ダークブリングマスターの憂鬱(エリールート)   作:闘牙王

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第十四話 「魔石殺し」

「ん……? ここは……?」

 

 

まどろむ意識の中、ゆっくりと体を起こす。同時に体中が倦怠感に襲われるも耐えながら辺りを見渡す。そこには見慣れた自室の光景。

 

 

(俺の部屋……? いつの間にか眠っちまってたのか……? 待てよ、何かとんでもないことを忘れてるような……)

 

 

起きた瞬間、マザーのお仕置きではないが頭痛がしてくる。自分がいつ寝たのか思い出せない。どころか何をしていたのかもはっきりしない。とりあえず起きてからだと決意した瞬間、

 

 

「あ、アキ起きたんだ! なかなか起きないから心配したんだよ?」

『ふん、やっとお目覚めか。相変わらず情けないの』

 

 

ドアが開き、元気よく一人、ではなく二人の乱入者が現れる。こっちの眠気も混乱も一気に吹き飛ばしてくれる存在。同時に自分が気を失う前に何があったのかも完璧に思い出せた。ショック療法と同じだろう。もしかしたら自分の心の防衛反応があの出来事をなかったことにしたかったのかもしれない。

 

 

『どうした、間抜けな顔をして。まだ寝ぼけておるのではあるまいな』

「いや……夢だったらよかったなと思っただけだ。はあ……」

「どうしたのアキ? もしかしてまだ調子悪いの? 水飲む?」

 

 

はい、と純粋にこっちの心配をしてくれているであろうエリーからコップに入った水を受け取り一気飲み。自分の寿命、もとい心労が悪化している原因の半分は間違いなく目の前の少女にあるのだが言っても仕方ないだろう。

 

 

「とにかく……俺はどのぐらい気を失ってたんだ?」

『丸一日と言ったところかの。もう日は沈んで夜中じゃ。戦ったわけでもないのにいい御身分じゃの、アキ?』

「うるせえよ!? 大体元はと言えばてめえが俺の力を一方的に吸い尽くしたせいだろうが! あれだけ偉そうにしてやってることはただの一発芸だったのは何の冗談だ!?」

『い、一発芸じゃと!? い、いくらお主でも言っていいことと悪いことがあるぞ! あ、あれはエリーの魔導精霊力が強すぎただけで決して我が弱かったわけでは』

「ただの負け犬の遠吠えじゃねえか……ほんとにお前は使えねえな。これならまだ他のシンクレアのほうが役に立つんじゃ……痛ててて!? や、止めろ!? こっちはまだ病み上がりなんだぞ!?」

『我が奴らよりも劣るじゃと!? 撤回しろアキ! 我はあんな奴らになど劣ってはおらん! 劣っておるのは担い手のお主だけじゃ!』

「もう、ダメだよ二人とも喧嘩なんてしちゃ! これ以上続けるんなら魔導精霊力でお仕置きだよ!?」

 

 

こっちとしてはまだまだ文句は言い足りないのだが、エリーのそんな一言によって自分はもちろん、マザーも叱られた子犬のように大人しくなってしまう。元々自分たち主従はエリーには頭が上がらなかった物理、いや魔法的な意味でももはやエリーには敵わない。その恐ろしさは昨日、嫌というほど目の当たりにした。マザーに至っては身を以て思い知っている。我が家のパワーバランスの頂点に間違いなくエリーは君臨してしまった。もっとも、自分が最下位なのは何も変わっていないのだが。

 

 

「……ったく、それにしてもマザー、何でそんなところにいるんだ?」

 

 

頭を押さえながらもそういえばと尋ねる。それはマザーの居場所。いつもなら自分の胸元にかかっているのに今はエリーの胸元にいる。一体どういうことなのか。二人の正体を考えるとあり得ない組み合わせなのだが下手すると自分よりも似合ってる気がするのは何故なのか。

 

 

『なに、待っても待ってもお主が一向に目覚めんのでな。仕方ないのでエリーと先に話をしておったわけだ』

「あたしからお願いしたの! どう、似合ってる、アキ?」

「ノーコメントで」

 

 

きゃっきゃと楽しそうにしている二人にもはや突っ込む気力もない。とりあえず、仲直りできているようで良かったと言ったところか。また昨日のような戦い(本人たちからすれば喧嘩のような物)が起こってはたまらない。それはともかく、知らずマザーを凝視してしまっていた自分に気づいて慌てて視線を逸らす。しかし時すでに遅し。エリーは気づいていないがマザーは悟ったのか怪しげな光を放っている。話題を変えようするも

