ダンジョンで技名を叫んでから殴るのは間違っているだろうか   作:冬威

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ちょっと短めです。







透明と緑

 

 

 

 

ーダンジョン1階層ー

 

腹肉(フランシェ)シュート!」

 

『グギャ⁉︎』

 

腹に打ち込まれた蹴りにより、ゴブリンが壁に叩きつけられ動かなくなった。

 

(…通用はするな。まさか、こんな初陣になるとは思わなかったな)

 

苦笑いを浮かべたフランシスカは、豊穣の女主人での一騒動の後、一直線に都市にそびえ立つバベルへやって来ていた。

 

ダンジョン1階層に足を踏み入れて直ぐに、初級中の初級モンスター。ゴブリンと遭遇し何のためらいもなく、一般人や駆け出しの冒険者ではあり得ない速度と力で蹴り飛ばしたのだ。

 

(さて、ベルはどこだ?あまり、奥まで行っていないといいが…)

 

ふう、と息を吐き獲物が掛かっていないか釣竿を振るように右手を上げ軽く振るう。

 

ベルが豊穣の女主人を飛び出す直前。上着を掴んだ時に微量の血を付着させ、それを起点に血液を細い紐状に伸ばしていた。これを辿ればベルの位置が特定出来る。

 

師との修行で雪山に何度か放置された時に、極めたものが役に立つとは…。まあ、途中で気付かれて切られてしまっていたが、今はそんな事どうでもいい。ベルに集中しなくては…。

 

(…もっと下か)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーダンジョン6階層ー

 

 

 

(畜生!ちくしょう!チクショウ‼︎

僕はバカかよ⁉︎何が英雄だよ‼︎ただ待ってるだけで、あの人へ、あの高みに届くわけないだろう‼︎)

 

深紅(ルベライト)の瞳は潤み、眦から涙を流しながらただ我武者羅に走る。その道に立ち塞がるモンスターに、駆け出し用のナイフを振るう。刃は欠け血で染まっていた。

 

防具も何一つ付けていないその身は、幾つもの痣ができ破けた服の隙間から血が滲む。

 

ビキッ!ビキッ!

 

ダンジョンの壁に亀裂が入り、二体のモンスターが生み落とされた。

 

ウォーシャドー。160セルチ程の全身は影のように黒一色、鋭く尖った指。今までベルが戦ってきたゴブリンやコボルトとは比較にならない速さを持つモンスター。

 

「ぐうっ⁉︎」

 

一気に仕掛けられた攻撃を、ギリギリの所で転身し避けようとするも、避けきれず空中で無防備になった脚に引っかかり、受け身も取れずに地を転がされた。

 

次は逃さないと迫り来るウォーシャドーの爪。

 

(チクショウ!僕は…。僕は!)

 

目を見開き迫りくる瞬間に抗い、起き上がれない体に力を入れもがく。すると…。

 

「エスメラルダ式血凍道…」

 

ここには居ない、居るはずのない人物の声が響く。

 

絶対零度の盾(エスクードデルソルアブソルート)‼︎」

 

突如現れた氷の盾がウォーシャドーの爪からベルを守り、突き刺さった爪を離さない。

 

「やっと追いついたよ。ベル」

 

声の方に目を抜けると、地面に一本の氷の筋が伸び、その先にスーツで糸目の彼女が…。フランシスカが立っていた。ホッとしたような笑みを浮かべているが、よく見ると所々に傷を作り、血を流している。

 

「フランク…。なんで…」

 

危機を助けられたのにも関わらず、喜ぶ事も感謝する事も出来なかった。

 

(助けられた。また、女の子に助けられた。僕が目指す英雄は、女の子のピンチを救うんだ。なのに…)

 

ダンジョンに潜った事もない彼女が、ファーストアタックで6階層まで自分を探しにきた。昨日出会ったばかりの女の子を助けるどころか危険に晒してしまった。

 

「立てるか?」

 

「っ何で⁉︎僕は助けて欲しくなかった!」

 

差し出された手を取ることができない。その資格がない。

 

「ベル…」

 

「また…、女の子に…‼︎」

 

俯き涙を流し自分の情けなさに、悔しさに、何よりも『弱さ』に感情が爆発した。

 

「…馬鹿にするのも大概にしろよ?」

 

