ダークブリングマスターの憂鬱(エリールート)   作:闘牙王

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第三十九話 「三竦み」

(今までの魔人ではない……この邪悪な力は一体……? これはまるで、五十年前の……)

 

 

聖地の祭壇にて蒼天四戦士の一人、クレアはただ驚愕するしかない。暗黒の儀式であるエンクレイム。確かにそれは凄まじい闇の力を感じるものではあったが、今回のそれはまるで桁が違う。その気配だけで自らが張っている結界が悲鳴を上げている。いくら力が弱まっているとは言ってもあり得ない事態。アキがエンクレイムの阻止に向かってもうかなりの時間が経っている。何かあったのか。だが今の自分に知る術はない。ただできるのはラーバリアを守る結界を張り、闘争のレイヴを守護することのみ。そのことに歯痒さを感じている中

 

 

「ハアッ……ハアッ……! クレア……やっぱりここにいた!」

 

 

見知った少女が自分に向かって走り寄ってくる。それはリーシャ様。だがその様子は普通ではなかった。よっぽど焦っているのか、息は上がってしまっている。

 

 

「リーシャ様!? どうしてここに? ラーバリアでソラシドたちと待機しているはずでは……?」

「うん、そうだったんだけど……! でも……やっぱり駄目なの! あたし、行かなくちゃ……アキのところに!」

「リーシャ様……?」

 

 

まるで何かに急かされるようにリーシャ様はそう訴えてくる。明確な理由は分からない。でも行かなくては行かないのだと。アキからここで待つように言われたにも関わらず。いつものような我儘ではない。まるで虫の知らせがあったかのように。その光景がいつかの光景に重なる。

 

 

『あたし、アキのところに行かなくちゃいけないの……! あたし、アキに……!!』

 

 

あの日、雨と涙によって顔をぐちゃぐちゃにしながらも自分に縋ってきたリーシャ様の姿。それを前にして自分の答えは決まっている。そう、五十年前からずっとそれを自分は見守ってきたのだから。

 

 

「分かった……でも気を付けるんだぞ、リーシャ。アキの奴にも宜しく伝えておいてくれ」

 

 

最初出会った頃の様に、リーシャにそう告げながら頭を撫でる。まだ国王に見出される前、村の踊り子としか知らなかった妹のような少女とのやり取り。理由はない。あるのはただ確信だけ。恐らくはこれがリーシャとの最後に別れになるのだと。

 

 

「……うん! ありがとう、クレア!」

 

 

いつも通り、満面の笑みと共にリーシャ、エリーは走り去っていく。心配はいらない。あとはきっと二人に任せれば大丈夫。後悔はない。蒼天四戦士としての自分に。そう、ただ一つ、心残りがあるとするならば。そんな郷愁を抱きかけるも

 

 

「――――ふむ。魔導精霊力の娘は去ったか。ならば好都合」

 

 

そんな聞いたことのない、それだけで分かる邪悪な者の侵入によって我に返る。そこには魔導士がいた。老獪な、そして圧倒的な力を持つ大魔導士。結界に気づかれることなくこの聖域に侵入することすら容易い怪物。

 

 

「――――この地のレイヴを渡してもらおうか、蒼天四戦士よ」

 

 

無限のハジャ。その魔の手がラーバリアに、レイヴへと迫らんとしていた――――

 

 

 

 

『魔石大戦』

 

その名の通り、魔石を持つ者たちが全て集結し覇を競う戦争。上級DB、最上級DB、六星DBに匹敵する物たち。世界の最大国家である帝国すら相手にならない戦力の全てがここジンの塔を目指していく。その目的はただ一つ。

 

母なる闇の使者(マザーダークブリングシンクレア)

 

全てのDBの頂点に位置する五つの母。その名が示す通り、シンクレアの前では他のDBなど石ころ同然。それを示すようにもはや大戦は終焉へと向かいつつあった。数え切れないほどいたDBを装備した兵たちも、それを遥かに凌駕する幹部たちも。もはや誰一人立っている者はいない。否、誰一人付いてくることはできなかった。

 

 

「ちっ……もう誰もいねえのかよ。もう少し骨がある奴がいるかと思ってたのによ。つまらねェ」

 

 

シンクレアを持つ、王の称号を持つ者たち以外は。

 

