ダークブリングマスターの憂鬱(エリールート)   作:闘牙王

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第二十話 「父」

「ダークブリングマスターか……普通なら信じられないような話だが、さっきのを見せられたら信じないわけにはいかねェか」

「そ、そう言ってもらえると助かります……」

 

 

難しい顔を一瞬見せながらもどこかあっけらかんとそんなことを目の前の剣士、ゲイルは口にしている。対して自分は落ち着きなく正座をしたまま。ずっしり構えているゲイルとは雲泥の差がある。だが仕方がないだろう。なぜなら目の前にいるのはあのゲイル。ハルの父であり、キングに匹敵する強さを持つとされる男なのだから。何よりも

 

 

(ま、マジで死ぬかと思った……!? DBやレイヴを持ってるわけでもないのにあの強さって……何の冗談だっつーの!?)

 

 

つい先ほどまで自分はゲイルと戦い、敗北してしまったのだから。マザーとデカログス抜きという縛りはあったものの、自分の今持てる力を全て出し切っての完敗。もし縛りがなくても結果は変わらなかったはず。戦っていてまだゲイルには余裕があったことも感じ取れた。知識として知っている切り札であろう空束斬も使ってこなかったことから間違いない。というか使われたらここにはいなかったかもしれない。流石はキングと互角とされる男といったところ。ただ納得できないのが

 

 

『くくく……どうした我が主様よ? そんなに緊張しおって。ダークブリングマスターならもっと威厳を見せんか』

 

 

自分の胸元で心底愉しそうにこちらの様子を観戦している魔石の態度。本当なら今すぐにワープロードでアジトに送り返してやりたい存在だった。

 

 

『うるせえぞマザー!? 大体誰のせいでこんなに右往左往していると思ってやがる!? 言っただろ、俺は交渉しに来たんだって!? 誰がゲイルと戦いたいなんて言った!?』

『何だ、まだそんなことを気にしておったのか、情けない。元々お主は実戦経験を積むためにあの銀髪の剣士に会いに来たのであろう? それができるように我がお膳立てしてやったのだ。感謝されこそすれ文句を言われる筋合いはないぞ』

『お膳立て!? 俺を嵌めただけの間違いだろうが!?』

 

 

やれやれと言わんばかりのマザーに食ってかかるも当人は知らぬ存ぜぬの構え。だが本当に生きた心地がしなかった。普通にゲイルに接触しようとした瞬間に何故かハイドが解除されてマザーの気配が駄々洩れに。誤解を解こうとするもご丁寧に消音のDBであるサウンドキャンセラーを使って自分の声をゲイルに届かなくさせる徹底っぷり。とどめが自分の姿が露わになった瞬間にイリュージョンによって隠している金髪と傷を見せる演出。もう色々と台無しだった。

 

 

『しかし六星DBを使ってこのザマとは……情けない。せっかく我がお腹を痛めてお主のために生んでやったというのに父親がこの程度ではな』

『き、気色悪いこと言ってんじゃねえよ!? 大体生んでほしいなんて一度も言ってねえだろ! あれはお前が勝手に』

『ほう、そんなことを言っていいのか? 聞いたかお前たち。主はお前たちを認知してくれんようじゃぞ?』

『お、お前……!?』

 

 

おおげさに振る舞いながら今度はとんでもない方向に話が飛び火してしまう。知らず視線が自分が右手にしている腕輪、そこに嵌められている六つのDBに向けられる。そこにあるのは紛れもない六星DB。正確には二代目六星DBと言ったところか。六祈将軍が持っている物とは別にマザーが最近生み出した物。難産だったとの談はエリーから聞かされたがどこから突っ込めばいいのか分からないのでスルーした。とにもかくにも自分は六星DBを使用することとなってしまったのだった。

 

 

『まあとにかくまだまだ修行が必要じゃな。六星DBの真の力を扱えれば例え目の前の銀髪の剣士であっても遅れは取らん。魔石殺しになるためにも六星を極めるのは最低条件じゃ』

