数日後、江戸かぶき町。その一角にある万事屋の元に、一通の手紙が届いた。郵便受けを覗いてそれを手にした新八が、宛名を確認する。
「銀さん宛てだ。差出人は……吉田松陽?」
誰だろう、と首を傾げつつ、客間に戻る。銀時は書斎の机に足をかけ、ジャンプを読んでいた。
「銀さん、銀さん宛てに手紙が届いてますよ」
「あー?テキトーなとこに置いとけ」
「それ依頼の手紙アルか?新八、早く開けるネ」
「あっ、ちょっと!」
神楽が新八の手から手紙をふんだくり、それを無造作に破る。中には便箋一枚のみしか入っていなかった。
「えー、『銀時へ。この度江戸に引っ越すことになったので、新居探しをお願いします。吉田松陽、志乃』だって」
「はァァァ!?」
神楽が読み上げた内容を聞いて、銀時はジャンプをビリっと破いてしまった。それくらい衝撃だったのかと新八達は驚いたが、何とか話を戻そうとする。
「なんだ、れっきとした依頼じゃないですか。良かったですね、銀さん」
「いやいやいやいや……ちょっと待て。ねェ神楽ちゃん、最後何てった?もっかい言ってくんない?」
「えーと……だって」
「そこじゃない。もうちょい前」
「それ依頼の手紙アルか?新八、早く開けるネ」
「誰が第一声から言えっつったよ!!手紙の内容に決まってんだろーが!」
このやり取りにうんざりしたのか、銀時は神楽から手紙を奪い取る。ようやく手紙の内容を再確認した銀時は、深い深い溜息を吐いた。
「松陽の奴……たったこんだけの文章で納得しろってか。事情諸々をすっ飛ばしてんだろーがふざけんじゃねェ!」
「まぁまぁ。でもこの依頼人の方、銀さんの知り合いなんでしょう?」
「……まぁそうだけどよ」
「誰アルか?このしょーよーって」
「アレ?話してなかったっけ。松陽は俺の……まぁアレだ、アレ」
「結局何なんですか?」
「新八、野暮なこと言うなヨ。アレって言ったら昔の女に決まってるネ」
「んなワケねーだろ!……ったく。新八ィ、神楽ァ、家探しに行くぞ」
ボリボリと頭を掻いて、銀時は廊下へと歩き出した。
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「わぁっ!すごいよ父さん見て!あのでっかい塔!」
「ターミナルですね。あそこから宇宙に行けるそうですよ」
江戸。今や江戸のどこからでも見える巨大なターミナルに、志乃は興奮したように声を上げた。
田舎から一切出てきたことのない志乃にとって、都会は未知の世界だ。わくわくと同時に、少し不安もある。だが不思議と心配はない。隣の父の手を握ってさえいれば。
はしゃぐ娘の手を引いて、松陽は街を見回す。確かに所々に天人の姿は見受けられるが、他星からの使節か何かであるため、ひとまずは安心できそうだった。
「父さん、銀兄はどこにいるの?」
「えぇ、ここで待ち合わせのはずなんですが……」
「呼んだら出てくる?」
「志乃、ここはヒーローショーではありませんよ」
テンションの上がりまくっている娘も可愛い。親バカの松陽は、クスクスと笑いながらも彼女を窘めた。
しかし、銀時の姿が見当たらない。松陽と手を繋ぎつつ、志乃は辺りを見回す。
その時。
「おっ、いたいた。おーい松陽ー!志乃ー!」
「銀兄ー!!」
銀時が手を振りながら、こちらへやってきた。志乃は松陽から離れて一目散に銀時の元へ駆けて行く。銀時も志乃を迎え入れようと両手を広げたが。
「ぬぁうっ」
「コラコラ。私から離れてはいけないと言ったでしょう」
「何でだァァ!!」
志乃は松陽に引き戻され、抱き上げられる。今まさに妹と熱い抱擁を交そうとしたのに、それを妨害された銀時は松陽に突っかかる。
