ダンジョンで技名を叫んでから殴るのは間違っているだろうか 作:冬威
白髪赤目の兎を彷彿させる少年。黒の上下に革のブーツ、インナーの上から茶色のコートを羽織り、チェストプートを付け防具はそれだけ。
武器の類も剣や槍、弓といった目に付くものを付けていない。恐らくナイフなどの、小回りの効く近距離の物だろう。
総合的にみて、如何にも駆け出しの冒険者と言った出で立ちだ。
「やあやあお帰り、ベル君!今日はどうだった?」
ソファーから立ち上がり、その少年にヘスティアは近づいていった。
「ちょっとダンジョンで死にかけちゃって…」
「本当かい⁉︎君に死なれたら僕はショックだよ〜」
パタパタと少年の体に手を当て、怪我をしていないか確認する姿は何とも微笑ましい。とても大切に思っているのだろう。
ふとフランシスカの存在に気づいた少年は、驚いた表情をする。
「か、神様!この人はひょっとして…」
「おっほん!僕達の新しい家族になったフラン君だ‼︎」
少年の問いかけに、これ見よがしに大きな胸を張り、ドヤ顔を決めた主神。
「ほっ本当ですか〜⁉︎僕達のファミリアにも、ついに人が‼︎」
器用に驚きながら嬉しそうな笑顔を浮かべる。
「初めまして。フランシスカ・A・スターフェイズです」
「僕はベル・クラネルです!よろしくお願いしますね、フランシスカさん」
フランシスカが差し出した手を、両手で握り締めしっかりと握手を交わした。
「フランシスカは長いから、フランクで良いよ。あと、敬語もいらないよ、ベル君。」
「それじゃあ、フランク。あっ僕もベルでいいよ。…でも、フランクって男の人の名前じゃ?」
「私の師匠と先生はそう呼んでたんだよ。呼ばれ慣れてるのが楽なんだ」
へぇー、とヘスティアと2人して同じ表情をするのが、何だか可笑しくなってしまった。
その後は3人でお喋りをしながら夕食を済ませ、ベルのステイタス更新でヘスティアが不機嫌になり、宥めるのに時間が掛かりようやく就寝した。
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翌朝まだまだ人の少ない大通りを歩く、ベルとフランシスカの姿があった。
ベルは昨日と同じ格好で、隣を歩くフランシスカをチラチラ見ていた。
「…何?」
「いや、そのカッコイイなぁ〜って」
今のフランシスカの格好は昨日の旅装束と違い、黒のスーツを着ていた。シャツは白、ネクタイは紺色。靴もしっかりとした黒の革靴で、内羽根式のストレートチップ。
「ああ、これは家の戦闘服さ。一般のものより頑丈に出来た特注品なんだ」
薄っすらと片目だけ開け
「…カッコイイ」
「あははは、ありがとう。それより、ギルドに着いたら登録だけすればいいの?」
「えっと、ギルドで初心者講習をやってくれるんだ。受けない人も多いみたいだけど…」
冒険者ギルド。
オラリオは統制する王がいない代わりに、都市の運営とダンジョンを管理する冒険者ギルドがある。ダンジョンに潜るには、このギルドに登録しないと入ることは出来ない。
また、冒険者達が足を踏み入れた階層毎のデータを集め、マップを作り情報を提供しているのだ。それは、冒険者の生存率を上げる為でもある。
「ギルドに着いたら、僕の担当アドバイザーのエイナさんを紹介するよ。凄くいい人なんだ」
「あっ、それは嬉しいな。いないとは思うが癖が強い人とかだと、付き合いずらそうだし」
「僕達みたいに冒険者の先輩が居ないと、アドバイザー頼りになるからー、ッ⁉︎」
2人で話をしているとふと強烈な視線を感じる。ベルは辺りを見渡し、視線の犯人を捜す。
(気のせいかな?…フランク?)