ボリボリと頭を掻きながら鬼の王、オウガはつまらなげに辺りを見渡すももはや息がある者は一人もいない。あるもはただ蹂躙された破壊の跡だけ。その中には六つの盾も含まれている。BGの最高戦力であり、六祈将軍に匹敵すると言われた六人の精鋭。だがその全てがオウガによって倒されてしまった。まるで盾を丸ごと破壊する矛のように。圧倒的すぎる暴力。にも関わらずオウガの身体には傷一つない。どころか息一つ乱していない。遥か怪物。

 

 

「……なるほど、どうやら口だけではないようだ。残念ながら頭が足りないのだけは相変わらずのようだが」

 

 

そんな怪物を前にしても全く臆することなく、もう一人の夜の王が姿を現す。だがその姿はオウガが知っているものではなかった。パンプキンを模した兜も、紳士のような風貌もどこには残っていない。あるのは異形のみ。魔界の住人であることを示すような禍々しい出で立ちと力。魔王の名を冠するパンプキン・ドリューの真の姿。

 

 

「へェ、誰かと思えばドリューじゃねえか。いつもの仮装はどうしたんだ? 今のゲテモノみてェな姿が正体ってことか? お似合いだぜ」

「鏡を見てみるといい。もっとも獣同然の知性では意味がないだろうが。土産をくれてやろう、これを探していたのだろう?」

 

 

侮蔑に等しい挑発を受けながらも、ドリューは気にすることなくその手にある物をオウガに向かって投げ捨てる。それはDB。だがただのDBではない。格でいえば六星DBに匹敵、凌駕するもの。

 

 

「てめェ……オレ様の獲物をやりやがったのか……!?」

「心外だな。私はお前の様に女の尻を追いかけるような下卑た趣味はない。ただウロチョロする光が鬱陶しかったので闇に墜としただけだ」

 

 

つまらなげにドリューはそう言い放つ。BGのナンバー2である閃光のルナールを討ち取ったのだと。だというのにオウガ同様、ドリューには負傷も疲労も見られない。ただ違うことがあるとすればドリューが魔王の姿を見せていること。ドリューに一瞬とはいえ本気を出させるほどの実力をルナールは持っていた証明。だがそれでも魔王には敵わなかった。

 

 

「どうやらパーティーには間に合ったらしいな。土産はこれでいいか、お二人さん?」

 

 

まるで宴に参加しに来たような気軽さで最後の王が姿を現す。オウガに匹敵する巨体に葉巻を加えている処刑人。空賊の王。ハードナー。ハードナーもまたドリューと同じようにまるでゴミのようにDBを投げてよこす。『粉砕』に『石化』共に鬼神とドリュー幽劇団のナンバー2の所持するDB。一撃死の能力を持つ二人もまたハードナーには敵わなかった。

 

 

「ほう……クッキーを倒したのか。興味深い。奴はネクロマンシーなのだが、どうやって倒したのかね」

「さてな。ただ触ったら消えちまっただけさ。成仏したんじゃねェの? オレ様の船を粉々にした落とし前はつけさせてもらったぜ、ドリューさんよ」

「誰かと思えばお空の大将じゃねえか。てめェご自慢の六つの何とかってやつは全部オレ様が喰っちまったぜ? せっかくキングの真似事したのに残念だったな」

 

 

ドリュー。ハードナー。オウガ。三人の王が今、奇しくもジンの塔の入り口で邂逅する。互いに互いを挑発する言葉を交わしながら。その誰もが己の力に対する絶対の自負を持っている。それを示すようにまるで空気が歪むような緊張が全てを支配していく。この場に立ち入ることができるのは同じ王の領域に至っている者のみ。

 

 

「さて、これからどうするかね。舞踏が踊れる教養がお前たちにあるとは思えんが」

「下らねェ……踊り狂うのはてめェらだけだ!」

「茶番はもういらねェ……オレが直々に処刑してやる。光栄に思いな」

 

 

三者三様。王たちは殺意を以て互いに対峙する。ジンの塔を目指してきたのは金髪の悪魔を討ち取るため。だが目の前の怨敵たちを見逃す理由とはなりえない。己こそが唯一の王であり最強であることへの誇り。同時に闇の輝きがそれぞれの胸元で妖しく光る。ヴァンパイア。アナスタシス。ラストフィジックス。三つの母たちもまた高揚し、己が力を見せんとする。