「っ⁉︎」

 

フランシスカから発せられた声。昨日今日で聞いた、男性口調ではあるが優しい声色ではなく、酷く冷たかった。

 

顔を上げると、糸目でも薄く開けられてもいない。しっかりと開かれた目。真っ直ぐに見据えてくる緑色(エスメラルダ)の瞳があった。

 

「男も女も関係あるか。…家族(ファミリア)だろう?待っている(ヒト)もいるんだ」

 

「けど、僕は…」

 

フランシスカの言葉に何と答えていいか分からない。そんなベルから視線を逸らし、氷の盾に突き刺さった指を引き抜こうと暴れるウォーシャドーを見やる。

 

「…私はベルの後を辿ってきただけで、まだ3階層までの知識しかない」

 

「……」

 

ガリ、ガリ、ガリ

 

ウォーシャドーから再びベルへと視線をもどし、ふっと柔らかく笑う。

 

「…どうだろう?未来の英雄になる。その手はずめに、私を救ってはくれないか?」

 

「ッ⁉︎」

 

ガリ…、バキン!

 

氷の盾が砕けた。

 

「う、うおおおおおお‼︎‼︎」

 

ベルは立ち上がった。目の前で困っている女の子の…、いや家族(ファミリア)の為に。ボロボロのナイフを振るう。

 

腰肉(ロンジュ)シュート!」

 

フランシスカは駆ける。目の前で困っている家族(ファミリア)の為に。痛みを堪え蹴りを繰り出す。

 

待っている(ヒト)がいるから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ーーーーー

ーー

 

 

 

 

 

 

 

互いに支え合いながら、おぼつかない足取りで帰路に着く。オラリオの空は既に白みがかっていた。

 

「あのっ、フランク?」

 

「ん?」

 

「その、僕が居なくなった後に何か…」

 

ベルは気づいていた。別れた時には無かった酒の強い匂いに、白いシャツに染み込んだエールに。

 

「ああ、コレか…。文字通り浴びるように酒を飲んだだけだが?」

 

それがどうした?と言わんばかりに平然と答えた。絶対ウソだ。ベルはそう思うが、きっと聞いても答えてくれないのだろうとも思う。

 

(カッコ悪いな…。僕が英雄になるなんて無理なのだろうか…)

 

たった数時間で、初めて出来たファミリアの仲間に。家族にどれだけ迷惑をかけた?その罪悪感が胸を締め付けられ、ベルは俯いてしまう。

 

暫くの間、2人は静寂に包まれる。

 

「ベル…」

 

「…なに?」

 

フランシスカの静かな呼び掛けに、顔を伏せたままベルは何とか返事をした。

 

「光に向かって一歩でも進もうとしている限り、人間の魂が真に敗北する事など断じて無い」

 

その言葉にばっと顔を上げ目を見開き、フランシスカの横顔を見る。

 

「先生の受け売りだ」

 

ニッと片目を瞑り笑いかけてきた。

 

「男とか女とかじゃなくてさ、私はベルにとって唯一無二の友になろう」

 

朝日に照らされるフランシスカの緑色(エスメラルダ)の瞳はとても綺麗だった。

 

「僕も背中を預け合える…、困っている時にいつでも助けに行く…、そんな唯一無二のっ、友になるよ」

 

再び涙を流し、嗚咽を上げながらベルは言葉を紡ぐ。そんなベルの頭を細い指がワシワシと撫でる。

 

(…お爺ちゃん、僕は大切な家族…、友と出会うことが出来たよ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眼下に広がる、朝日が照らし始める街を見下ろす一柱の女神。

 

無色透明で穢れのない、何処までも透き通る子を見つめ…

 

「綺麗ね。とても美しいわ…」

 

ほうっと少し惚けたように頬を染め笑みを浮かべ。視線を移したその先。

 

初めて見た時は少し燻みがあり、まるで原石のようだった緑色。その輝きが宝石へと一歩近づいていた。

 

「…そう、貴女はまだ1人で輝けないのね。ふふっ、いいわ、2人で輝きなさい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






主人公は女ですが、ベル君のハーレムから外し親友ポジションにしました。ハーレムにいるイメージが湧かなかったんです…。フランシスカに恋愛をさせるかは未定です。





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