーは倒れ伏す。痛みからでもない、ダメージからでもない。その証拠にアナスタシスの再生によってハードナーの肉体は傷一つない。そう、肉体だけは。

 

心を折る一撃。それがシバがハードナーに与えたもの。どうやっても敵わない、そう悟るに十分すぎる格の差をハードナーは羅刹剣を使ったシバに見た。戦いの鬼である羅刹ではない、人の身でたどり着ける頂、剣聖。どんな傷を再生できても、心は再生できない限界。アナスタシスもまた地に落ちる。自らの主の心を癒すことができなかった後悔と共に。

 

 

それが三人の担い手たちとの戦いの決着であり、三つのシンクレアの敗北。現在の剣聖と未来の剣聖が勝ち取った勝利だった――――

 

 

 

 


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