 

 

この瞬間、シンクレアにとって待ち焦がれた魔石の担い手を生み出す儀式が始まった――――

 

 

「悪いが遊んでやろうという気は毛頭ない。一瞬で終わりにしてやろう」

 

 

先に動いたのはドリューだった。ドリューはその手をまるで天にかざすかのように挙げる。同時にその口から呪文が詠唱されている。それは一瞬にして相手の体に入り込み中から破壊する闇魔法。魔法よりも呪術に近いものであり物理的防御でも、封印の剣でも防ぐことができない攻撃。同じ魔導士でない限り防御も回避も不可能な即死技。

 

 

塗りつける悪夢(ナイトメア・スプレッド)!!」

 

 

その名の通り、逃れようのない深い闇がハードナーとオウガを飲みこんでいく。それが魔王と呼ばれるドリューの、魔法の力。それから逃れる術はない。あっけなくここに決着がついた――――はずだった。

 

 

「――――悪いがオレには魔法は通用しねェ」

 

 

不敵な笑みと共にハードナーが一瞬でドリューへと肉薄する。そのあり得ない光景に一瞬、ドリューは目を見開く。闇魔法を極めている大魔導士であるドリューが魔法をしくじることなどあり得ない。だが確かな違和感がドリューにはあった。そう、まるで魔法がなかったことにされてしまったかのような感覚。

 

 

「なめるな! 空賊風情が!」

 

 

それを振り払うようにドリューはその手をハードナーにかざす。瞬間、ドリューの胸元に三日月を模したDBが輝く。『引力支配』それがドリューが持つシンクレア、ヴァンパイアの能力。そして今ドリューが発動させたのはその真逆、斥力と呼ばれる物体同士が離れ合う力。それを以てすればドリューは誰も触れることができない絶対防御を可能とする。DBを百パーセント引き出せるドリューだからこそできる芸当。だがそれは

 

 

「聞いてなかったのか? オレには通用しねェってな!!」

 

 

無敵の処刑人の前では無力と化す。

 

 

「なっ――――!?」

 

 

瞬間、初めてドリューの顔が驚愕に染まる。弾けるように体を翻し回避しようとするも、紙一重で躱し損ないその頬が深紅に染まる。ハードナーの処刑剣の一閃。本来ならドリューにとって怒りに我を忘れてもおかしくない屈辱。だがその痛みがドリューに逆に冷静さを取り戻させる。

 

 

(これは……魔法だけではない、シンクレアの能力すら封じる能力か……!?)

 

 

魔法を含む、DBの無効化。それならば説明がつくとドリューはハードナーのシンクレアの能力の一部を看破する。既に一度ドリューはその光景を目にしているが故。シルバーレイの発動を無力化、なかったことにする光景。その恐ろしさにドリューは知らず息を飲む。そう、それは即ちアナスタシスの前には自らの魔法もヴァンパイアの引力支配も通用しないことを意味している。

 

 

「なるほど……確かにシンクレアに相応しい力だ……だがそれだけで勝った気になるのは早計だ」

 

 

自らの不利を理解しながらもドリューはすぐさま次なる一手を打つ。ドリューは自らの人差し指で宙に小さな円を描く。瞬間、そこから一本の剣が姿を現す。刀身も柄も全て漆黒に塗りつぶされている剣。

 

『宵の剣』

 

それがその剣の名。その名の通り闇属性の魔法がかかっている剣。宵の剣によってつけられた傷は決して癒されることはない。どんな傷も治すといわれる霊薬エリクシルですら例外ではない。そしてもっとも厄介な点。それは宵の剣による傷は夜が深くなるにつれて悪化するということ。まさに夜の支配者たるドリューを形にしたかのような武器。

 

宵の剣を手にしながら一瞬でドリューはハードナーへと斬りかかる。それに応じるようにハードナーもまた処刑剣によって迎え撃つ。瞬きも許されない程の動きと剣閃。それが合わさった瞬間

 

 

お互いの剣の衝撃が大地を揺るがした――――

 

 