『またそれかよ……シンクレアを口説、じゃなくて手に入れるのに何でそんなことが必要になるんだ?』

『ダークブリングマスターのもう一つの本来の役割、と言ったところで今の主には必要ない話かの。何、奴らを口説くのに手札が増えるとでも思っておけばいい。アナスタシスかヴァンパイア辺りには効果があるかもしれん』

 

 

くくく、悪だくみしかしてない妖しい光を放っているマザーを放っておきながら改めて六星DBたちに目を向ける。それぞれが風格を持った六星に相応しいDBたち。まだ習熟度が低く、使いこなせていないが極めればマザーの言うようにキング級とも渡り合えるのだろう。組み合わせ次第ではコンボのようなこともできるらしい。あれだろうか、四天魔王アスラごっこをしろということもかもしれない。もっとも最近はそのせいで師匠が拗ねてしまっているので違う意味で苦労しているが。よく考えれば自分は一体何個のDBを扱うようになっているのか。目指せ、ダークブリングマスター! 状態である。

 

 

「そろそろ話はまとまったか、ダークブリングマスター?」

「っ!? す、すみません……ちょっとこいつがうるさくて……」

「いいさ。それにしてもそれがシンクレアか。実物を見るのは初めてだが……その気配なら間違いないか」

「ほう……我の力を感じ取れるということか、銀髪の剣士よ?」

「まあな。DBとは数え切れないほど戦ってきたし、生まれつきそういう流れを感じやすいもんでね」

「なるほど、流石はまだ未熟とはいえアキに土をつけただけはある。人の身でよくそこまで極められたものだ。褒めて遣わす」

「お、お前何様のつもりだ!? っていうかしれっと会話に混ざってんじゃねえよ!? す、すみません、ちょっとこいつ黙らせますんで……!」

「ハハ、構わねェさ。賑やかなのは嫌いじゃねェし、ここに来るのは賞金稼ぎだけだからな。ま、ダークブリングマスターと喋るシンクレアが来るとは夢にも思わなかったが」

 

 

本当に楽しんでいるのか、ゲイルは笑みを見せながら自分がマザーと言い争っているのを眺めている。ダークブリングマスターはともかくとしても、DBが喋ることをさらっと受け入れているあたり大物というか豪快っぷりが伺える。その姿に今ここにはいないハルの姿が重なる。間違いなく目の前の男がハルの父なのだと実感できた瞬間に感慨を抱飽きたいところだが今はそれどころではない。マザーたちの声は本来自分にしか聞こえず、その例外はDBの声が聞こえるDBを着けているエリーだけだったのだがいつの間にかマザーはその逆、拡声器の役割を果たすDBを生み出していた。その結果がこれ。今まで以上に魔石に振り回される悪夢だった。

 

 

「ふむ、我の力を感じても動じぬとはな。お主が師事したいというのも頷ける。シンフォニアの王族だというのは気に食わんが、まあ今の我にとってはどうでもいいことか。ゲイルとか言ったか。我が主の力になると誓うのなら配下に加えてやってもよいぞ?」

「ぶっ!? て、てめえ一体どういう思考回路をしてやがる!? 立場的に下手に出るのは俺たちの方だろうが!?」

「負けたのはお主だけであろう。我には関係ない。あまりにもフェアでない故、我の使用は禁じたがそれがなければ勝負は一瞬でついたであろうからな。慈悲のような物じゃ」

「何が慈悲だ。言われなくてもお前を使う気なんてこれっぽっちもなかったぞ。せいぜい叫び声でかき消されるのがオチだからな」

「なっ!? なんで我の力がかき消される前提になっておる!? 前にも言ったであろう、あれは魔導精霊力が相手だったからで」

「いいコンビじゃねェか。いや、主従か? 心配しなくてもお前のご主人様はもっともっと強くなるさ。オレが保証してやる」

「やはり見どころがある奴じゃ。褒美に我が子を持たせてやってもよいぞ」

「いや、それは遠慮しておく。オレには馴染みそうにねェし、母親から子供もらうってのも気が引けるからな」

「なるほど、母か……その手があったか。最近エリーとキャラが被っておると思っておったがそっちの方向も悪くないかもしれんの」

 

 