 

 

『それにお主にはない利点もある。エリーの胸なら我も安定するしの。お主の巨乳好きではないがなるほど、大きいというのはいいものじゃ』

「ぶっ!? お、お前一体何言ってやがる!?」

 

 

心底愉しそうにマザーはこっちを陥れんとしてくる。いつもなら怒り狂ってくるところなのに今回は逆の手を使ってきたらしい。そのことに小癪さを感じながらも一方で同意せざるを得ない。

 

大きい。確かに大きい。それは間違いない。下手すればマザーが埋もれて見えなくなってしまいかねないぐらい大きい。その安定性はもはや口にするまでもない。決して巨乳好きなわけではないが、今だけは認めるしかないだろう。

 

 

「あ、アキのえっち! そんなに見てもまだおっぱいは見せてあげないんだからね! それに今はママさんはあたしのなんだから!」

「なっ!? ご、誤解だ! 俺はマザーを見ていただけで…… だ、誰も見たいなんて言ってないだろ!?」

『ほう、残念だったなエリー。どうやらアキはお主の胸には興味がないらしいぞ?』

「え? 嘘! だってアキ、あたしがお風呂上り時に必ずあたしのおっぱ」

「わ、分かった! 分かったからもういいだろ!? とにかくそんなことより真面目な話を!」

「そんなことじゃないもん! 大事なことだもん!」

『案ずるな、エリー。アキが何かしようものなら我が消し飛ばしてやろう。この感触は我だけのものだ』

 

 

そのまま収拾がつかない大騒ぎ。病み上がりなのにまた気を失ってしまいそうな状況にげんなりしながらも、いつも通りの日常に安堵してしまう。そんな自分の浸食されっぷりに呆れるしかなかった――――

 

 

 

『ふむ……無駄な時間を消費したがとりあえず始めるとしようかの。第一回『世界女子会議』を開催する!』

「はい! よろしくお願いします!」

「…………」

 

 

ドンドンパフパフという音が聞こえてきそうなテンションで唐突に開催される謎の会議。議長であるマザーの宣言にエリーに加えてほかのDB達も歓声を上げている。自分は少し離れたところでそれを正座したまま見つめているだけ。全然テンションについていけない。マザーはエリーの胸元。それに控えるようにイリュージョンとハイド、自分の左右にはデカログスとワープロードが配置されている。その他大勢のマザーの生み出したDBたちはいつも入れられている袋から解放され観客席に。どうやらいつもエリーとマザーがやっている女子会という名の世界滅亡会議の延長線上らしい。悲しいかな、こんなテンションでもこれに世界の命運がかかっているのは事実。気を引き締めなければ。

 

 

「あ、アキもお菓子食べる? お腹減ってるでしょ? ジュースもあるよ♪」

「いや……いい」

 

 

楽し気にこちらにお菓子とジュースを勧めてくるエリー副議長。どうやらこの会議は飲食自由らしい。見ればDBたちの前にもお菓子が置かれている。きっとエリーなりの配慮なのだろうがぱっと見どうみてもお供え物にしか見えない。一体何のジョークなのか。

 

 

『では最初に……知っての通り、我はこれからエンドレスに反逆していくことになる。業腹ではあるが、我はエリーには敵わなかった。勝者に従うという契約を我は違えん』

 

 

一瞬、エンドレスの空気を漂わせながらもマザーは宣言する。生みの親であるエンドレスに反逆すると。負ければエリーに従う。あの時の言葉、マザーからすれば契約は守られるらしい。そういえば最初に出会った時も契約だのなんだの言っていた。契約、というのはマザーにとって、シンクレアにとっても神聖なものであるらしい。

 

 

「もう、違うでしょママさん。アキのためにエンドレスと戦うってちゃんと言わないと!」

『な、何を言っておる!? 我はその、お主との契約に従って仕方なく』

「もう、ママさん、アキと同じで天邪鬼なんだから」

 

 

いいところなのにエリーの邪魔という名のヤジが入り会議は中断。もはや突っ込く気も起きない。ただ一点。マザーが自分のために動いていたことだけは素直に驚愕するしかなかった。口では何のかんの言いつつも自分はマザーにとっては主人だったらしい。未だに信じられないことだがエリーがそう言うならきっとそうなのだろう。

 

 

