ダークブリングマスターの憂鬱(エリールート)   作:闘牙王

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第十二話 「覚醒」

「ま、マザー……? どうしてここに……?」

 

 

できるだけ自然さを装おうとするも声が震えるのを抑えることができない。それでも何とか乾いた笑みを浮かべるので精一杯。当たり前だ。今一番で会いたくない人、ではなく石が目の前に現れてしまったのだから。

 

 

(ヤバい……ヤバいヤバいヤバい――――!? ど、どうなってんだ!? なんで今日に限ってこんな……いや、いつもヤバいことはあるがこれはいくらなんでもヤバすぎる!?)

 

 

このまま穴に入りたい、というかイリュージョンで姿を消してハイドで気配を断っていなくなりたい。ワープロードでどこでもいいから瞬間移動したい。この際DC本部でも構わない。

 

 

『くくく……どうした、そんなに我がここにいるのがおかしいか? わざわざお主を心配してきてやったというのに』

 

 

目の前にいる魔石から逃れることができるのなら。マザーは心底愉し気にこちらを見下しいる。本当なら石ころ風情がと反論したいところだが纏っている気配が普段とは全く違う。一言でいえばドSっぷりが半端ない。

 

 

「お、オレを心配して……? 一体どういう風の吹きまわしだ……?」

『いやなに、たまたま目覚めればお主の姿がなかったのでな。それ自体は別に珍しくもないがエリーの姿も見えん。もしやお主がとち狂ってエリーに襲い掛かったのかと心配になって探しておったのじゃ。まあ、余計な心配だったがの。ヘタレのお主では並行世界が消滅してもそんなことはできぬ』

 

 

こちらの反応を楽しむようにマザーはこちらを煽ってくる。どうやら自分とエリーが家からいなくなったため探していたらしい。というか何故それで自分がエリーを襲うことになるのか。襲う気があるんならもうとっくにそうしている。もしそうだとしてもこいつに言われる謂れはない。

 

 

(こ、こいつ……好き勝手言いやがって! 俺だって世界が消滅するならそれぐらいでき……ないか……うん)

 

 

世界が消滅してもそんなことはできないとヘタレ認定され反論しようとするが、どう考えても言い返せない。間違いない。もし並行世界が消滅するとしても自分にそんなことはできない。男としてはヘタレに違いない。マザーからすればそんな自分などお見通し。以心伝心とでも言えばいいのか。これっぽっちも嬉しくない。

 

 

(け、けどこれはもしかして……マザーの奴、エリーの事には気づいてないのかも……!)

 

 

頭を振りながら思考を切り替える。自分にとってはともかく、もしかしたら状況は最悪ではないのかもしれない。てっきり会話まで聞かれていたのかと思っていたのだがそうでもなさそうだ。もしそうなら烈火のごとく怒り狂うのは目に見えている。ならここはいつもの調子で何事もなかったかのようにスルーするのがベスト。

 

 

(大丈夫だ……俺ならできる! 今までどれだけ修羅場をくぐってきたと思ってるんだ……!)

 

 

今までで間違いなく一番の正念場。目隠ししながらの綱渡りに匹敵する難易度だが今の自分にならできるはず。だがそんな一世一代の決意は

 

 

「う、うるせえよ。とにかくもういいだろ。さっさと帰って寝るぞ。もうクタクタだ……」

『ふむ、もう帰るらしいがどうするリーシャ・バレンタイン?』

「うん、あたしも帰るね。あ、でも今のあたしはエリーだよ。ママさんにもそう呼んでほしいな♪」

「そうだな……ま、今更リーシャって呼ぶのも慣れるのに時間がかかりそうだ……し……」

 

 

一瞬で消え去ってしまう。綱渡りの一歩目で見事に転落。崖の向こう側で綱を持ってくれているはずのエリーはそもそも綱を持っていなかったらしい。いつも通り、天真爛漫に自分の正体を暴露している。もしかしたら自分の天敵はマザーではなく、エリーなのかもしれない。だが悲しいかな、そんな現実逃避すら、今の自分には許されない。