四苦八苦している間に何故か意気投合している二人にげんなりするしかない。マザーもすっかりゲイルのことが気に入ったのか上機嫌。終いにはDBを分け与えようとする始末。どんだけこいつはチョロいのかと呆れながらもとりあえず争いにはならないようで一安心といったところか。だが本番はここから。そう、何も自分は自己紹介とシンクレアが喋ることをゲイルに教えるためにここに来たわけではないのだから。

 

 

「それで……そろそろ本題を聞かせてもらおうか、お二人さん」

 

 

腕を組み、空気を変えながらゲイルがこちらを見据えてくる。先ほどまでの気さくな男ではない、剣士としての姿。それに改めて気圧されながらも自分は本題をゆっくりと告げることにしたのだった――――

 

 

一体どれだけの時間を喋っていたのか。緊張でよく分からない。それでもできるだけ簡潔に自分の事情を伝えていく。

 

自分の正体。これまでの経緯。ダークブリングマスターとしての自分。知識。エンドレスを倒すために動いていること。

 

しかしそれがうまく伝わっているのは全く分からない。仕方ない。エリーを除けば自分の事情を明かすのは二人目。エリーについてはいろいろと規格外なのと事情があったのであっさりを信じてもらえたが今回は違う。普通なら冗談だと笑い飛ばされるような話。対してゲイルは腕を組んだまま。微動だにしない。それに気まずさを感じながらもさらに本題に入る。

 

自分の剣の修行相手兼師匠になってほしいこと。そしてエンドレスとの戦いに力を貸してほしいこと。他にも色々あるが端的に言えば仲間になってほしい。それがゲイルに会いに来た理由だった。

 

 

(魔石殺しはともかく、DBだけじゃ多分この先戦っていくことはできないはず……どうしても、剣技がいる……!)

 

 

確かに自分はシンクレアのマザーに加えて多くの最上級DBに加えて六星DBまで持っている。戦力としてはこれ以上にないものだがそれだけでこの先戦い抜けると思うほど自惚れてはいない。絶対に自分自身の力、剣技が必要になってくる。デカログスを扱う上でもそれは間違いない。それを考えてイリュージョンを使った修業をしてきたが最近それも打ち止めになってきた。やはり幻相手では限界がある。それを超える意味でもキングに匹敵する世界有数の剣士であるゲイルの力を借りたい。今まではマザーの教育方針で温室育ちになっていたがそうはいっていられない。そんな悠長な時間はない。何よりもあの夜したエリーとの約束を守るために、なりふり構ってはいられない。

 

一緒に戦ってほしい、仲間になってほしいというのもその延長。相手はエンドレスに加えてその力を持つ者たち。自分一人だけではどうやっても数の差を覆すことができないかもしれない。そのための仲間集め。それもまた今の自分の目的。その中でもゲイルは間違いなく最高の戦力になってくれるであろう一人。だがそんな期待は

 

 

「…………悪いがオレは力にはなれねェ」

 

 

そんな重苦しいゲイルの言葉によって打ち砕かれてしまった。

 

 

「な、何で……? っていうか今までの話は信じてくれたんですか?」

「ああ……そうだが、何かおかしいか?」

「いや、その……正直信じてもらえるような話じゃなかったのでつい……」

「胡散臭さの塊みたいな話じゃったからの」

 

 

ニヤニヤと楽しそうにしているその胡散臭さの元凶は放っておくにしても驚くしかない。断られたのもだが、思えばどうして最初からこんなに自分の話を聞いてくれたのか。敵対する意思を見せていなくても少なくとも自分はゲイルが嫌うDBの使い手には違いないのに。

 

 

「さっきの戦いの時に剣を合わせただろ? あの時に分かったのさ。少なくとも君が悪い奴じゃないってことはな」

「へ……? 剣を合わせただけで……?」

「ある領域を超えた剣士はみんなそういうことが何となく分かるんだ。それがなかったら君みたいな邪悪な気配を放っている奴とは話したりしないさ」

「なるほど、つまりお主は剣士としてはまだ随分格下のようじゃな、アキ?」

「うるせえよ……待てよ……ってことは、もしかして俺って、そんなにヤバい気配を出してるんですか……? その、マザーじゃなくて……?」

「気づいていなかったのか? シンクレアと変わらないぐらい、邪悪な力を君から感じる。初対面の時には気を付けた方がいいぞ」

「そ、そんな……!? だってエリーは何も」

「エリーはもうお主の気配に慣れておるからの。まあお主が気づかないのも無理はない。腐ってもダークブリングマスターと言ったところかの」

 

