ダンジョンで技名を叫んでから殴るのは間違っているだろうか 作:冬威
ギルドでエイナによる、超スパルタ!地獄の初心者講習の後、ホームに戻って来ていた。今日は外で食べる為、ベルのステイタス更新を教会の外で煙草を吸いながら待っていると…。
またしても不機嫌なヘスティアが出て来た。
話を聞くとベルのステイタスの上がり方が異常らしい。
「まったくベル君は!」とか、
「僕というものがありながら!」とか、
「…そんなにヴァレン何某がー」とか、よく分からん事を言っていた。そのまま何処かに行ってしまう始末。
少し、時間を置いてベルも教会から出て来た。
「…おまたせ」
「ん、ヘスティア様は何処へ行ったんだ?」
「何かバイトの打ち上げがあるって、だから今日は2人で」
バイトの打ち上げ…。たぶん嘘だろうと思いながら煙草の火を消し、シルの働く店に向かう。
豊穣の女主人。
ヒューマンと亜人のウエイトレスが忙しなく動き回っている。店員は見る限り全員女性で、しかも美女、美少女しかいない。
「…ベル、入らないの?」
「いや、何か気後れしちゃって…」
まだ少年の部類に入るベルには、酒場で美人揃いの店は入りずらいようだ。やれやれ、とフランシスカは店の扉を開け、中に入る。その後にベルも続く。
「あっ!お二人共、来てくれたんですね‼︎」
笑顔のシルにカウンターの奥の席へと案内された。
「あんた達がシルの言ってた冒険者かい!何でも私達が悲鳴を上げるぐらいの大食いなんだってね‼︎」
カウンターの中から、大柄なおばさん。ドワーフだろうか?この店の店長らしき人が豪快に笑いかけて来た。
いや、それよりも聞き捨てならないことが…。
「えっ⁉︎僕達いつから大食いになったんですか⁉︎」
ベルもしっかりとシルに抗議していた。それに対し、シルは…。
「…えへへ。ミア母さんに知り合いが来るって言ったらこんなことに」
可愛く笑って誤魔化した。ベルはシルに抗議するも全ていなされていく。
「諦めなよ、ベル。私の待ち合わせもあるから、今日は勉強代だと思って楽しもう」
「うう…。フランク」
ポンとベルの肩に手を置き、エールの入ったジョッキを突き出す。ベルも諦めたのか、果汁水のグラスをあてた。
それからは頼んだもの、頼んでないものが運ばれてベルは悲鳴を上げ、フランシスカは笑いながら酒を煽る。
「楽しんでますか?」
ひと段落すると、いけしゃあしゃあとシルが給仕の合間をぬって話し掛けてくる。
「…圧倒されてます」
ベルがジト目でパスタを頬張りながら答える。
「ふふ、今夜の私のお給金。期待できそうです」
「なら、シルさん。エールお代わり」
「…フランクはよく飲むね」
シルが厨房に引っ込み、2人で話を続ける。
「そう言えばさ、ベルは何で冒険者に?」
「ぐふっ⁉︎」
突然の質問にパスタを喉に詰まらせる。水を飲み流し込み顔を少し赤くさせる。そんなに変な質問をしたか?
「…その、僕は英雄に、なりたくて」
「へぇ、英雄に?」
「うん!おとぎ話のような英雄になって、ハーレムを作るんだ!」
照れたように、何処か誇らしげに夢を語る。しかし…
「…ベル、ハーレムの意味を分かっているのか?」
「え?うん、勿論だよ。僕のお爺ちゃんがいつも言っていたんだ」
どうやらベルの爺さんはとても愉快な人らしい。「男ならハーレム!」「英雄といえばハーレム!」「ハーレムヒャッホー‼︎」と幼いベルに教え込み、ベルもそれを素直に実行しているようだ。
「アッハッハ!面白い御老体だな。私は人として好きだぞ、ベルの爺さん」
「そう、かな?」
「ああ、ベルの夢を応援するよ?だけど、背中から刺されないようにな」
「なんで⁉︎」
笑うフランシスカに問い詰めるも、その内分かるよと返されるばかり。
「フランクさんお待たせしました!」
