ダークブリングマスターの憂鬱(エリールート)   作:闘牙王

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第二十四話 「鍵」

(どうしてこうなった……?)

 

 

ある意味自分にとってはお決まりになりつつある心からの愚痴を吐きながら、ふと辺りを見渡す。そこには既に手当てを終えた魔導士、時の民たちが自分を睨んでいる光景。まさに針の筵、いたたまれないことこの上ない状況。自業自得とはいえ、ため息の一つも吐きたくなる。

 

 

(ただジークのことを何とかしたかっただけなのに、なんでこんな大事になっちまったんだ……?)

 

 

時の番人ジークハルトとの和解。

 

それが当初の自分の目標であり、達成しなければいけない課題の一つだった。自分とエリーの命が狙われていることをどうにかしたかった……というのもあるが、それ以上にこれからの流れにおいてジークの協力は必要不可欠になってくる。主にエリーに関連して。もしそれが崩れてしまえばエンドレスを倒すことなど不可能。そういった意味でジークとの接触、もとい説得イベントは避けることはできない。しかし問題はどうやって説得するかだった。金髪の悪魔である自分やエリーが直接話をしたところで聞く耳を持ってくれないのは目に見えている。そこで自分は搦め手を使うことにした。ぶっちゃけて言えば将を射んとする者はまず馬を射よ、である。

 

 

「そういえばその……大丈夫か、ニーベル? 怪我とかしてないか?」

 

 

その馬、もとい自分にとっての協力者である少年の魔導士、ニーベルに声をかける。ニーベルは時の民でありながら、ジークにとっては弟同然の存在。ニーベルの協力、仲介があればジークの説得も上手くいくのでは、という狙いだったのだがあれよあれよという間にこんな有様。不可抗力とはいえ時の民から追われていたニーベルを保護。事情を説明し、ジークの説得については協力してくれることにはなったものの、ニーベルの強い希望で時の民たちの前でジークを説得するという一つ間違えばニーベル自身が殺されてしまうような状況。姿と気配を消していつでも割って入れるように待機してはいたものの、ヘタレの自分としては気が気ではなかった。

 

 

(と、とりあえずジークがニーベルを守ってくれて本当に良かった……もし時の民たちの方に味方してたらどうなってたか……)

 

 

ジークが時の民の使命を優先してニーベルを処刑しようとする。それがもっとも恐れていた展開。ハルに出会う前のジークであればそうなってしまうのではないかと戦々恐々としていたのだがどうやら杞憂だったらしい。ある意味精神面では本来の流れよりも早く成長してくれたと言ってもいいのかもしれない。もっとも

 

 

「っ!? だ、大丈夫です! ぼ、ボクの方こそ無茶なお願いして、す、すみませんでした……!」

「いや、それはまあいいんだけど……」

 

 

自分にとってはその限りではない。ニーベルは自分が声をかけたことで体を震わせて距離を取ってしまう。端から見れば自分がニーベルをいじめているように見られかねない。

 

 

(や、やっぱりめちゃめちゃ怖がられてるぞ、俺……!? 最近はハイドも抑えきれなくなってきてるみたいだし、どうしたもんか……)

 

 

どうやら自分のダークブリングマスターとしての気配によって不可抗力とはいえ、ニーベルには恐怖を与えてしまったらしい。一応きちんと話はして理解はしてもらっているがどうしても怯えられてしまう。自分としては友好的に接しているつもりなのだが悲しいかな、そう上手くはいかないらしい。知らず気落ちしていると

 

 

『ふん、やはりお主の臭いは善良な子供には悪影響を与えすぎるようじゃの。さっさとその小さな魔導士から離れてやらんか。それが一番の対策じゃ』

 

 

面白くてたまらない、とばかりに場に混乱しかもたらさない邪悪の化身が語りかけてくる。本当なら無視したいところだがそれ以上に一言言わなければ気が済まない。

 

 

『て、てめえ……俺が臭いみたいな言い方するんじゃねえよ!? 誤解されんじゃねえか!?』

『似たようなもんじゃろう。何、人間にとってはそうじゃが、我らにとってはそうではない。むしろ魔石殺しとしての魅力が増してきておると言ってもよい。くくく、奴らに会わせるのが楽しみじゃの……』

 

 

到底理解できない言葉と共に邪悪な気配を漂わせながらマザーは上機嫌。深く聞きたくもないのでスルーする。だが戦慄するしかない。どうやら自分は知らない間にDBホイホイになりつつあるらしい。というか悪臭がひどい奴みたいな扱いは本当に勘弁してほしい。気配、もといフェロモン的なものが出ているのだろうか。自分がDBに愛される云々はその辺も原因なのかもしれない。これっぽっちも嬉しくないが。