「今のは完全に兄妹の微笑ましいシーンだろーが!!何邪魔してくれてんだ!つーかどこで親バカ発揮してんだ!!」
「志乃は誰にも渡しませんよ。私の大切な娘ですから」
「父さん……それじゃ私、恋愛も結婚もできないんだけど……」
相変わらずの父に、溜息を吐く。
この親バカは、本当に娘をどこかの男に嫁がせるつもりはあるのだろうか。この父親のせいで一生独り身とか、リアルに想像できそうで笑えない。
とにかくジタバタ暴れて父から離れる。そのことに松陽はかなりショックを受け、二人かかりで慰めることになった。志乃が「父さん大好き愛してる!」と言えば即座に機嫌を直したが。
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「志乃、もう一回言ってください。はいっ」
「はいっ、じゃない!!いつまで引きずってんの!!」
「貴女が可愛いものですから。さ、もう一回」
「いい加減にしろよ!!娘に愛の言葉を要求する父親って何だよ!!」
先程勢いで言ってしまったあの言葉が、かなり松陽の胸に響いたらしい。
聞けば、生前の母はあまりそういう事を言ってくれなかったのだとか。ツンデレな所も可愛らしいのですが、と惚気ていた父なんて知らない。
言わなけりゃ良かった。志乃は銀時と二人で呆れて、無視を決め込むことにした。
しばらく銀時について歩いていると、スナックお登勢という名の看板が見えてきた。
「違う違う、俺ん家は上だ」
「上?」
顔を上げて二階を見ると、「万事屋銀ちゃん」と書かれた看板が目に入った。銀ちゃん、とは銀時のことを指すのだろうか。
「万事屋ってのをやっててな。依頼してくれたら何でもやるぜ」
「へぇー」
「ちなみに江戸での新居も何個か見つけてる」
「おや、意外と仕事が早いですね」
「意外とって何だ意外とって」
他愛ない会話をしながら、二階に上がり、扉を開ける。「はーい、ただいまァ」と間伸びしたような声を出し、ブーツを脱ぐ。
「銀兄、裸足でブーツ履いてたら足臭くなるよ」
「うっせェほっとけ」
銀時に小言を言いつつ、草鞋を脱いで揃える。靴をちゃんと揃えるあたり、松陽の教育が彼女には行き届いているらしい。
廊下を歩いて客間に通されると、そこには眼鏡の少年と少女がソファに座っていた。眼鏡の少年は志乃と松陽の姿を一目見て、ガバッと立ち上がる。
「あっ、お、お客さん!ホラ神楽ちゃん、お客さん来たよ!銀さんもお客さん連れて来るんなら言ってくださいよ!」
文句をぶつくさ言いながら、台所に向かう少年。「まぁ座れや」と銀時に促され、志乃と松陽はソファに座った。
銀時はテーブルの上にいくつか物件の紙を並べて、少女の隣に座る。
少女が、じーっと志乃から視線を外さない。それにもちろん気づいていた志乃は、少し居心地悪そうに座り直した。
「?どうしましたか、志乃」
「えっ⁉︎あっ、いや、別に何でもないよ」
彼女の異変を察知した松陽が、志乃の横顔を覗き込む。
何でもない、は自分の嘘の常套句と同じだ。妙な所で自分と似たものだが、それも彼女との血の繋がりがある証拠だと思うと嬉しくなる。
「嘘を言いなさい。そんな子供騙しでは父は欺けませんよ」
「まぁ確かに嘘だけど、大したことじゃないから」
「素直でよろしい」
なでなでと志乃の頭を撫でる
松陽は娘に自立させるつもりがあるのか。いや多分あるだろうけど、それまではそばに居てあげたいとかそんななのかな。
どうでもいいけどこの小説での松陽のボケ属性が炸裂してます。個人的に松陽は好きなキャラでもあるので書いててとても楽しいです。……あの拳骨、確か第1話で志乃も使ってたよね。何この親娘怖い。