ここでようやく新八がお茶を二つ持ってくる。
「どうぞ、粗茶ですが」
「いえ、お気遣いありがとうございます」
「あ……ありがとうございます」
父に倣って、志乃も新八に会釈をする。一方神楽は先程からジッと志乃を見つめていた。
「ねぇねぇ銀ちゃん、この娘銀ちゃんの妹アルか?」
「あ、確かに言われてみれば似てるかも」
神楽に続いて、新八も志乃に興味を示す。一気に注目されて、志乃はピンと背筋を伸ばした。隣に座る松陽は、緊張する娘を横目で一瞥し、クスクスと笑う。
「ええ。血は繋がってませんが、志乃にとって銀時は兄のような存在なのです。加えてこの娘はちょっと人見知りな所がありまして……どうか、良くしてあげてくださいね」
「じゃあ、貴方がこの娘の父親……?」
「そうです。おっと、自己紹介がまだでしたね。私は吉田松陽。銀時の師をしていた者です」
「えっ、銀さんの師匠!?」
新八が驚きの声を上げる。それに続いて神楽も言った。
「じゃあお前が銀ちゃんをこんなちゃらんぽらんに育てたアルか⁉︎」
「すみませんね、私の監督不行き届きで……何度も叱ってはいたのですが」
「叱ってたっつーか見つかる度に殴られてたんだけど、俺?」
「今でも殴られるよね」
「それはお前の愚行に巻き込まれてるだけだ」
「てめェしばくぞ」
銀時の言葉に志乃が小言を入れると、銀時に言い返され、結局喧嘩腰になる。お互い腰の木刀に手をかけ、今まさに引き抜かんとしていた。
「志乃、他人の家で暴れてはいけませんよ」
「…………はい」
「よーしいい子いい子。ご褒美にティッシュやるよ」
「ねェお前やっぱ殺していい!?」
あっ、この兄妹仲が悪いのか。そしてこの松陽とかいう人には敵わないのか。新八と神楽は一瞬で三人の関係性を察した。
胸倉を掴み合ってギャーギャー喚きまくる銀時と志乃。
「ちょっと銀さん、喧嘩はやめてくださいよ」
「「うるせー黙ってろダメガネ!」」
「何でそこは揃ってんだァ!!アンタら仲悪いのか良いのかわかんねーよ!!」
「志乃。人様に対してその口のきき方は何ですか?」
「ぎゃああああああ!!ごめんなさい父さんんんん!!」
にこにこ、と優しい笑顔を浮かべたまま、松陽は志乃の頭をその大きな手で掴み、ギリギリと圧迫した。
何この永遠に続く痛み。こめかみを拳でグリグリされるのと同じくらい痛い。これなら一発の拳骨を食らう方がまだマシなんだけど。泣きながら謝ると、松陽は手を離してくれた。
「はぅぅ……痛いよぉ……」
「ったく、松陽が育ててんのに何でそんなに口が悪く育ったんだ?オメー」
「お前のせいだよカタストロフィ!!」
「何だよそれ」
松陽が仲裁したにもかかわらず、この二人の仲の悪さは天下一品らしい。
流れを変えようと、新八がコホンと咳払いをした。
「そういえば松陽さん……あの、志乃ちゃんのお母さんは?」
松陽、銀時、志乃の体がピクリと反応する。
あれっ、別の話に持っていきたかったのに。どうやら自分は地雷を踏んでしまったようだ。新八は少し青ざめた。
しかし、松陽はにこやかな笑顔で答える。
「私の妻は、この娘が産まれたのと同時に亡くなりましてね。志乃は、母の顔を覚えていないんです」
「あっ……す、すみません!そんなつもりじゃなかったんですけど……」
「いいんですよ。もう十年以上も前の話です。ね、志乃?」
「うん。私にとっちゃ、父さんが父でもあり母でもある、ってカンジだからね」
ふふっ、と笑みを浮かべる父と娘。笑顔が似ているあたり、やはり血の繋がった親娘だということを伺わせた。
ずっと黙って話を聞いていた神楽が、思いついたように立ち上がり、志乃の手を引いた。
「そうだ志乃ちゃん!一緒に定春の散歩行こうヨ!」
「散歩?定春って?」
「わんっ!」
「うわあああああああ!!でっかい犬ゥゥゥ!!」
奥の部屋から現れた巨大な白い犬ーー定春に、志乃のテンションは一気に上昇する。
志乃は元々動物が大好きな子供だ。今までにないサイズの犬に、志乃の目はハートになっている。
「ヤダヤダ何これ!可愛い!」
「でしょ!でしょ!定春超可愛いアルヨ!」
「お散歩、この子と一緒に行くんだよね?行きたい!ねぇ父さん、行っていい?」
「ですが……」
志乃の眩しい笑顔に戸惑いながらも、松陽は言い淀む。
江戸に出た理由は、あくまで志乃を護るためだ。今までと同じように片田舎を転々としていては、志乃に頼る宛てが無くなってしまう。松陽としては、なるべく彼女の傍にいてやりたかった。
もし、ここで手を放したらーー志乃が二度と、帰ってこないような気がして。天人と志乃が接触したというあの日から、いつもよりも過保護になった気がする。
「……父さん、ダメ?」
「……………………わかりました。いいですよ」
「ホント!?」
「ええ。神楽さん、どうかうちの娘をよろしくお願いしますね。志乃、神楽さんと離れてはいけませんよ」
「はーい!」
「志乃ちゃんは私が護るアル!任せてヨ志乃ちゃんのパピー!」
「あっ、待って神楽ちゃん!僕も行くよ」
志乃、神楽、定春、新八の順で、ドタドタと慌ただしく部屋を出ていく。最後に新八が戸を閉めたのを見届けてから、銀時は松陽に視線を向けた。
「……で?何でまた急に江戸まで出てきたんだ?詳しく話してもらうぜ、松陽」
危険な連中に目をつけられている娘を護りたい気持ちと、活発な娘に外で自由に遊ばせてやりたい父親の複雑な気持ち。
母親が生きていれば、また何か変わったかもしれませんが……。