 

 

「あ、ズルい! また二人で内緒話してる! ちゃんとあたしにも分かるように話して!」

 

 

そんな中、さも当然のようにエリーがどこかプリプリしながらこっちにやってくる。その耳にはDBの声が聞こえるDB。それがあればマザーの声は聞こえるが自分の声は聞こえない為、エリーからは内緒話をしている様に見えたらしい。もっとも他人に聞かれたくない話なのは確かなのだが。

 

 

「い、いや……でもそれは」

「なに、大したことではない。我が主様の臭いは人間には刺激が強すぎるという話をしていただけだ」

「マ、マザーてめえ……!」

「アキの臭い? うん、初めての人はみんなビックリするよね。最初に会った時はもっと臭ってたけど、でもあたしは好きだよ? 」

「そ、そうか……」

「慣れとは恐ろしいの……」

 

 

思わずうん、と頷いてはみたものの全然嬉しくないのは何故なのか。そして明かされる最初の方が臭かったという衝撃の事実。というか臭いっていうのはマジで勘弁してください。そもそもそれに慣れているエリーの方が規格外なのかもしれない。

 

 

「大体何でエリーがこっちに来てるんだ!? 留守番してるように言っただろ!」

「むー、だってアキ、ママさんとばっかり出かけてるんだもん。たまにはいいでしょ? ちゃんとパパさんには付いてきてもらったんだから」

「それが問題なんだっつーの……ゲイルさんに迷惑ばっかりかけて」

 

 

まるで拗ねた子供のように口を尖らせながらエリーはぶつぶつ文句を言ってるがそれとこれとは話が違う。主に迷惑を被っているのはゲイルさんの方。自分とマザーが動く際にはいつもゲイルさんにエリーの護衛(面倒)を見てもらっている。今回もきっとエリーが駄々をこねて連れてきてもらったのだろう。だが

 

 

「お主も他人の事は言えんがの。まあ、今回は結果的には来てもらって正解じゃったな。お主の説明では胡散臭すぎて誰も聞く耳など持たんだろうしの」

「うっ……言われなくても分かってるっつーの……大体お前が暴れなきゃ……」

 

 

今回に関してはファインプレーと言わざるを得ない。ジークは別として、ミルツを含めた時の民をどうやって説得するかが一番の課題だったのだが。

 

 

『じゃあオレが話してくるさ。一応これでも元王族だしな』

 

 

そんなゲイルさんの一言によって全ての問題は解決された。年長者であり、何よりもシンフォニアの王族。エリーやエンドレスを倒す計画についても当事者の一人であることもあってか、懐疑的であった時の民たちも今はゲイルさんの話を聞いているところ。まさにゲイル様様である。頼れる大人、という今までの自分には考えられなかった協力者のありがたみに涙が出そうになる。

 

そんな中、時の民たちの集まりから白いコートを纏ったジークがこちらに近づいてくる。知らず自分も緊張してしまう。自分のせいもあるが一応何年も命を狙われ続けてきた相手。しかもこうして面と向かって会うのは初めて。

 

 

 

「ジーク……? もう話は終わったの?」

「いや……だがおおよその事情は理解した。俄かには信じがたい話ばかりだが、一応筋は通っている」

 

 

そんなこちらの内心を知ってか知らずか、ジークは冷静な面持ちを見せたままニーベルの下へとやってくる。どうやら大体の説明は終わったらしい。そう安堵したのもつかの間、ジークがこちらに視線を向けてくる。

 

 

「……一応ニーベルを助けてくれた礼は言っておく。だがオレはまだお前たちを完全に認めたわけではない」

 

 

淡々としながらもニーベルに関しての礼だけ口にするあたり今のジークの心境が見て取れる。まあいきなり今までの考えを全部捨てて否定するなんてことは難しいに決まっている。本当なら仲間になってほしい、と告げるつもりだったのだが流石に今すぐというのは性急すぎるので次の機会にするべきだろう。

 

 

「まあそうじゃろうな。我が主様は胡散臭さの塊みたいなもんじゃからの」

「お前がその筆頭だろうが……ったく」

 

 

胡散臭さという点だけではこいつにだけは言われたくない。自分以外の人間にも声が聞こえるようになったせいで胡散臭さはさらに悪化している。まだ自分だけで済んでいた方がマシだったのかもしれない。そんなことを考えていると