その威力によって両者の足元はめり込み、剣は摩擦によって火花を散らす。擦れ合う金属音だけが辺りを支配する中、ドリューとハードナーは睨みあいながらも互いの力量を一瞬で感じ取る。それは奇しくも同じこと。互角。こと剣の腕は目の前の相手が五分の力を持つことを両者は見切る。だがドリューの持つ宵の剣であれば傷を与えるごとに、夜が深まるごとにその傷は悪化する。持久戦になればドリューの方が圧倒的に有利。しかし、ドリューは知らなかった。自らが夜の魔剣を持つように

 

 

「カハハ! 本当にやるじゃねえか! けどここまでだ……オレを剣で殺せる奴はこの世にはいねェ!!」

 

 

ハードナーもまた、処刑人の名に相応しい魔剣を持っていることを。

 

 

「――――これはっ!?」

 

 

驚愕の声と共にドリューは瞬時にその場を離脱する。しかしその肩には切り傷と共に出血が生まれている。あり得ない光景。ハードナーの剣に斬られてなどいないはず。そんな混乱と共にドリューは気づく。ハードナーにもまた自分と同じように肩口に傷が生まれていることに。

 

 

「どうやら驚いてくれたみてェだな。これがオレの剣、処刑剣『エクゼキューショナーズ・ソード』の力。剣を合わせただけで相手を切り裂ける魔剣さ」

 

 

ハードナーはそのまま自らの手のある魔剣、エクゼキューショナーズ・ソードを見せつける。その剣と剣を合わせた者を切り裂くという特殊能力を持った代物。だがそれはハードナーだからこそ扱える物。何故なら

 

 

「だがこいつは魔剣ってよりは呪われた剣でな。相手だけでなく自分も傷つけちまう。ほらな、てめえと同じように肩が斬れちまってるだろ? 悪趣味なことを考えた奴らもいるもんだぜ」

 

 

面白い小話を聞かせるかのようにハードナーはその肩口を晒す。そこにはドリューと全く同じ傷を負ってしまっている肩があった。それがエクゼキューショナーズ・ソードの呪われた力。相手だけでなく自分すらも傷つけてしまう狂気の剣。かつて罪人を捌く際に処刑人にもその痛みを負わせるべきだという狂った信仰から生まれた凶剣。この剣を扱う者は相手を直接斬る必要は無い。ただ耐えるだけ。故にこの剣に剣先は無い。何故なら最後に倒れ伏した罪人の首を跳ねることだけがこの処刑剣の役目なのだから。だがその常識を覆すことができる担い手がここにいる。

 

 

「しかしこいつは中々オレと相性がいいのさ。もう分かっただろう? オレにはアナスタシスの再生がある。処刑されるのはお前だけってことだ、ドリュー」

 

 

『再生』という力を持つ処刑人。彼がこの呪われた剣を持った瞬間、それはまさに無敵の魔剣と化す。

 

その瞬間、ドリューは悟る。目の前にいるハードナーこそが自らにとっての天敵であるのだと。魔法もシンクレアも通用せず、剣でも殺すことが叶わない。決して覆すことができない、相性の差。己の絶対的優位を確信しながら処刑人は剣を振るう。ドリューの持つシンクレアを奪うために。だがハードナーも思い知ることになる。

 

 

「中々面白い見世物になってるじゃねェか。オレ様を抜きにするなんてナシだぜ?」

 

 

自らにもまた、天敵となる相手が存在することを。

 

 

三人目の王、オウガが乱入した途端、大地が崩壊し戦場が一変する。それは金のうねり。オウガが身に纏っている金の鎧だけではない。戦場の至る所から金塊が形を変えてながらオウガの元へと集まっていく。それこそがオウガの切り札。その財力のほぼ全てを費やし手に入れた金塊を操った大規模攻撃。

 

『ゴールドラッシュ』

 

それはまるでホワイトキスを使ったレイナの銀術。だが違うのは、金術師であるオウガのそれは威力も早さも桁違いだということ。

 

 

「まずはてめェからだハードナー! シルバーレイをやられた借りを返さねえといけねェからな!!」

 

 