シルからエールを受け取り流し込む。すると…。
「ご予約のお客様のご来店ニャ」
「おい、見ろよ」
「えれー上玉だな」
「バカ!ロキ・ファミリアだよ‼︎」
隣を見ると、ベルは顔を真っ赤にして固まっていた。否、1人の人物に固定されていた。
金髪金眼の美少女。Lv.5、アイズ・ヴァレンシュタイン。神々が与えし二つ名は【剣姫】。
ベルの様子に何かを察し、暫く戻ってこないと思い、シルと酒を呑みながら話す。ロキ・ファミリアも主神のエセ関西弁の音頭で宴会を始めた。
「ロキ・ファミリアさんはうちのお得意様なんです。彼等の主神に気に入って頂いているんですよ」
「へぇ、それは凄いな。都市の2大派閥の一つが懇意にしている店か」
その後もベルは惚けたまま、フランシスカは何杯目か分からない酒を飲み干しては追加していた。
「よっしゃー!アイズ、あの話を聞かせてやれよ‼︎」
「…あの話?」
ロキ・ファミリアの幹部陣が座るテーブルから銀髪の
「あれだって、帰る途中で何匹か逃したミノタウルスをお前が5階層で仕留めたろ?その時いたトマト野郎だよ!」
隣に座るベルの体が硬直したのを、フランシスカは見逃さない。ロキ・ファミリアの話に耳を傾ける。
本人曰く、深層まで遠征に出向いたロキ・ファミリアは、帰りにミノタウルスの群れを
上層に登るミノタウルスを追いかけ、最後の1匹を5階層でアイズ・ヴァレンシュタインが始末した。
そして、その場に居合わせたのは…。
「それでよ、いたんだよ。いかにも駆け出しのヒョロくせえガキが!」
ベルだった。
「ぷっ!兎みてぇに追い込まれてよぉ、可哀想なくらい震え上がってやんの‼︎」
「ふむぅ、その冒険者どうしたん?無事やったんか?」
「アイズが間一髪で始末したんだよ!…それでそいつ、くっせー牛の血浴びて、真っ赤なトマトになっちまったんだよ‼︎くくくっ、…ギャハハハハ‼︎」
「うわぁ…」
ベートは腹を抱え笑い、他のメンバーは失笑し、部外者の冒険者達は笑いを堪える。
「それによ、トマト野郎は、叫びながら逃げちまってよぉ!ぶくくっ、うちのお姫様、助けた相手に逃げられてやんの‼︎」
トドメとばかりに言い放たれた言葉に、酒場中が笑いの渦を巻き起こす。
一度切られた火蓋は止まらない。
あのトマト野郎のせいで、胸糞悪くなっただの。
あんな奴がいるから、俺らの品格がどうの。
トマト野郎と俺、どっちを選ぶだの。
お前とだけはゴメンだと【剣姫】に振られ、仲間の制止も聞かず騒ぎ立てる。
そして…
「雑魚じゃぁ、アイズ・ヴァレンシュタインには釣りあわねぇ‼︎」
血が滲むほど拳を握りしめていたベルが、ガタンと立ち上がる。瞬時にフランシスカはベルの上着を掴んだ。
「…ゴメン、フランク、僕はっ!」
はぁ、と溜息をつき何も言わずにベルの背中を押す。そのままベルは店内を全力で駆け抜け夜の街へ消えた。
その後をシルと、恐らく気づいたのであろうアイズも店の外へ。
何だ?食い逃げか?度胸あるなwと、店内は騒つく。そんな中、1人残されたフランシスカは酒に口をつけると、
「追わないのですか?」
背後から凛としたエルフのウエイトレスが声をかけてきた。さっきの事を一通り見ていたのだろう。
「…今は、ね。たった少しの時間でも開けた方がいい時もあります」
「彼の行く宛に心当たりが?」
「まあ、手は打ってます…」
残った料理と酒を片付けると、フランシスカは立ち上がりミアに勘定を渡した。
「…明日、坊主を連れて来な。私が作った飯を放って、何処かへ行くことは許さないよ」
「…分かりました」
おっ!食い逃げの仲間か?何て馬鹿にした笑いが聞こえてくる。正面からちょうどアイズと主神のロキ、そしてシルも店内に入って来た。
「あの…」
アイズが何か言いたげに、フランシスカに話しかけようとした瞬間…。
バシャッ!