 

 

「…………」

「何やってるんだ、エリー……?」

 

 

さっきまでの元気はどこにいったのか。縮こまったネズミのようにいつのまにかエリーが自分の後ろに隠れてしまっている。人見知りなんて言葉とは無縁のはずなのに一体どうしたのか。

 

 

 

「……アキこそ何でそんなに平気そうなの? ずっとその人に追いかけられてたのに」

 

 

ボソボソと自分だけに聞こえるような声でエリーはそう尋ねてくる。それでようやく理解した。エリーが何に怯えていたのか。どうやらジークが近くに来たことで自分という盾に隠れてしまったらしい。

 

 

「そ、それはまあそうだけど……ジークも別に悪気があったわけじゃ」

「でもあたし、雷に打たれて殺されかけたんだよ!? アキは怒ってくれないの?」

 

 

明らかに不機嫌になりながらエリーはこちらに詰め寄ってくる。確かにエリーからすれば一度殺されかけた相手。そのせいで今も雷がトラウマになっているほど。流石のエリーもすぐに仲直り、もとい許すことはできないらしい。もしかしたら自分がジークに怒ってくれないことに不満があるのかもしれないが。

 

 

(まあ、怒るってのも何だかな……一応、ジークの事情も知ってるわけだし……)

 

 

自分としてはなまじジークの事情を知っており、これから先のことも考えている為、エリーとは認識のズレがあるのかもしれない。まあ、ずっと自分を追いかけまわしてくれたことには文句の一つも言ってやりたい気持ちもあるが。

 

そんなこんなで自分の後ろに隠れてしまっているエリーを見ながら、ジークもまた無言のまま。だがいつまでもこのままでは埒があかないと意を決して動こうとした瞬間

 

 

「いくら言われても到底納得できぬ! エンドレスを倒すためとはいえ魔導精霊力やダークブリングマスターを認めるなど……! 時を歪ますだけじゃ!」

 

 

時間が止まってしまったかと思うような叫びが響き渡る。振り返ってみればゲイルさんの話を聞いていたミルツが激高している。他の時の民たちも少なからず同じ気持ちなのか、ミルツを制止することもない。

 

 

「だがそのためにエリーちゃん、リーシャ・バレンタインは五十年前から現代にやってきている。そのための計画もある。今しかエンドレスを倒すチャンスはねェと思うが」

「それは計画通りに行った場合の話であろう!? 魔導精霊力でエンドレスを倒せるとは限らん! もし失敗すれば世界が滅亡してしまうんじゃぞ! そんな一か八かに賭けることはできん! 我らが星の記憶に至り、時空操作でエンドレスを消滅させる。それしか世界を救う方法はない!」

 

 

対してあくまでも冷静にゲイルさんはミルツに説明するも、火に油。根本的に相容れない主張であるものの、頭では分かっていても今までの自分の考え、信念を曲げることは容易い事ではないのだろう。原作でもハジャという存在があったからこそミルツたちは自らの過ちを認めることができた。しかし今回は状況が違う。いきなりすべてが上手くいくはずもない。方法論で言えば星の記憶での時空操作も間違ってはいないのだから。

 

話は平行線。自分も、エリーも、ゲイルさんもそれ以上反論はできない。できるとすれば

 

 

「全く……いつまでも愚痴愚痴と……まあよい、それで時の賢者とやらよ。認められないから何なのだ?」

 

 

人間とは根本から違う、さらに上位の存在である自分の胸元の魔石ぐらいのもの。

 

 

「なっ……なんじゃと……?」

「文句があるなら力づくで何とかしてみるがいい。もっとも我らからすればお前たちなど塵芥も同然。他のシンクレアの足元にも及ばぬ」

 

 

淡々と、いつものドSさは微塵も見せず、機械のようにマザーは告げる。好きにすればいい、と。知らずエンドレスを想起させるような無機質さ。そしてその言葉にミルツはもちろん、時の民たちも誰一人口をはさむことはできない。それはただの事実なのだから。マザーからすれば時の民たちなど文字通り、道端の石ころ以下の存在なのだから。

 

 

「時を守るためじゃったか……可笑しなことを言う。自分の欲望の為だと口にすればまだ可愛げもあろうに」

 

 

心底呆れる、とばかりにマザーは告げる。全ての本質とでもいうべきもの。そう、マザーは、DBは欲望を肯定するもの。にも関わらずそれを認めないまま使命などど口にしている時の民たちは滑稽に映っているに違いない。先ほどまでとは違う意味で、時の民たちは言葉を失う。