 

明かされた衝撃、というか凹む事実。どうやら自分はハイドがなければ邪悪な気配を振りまくヤバい奴だったらしい。自分はもちろん、ずっと一緒にいるエリーはそのことに気づいていなかったらしい。なんだろう、悪臭が酷い奴みたいな扱いで非常に落ち込むがこれからは気を付けなければ。気づかないうちに悪役ムーブをしかねない。それは一旦置いておくとして

 

 

「じゃあ、どうして力を貸してくれないんですか……?」

 

 

ならどうして力を貸してくれないのか。ダークブリングマスター云々はともかく、エンドレスと戦うことはゲイルの信念や目的からは外れないはず。ゲイルは一度大きく息を吐きながらその理由を明かす。それは

 

 

「オレの額には世界を破壊する、大破壊を起こすDBが埋め込まれている。一緒にいれば君たちもそれに巻き込んじまう。いつそれが起こるかも分からん。それが理由だ」

 

 

『エンド・オブ・アース』

 

 

その名の通り大破壊を起こす力を持つDB。それがゲイルの額には埋め込まれている。それゆえにゲイルは十年間、この砂漠で過ごしてきた。自分の提案を断るのも自分たちをそれに巻き込まないため。どこまでもお人好しな性格。間違いなくハルの父親。だがそれは大きな問題にはならない。少なくとも自分にとっては。なぜなら自分はダークブリングマスターなのだから。それを見せんとした瞬間

 

 

「なんだ、そんなことを気にしておったのか。趣味でそんなところに埋め込んでおるのかと思ったがそれなら仕方あるまい。ほれ、これで解決じゃ」

「…………え?」

 

 

それは一体どちらの声だったのか。何をつまらんことを言っているのかとばかり、片手間にマザーはその問題を解決してしまう。気が付けば自分の掌の中に一つのDBがある。間違いなく大破壊のDB。もうゲイルの額にそれはない。マザーの命令によって動いたワープロードの力。それによってたった数秒でゲイルを悩ませ続けた問題は呆気なく解決されてしまったのだった。

 

 

「ま、まさか本当に俺の身体から……!? だがそんなことをしたら大破壊が起こっちまうんじゃ……?」

「何を呆けたことを言っておる? 確かにこやつは大破壊の能力を持つDBじゃがまだ子供じゃ。完成するにはまだ時間がかかる。なるほど……我らを通さずに生み出された者じゃったか。ほれ、何を黙っておる挨拶せんか。お前の母である我が目の前におるのじゃぞ」

「や、止めろマザー!? めちゃめちゃ怯えてんじゃねえか!?」

 

 

ある意味原作の知識を持つ者のお約束、チート能力を使って誰かを救うというダークブリングマスターではできないと思っていた展開を披露できるかと内心ワクワクしていたのも束の間、その手柄は一瞬でマザーに奪われ、巻き込まれたエンド・オブ・アース(長いのでエンドに略す)は突然の事態に混乱して涙目になっている。当たり前だろう。いきなり母たるマザーが目の前に現れ、あれよあれよという間に目の前に引きずり出されてしまったのだから。まるでいつか見たフルメタルのよう。位については子供とはいえ大破壊のDB。もしかしたら六星よりも上なのかもしれないがもともと内気な性格なのか。女王様オーラ全開のマザーから仕方なくエンドを庇い、あやす羽目に。何はともあれこれにて一件落着。大破壊のDBなんて使い道なさそうだが爆弾処理班的に管理しなくては。

 

 

