未熟なものですが、暇つぶしに成れるように精進いたしますのでどうか、どうか私の餌となる批評をください。
とある星の研究所。
数多ある生物培養カプセルの一つを目を鋭くさせて見上げる男に、計器を見ながら記録を取っていた研究員が顔を上げて話しかけた。
「博士、一番カプセルの生体反応が安定してから六時間が経ちました。次のフェイズに移行します」
「よろしい。これまで通り、出力は少しずつ上げていきなさい」
「博士」と呼ばれた男は振り返る間も惜しむように背中越しに返事をする。培養カプセルの中の緑色の使い捨て戦士にはマスクが取り付けられ、一定の時間にコポコポと水泡を吐き出していた。同じようなカプセルが連なっているこの研究室では、基本的にこの呼吸音と機械の作動音しか聞こえない。博士は一番カプセルを見ながら、研究員が装置のつまみを回して出力を一段階上げた事を、静かな部屋に「チリッ」と音が鳴ったことで確認して頷いた。装置の中のサイバイマンに異常はまだ見られない。このまま安定してくれればいいのだが。
博士はそこでなぜか少し息苦しくなっていることに気がついた。一番カプセルに夢中になりすぎて無意識に息を止めていたのだ。少し笑いながら口をあけ、溜まった空気を体外に放出する。「宇宙空間でも生きていられる」ことが彼らの種族の特徴だが、「生きていられる」が「快適」と同義ではないのだ。「ふっ」と小さな音が博士自身にだけ聞こえた。
「どうやら大丈夫そうですね」
研究員は変化が現れなくて安心しきってしまったようだ。まだ数分しか経っていないというのに。博士は変わらず、カプセルと睨めっこをしながら未熟者に注意をすることにした。
「油断はいけませんよ、初めての試みですからね。研究というものは時間をかけないと―――!! いけません、出力を戻しなさい!」
お灸を本格的に据えようとして研究員に振り返ろうとした瞬間、目の端でサイバイマンの様子が変化したことに気づいて博士は視線を急いで戻す。一番カプセルのサイバイマンが目を血走らせて見開き、喉をかきむしって悶えている。研究員はその自体と、普段は聞かない博士の大声に驚き、反射的に出力装置のつまみに手を伸ばしたが、混乱していたために、「カチチッ」と音がなるまで回してしまった。しかし博士は、その音を聞き逃すことはなかった。
「まずいっ」
苦しんでいる個体に何が起こるか分かったものではない。彼らは自爆することができるのだ。暴走すれば本人の意思とは無関係に爆発することもありえるだろう。しかも、「カチチッ」とつまみが鳴ったという事は先ほどよりも更に一段階出力が下げられたということになる。それまで掛けられていた負担が急に取り払われた環境になったのだ。反動によってますますリスクが高まってしまうだろう。
博士は後ろに跳躍するために足に力を込めたが、ふとカプセルの中のサイバイマンの顔を見た途端、サイバイマンが既に発光を始めていたにも関わらず、まるで動きを忘れたかのように固まってしまった。
「!? 博士!」
研究員の呼びかけも空しく、十分な力を蓄えたサイバイマンはその力を解放する。研究員は反射的に出力制御装置の陰に隠れることができたが、爆発は悲鳴を上げるカプセルを内側から破り、更にその破片を伴いながら見入って動かない博士を包み込んだ。
押し寄せる爆風や欠片に備えて機器の陰で伏せた研究員だったが、いつまで経ってもそれらが訪れることはなかった。辺りに満ちているのは普段通り、培養カプセルの作動音と実験生物の呼吸音だけだ。不思議に思った研究員は恐る恐る陰からはい出てみることにした。
「これは……!」
研究員が辺りを見渡すと、当然のことだが一番カプセルは研究室から消失していた。しかし彼はそのことよりも先に、まるで空中に固定されているかのようにして部屋中に漂っているものに目を奪われてしまった。浮いているものの一つをまじまじと観察すると、それはカプセルを形成していた部品であった。その近くにはガラス片、サイバイマンの体液や肉片などが紫色の縁をもって静止している。
触ってみたい、という衝動に襲われるが、研究員はここで頭を振って我に返った。今やるべきなのは博士の安否を確かめることだ。自分は何をしているのか。研究者としての興味は時として人としての道から外れた行動をさせるとはよく聞くが、これがそうか。研究員が自分の新たな一面を見つけたころ、彼が探すべき人物から声がかけられた。
「おや、ご無事でしたか。それはよかった、周りの破片に気を付けてくださいね」
突然話しかけられて愕然としている研究員を笑いながら、博士が何事もなかったかのように歩み寄ってくる。黒紫色の水晶のような頭と巻き角を生やした博士の指先は周りに浮かんでいるものの縁と同じく、ほのかに紫色の光を放っていた。
