ダークブリングマスターの憂鬱(エリールート)   作:闘牙王

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第十九話 「金髪の悪魔」

どこまでも続く広大な砂漠、クバ砂漠。そのオアシスの近くに一人の男、剣士がいた。

 

『ゲイル・グローリー』

 

風の意味を持つ名を持つ男であり、今は亡き、シンフォニアの王族の末裔。その証拠にその長髪は銀髪。ゲイルは十年間、たった一人でこの砂漠で生きていた。愛する娘と息子を置き去りにしたまま。そうしなければいけない理由がゲイルにはあった。

 

『エンド・オブ・アース』

 

その名の通り世界を終わらせる力、大破壊を起こすDB。それが今、ゲイルの体内、額に埋め込まれている。もしそれが発動すればその瞬間、世界は滅亡してしまう。五十年前の再来。それゆえにゲイルは人がいないこの砂漠にいる。他人に明かすことができない孤独に耐えながら。しかしそんなゲイルであっても、他人に接する、いや接さざるを得ないことがある。

 

 

「……オレに何の用だ?」

 

 

ゆっくりと振り返りながら自らの背後にいる人物に向かってゲイルは話しかける。その表情は既に険しさを増している。当たり前だ。この砂漠に、自分に会いに来る者たちが何者であるかなどゲイルにとっては分かり切っているのだから。

 

賞金稼ぎ。それがゲイルを狙ってくる者たちの正体。ゲイルはかつて友ともにDCを設立している。当初は悪魔から人々を守る組織だったのだが今はその面影はなく、DBによって人々を支配し、恐怖させる悪の組織へと変貌してしまっていた。だがゲイルがその創始者であることからその首には多額の賞金が懸けられている。それを狙ってこんな砂漠にまで賞金稼ぎ達がやってきては去っていく。なぜ去っていくかなどもはや語るまでもない。

 

 

「悪いことはいわねェからさっさと消えろ。怪我したくなかったらな」

 

 

威風堂々。圧倒的強者の存在感によってゲイルは現れた賞金稼ぎと向かい合う。顔から体まで全て覆いつくすようなローブを纏った人物。顔どころか性別すら分からない。恐らくは男なのだろうが、分かるのは体格ぐらい。だがゲイルが警戒しているのはそこではなかった。それは

 

 

(こいつ……どうやってここまで来た……?)

 

 

いつの間にかローブの男が自分の背後に現れていたということ。周りは広大な砂漠であり、いきなりここまで来れはずもなくその気配をゲイルが感じ取れないなどあり得ない。今も目の前にいるのに全く気配というものが感じられない。風を読むことができなければ完全に虚を突かれていただろう。

 

 

「…………」

 

 

だがローブの男は返事をすることもなければ微動だにすることもない。ただまるで案山子のようにゲイルと対峙するだけ。その存在感の薄さと立ち振る舞いから砂漠の蜃気楼なのではと本気で疑ってしまうほど。ゲイルもまた動くことができない。相手の目的も何も全く分からず、賞金稼ぎかどうかもまだ不明。何よりもお人好しのゲイルはむやみに相手に切りかかるような剣士ではない。静寂。それがいつまでも続くかに思われるも

 

瞬間、『力』が辺りを包み込んだ。

 

 

(……っ!? これは……!)

 

 

思わずゲイルは体を震わせる。今まで何も感じなかったローブの男から突如、あり得ない力が溢れだしている。まるでこの世のあらゆる不吉を孕んでいるかのような邪悪な力。それが何であるかをゲイルは知っていた。

 

『DB』

 

持つ者に超常の力を与える代わりに心を蝕む魔石。世界の敵であり、ゲイルにとっても倒さなければならない存在。それがローブの男の首に掛けられている。見間違うことのない、紫の光。だがその力、邪悪さは今までDBを持つ者と数え切れないほど戦ってきたゲイルでさえ息を呑んでしまうほどのもの。それに一瞬気圧されるもゲイルはその瞳に強い火を灯す。

 

 

「今すぐ俺の前から消えろ……DCの顔など見たくもねェ」

 

 

一際強い風が舞い、男のローブの背後が露わになる。そこには忘れることのない、ゲイルの罪の証がある。DCのマーク。目の前の男がDCである証。DBを持つ者でありDC。もはやそれだけでゲイルにとっては戦う理由になる。それでも無駄な戦いはしたくはない。しかしローブの男はゲイルの明確な殺気を受けても全く変わらない。どころかDBの気配だけでなく、ローブの男の凄まじい重圧、殺気すら漏れだしている。もはや言葉は必要ない。