「これで本当に終わったのか……? 大破壊が起こることもないのか……?」

「疑り深い男じゃの……その通りじゃ。シンクレアである我とダークブリングマスターである我が主。それに逆らうことができるのは他のシンクレアの奴らだけじゃ。もっともそれも時間の問題じゃがの」

「そうか……本当に、終わったのか……」

 

 

久々にシンクレアらしいところが見せられたからか、マザーはいつも以上に上機嫌になってしまっている。対してゲイルはその場に蹲り、顔を手で覆ったまま。もしかしたら泣いているのかもしれない。当たり前だ。十年間、孤独に耐えながら砂漠に留まらなくてはいけなかった呪いが解かれたも同然なのだから。

 

 

「さて、ここまでお膳立てしたんじゃ。まさかまだ我が主の誘いを断るなどと口にする気はあるまいな?」

「ああ……ここまでしてもらっちゃ恩を返さなきゃ後が怖い。ありがとな、マザー」

「ふん、分かればいい。それと我をマザーと呼ぶでない。我のことはママさんと呼ぶがよい」

「お前な……」

 

 

唯我独尊っぷりを思う存分に発揮しているマザーに辟易しながらもとりあえずは安堵する。何はともあれ目的は達することができたのだから。そんな中

 

 

「助けてもらったばかりでこんなことを言うのも何なんだが……一つ、頼みたいことがあるんだ」

「頼みたいこと……?」

「ああ……あいつ、キングを倒すのに力を貸してほしい。それができなければオレは先に進めねェ……我儘だとは分かっているがどうしてもそれだけは譲れねェんだ」

 

 

立ち上がり、その先に今は見えないキングを見据えてるのか、ゲイルは覚悟を決めた瞳でそう懇願してくる。だが懇願するまでもない。なぜなら

 

 

「ふん、気にするでない。元々我が主様はそのキングとやらを倒すつもりだったらしいからの。まあ、我としても闇の頂点とか言われておるそやつには興味もあったしの。DCとかいうのがなくなれば他のシンクレアたちも誘き出せて一石三鳥というやつじゃ」

 

 

(こ、こいつ……ことごとく俺の出番を……!)

 

 

自信満々に解説したところだったのにその全てをマザーに持っていかれてしまう。もしかしたら自分やエリー以外の人間と話ができることにマザーも興奮しているかもしれない。こっちはいつも以上にペースを乱されっぱなし。ゲイルはそんなマザーにも順応している。結局振り回されるのが自分だけなのは変わりそうにない。

 

 

「助かる……それと、もう一度だけ聞かせてくれ。君は本当に、キングの息子じゃないんだな?」

 

 

そんな空気を変えるように、ゲイルはそう問いかけてくる。もうすでに一度聞かれた問い。ゲイルにとってはキングと戦うことと同じぐらい、重要なこと。それに対する答えもまた変わらない。

 

 

「ああ……俺はアキだ。ルシアじゃない。ルシア・レアグローブはもうこの世にはいない」

 

 

自分はアキだ、と。ルシアはもうこの世界にはいない。全ての事情を明かしたうえで、改めてそう宣言する。最初はその名を借りて動く気だったが今は違う。自分はアキとして生きていく。そんな誓いにも似た宣言。だというのに

 

 

『なんだつまらん。ルシアを演じて助けてパパとでもいえば全部解決するのではないか?』

『お、お前……そんなことできるわけねえだろうが!? 本当に俺がクズ野郎になっちまうじゃねえか!?』

『もう十分クズだと思うが……まあ仕方あるまい。どっちにしろ面白いことになるのは間違いなさそうじゃしの』

 

 

マザーの洒落にならない冗談に戦慄しながらもどうすることもできない。本当なら色んな意味でキングとはお会いしたくないのだがそうもいっていられない。状況的にもキング、というかDCはどうしても障害になる。すぐには無理でもゲイルと協力できればどうにかすることは不可能ではないはず。キングについても確実とは言えないが対策も考えている。そんな中

 

 

「分かった……それと、そのなんだ……カトレアとハルは元気にしてるのか?」

 

 