 

 

『なるほど……にわかには信じられなかったがどうやら聞き違いではなかったらしい。何か申し開きはあるかの、アキ?』

 

 

シンクレアからは逃げられない。そんなどこで聞いたようなフレーズが脳内に浮かんでは消えていく。間違いない。マザーは最初から分かっていてこっちが右往左往する道化ぶりを楽しんでいたのだと。単純に怒っているよりもその冷静さが何倍も恐ろしい。

 

 

「い、いや……これは、その……」

『くくく、どうやらその様子では最初からエリーがリーシャであることは分かっていたようじゃの。ならあの一目惚れ云々も真っ赤なウソだったということかの?』

「え? そうなのアキ? ひどい! あたし嬉しかったのに嘘だったの!?」

「は!? それは……っていうか今はそんなことどうでもいいだろうが!?」

「どうでもよくないもん! そんなことばっかりしてるからアキ、ママさんたちに魔石殺しなんて呼ばれちゃうんだよ!」

「何だよ魔石殺しって!? 知らない間にそんな異名付けるんじゃねえよ!?」

「だってママさんたち相手に五股もかけてるんでしょ? みんな言ってたよ、アキはヘタレじゃなくてクズだって」

「何の話をしとるんだお前は!? 人聞きの悪いこと言うなっつーの!?

 

 

だが話は予想外のところに飛び火し大炎上。何故かマザーではなくエリーに詰め寄られる羽目に。確かに一目惚れ云々の嘘は悪かったとは思うがその異名は勘弁してほしい。というか自分はエリーの中では五股のクズ野郎になってしまっているらしい。しかもその相手はDB。何の冗談なのか。自分はそんな異常性癖は持ち合わせていない。だがマザーはともかく他のDBたちにもそんなことを言われていたなんて。地味に心が痛い。それにしても魔石殺しはいくらなんでもない。一応自分は魔石使いのはず。それではまるっきり逆になってしまう。

 

 

(な、何なんだこの状況!? っていうかエリー空気読んでくれよ!? 今はそれどころじゃないっつーの!?)

 

 

むー、と不機嫌そうにしているエリーを半ば放置しながらこれからどうすればいいのか考えるも何も思いつかない。もはや詰み。今までの苦労はいったい何だったのか。どこで自分は間違ってしまったのか。もうこれ以上悪くなる事はありえない。そんなあきらめの境地に至りながらも

 

 

「そうだ、ちょうどママさんにも話しておきたかったんだ! これからのこと、ママさんにも力を貸してほしいの!」

「っ!? え、エリー!? それは!?」

『ほう、これからのこと、か。興味深いの、ぜひ聞かせてもらおうか。アキ、お主は少し黙っておれ……よいな?』

 

 

エリーはそれを軽々と飛び越えていく。もはや死体蹴りにも等しい徹底さ。本人には欠片も悪気がないのが逆に恐ろしい。あらゆる意味でマザーと対になる存在と言えるのかもしれない。エンドレスと魔導精霊力(エーテリオン)なだけに。

 

 

「…………はい」

 

 

絶望し、その場に立ち尽くしながらそう口にするだけで精一杯。あとはただエリーが楽しそうにマザーに全てを明かしていくのをどこか他人事のように眺めていることしかできなかった――――

 

 

 

『――――』

 

 

静寂。エリーの話が終わってからただ無音が続いている。聞こえるのは波の音だけ。対して自分は正座でひたすら待機。言われるまでもなく正座になってる辺り自分の末期ぶりが感じられるが今はいい。背中は冷や汗でびちょびちょ、体は知らず震えている。死刑判決を待つ囚人の気分。それがいつまでも続くかに思われたが

 

 

『――――アキ、一体どういうつもりじゃ!? わ、我を裏切っておったのか――――!?』

 

 