 

 

「そうか……ならとっととここから消えてもらう!」

 

 

この瞬間、一陣の風、ゲイル・グローリーとローブの男の戦いの火蓋が切って落とされた――――

 

 

 

風のような速さと共にゲイルはその手に剣を掴む。

 

『色即是空』

 

ゲイルの持つ二本の剣の内の一つであり、愛剣としているもの。その踏込みの速さは瞬きの間も許さぬほど。一切の容赦のない一刀が振るわれる。決して避けることができないタイミング。だがその瞬間、ゲイルは目にした。自分と同じように剣を手にした相手の姿。二人の間合いが一瞬にして零になる。一瞬の剣閃の刹那。

 

 

お互いの剣の衝撃が大地を揺るがした――――

 

 

その威力によって両者の足元はめり込み、剣は摩擦によって火花を散らす。擦れ合う金属音だけが辺りを支配する中、ゲイルは瞬時に感じとる。

 

 

(こいつ……強ェ……!)

 

 

それは相手の力量。曰く、優れた剣士は一度剣を合わせただけでその心の内まで感じ取れるという。ゲイルは間違いなく世界でも指折りの強者であり、剣聖であるかつてのシバ・ローゼスを除けば世界でも五指に入る剣士。そんなゲイルの一撃を受け止めることができるほどの相手。ローブの男の手には身の丈ほどもあろうかという黒い大剣が握られている。

 

 

「――――はあっ!!」

 

 

一呼吸の後、互いに距離を置きながら再び両者はぶつかり合う。互いの愛刀が重なり、砂漠を切り刻んでいく。舞う砂煙によって視界を遮られながらも二人の戦い、剣舞は終わらない。もしその領域に一歩でも踏み込めば常人ならば一瞬で切り刻まれてしまうであろうレベルの戦い。だがそれは長くは続かなかった。

 

「――――甘い!」

「――っ!?」

 

 

瞬間、初めてローブの男が声にならない声を上げる。今まで続いていた拮抗が徐々にではあるが崩れていく。その天秤の傾く先はゲイル。一撃一撃ごとにゲイルはローブの男を圧倒していく。対してローブの男は防戦一方。だがそれは決してローブの男が弱いわけではない。その証拠にゲイルは目の前のローブの男の剣技を認めていた。間違いなくゲイルが戦ってきた相手の中でも一、二を争う使い手。いつか戦ったDCの幹部であるシュダを超える強さ。だがそれでもゲイルには届かない。決定的な剣士としての差がある。

 

それに加え、ここは砂漠。踏み込めば足場が沈み、立っているだけでもバランスが崩れる足場。ここではどんな手練れだとしても本来の実力を発揮することはできない。十年間、ここで戦い続けてきたゲイルを除いて。言うならば、絶対的な地の利がゲイルにはある。

 

その結果が突き付けられる。一瞬の隙。それを見逃さずゲイルは剣閃と共にローブの男の剣を弾き飛ばす。重量があるはずの黒い大剣は空を舞い、砂漠へと突き刺さる。誰が見ても明らかな決着。シュダをして最高の剣士と言わしめるゲイルの実力。

 

 

「――――終わりだ」

 

 

宣言と共にゲイルは剣を振り下ろす。回避することも防御することもできない一撃。だが

 

 

それが届く前にゲイルの動きは止まってしまった。否、凍結してしまっていた――――

 

 

「なっ――――!?」

 

 

突然自らの身体が動かなくなってしまったことにゲイルが驚愕の声を上げる。まるで見えない力によって凍らされてしまっているかのような状態。瞬間、ゲイルは自らの甘さに気づく。そう、あまりにも見事な剣技によって忘れてしまっていた。相手はDC、いやDBを持つ相手。ならば相手の動きを止めるこの能力こそがローブの男の切り札。だが徐々にではあるがその凍結が解けつつある。どうやら短時間しか相手を拘束することはできないものなのだろう。相手が剣を持っていれば危なかったが今は相手も丸腰。ならすぐにこの凍結が解け次第、仕切り直しを。だがそんなゲイルの思考は

 

 

同じく視界を覆いつくような爆炎と共に消え去ってしまった。

 

 

「ぐっ……!? これは……!?」

 

 