バリン‼︎
『『『『…………』』』』
目の前で起きた事に、アイズやロキも固まる。フランシスカに向けて酒の入ったグラスが投げ付けられたのだ。
酒場が静まり返る中1人だけ騒ぐものがいた。
「ハッ!スーツなんて立派な格好した雑魚が‼︎ここは冒険者の酒場だ、場違いにも程があるぜ。お前トマト野郎の仲間だろ?」
ベートは口角を釣り上げ嘲笑う。どうやらベルが飛び出した時に本人がいた事に気付いたのだろう。
「………」
(ああ、本当にムカつくな。落ち着け。…スターフェイズ家の家訓『一つ、キレるときは時と場所を弁えろ※酔っ払いは無視するべし』)
頭から被った酒がポタポタと滴り落ちる。
「ああ、床がビショビショだ」
取り敢えずベートを無視し、床に散らばったグラスの破片を集める。
「ハッ!雑魚らしくお掃除かよ?「ベート!いい加減にしろ」んだよババア、邪魔すんな‼︎」
騒ぎまくるロキ・ファミリアをよそに、エルフのウエイトレスが持ってきたタオルを受け取り、シルと3人で床を片付ける。
「すまんな〜、ウチのもんが迷惑かけて…」
朱色の髪をポニーテールにし、露出が激しい服だけど一部が足りてない、糸目の女神が声をかけて来た。
「気にしないで下さい、神ロキ」
「せやけど…」
「なら、今の事はなかった事にして頂けませんか?先日ファミリアに入団したばかりで、揉め事を持ち込みたく無いんです」
「…そうか?コッチはかまへんで」
ロキと約束を交わし、店を後にしようとするも…
「待ちやがれ!言い返す事も出来ない雑魚が‼︎」
「やめいや、ベート」
仲間達に取り押さえられ、縄でグルグル巻きにされているにも関わらず絡んでくるベート。
相当酔っているようだ。…どんな酔い方だ。
「ああ?んだよロキ。そのスカした糸目スーツ女は俺達と同じ冒険者なんだぜ?ゆるされるかっての‼︎」
冒険者らしくない格好をしている事は間違いないが、指定の制服がある訳ではない。自由なのが当たり前だ。
そんなベートをみて、ロキは大げさに溜息を吐きフランシスカに向き直る。
「すまんけど、ベートのヤツをギッタンギッタンに罵ってくれへん?」
「ギッタンギッタンって…。貴方、彼の主神なんですよね?いいんですか?」
「かまへん!ウチが許す‼︎」
「オラァどうした⁉︎何も出来ねぇのか‼︎」
何だコレと思いながら、はあー、と溜息をつき体をベートへと向ける。
「私は何もしませんよ」
「ああ⁉︎」
「…私はわざわざ道端に落ちている、犬のクソを踏みに行くような事はしないと言ったのです。靴が汚れる」
酒場が静まり返り、フランシスカの言葉を咀嚼する。つまり、何だ?ベートの事を犬のクソに例えたのか?
ぷっ!と誰かが吹き出し、周りに伝染していき笑いが起きる。
「ッ⁉︎テメェ!ぶっ殺す、糸目女‼︎」
「あ?何やベート、ウチに喧嘩売るとはいい度胸やんけ?」
「オメェじゃねーよ⁉︎」
悲しいかな、彼の主神も糸目である。ファインディングポーズを取りながら∞に揺れるロキ。
そんな様子を意に介さないように扉に手を掛け、顔だけ振を向け、薄っすらと目を開けた。
「ああ、他ファミリアとは言え、冒険者の先輩に恐縮ではありますが、一つだけ…。たいして飲めない酒をカッコつけて飲まない方が良い。悪酔いは周りを巻き込んで心身ともに傷つける」
皆の視線がフランシスカに集まる。
「それでは。現実では玉砕でしたが、夢の中だけは意中の彼女に振り向いてもらえる事を願いますよ。良い夢をSS先輩」
それだけ言うと店の外へ出た。しかし、これからベルを追おうとするも、背後から待ったが掛けられた。
「…何か?SSならsilver shitの略ですよ?」
「いや、あの、その…」
アイズは何か言いたそうで、でも自分の中で纏まっていないように口ごもる。
「すいません。急いでいるもので…」
フランシスカの言葉にしゅんと俯き、悲しそうな表情をする。実際あまり表情の変化はないが、フランシスカには捨てられるのを察した子犬のように見え、心臓が潰れそうになる。
「ぐふっ…。次に会う時に聞かせて下さい」
そう言い残すと全力でフランシスカは豊穣の女主人を後にした。
猿ぐつわ嵌められ、ボコボコのベートは縄で縛られ天井から吊るされていた。
それを酒瓶で突きながら、アマゾネスの少女。Lv.5、ティオナ・ヒリュテ。二つ名は【
「そう言えば、さっきのSS先輩って何だったんだろう?」
「さあ?知らないわよそんな事」
気怠げに答えたのはティオナの双子の姉。ティオネ・ヒリュテ。レベルは妹と同じ、一部は妹と比較にならないデカさ、二つ名は【
「シルバーシット」
「アイズ⁉︎」
店内に戻ってきた彼女から、普段は絶対に聞かない言葉が飛び出し一同騒然とする。
「んと、さっきの子が言ってた…」
「
しどろもどろに答えるアイズに対して、アマゾネス姉妹は爆笑し始めた。
余談だが、しばらくの間アマゾネス姉妹から「あら?SS先輩」「SS先輩!チースッ!」と呼ばれるベートの姿があったそうな。
ソード・オラトリア8巻で人気が上がるベートですが、今回は悪役にしました。
何故かと言うと、アレは同じファミリアだから許される事であり、他のファミリアからしたら関係がないのでは?と思い、さらにアニメや漫画でもベートの座る位置は、走り去るベルが見える場所。
酔っているとは言え、高レベルのベートが気づかないのか?と思ったからです。そして、気づいたベートは後には引かない。なのでフランシスカに絡ませました。
…なんて、色々並べたけどSS先輩ってフレーズが好きなんです!仕方ないじゃない、銀髪でクズいこと言うのベートしかいなかったんだから‼︎人間だもの‼︎