獰猛な笑みを浮かべながら、オウガはゴールドラッシュをハードナーへと繰り出す。ドリューは己の劣勢を立て直すために瞬時にその場を離脱するもハードナーにはそれは叶わない。いや、ハードナーには避ける必要などない。巻き戻しがあれば全ての攻撃が無効にできるのだから。だがハードナーは知る。無敵の力などこの世にどこにも存在しないのだと。

 

 

「っ!? 何っ!?」

 

 

叫びと共にハードナーはこの戦場に来て初めて回避を取ろうとするも間に合わず、金術によって傷を負う。全方位から縦横無尽に襲い掛かってくる金の暴力から逃れることができない。否、金術を無効化することができない。

 

 

「どうした!? ご自慢のシンクレアが役に立たねえのか!? それともわざと食らうのが趣味ってわけか、マゾ野郎!!」

「て、てめェ……!!」

 

 

血管が切れかねない青筋を見せるもハードナーは防戦一方。それほどまでに金術の力は桁外れ。まともに食らえばそのまま粉微塵にされかねない力がある。何よりも問題なのがその全てが物理攻撃であるということ。巻き戻しは魔法はおろかシンクレアの力ですら無力化できる奥義だがそれは非物理のみ。物理攻撃に属する金術には通用しない。だがまだハードナーには処刑剣が残っている。相手の武器に合わせることで発動できるそれは金術にも有効。その証拠にハードナーは金術を処刑剣によって捌いている。しかしオウガの身体には傷一つない。何故なら

 

 

「これで分かったか!? オレ様の肉体は無敵ってわけだ、不死身の処刑人さんよ!!」

 

 

オウガの持つシンクレア、ラストフィジックス。その能力は『物理無効』拳から剣、銃弾に至るまであらゆる物理攻撃を無効にする力。処刑剣の能力は呪いだがその結果は物理的なダメージ。故にオウガには全くダメージが通らない。それだけではない。ハードナーの攻撃は処刑剣による剣技が主体。切り札である相手の傷を全て再生する極限の痛み(アルティメット・ペイン)も直接対象に触れなければ発動できない。つまりハードナーの攻撃は全てオウガには通用しないことを意味する。ハードナーは巻き戻しを解除し、その力を再生へとつぎ込む。オウガ相手に巻き戻しは意味がない。力を無駄に消費するだけ。だがいくらアナスタシスの再生があるとはいえ持久戦になればハードナーに打つ手はない。まさにオウガは無敵の肉体を持つ戦士。そう

 

 

「無敵に不死身か……少々誇張が過ぎるのではないかね」

 

 

この場に、夜を支配する魔王がいなければ。

 

 

ドリューが手を振るった瞬間、雷鳴が全てを支配する。

 

邪の雷鳴(エビルブリツツツアー)

  

黒い雷を操る闇魔法。絶対防御不能魔法と呼ばれる魔法では防ぐことができない攻撃。その速さと範囲は何者をも逃がさないもの。

 

 

「魔法か……だが忘れたのか? オレにはシンクレアだけじゃねえ、金術もあるってことをよ!」

 

 

魔王に相応しい圧倒的な魔力の奔流と黒い雷に晒されながらもオウガは全く臆することなく吠える。瞬間、オウガの身を守るかのごとく金が舞い、オウガを包み込んでいく。凄まじい雷の攻撃もその鉄壁とも言える防御を突破できない。オウガは誰よりも理解していた。自らの持つシンクレア、ラストフィジックスの弱点が魔法であることを。魔法という物理ではない力こそが最も警戒すべきものであることを。それに対抗することができるのが金術。攻防一体の無敵の力。だがそれすらも魔王の力は覆す。

 

 

「貴様こそ忘れているのではないか。私もシンクレアを持っているということを」

 

 

宣言と共に引力と斥力。物理ではない力がオウガを襲う。オウガだけではない。オウガが操る金術であってもそれから逃れることは叶わない。ヴァンパイアの力によってオウガの絶対防御は崩され、黒い雷によって撃ち抜かれてしまう。魔法の力の前ではラストフィジックスも無力。

 

 

「ド、ドリュー……てめェ、ぶち殺してやる!!」

「奇遇だな。私もお前たちの顔には見飽きてきたところだ」

「もう我慢ならねェ……全て消し去ってやる……!!」

 

 