すぐさまその場から跳ねるように離脱し受け身を取るもダメージは殺し切れずゲイルは苦悶の声を上げる。既に体の自由は戻っている。しかしゲイルにはそれを喜ぶ間すら許されない。

 

 

「――――」

 

 

無言のまま、ローブの男が手をかざした瞬間、炎の舞が始まった。その手の動きに合わせるように無数の光る球状の檻が空間に設置されていく。まるでタイマーのような電子音を伴いながら。その一つが自分の身体を覆いつくさんとする前に反射的にゲイルはその場を離脱する。同時に砂漠はその熱を超えるほどの爆炎の舞によって蹂躙されていく。後にはまるで爆撃を受けた後のような凄惨な惨状が残されていた。

 

 

「ハアッ……ハアッ……!」

 

 

紙一重でその全てを回避しながらも、息を乱しながらゲイルはローブの男を見据えている。対してローブの男もゲイルの様子をうかがうかのように動きを止めてしまっている。ゲイルの胸中は驚愕に満ちていた。

 

一つはDBの能力の凄まじさ。

 

先ほど繰り出してきた爆炎。その能力は明らかに常軌を逸していた。DBと一言に行ってもその能力は無数に及ぶ。だがDBの中にも格付けが存在する。

 

通常のDB。上級DB。最上級DB。上級になるほど能力は強力、凶悪になっていくがその分、扱うことが難しく、最上級に至っては扱えるものは数えるほどしかない。だが先のDBは明らかに最上級を超えていた。その存在を、ゲイルは噂では耳にしていた。

 

六星DB。

 

曰く、自然の力を操るDCの最高幹部である六祈将軍にしか持つことを許されないDB。なら目の前のローブの男は六祈将軍なのか。しかし、ゲイルが本当に驚愕しているのはそこではなかった。

 

 

(間違いない……こいつ、複数のDBを扱ってやがる……!)

 

 

複数のDBを扱う。それがどれだけ規格外なことか、ゲイルは誰よりも知っている。DBの能力は一個に一つずつ。同時に個人が扱えるDBもまた一人一つが限度。六祈将軍であったとしてもそれは変わらない。覆しようのない、人間の限界。故に複数のDBを扱うことができるものはこう呼ばれる。

 

――――魔石使い、と。

 

そんなことができる怪物を、ゲイルは一人だけ知っている。自らの友であり、倒すべき仇。闇の頂点とまで呼ばれた男。なら目の前にいる男はいったい何者なのか。

 

だがそんなゲイルの戸惑いをよそに再び炎の檻が動き出す。今度は複数ではなく一つ。だがその大きさと範囲は先の比ではない。同時に動きを制限するような重圧すらかかってくる。もはや逃げ場ない。ゲイルもまたまるで悟ったかのように目を閉じ、微動だにしない。無慈悲に終わりが爆炎と共に訪れようとした瞬間

 

 

爆炎は風と共に切り裂かれてしまった。

 

 

「っ!?」

 

 

それはローブの男の驚愕。当たり前だ。一体どこに、炎を剣で切る剣士がいるというのか。避けれないのなら斬ればいい。そんなあまりにも単純な、馬鹿げた思考。しかも爆発した瞬間、自分の周囲の空間ごと切り裂くようなデタラメさ。

 

そんなローブの男の動揺を見逃さんとばかりに瞬足でゲイルは駆ける。ゲイルは既に悟っていた。ローブの男に剣士としては己は勝っているが、魔石使いとしての男の強さは未知数。このまま遠距離戦に付き合っていればジリ貧。一気に間合いを詰め、剣閃によって切り裂くことのみが勝ち筋だと。数多の戦いを勝ち抜いてきた剣士の為せる技。

 

だがそれを許さないとばかりにローブの男はさらなる超常の力を振るう。瞬間、ゲイルの動きがわずかに鈍る。先のような凍結ではない。流れる血流を操り、体の自由を奪う無の流動。それに加え、砂漠ではあり得ない無数の生命の樹が生まれ、ゲイルへと襲い掛かっていく。六星の名を司る自然の力。しかもそれが二つ同時。人では超えることのできない現行世界の意志の欠片。だが

 

 

「があああ――――!!」

 

 

それを人の身で超える剣士がここにいる。

 

 

咆哮と共に、ゲイルは己の肉体に力によって乱れた血流を正常に戻し、同時に襲い掛かってくる樹木を一瞬の間に物言わぬ瓦礫へと変えていく。極められた剣技だけでは説明できない閃き、機転。それこそがゲイルのもう一つの強さ。