それはまるで子供のように泣きじゃくるマザーの叫びによって終わりを告げる。もはやシンクレアの威厳など欠片も残っていない。さっきまでのドS、もとい女王様っぷりはどこにいってしまったのか。もしかしたらずっと叫びたいのを我慢していたかもしれない。

 

 

「な、何言ってやがる……! 裏切るも何も俺は最初から」

『最初から? 最初から我を騙しておったのか!? 我がどれだけお主の為に動いておったと思っておる!? そ、それを利用するだけ利用していらなくなったら捨てるというのか!?』

「ご、誤解を招くような言い方するんじゃねえよ!? それじゃまるで俺が浮気したクズ野郎みてえじゃねえか!? って痛てててて!? ず、頭痛は止めろ!? や、やめ……止めてくださいお願いします!?」

『クズではないか!? 我を弄びおって……お、お主はもはやヘタレですらない、ただのクズじゃ!』

 

 

これまでで間違いなく最大のお仕置きという名の頭痛によって砂浜を転がりまわりながら言い返すも敵わない。今度はマザーからクズ認定。見事ヘタレからクズにジョブチェンジ、ランクアップを果たしてしまう。一応世界の命運を賭けたやりとりのはずなのにどうしてこうなってしまっているのか。これでは恋人同士の修羅場でしかない。さっき五股だのなんだの言っていたエリーの冗談が冗談では済まない大惨事。

 

 

『しかもよりによってリーシャ・バレンタインじゃと? なんの冗談じゃ!? あれであろう、結局あの無駄にデカい胸に誘惑されたのじゃろう!? お主はカトレアといい、昔から巨乳ばかり! 見境がないのか!?』

「カ、カトレア姉さんは関係ねえだろ!? それに別に俺は巨乳好きってわけじゃ」

「大丈夫だよママさん、イーちゃんを使った時のママさんはあたしよりもおっきいから! でもアキって結構えっちだから気を付けてね」

「お、おまっ――――!? エリーお前一体何の話をしてるんだっ!?」

 

 

そんなエリーさんはさらに火に油を注ぐ。エリーなりにフォローをしているつもりらしいが逆効果でしかない。そんなことは露知らずエリーは自分の胸をもんで大きさを確かめている。そういうのが気になるお年頃なのかもしれないが目に毒なので止めていただきたい。そのせいで頭痛は倍増。想像していたのとは違う地獄絵図。しかしそれは唐突に終わりを告げる。マザーからの頭痛が収まったことによって。本当なら喜ぶべきこと。だがこの場に限っては逆の意味を持つこと。

 

 

『もうよい……裏切りの話は後じゃ、今はそれよりも――――』

 

 

瞬間、マザーの声から人間味が消える。同時に背筋が寒くなり、体が震える。そう、自分はこの姿を、切り替わりを知っている。自分と、エリーと出会う前の、エンドレスとしての側面を持った、本来の母なる闇の使者(マザーダークブリング)の姿。

 

 

「っ!? ま、マザー止め」

「え?」

 

 

咄嗟にその手にマザーを掴み、抑えようとするも間に合わない。紫の不吉を孕んだ光が全てを支配する。爆音と衝撃。それが収まった先にはまるで爆弾が爆発したような巨大なクレーターが砂浜にできている。ただの爆弾ではありえないこと。それはクレーターの部分の砂が吹き飛ばされたのではなく、無くなってしまっていたこと。

 

 

空間消滅(ディストーション)

 

 

それがマザーの放った力の正体。作り出した球体内にある全ての物質を、空間を消滅させてしまうというデタラメな力。かつて世界を震撼させたシンクレアの力の一端。あまりの強力さにほとんど使ってこなかった禁忌の力。それが今、目の前の少女、エリーに向かって放たれてしまった。本当なら跡形すら残らないはずの一撃はしかし、紙一重でエリーからは外れていた。

 

 

(あ、危なかった……!! あと少し遅かったら……!?)