ふと隣を見ると、フランシスカは都市にそびえ立つバベルの塔を睨みつけて居た。正確には、雲に覆われているその先を。
「あのー」
「「ッ⁉︎」」
ばっと振り返ると、ウエイトレスの格好をした薄鈍色の髪を結んだ少女がいた。この近くの店の店員なのだろうか。
「これ、落としましたよ」
少女の手には紫紺の石が握られていた。これはモンスターの心臓にあたり、魔石と呼ばれるもの。様々な道具に用いられ、オラリオを潤おす物の一つだ。故に冒険者はダンジョンより持ち帰り、ギルドで換金し主な収入源としている。
「あれ?昨日全部換金したと思うんだけど…」
ベルは首を傾げながら魔石を受け取り、ポーチにしまい込む。するとベルの腹の虫が鳴り、あはは、と照れ笑いを。
「なんだ、お腹減ってるのか?言ってくれれば朝食を用意したのに」
「いや、その〜。フランクは平気なの?」
「私は朝は食欲が無いんだ」
2人のやり取りを聞いていた、ウエイトレスの少女はすぐそこの店に戻り、包みを持ってきた。
「良かったら食べて下さい」
「え?いいんですか」
「はい!その代わり、今夜は是非当店で‼︎」
ニコニコと朝ごはんの包みを渡す彼女は、商売根性がしっかりしている。
「高い朝食になったな、ベル」
ニヤっと笑うフランシスカにベルは苦笑いを浮かべた。
「わ、分かりました。あっ、僕はベル・クラネルです。コッチはフランク」
「フランシスカ・A・スターフェイズです」
「私はシル・フローヴァです」
「ありがとうございます。シルさん!」
「ベルさん、フランクさん。今夜は楽しみにしてますね‼︎」
ウエイトレスの少女シルと別れ、ようやく目的地に着いた。
人の少ないギルドに入るとベルは担当アドバイザーを見つけ、嬉しそうに駆け寄って行った。
「エイナさーん‼︎」
「おはようベル君、朝からどうしたの?いい事でもあった?」
エイナと呼ばれたギルド職員は、茶色の髪を綺麗に切り揃え、眼鏡の奥には美しい
「はい!とうとう僕のファミリアに新しい人が入ったんです‼︎」
「本当⁉︎」
その姿は、新しい出来事を仲の良い姉に報告する弟のようだった。ベルに手招きされ、受付カウンターへ。
「初めまして。昨日、ヘスティア・ファミリアに入団した、フランシスカ・A・スターフェイズです。冒険者登録をお願いします」
「ベル君の担当アドバイザーをしています、エイナ・チュールと申します。これから貴方の担当アドバイザーをさせて頂きますね」
その後はエイナの指示に従い、冒険者登録を済ませた。講習を受ける為にフランシスカとエイナは面談用の個室へ。ベルはダンジョンへと向かっていった。
ー4時間後ー
ベルと別れてから、駆け出しの冒険者が行ける階層。出現するモンスターの種類、攻撃パターン。各階層ごとのルート。etc...
兎に角、スパルタ。
「さて、一旦休憩にしましょう」
「あ、ははは」
もう、乾いた笑いしか出ない。
「ところで…。フランシスカさんは、武器や防具はどうされますか?手持ちが無ければ、ギルドで初心者用をローンで提供できますよ」
「ああ、武器も防具も必要ありません」
「…えっ?すでに持っているんですか?」
「ええ、まあ」
エイナは少し考えてから問いかけた。気の所為か少し温度が下がった気がする。
「失礼ですが、見せて貰っても?」
「すいません、それはちょっと…」
「では、どのような戦闘スタイルですか?」
「…蹴りを主体にした、体術ですね」
「………」
フランシスカの言葉を聞いてエイナは黙り込み、個室は静寂に包まれ居心地が悪い。
「フランシスカさん…。私の講習を真面目に受けて貰っていると思ってたんですが…。もう一度最初から始めましょうか」
凄くいい笑顔を向けられた。だが、目が一切笑っていない笑顔。
「は?えっ?理由は?」
「素手で潜る何て!ランクアップした冒険者なら兎も角、昨日恩恵を授かったばかりの人に許可出来ません‼︎」
「いやいや、格闘スタイルの冒険者だっているでしょう⁉︎そもそも、戦い方までギルドは指定しないのでは⁉︎」
「そうですが…。それでも、冒険者になる前から鍛え抜いている人です!失礼ですが、フランシスカさんの体格はとてもそうは見えません‼︎」
もうエイナの笑顔は怒気が含まれている。フランシスカの体格はスレンダーといえば聞こえはいいが、いって仕舞えばヒョロい。
「…ひょっとして、その格好でダンジョンに潜るつもりでは?」
あまりの剣幕に、ギクッ!と普段なら表に出さない動揺を分かりやすく出してしまった。
それから、更にスパルタでもう一度同じ事を叩き込まれた。
ー4時間後(2回目!)ー
もう、今日受けた分は完璧にマスターした。糸目も更に細くなった。
しかし、結局は体術使える事を分かって貰えず、結局武器を買う事に…。
防具はスーツの上着を渡し、初心者の着る
「それじゃ、武器は何か使える物はある?無ければ、片手剣やナイフが扱いやすいと思うよ」
あれから、エイナの口調は少し砕けたものになっていた。だが、フランシスカは素直に喜べない。仕方がない、恐かったもん。
これ以上怒らせまいと、武器をどうするか考える。
(さてどうするか…。剣、弓、槍は扱えない事もないが、あくまで軽く使える程度)
エスメラルダ式血凍道は蹴り、ブレングリード流血闘術は殴打。それ専用の物がある為、一般的な武器は正直必要ない。
(ヘスティア様との約束があるから、どちらにせよ武器は持った方が良いのだろう…)
「…それでは、短槍でお願いします。短槍は1番扱いに慣れてますし、ベルが超近距離のナイフなら中距離武器の方が良さそうです」
「…そっか。じゃあ武器庫の方に移動しようか、自分に合う奴を選んでね」
エイナに連れられ、疲れた足取りで武器庫へ。そこにはまさしく初心者って感じの武器が分類毎に並べられていた。物によって値段が違うようだ。
いくつもある中から、重すぎず、軽すぎず、しなりやすい物を選び、これをローンで購入。
一括で払うと言ったが、
手続きを済ませると、ちょうどベルがダンジョンから戻って来た。
そもそも、ベルは講習を受けたはず…。何故、スパルタの事を教えてくれなかったのかと、フランシスカに糸目なのに恨みがましく睨まれたベルであった。
思ってたより長くなった。次は豊穣の女主人。