『ごほんっ、とにかく、これは我個人の意思だ。お主たちには関係ない。我から生まれたとはいえお主たちはエンドレスの子。エンドレスの意に背く我に従う義理はない。咎めることはせぬ。我とアキから離れたい者は名乗りを上げるがよい』

 

 

気を取り直しながら、DBの母ととしての一面を見せマザーは問う。自分たちに付いてくるか否か。並行世界を消滅させる意思を持つエンドレスから生まれたDBたち。だがマザーの問いかけに声を上げるものは一つもない。その視線がマザーと自分に向けられてるのを感じる。もはや言葉は必要なかった。

 

 

『ふん……どうやら物好きな者たちばかりのようだな。やはりお主はダークブリングマスターということかの、我が主様よ?』

「うるせえよ……」

 

 

何故かこぼれそうになる涙を抑えながらそっぽを向くしかない。そう、DBたちはマザーにではなく、自分に付いてきてくれると言っているのだ。エンドレスを裏切ってまで。その事実に胸が熱くなる。まさかダークブリングマスターになってよかったと思う日が来るなんて夢にも思っていなかった。

 

 

(ありがとう……みんな……!)

 

 

恥ずかしくて口にできないが、心の中で感謝の言葉を口にするも

 

 

『では最初の議題だが……エンドレスを倒すことはできん。以上だ』

「っ!? ちょ、ちょっと待て待てえええ――――?!?!」

 

 

全てが台無しになるマザーの言葉によって一瞬にしてなかったことになってしまった。

 

 

『……? 何を騒いでおる。進行の邪魔じゃぞ、黙っておれ』

「黙ってられるわけねえだろ!? エンドレスが倒せないって、もう前提からして全部台無しじゃねえか!?」

『なにもおかしくはない。おかしいにはお主じゃ。なんだ、自殺願望でもあるのか、アキ? なら止めはせんが、まさかエンドレスが消えれば自分が死ぬことも忘れておるわけではあるまいな?』

「そ、それは……でも、エンドレスが倒せないってのはおかしいだろ!? 今はエリーも魔導精霊力が使えるわけだし」

『ふむ、言葉が足りなかったか。お主の事情を無視しても現状、エンドレスを倒すことはエリーでもできん。お主の持っている知識なら、少し考えれば分かるじゃろう?』

「え?」

「アキも知ってるでしょ? あたし、ここでは全力を出せないの」

 

 

やれやれと言った風のマザーに変わってエリーがそう口にする。瞬間、ようやく理解する。どうしてエリーでもエンドレスを倒すことができないのか。

 

 

『エンドレスを倒すためには全力の魔導精霊力でなければ通用せん。だがその力にこの星は耐えられん。お主は今エンドレスがどこに眠っているかも知っておるようじゃがそれでもそれは変わらぬ』

 

 

マザーの言葉を聞きながら納得するしかない。エンドレスを倒すには魔導精霊力のフルパワーが必要。だがこの星でそれをすればエンドレスの前に星が壊れてしまう。あまりにも桁違いなスケールの問題。それを解決しなければどうにもできない。だがそれは五十年前から分かっていたこと。対策はある。

 

 

「星の記憶の中じゃないとエンドレスは倒せないの。それにあたしの杖も今はないから、エンドレスを呼び寄せることもできないし」

 

 

困った顔をしながらエリーはそう告げてくる。記憶が戻り、魔導精霊力の完全制御が可能になったことでエンドレスを倒せる気になってしまっていたが忘れていた。それはあくまでも最低条件。まだ大きな問題が二つ残っている。

 

 

(時空の杖か……確かにあれがないと……)

 

 

『時空の杖』

 

エリーが造り出したエリー専用の杖。全力の魔導精霊力を放つための道具であり、同時にエンドレスを違う時空へと呼び寄せるための鍵でもある。それを使ってエンドレスを星の記憶に呼び寄せ、全力の魔導精霊力で倒す。それが五十年前から考えられていたシンフォニア国王カームの計画。時空の杖なくしてエンドレスを倒すことはできない。

 

 

(確かあれは解放軍のユーマっておっちゃんが持ってたはず……時間はかかっても手に入れることは不可能じゃない……!)