さっきとは違う意味でそわそわしながらゲイルはそんなことをボソボソと聞いてくる。今までの話の流れから聞きにくかったのだろうが本当は聞きたくてしょうがなかったらしい。自分が二人と一緒に暮らしていたことはもう話しているが触りだけだったので仕方がないだろう。

 

 

「ええ、元気にしてますよ。ハルの奴は元気でいつも姉ちゃん姉ちゃんって言ってたし、カトレア姉さんも優しいし……ナカジマは変わらずナカジマですけど……」

「そうか、よかった……ハルのやつ、何かオレのこと言ってたか?」

「そうじゃな、親父などいなくてもオレがカトレアを守る。親父なんていなくていいといつも吠えておったの」

「っ!? ま、マザーお前!? ち、違うです! ハルの奴天邪鬼だから……それにほら、そのゲイルさんがつけてるやつとお揃いのシルバーアクセ、いつも大事そうに着けてましたから!」

「そ、そうか……ありがとな……」

 

 

ぐもーん、と明らかにテンションが下がっているゲイルという名の親父。理由があったとはいえ十年間ハルとカトレアを放っておいてしまったことに罪悪感を覚えているらしい。どうにかして励まさなくては。しかしそれは

 

 

「なんだ、そんなに気になるなら会ってくればよかろう。なんならすぐに送ってやってもよいぞ」

 

 

あまりにも当たり前すぎて逆に盲点、ある意味全く空気が読めないマザーだからこそできる提案によって霧散してしまう。

 

 

「な……そ、そんなことができるのか?」

「当然じゃ。さっきも見たであろう。ワープロードを使えばお主をガラージュ島に瞬間移動させるなど容易いことじゃ。我らに聞くより直接会って聞いてくればよかろう」

 

 

マザーの突然の提案、というか突っ込みにゲイルはもちろん自分も固まってしまう。そう、あまりにも当たり前すぎて自分も全く思いつかなかった。もうゲイルを縛るものは何もない。ガラージュ島に帰ることもできる。そんな十年間、夢見てきたであろう提案を

 

 

「……いや、オレはまだ帰れねェ。オレだけがそんなことをするわけにはいかねェ」

 

 

そうつぶやきながらゲイルはそのまま背中を向けてしまう。その背中だけで十分だった。言葉はもういらない。理由も重さも違うが、今の自分も同じ気持ちだったのだから。

 

「なんだ、つまらん。ならアキ、お主だけでも一度ガラージュ島に戻ればよかろう。エリーのやつも行きたいと言っておったしの」

「な、何でそうなる!? 話の流れ分かってんのか!? 俺だけそんなことできるわけねえだろ!?」

 

 

全く空気が読めていない、というか人の心が未だに理解し切れていないマザーはそんなことを言ってくる。確かにマザーからすれば理解できない感情、こだわりなのだろうが仕方ない。自分も帰りたい気持ちはあるがどうしても気兼ねしてしまう。というかどんな顔して帰ればいいのか。もし全部がうまく行ったら帰る場所。目標にしているのもその理由。緊張の糸が切れかねないというのもあるが、恐らくは似たような理由であろうゲイルはこっちの話に聞き耳を立てているのだろう。不自然に体が動いている。まるで帰りたくて仕方ないのをやせ我慢しているかのよう。だがそれは

 

 

「ふむ……そういえば帰るときにはカトレアにプロポーズするだのなんだのほざいておったの。最近少しマシになってきたかと思ったがやはりヘタレはヘタレということかの」

 

 

そんなマザーの言葉によって終わりを告げる。マザーからすればいつも通りの自分を煽るための文句。だがこの場に限っては自分以上にその煽りを受けるであろう人物がいることをマザーは知らない。

 

 

瞬間、肩に手が置かれる。自分がワープロードを使う間もない早業。もはや逃げ場はない。

 

 

「どういうことか聞かせてもらおうじゃねえか……アキ?」

「…………はい」

 

 

そこには娘を溺愛する、まごうことなき親バカの姿。

 

 

結局アキはそのままゲイルによって夜が更けるまで精神的にも肉体的にもボロボロになるまでしごかれることになったのだった――――

 

 

――――『ゲイル・グローリー』が新たに仲間に加わった――――

 

 

 


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