 

 

息を呑みながらただ戦慄するしかない。あと一瞬、自分がマザーの力を抑えるのが遅かったら間違いなくエリーは死んでいた。その事実。だがそれ以上に恐ろしいのは

 

 

『ふん、外したか。余計な真似をしおって。だが次はないぞ』

「っ!? マ、マザーてめえ何やってやがる!? いきなりこんなこと……エリーを殺す気か!?」

『当然であろう。あれは我らの、いやお主にとっての敵だ。生かしておく意味はない』

「そ、それは……! でもお前だってあんなに楽しそうにエリーと過ごしてたじゃねえか! なら」

『関係ない。忘れたのか? 我はシンクレア。それ以上でも以下でもない』

 

 

短い間だけとはいえ、一緒に過ごしてきたエリーを殺そうとすることに微塵の躊躇もないということ。長い時間で自分も忘れかけてしまっていた。掌の中にある魔石がこの並行世界を消滅させるために生まれた現行世界の意志、終わりなき者(エンドレス)の一部であるということを。

 

だがこのまま黙っているわけにはいかない。敵わなくとも抵抗し、エリーが逃げる時間ぐらいは稼げるはず。だがそんな甘い考えは

 

 

『これ以上邪魔されても面倒じゃ。お主はそこで寝て見ておれ、魔石使い』

 

 

そんなマザーの宣告によって打ち砕かれてしまう。瞬間、凄まじい頭痛と吐き気が襲い掛かってくる。それだけではない。まるで体がなくなってしまったかのようにそのまま地面に倒れ伏してしまう。できるのは息だけ。指一本動かせない。まるで糸が切れてしまった操り人形のよう。

 

 

「な……な、んだ………お、前……俺に、何を……」

『まだ喋れるとは……腐ってもダークブリングマスターと言ったところかの。予定は狂ったがまあよい、覚えておけ、アキ。ダークブリングマスターとはDBを操る者ではない。DBに操られる者のことじゃ』

 

 

マザーの宣告にもはや返す言葉はない。頭では分かっていたはずだった。しかし甘かった。そう、マスターなど形式的なもの。五十年前、レイヴマスターに後れを取ったシンクレアが自分たちの力を最大限に引き出せる道具を得ようとした。それがダークブリングマスター。そこの主従関係などない。エンドレスからすれば使い手など石ころ同然。それほどの隔絶した差が自分とマザーの間にはある。その結果がこれ。体の自由を奪われ、みっともなく地に伏せることしかできない。

 

 

(くそ……! これじゃ、もう、何も……)

 

 

何もできない。自分の無力さをこんなにも悔しく感じたことはない。だがこれは当然の結果。自分のためだけに動いてきた愚か者の末路。それでも何とかエリーだけは。そんな願いは

 

 

「ダメだよママさん、そんなことしちゃ。アキと喧嘩してるママさんなんて、あたし見たくない」

 

 

エリー本人によって覆される。エリーは全く臆することなくマザーと向かい合う。ついさっき殺されかけたというのに、そこには全く恐れはない。あるのはただ

 

 

『これは我とアキの問題だ。貴様には関係ない。それよりも逃げなくていいのか、リーシャ・バレンタイン。それとももうあきらめたということかの』

「あたしはエリーだよ。それにママさんはママさんだもん。エンドレスから生まれたって、それは変わらないんだから!」

『……知った風な口を。貴様が我の何を知っている』

「知ってるよ。あたし、ちゃんと知ってるから。分かったの、きっとあたしはこの時のためにここで目覚めたんだって」

 

 

目を閉じ、ここにはいない誰かのことを思い出すようにエリーは一歩前に踏み出す。同時に風が、大気が震えだす。エリーの決意と力の呼応するように。マザーもまたそれに対抗するように紫の光を放ち始める。

 

 

今、五十年の時を超え、マザーとエリー、母なる闇の使者(マザーダークブリング)魔導精霊力(エーテリオン)がぶつかり合う時が来た――――

 

 

 


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