 

 

だが自分はそれがどこにあるかを知っている。解放軍のリーダーであるユーマ・アンセクト。彼がシンフォニアの軍人であった父から受け継ぎ、時空の杖を守っている。残念ながら解放軍のアジトがどこかまでは自分は分からないが時間をかければ見つけることは不可能ではない。しかし

 

 

『何よりも星の記憶にたどり着けねば何の意味もない。我らにせよレイヴにせよ、五つ全て集めねばならん。今すぐエンドレスを倒すことは不可能。理解したかの、アキ?』

 

 

子供をあやすように告げるマザーにいつもなら言い返したいところだがお手上げ状態。時空の杖とは違い、この問題はすぐに解決できるものではない。

 

『星の記憶』

 

この星の生命ともいえる聖地。全てを手に入れ、全てを失うこともできる力。そこにたどり着いた者は時空操作によってどんな願いも叶えることができる。エンドレスという恐怖と引き換えに。だが自分にとって重要なのはそこではない。星の記憶に至るためには二つの方法がある。

 

レイヴとシンクレア。そのどちらか五つを全て集めることで星の記憶へたどり着くことができる。レイヴが表口だとすればシンクレアは裏口。対をなす存在。だがそのどちらを集めることも困難を極める。

 

 

(シンクレアは五つ集めたらその瞬間、エンドレスが復活しちまうし……レイヴも、どこにあるかは大まかにわかってもプルーがいないと……)

 

 

シンクレアについては五つ集めた瞬間、エンドレスが復活してしまう。星の記憶へ至る隙があるかどうか怪しいこともあるが集めるのもリスクが伴う。その分レイヴならその心配はないが、いくら自分でもレイヴがどこにあるかまでは正確に分かるわけではない。プルーという案内人(犬?)がいなければ難しいだろう。何よりも

 

 

(シバがどこにいるのか分からないと……四つ全部集まったとしてもどうにもならない、か……)

 

 

初代、いや今はまだ現役であるレイヴマスターであるシバ・ローゼスが持っているレイヴがなければ全てのレイヴは揃わない。シバがどこにいるかは自分にも全く見当がつかない。分かるのは今なら二年後にガラージュ島にやってくるであろうことだけ。

 

 

「…………」

 

(エリー……)

 

 

自分と同じことを考えていたのか、エリーはそのまま黙り込んでしまう。普段は決して見せない憂いの表情。エリーが何を思っているか、自分には分かる。レイヴではなくシバのことをエリーは考えているに違いない。王国戦争から五十年間、ただリーシャのために戦い続けているシバ。そんなシバを騙してしまったと思い込んでいるエリー。その自責の念はどれほどのものか。今の自分には分からない。

 

 

『ふん、レイヴの力など借りずとも我らだけで十分だ。我らを五つ集めれば全て上手くいく』

「お前がレイヴが嫌いなのはどうでもいいが……シンクレアを五つ集めちまっていいのか? エンドレスが復活しちまうんじゃ……そもそもどうやっても俺って死ぬしかないんじゃ……」

 

 

落ち込んでいるエリーから話題を反らす意味も兼ねて違う話題をマザーに振る。もっとも自分にとって文字通り、死活問題。シンクレアを五つ集めることは時間はかかるかもしれないが不可能ではない。自分はともかくこっちにはエリーがいる。いくらシンクレアを持つ三人、ドリュー、オウガ、ハードナーが相手であったとしても問題ないはず。それはある意味昨日のマザーが証明している。ゆえに問題は自分が死んでしまうことだけ。やはり自分は死ぬしかないのか。

 

 

『……いや、一つだけ方法がある。我としては……その、何があっても避けたいのだが……』

「っ!? な、何か方法があるのか!? 教えてくれ、マザー! 死ななくて済むならなんだってして見せる!」

『…………』

 

 

マザーから示されたわずかな希望に思わず声を上げてしまう。当たり前だ。死ぬしかないこの状況。もし助かるなら何でもしてみせる。だがマザーは黙り込んだまま。あのドSのマザーがこんなにも言い淀むほどその方法は過酷なものらしい。知らずごくりと息を呑む。静寂。そしてついにそれが破られる。自分が助かるための唯一の方法。それは

 

 

『の、残る四つのシンクレアを……口説き落とす。それができればお主は生き残ることができる……それだけじゃ……』

「…………は?」

 

 

自分の理解の範疇を遥かに超えていた。聞こえているのにマザーが何を言っているのか分からない。アキはそのままマザーを向つめたまま固まることしかできない。今だけはエリーの胸すら目に入らない。

 

 

それがアキが魔石使い(ダークブリングマスター)ではなく魔石殺し(ダークブリングマスター)としての道を歩き始める、歴史が変わった瞬間だった――――

 

 

 


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