銀時と松陽が案内されたのは、志乃が眠っている部屋。
少し小さなその中心に布団が敷かれてあって、志乃がすやすやと寝息を立てていた。
「志乃っ!」
彼女の姿を見るなり、松陽は布団の傍らへ駆け寄った。
静かに眠る娘の小さな手を握りしめ、額に持っていく。肌に触れる彼女の指先が、温かい。それだけで、泣きそうになる。
「よかった……本当に、よかった……」
両手で志乃の手を包む込み温もりを感じていると、涙が出そうになる。
銀時が「親バカ……」と呟いてるが、この際無視する。娘が無事なら、それでいい。
神楽と新八が、少し気まずそうに俯く。
「ごめんアル松陽、私達が目を離さなければ……」
「いいえ……いいんです。娘が無事なら、それで。この娘が生きてさえくれれば、私はそれでいいんです」
「松陽さん……」
眠る娘の手をきゅっと握る父は、にこりと二人に微笑む。新八と神楽は、この人は本当に娘のことが大切なんだ、と感じた。
土方も畳に座り、松陽を見やる。
「娘に会わせてやったんだ。全部話してもらうぜ」
「……………………」
ふぅ、と小さく息を吐いた松陽は、志乃の手を離し布団の中に戻す。
紫煙を燻らせる土方を一瞥し、娘の柔らかい髪を優しく撫でた。
「……この娘の母親は、"銀狼"です」
「何だと⁉︎」
「おい、松陽!」
「銀狼って……もしかして、あの!?」
ポツリと松陽が呟いた真実に、銀時と土方、新八の表情が崩れる。しかし、天人の神楽だけはわけがわからないという顔だった。
「銀狼?何アルかそれ」
「銀狼は、この国で最も恐ろしいと言われている人殺し一族だよ。戦国時代から脈々と続く彼らは、攘夷戦争でもその強さを発揮し、天人達にも畏れられたっていうよ」
新八が神楽のために説明すると、松陽も黙って頷く。土方は眠っている志乃を一瞥した。
「解せねえな。銀狼は攘夷戦争が起こる前にほぼ全員殺された。生き残りがいたのは聞いていたが……まさか、そいつが?」
「…………ええ。この子の母……つまり私の妻は、歴代"銀狼"史上最強と呼ばれた剣士、霧島天乃。この子も少なからず、彼女の血を受け継いでいるからでしょうか。昔から力がとても強く、怪我の治りも早くてね。元々片田舎に住んでいたのですが、ついに天人に気づかれてしまいました」
松陽の手が優しく、愛娘の髪を撫で続ける。
「彼らは何も知らないこの子を、兵器として利用するつもりでしょう。銀狼は普通の人間とは違う、特殊な一族ですから。本来の力を引き出せば、戦艦の一つや二つ、たった一人で容易に沈められてしまう。…………このままあそこにいれば、この子は本当の自分を知ってしまう。私はこの子を護るために、江戸を訪ねたのです」
「え……でも、江戸には今や天人がたくさんいます。そんな町に住んでたら、志乃ちゃんが危ないんじゃ……」
新八が志乃を一瞥しながら言うが、松陽は首を横に振る。
「天人がたくさんいるからこそ、です。江戸に来ている天人のほとんどは、大使館の職員か観光客。志乃を狙った彼らは、おそらくそういう故郷に居場所を持たない犯罪者ばかりであると私は考えています。それに、」
松陽は今度は、銀時を見やる。
「ここには、頼めば何でもやってくれる万事屋さんがいますしね」
「…………松陽……」
「銀時。……もし、私に何かあったその時は……私の代わりに、この娘を護ってあげてください」
儚げな笑顔に、銀時は口を噤む。
どうしてそんなことを言うのか。志乃に父親が必要だということくらい、自分も充分理解しているだろうに。
「ん…………」
健やかな寝息を立てていた志乃が、ゆっくりと目を開く。松陽がすぐに反応し、彼女の名を呼んだ。
「志乃っ!大丈夫ですか?私のこと、わかりますか?」
「父さん……?」
「どこか痛い所は?怪我はありませんか?」
ぼんやりした視界に映るのは、不安そうな顔で見つめてくる父。上体を起こすと、松陽がすぐに、まだ力の入りきらない体を支えてくれる。
「大丈夫。……心配かけてごめんね、父さん」
「いいえ、いいえ。貴女が無事なら、それだけで私は……」
体を寄せて、ぎゅっと強く抱きしめる。髪を撫で、体温を感じるように、両腕の中に娘を閉じ込めた。
抱擁する親娘を眺めて、銀時は少し妙に感じた。
志乃が幼い頃から、松陽は娘に深い愛情を注いでいた。母似の娘に妻の面影を重ねているだけかとも思ったが、それよりも何かあるような気がするのだ。
もっと何か、深い理由が……?
「……松陽、」
「銀時?」
「……帰ろうぜ」
「…………ええ、そうですね。帰りましょう」
にこ、と笑んだ師の表情の裏に、何か闇を感じざるを得ない銀時であったーー。
怪しいのは実は松陽だったり。なんとなく始めたこのシリーズですが、やはりゴールがないとやってけないので、取り敢えず大まかなゴールを決めることにしました。
どうなるか、はこれからのお楽しみということで。