 

風を読むこと。

 

直感と言い換えてもいいゲイルの持つ天賦の才。その身に触れる風の流れによって相手の呼吸、動き、変化を見抜く力。DBを扱う者を相手にするうえでもそれは例外ではない。ゲイルの剣技とそれが合わさることによってそれは一騎当千の力を見せる。

 

しかし、それすらも見越したように最後の六星がゲイルに襲い掛かる。それは砂漠の津波。先の攻撃もそのための布石。ローブの男の渾身の力が込められたであろう大地の鳴動がゲイルへと迫る。それを前にしてもゲイルは揺るがない。静かにその剣を鞘に戻すのみ。目を閉じ、息を吸うゲイルは今、空と一つになっている。その心には一片の迷いもない。あるのはただ家族のために。

 

愛する娘であるカトレア、息子のハル。そして今は亡き、最愛の妻サクラ。そのために戦うことがゲイルの全てであり強さ。

 

 

『想いの剣』

 

 

剣聖とは違う、もう一つの剣の到達点。それこそがゲイルを最高の剣士足らしめているもの。闇の頂点とまで言われるキングに匹敵すると言われる男の力。

 

その居合が砂漠を切り裂く。さながら十戒を切り開くモーゼの如き一閃がついにローブの男へと至る。寸でのところで身を翻し瞬間移動によって剣を交わすももはや勝敗は明らか。剣もDBも通用せず、地面に膝をつくしかない。ゲイルは鋭い眼光のままその切っ先を男へと向けようとした瞬間、言葉を失ってしまった。それは先の剣によってローブが切り裂かれ男の素顔が露わになってしまったから。

 

 

「お前は……?」

 

 

ゲイルはそう口にするだけで精いっぱいだった。その驚愕も当然の物。

 

 

一つはローブの男の正体が少年、子供だったから。恐らくは十五歳ほど。自分の息子のハルと恐らくは変わらないであろう子供がここまでの強さを持っていたことに対する驚き。だがそれだけではなかった。

 

 

それがその容姿。自分の対になるような金髪。

 

 

『金髪の悪魔』

 

 

十年以上前にメガユニットを脱獄されたとされる邪悪な力を持った子供。砂漠にいる自分でさえも知っている存在。それがよぎるとともに、その顔にある傷に目を奪われる。そう、金髪は自分にとっては違う意味を持つ。シンフォニアと対をなす王国の血を継ぐ証明。同時に、自分にとって、キングにとっての決別の日に失われたはずの命。ようやくゲイルは悟る。自分が感じていた違和感、焦燥の正体が何だったのか。体を震わせ、どうにか口を開こうとするも

 

 

「ふむ……まあこんなところかの。色々予定外のこともあったが、愉しませてもらったぞ、銀髪の剣士よ?」

 

 

そんなスピーカーを通したような幼女の声によって今度こそ本当に言葉を失ってしまう。今度こそ、自分は夢を見ているのかと。当たり前だろう。なぜなら

 

 

ゲイルの前には、いつかと変わらない愛娘と瓜二つの姿をした幻がいたのだから。

 

 

 

この瞬間、ゲイルとアキの戦いの幕が落ちる。

 

 

『監督兼助演 マザー』 『主演 アキ』 『助演 デカログス、ワープロード、アマ・デトワール、バレッテーゼフレア、ゼロ・ストリーム、ユグドラシル、ジ・アース』 『効果、演出 イリュージョン、ハイド』 『番外 ホワイトキス』

 

 

そして新たな出会いと共に次の幕が上がる。

 

 

少年は踊り続ける。今までと変わらず母なる魔石と共に。それが何をもたらすのか知らぬまま―――――

 

 

 

 




作者です。最新話を投稿させていただきました。

今回はアキとゲイルの初邂逅のエピソードとなっています。前作を読んでいる方はお気づきだと思いますが、今話は前作の三十六話のオマージュとなっています。アキ側がどんな風だったのか想像しながら読んでもらえると嬉しいです。

ゲイルについては読んでいただ空ければ分かると思いますが、原作よりはかなり強化している形になります。原作通りではどうしてもキングと互角とするのは難しかったためです。

今回は前作では活躍できなかった、ハル達より上の世代が活躍する予定になっています。楽しんでもらえると嬉しいです。では。

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