三人の王は互いの力量、相性を理解しながら自らの半身たる母なる闇の使者に手を伸ばす。刹那、空気が、空間が、時空が震える。この世の物とは思えない力が三つ、ジンの塔を中心に巻き起こる。それは前兆。

 

『次元崩壊』

 

エンドレスの能力にして、並行世界を破壊し、現行世界に至らんとする意志。全てのシンクレアの到達点。その極みが放たれる。

 

『特異点化』

  

ラストフィジックスの真の力であり本質。物理無効化もその一部に過ぎない。その正体は使用者の肉体への世界のルール、理を捻じ曲げること。物理的なものはもちろん、それ以外、魔法を含めた全ての事象を捻じ曲げることで無効化してしまう神にも等しいDBの母たるシンクレアに相応しい力。だがその強力さゆえに使用者の肉体の範囲という制約がなければ力を発揮できないもの。屈強な鋼のごとき肉体を持つオウガでなければその反動に耐えることができず逆に飲み込まれてしまいかねない禁忌の力。並行世界の理を破壊することで現行世界に至るための力。

 

『重力操作』

 

ヴァンパイアの真の力であり本質。引力と斥力もその一部に過ぎない。ドリューは時空を構成する重要な要素の一つである重力を自在に操ることができる。この並行世界に存在している以上決して逃れることはできない絶対の力。しかし今行われているのはただの重力操作ではない。それは圧縮。重力を一点に全て集中し圧縮すること。それによって重力崩壊を起こし、小さなブラックホールを作り出し全てを消滅させる。闇を統べるドリューだからこそ扱うことできる禁忌。重力崩壊によって並行世界を消滅させ現行世界に至るための力。

 

『時間逆行』

 

アナスタシスの真の力であり本質。自らの身体や物質の再生はその力の一部に過ぎない。時間を巻き戻すことこそがその本質。その最も基本的で扱いやすいのが自身の肉体の再生。正確には受けた傷を無傷であった時間まで巻き戻すこと。だが今ハードナーが行っていることはその比ではない。見えない力が包みこんでいる範囲。その全ての時間の流れをハードナーは意のままに巻き戻すことができる。それが攻撃の無効化。発生した効果や能力を発動する前まで巻き戻しなかったことにする力。まさにDBの母たるシンクレアに相応しい能力。時間を時空操作が行われる前まで巻き戻し現行世界へと至るための力。

 

かつて王国戦争で世界を震撼させたシンクレアの力がぶつかり合う。その力によって周囲は紫の光に包まれ、音は消失し、大地は崩壊していく。それだけではない。空間はおろか時空すら歪みかねない力が荒れ狂う。時の亀裂ができかねない力の衝突。

 

 

「――――」

 

 

三人の王はただ無言のまま互いに睨み合う。互いに健在。それぞれがもつシンクレア、その極みのぶつかり合い。結果は互角。ことシンクレアにおいては三人に優劣はない。その能力においてもそれは同じ。一人が一人を倒そうとすればそれをまた一人が邪魔をする。まさに三竦み。危ういバランスで保たれている均衡。だがこの膠着は永遠には続かない。その天秤が僅かにでも傾いた瞬間、勝負は決まる。ドリュー、オウガ、ハードナー。三人の担い手が決着をつけるべく動き出さんとした瞬間、それは現れた。

 

それはまるで隕石だった。空から降ってきたかのように何かがジンの塔の入り口、三人の間に落ちてくる。その衝撃によって辺りは粉塵に包まれるも徐々にその姿が見えてくる。

 

黒い甲冑に黒い大剣。見間違うはずのない金髪。そしてその胸に輝く闇の頂き。三人はその存在を知っていた。

 

 

『金髪の悪魔』

 

 

今ここに、全ての母なる闇の使者の担い手が集った――――

 

 




作者です。第三十九話を投稿させていただきました。

読んでいただければ分かると思いますが、三勢力の大戦の描写についてはカットしています。当初は描写する予定でしたが長くなること、読者が見たいのはそこではないだろうということでカットする形になっています。期待していた方には申し訳ありませんがご理解ください。需要があればプロットだけでも公開するかもしれません。

ドリュー、オウガ、ハードナーについては前作の感想欄でも一度解説しましたが三竦みの関係になっています。シンクレアたちがどんなことを喋りながら戦っていたのか想像してもらえれば嬉しいです。では。

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