研究員の眼が不思議そうに自分の指先を捉えていることに気づいた博士は隠していたものが見つかった子供のように、あるいはそうすることによって相手に危機感を与えないように気をつける大人のように笑いながら、「あなたにはまだ見せていませんでしたね」と説明を始めた。
「これは私の……いえ、私たちの一族が持っている力です。一般的には念力、と呼ばれていますね。誇らしいことに、この能力に関しては、私が歴代の一族の中で最も優れているらしいですよ。ホッホッホ――
まぁ、科学者にふさわしい能力ではないかもしれませんが、これがとても便利でしてね。
例えばこのような風に。」
研究者に見えるように博士が指を振ると、空中に静止していた異物が滑らかに分別されていき、カプセルの破片は「実験器材廃棄物」、培養液や肉片は「生物廃棄物」と書かれたダストボックスに吸い込まれていく。全ての異物が綺麗さっぱり掃除され、研究室がほとんど元通りになる過程に眼を奪われ、最後まで見届けていた研究員が我に返り、輝いた眼で博士を見るころには、当の博士は白衣を脱ぎ、帰る仕度を始めていた。
「やはり一時間や二時間では足りませんね。時間単位ではなく、日単位で慣らしていきましょうか」
興奮している研究者とは対照的にそう言いながら、博士はいそいそと身支度を整えていく。とはいっても、彼の一族はあまり衣服を身に着けない種族なので、白衣を脱いでローブを纏っただけだ。常に身に着けているものは腿までしかないパンツだけである。
「申し訳ありませんが、私はこれから病院に向うので、本日の観察に付き合えるのはここまでです。おと――」
「病院!? どこかお怪我を?」
「話は最後まで聞きなさい」
話の腰を折られた博士は少し不機嫌そうに眉をひそめたが、「その心配は有り難いですがね」と話を続けた。
「弟の第二子が産まれるそうなのです。いや、あくまで昼休憩の頃に聞いた予定なので、実はもう既に産まれているかもしれませんね――」
どこと無く嬉しそうに語る博士の内容に、研究者は「はぁ、それはおめでとうございます」と言いそうになる口を固く結んで、相槌を打って頷くことで押さえた。緑黄色の二本の触覚がぷらぷらとそれに追従する。
「他の星の人たちには……特にあなたたちのような一人でたくさん生めるような人たちには解らないかもしれませんが、私たちの一族は出生数が極めて低いという弱点があります。故に、血縁者の子が生まれれば、盛大に祝いたくなるのですよ。『これで我が一族は更なる繁栄をするだろう』とね。
とは言っても、私は一族の繁栄なんぞにさして興味を持っていません。にもかかわらず、今こうして急いているのは……私の弟が突然変異体だからです」
それまで相槌を適度にとっていた研究員が、博士の言葉への驚きで眼を大きくした。今、自分の師は何に対して興味があると言ったか。
「彼は私の一族の、一段上のステージにいるかもしれない存在です。その期待を裏切らず、彼の第一子、つまり私の一人目の甥も彼と同じく……いや、もしかすると彼以上に化けられるかもしれない変異体として産まれてきました。こうくれば、第二子もそうなる可能性が高い。それが安定して次の世代へと繋がれば、私は進化の瞬間を! 生物の神秘を! この眼で観られるかもしれない! 知れるかもしれない!!」
ダストボックスに吸い込まれる前の浮かんでいたごみを見て興奮していた自分とは比べ物にならない。拳を握ってまで力説をした博士を見て研究者は畏怖の眼を博士に向けていた。一人を生むことの重要さはまだ伝わるとして、博士は自分の肉親と新たな命を観察の対象として見ようとしているのだ。知識欲の牙に掛けようとしているのだ。いくら自分でも――出生数の高い部類のナメック星人でも――自分の血縁者をそのように見ることは出来ないだろう。
非凡な才能を持っているからか。いや、狂っているのではないか。研究者が見つけた博士の一面に、彼は恐怖を抱いた。
「――ということで、すみませんが、戸締りと計器の稼動確認を任せますよ」
「は、はい!」
「? では、よろしく」
自分の頼みに急に背筋を伸ばして答えてくれようとする助手を不思議に思いながら、博士は研究施設の鍵を手渡し、ローブを翻して研究所を後にする。
その日、未来の宇宙の帝王が産まれた。
ここまで読んでくださりありがとうございました。今回は第三者視点でしたが、本編は博士の一人称で進めて生きたいと考えています。
ただ、不思議なことに私の筆はとても、とっても遅いのです。何時続きが出来るかは未定です。きっと重りが入っているせいですね。