 

 

「癪ではあるが我が主様の欲望が叶えば、お主らの言う使命とやらも果たされるじゃろう。あくまでもついでじゃがの……それを黙って貴様らはこの辛気臭い場所で見ておれ」 

 

 

止めとばかりにマザーはそう宣言する。黙って見ていればいい。要するに言いたかったのはただそれだけ。もっともそれが遠回しの煽り、激励なのだと分かっているのは恐らくこの場で自分だけだろう――――

 

 

 

マザーの一方的な宣言によって騒ぎは収まり、ひとまずは落ち着きを取り戻したミルディアン。しかしそんな中一人、街から離れんとしている人影があった。

 

 

「え? ど、どこに行くのジーク……!?」

「今のオレには何が正しいかは分からん……それを見つけるために世界を回ってみるつもりだ」

 

 

ジークはどこか決意した表情と共に街を去らんとしている。その理由もまたジークらしいもの。恐らく自分なりの答えを見つけようとしているのだろう。

 

 

「ボ、ボクも一緒に連れて行って!」

「ああ。ミルツ様、構いませんか?」

「……好きにするが良い」

 

 

それを感じ取ったのか、ニーベルもまたジークの後を追っていく。傍目から見れば年の離れた兄弟のよう。今日一日の出来事によって思うところもあったのか、どこか意気消沈しているミルツもそれを見逃すことにしたらしい。本来の流れとは違うものの、時の民たちも新たに時間を刻み始めているのかもしれない。そんな中

 

 

「……ん」

 

 

どこかおっかなびっくりといった風にエリーがジークに向かって手を差し出している。いきなりの行動に手を差し出されたジークはもちろん、自分達も面食らってしまう。

 

 

 

「……? 何のつもりだ?」

「……仲直りの握手。ちゃんと謝ってくれるなら許してあげる」

 

 

仲直りをするのが恥ずかしい子供のように、どこかそっぽを向きながらエリーはそう切り出す。仲直りをするのに握手、というあたりがエリーらしいといえばらしい。それでも怖いものは怖いのか、片方の手では自分のマントを必死に握っている。エリーなりに精一杯勇気を振り絞っているのだろう。結局なんだかんだ言いつつも本気で人を嫌いにはなれないエリーの性分。

 

 

「……言ったはずだ。オレはお前たちをまだ認めてはいない」

 

 

そんなエリーの姿を見て、一度目を閉じながらもそう言い残しジークは去っていく。結局握手はしないまま。ニーベルが申し訳なさそうにしながらも、慌ててジークの後を追っていく。素直になれないのはジークも同じだったらしい。

 

 

「あ、ひどーい! あたしやっぱりあの人キライ!」

「ま……そう簡単にはいかないさ。っとそういえば忘れてたな……エリー、ちょっとマザーと遊んでてくれ。ジークに言い忘れてたことがあった」

「え、うん、いいけど」

「ま、待たんかアキ!? 我を子ども扱いするでない!?」

 

 

怒り心頭のエリーに苦笑いしながらも、忘れてはいけないことを思い出しそのままマザーをエリーに投げてそのままジークたちの後を追いかける。何とか間に合って一安心といったところ。色々ありすぎてある意味一番重要なことを忘れる所だった。

 

 

「わ、悪い……一つ、頼みたいことがあるんだ……!」

「頼みたいこと……? 何だ?」

 

 

一瞬、訝しみながらもジークはそう答えてくれる。本意ではないようだがこうして聞き耳を持ってくれるようになった、と言う意味では今回は成功と言えるのかもしれない。そんな風に安堵しながらも、咳ばらいをしつつ切り替える。ジークに会いに来たのはある意味、この頼みごとをするためだったのだから。エリーとマザーにもそれぞれの事情で明かすことができていない頼み事。

 

 

「――――レイヴマスター……シバ・ローゼスを探してほしい」

 

 

アキは告げる。五十年前、世界を救わんと戦った英雄の名を。そして今もまた、世界を想い続けている男の名を。それが何を意味するのかを知らぬまま――――

 

 

 




作者です。感想ありがとうございます。長い間更新ができず、申し訳ありませんでした。これからもお付き合いくださると嬉しいです。

今回でミルディアン編は終了。色々な意味でこれからの展開の為の下準備、といった意味合いが大きい内容となっています。

またあまりダラダラしても面白みがないため、これから少し展開が早めになる部分があると思いますがご理解ください。では。

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