もう一つの【銀狼 銀魂版】   作:支倉貢

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「ただいまー」

 

「おかえりなさい、志乃」

 

娘が帰ってくる気配を察していたのか、松陽が玄関先で待ち構えていた。そして予想通り、キツく抱きしめられる。

 

「……?」

 

しかし、彼女を抱きしめた松陽は、その着流しに妙な匂いがするのに気がついた。あの愛しい匂いに加えて、異質な匂い。

何かあったのか。松陽は志乃の目の前にしゃがんだ。

 

「志乃、何かあったのですか?」

 

「え……」

 

突然問われ、志乃はポカンと父を見つめる。

どうしてわかるのか。父には浮世離れした何かを感じていた志乃だが、驚きのあまり、何も言えなかった。

彼女の様子を見て、松陽は溜息を吐く。

 

「……やはりそうですか。詳しく話しなさい」

 

真っ直ぐ見上げてくる父の目は、今まで見たことのない色をしていた。志乃はただ、頷くことしかできなかった。

 

********

 

「天人が?」

 

「うん。弱かったから、私が全員倒したけど」

 

「……………………そうですか」

 

事情を聞いた松陽は、俯いて黙り込む。どうしたのか、と首を傾げた志乃は父の顔を覗こうとしたが、次にはいつもの笑顔を向けられた。

 

「…………怪我はありませんか?」

 

「平気。大丈夫」

 

「なら、良かった」

 

優しく微笑み、頭を撫でられる。

松陽が口を閉ざした理由。それを知る術を、志乃は持たなかった。

 

********

 

それから数日。特に変わった事もなく、毎日が過ぎていった。

ところがある日突然、松陽が志乃を呼び出し、衝撃の決断を告げた。

 

「松下村塾を閉校する!?本気なの父さん!?」

 

「ええ。江戸へ上京して、そこで暮らそうかと。もう明日には出発する予定です」

 

あまりにも唐突すぎて、志乃は開いた口が塞がらない。

ちょっと待て、いくらなんでも急すぎやしないか。志乃は反論を試みようとしたが、父のことだから、自分の意見を丸め込む正論が返ってくるに違いない。

松陽はにこ、と微笑んで、さらに言う。

 

「荷物も最小限に留めてくださいね。もうここへは当分戻らないと思いますが……」

 

「……どうしたの?父さん」

 

「?」

 

どうも、怪しくてならなかった。最近の父も、今こんなことを言う父も。

もちろん、誰かが吉田松陽に変装しているわけではない。目の前にいるのは正真正銘、吉田松陽本人だ。

だからこそ、不審に思える。何かを隠していると。

その聡明とも言える察知能力は銀狼の血より来るものだと、志乃は知らない。

 

「最近……というか、私が天人を倒したってとこら辺からおかしいよ。私に何か隠してるの?……や、父さんのことだから、大丈夫だとは思うけど……」

 

「……志乃」

 

「でも、やっぱりおかしいよ。ねえ、教えて?」

 

念を押して、松陽を真っ直ぐ見つめ返す。松陽もしばらく黙って娘を見ていたが、嘆息して微笑んだ。

 

「やれやれ。貴女()には敵いませんね」

 

「達?」

 

「貴女と、私の妻のことです」

 

「……私と、母さん?」

 

「ええ」と、松陽は頷く。父から秘密を聞き出そうとしたはずが、話をすり替えられているような気がする。少しムッとして、松陽に詰め寄る。

 

「それが今何の関係が……」

 

「ありますよ。貴女にとって、とても大切な事です。……本当は、こんな日が来てほしくないと願っていたのですが」

 

「……え?」

 

いきなり何を言っているのだ。わけがわからなくて、少し怖くなる。

松陽は動揺する志乃の心中を察しつつ、口を開いた。

 

「……貴女の母、吉田澪は元々、とある戦闘集団の一員でした。彼女は代々、人を殺すことを生業としてきた……銀狼の一族なのです」

 

「……銀狼……?」

 

「ええ。ですから貴女にも、少なからず人斬りの血が流れている。……澪はずっと心配していました。自身の血のせいで、貴女に悲しい生き方をさせることになるのではと……」

 

父から初めて聞いた、母の話。それよりも、自分の母が人殺しだったということに驚いた。

 

「それに加え、私の血も受け継ぐ貴女です。……銀時達にも話していなかったのですが、貴女だけには真実を話しましょう」

 

貴女に残酷な運命を背負わせてしまう無力な父を、どうか許してくださいね。

松陽はポツリと呟いて、いつになく真剣な目で娘を見つめた。

 

「私はかつて、暗殺組織天照院奈落の頭領を務めていました。吉田松陽は仮の名で、私の本当の名は虚というのです」

 

「……………………!?」

 

「……端的に言ってしまえば、貴女は人殺し夫婦の間に生まれた娘なのです」

 

「…………えっ?」

 

衝撃が強過ぎて、言葉が出ない。

私は、人殺しの子供。いつも穏やかで笑顔の優しい父が、娘である自分を溺愛して止まない父が、人殺しだったなんて。

 

「私達は自身の運命に抗おうと、共に自分自身と戦ってきました。そしてこの松下村塾を開いた……奪うことしかしてこなかったこの手で、何かを与えたかったのです。そして生まれてきた貴女に、深い愛を与えたかった……」

 

目を見開いて真っ直ぐ見つめてくる娘に、松陽は悲しげに微笑む。

 

「ですが私は、結局貴女にこんな業を背負わせることしかできませんでした……」

 

「……父、さん……」

 

「私は父親失格ですね……与えるものは幸せでも何でもない。貴女を苦しめる真実しか与えられませんでした……」

 

「………………」

 

黙って俯きがちになる松陽。こんな父を見るのは初めてで、どう声をかけていいのかわからなかった。

でも……それでも……。

 

「……やめてよ」

 

「………………志乃……」

 

「そんな事、言わないでよ……!両親の正体が何だろうがあんたが勝手に責任を感じてようが、そんなのどうだっていい!私の父親は吉田松陽ただ一人だ!!今目の前にいる、アンタしかいないんだよ!!」

 

「!!」

 

松陽は、立ち上がって大声で叫ぶ娘を見上げる。その目には涙が溜まっていて、キッと鋭くさせていた。

しかし次には、目をふにゃっと緩めて松陽の胸に飛び込んだ。

 

「ぅうっ……ぐすっ、う、ぅっ……」

 

「……志乃」

 

「父さんッ……父、さん……!」

 

泣きつく娘の背中を摩り、落ち着かせようと試みる。

娘を悲しませてしまうなど、本当に自分はダメな父親だ。しかしまたそう言えば、きっと彼女は怒るだろう。自分は娘を愛していて、娘もまた自分を愛してくれているのだ。

 

「……志乃……私は、貴女を愛していますよ」

 

「……私、もっ……父さんのこと、大好き……愛してる……!」

 

更けた夜の空の下、親娘の愛しを囁く声が、静かに響いていた。




親バカの娘はファザコン。

自分と妻の業を知っていたからこそ、娘にまでそれを背負わせたくないと考えてしまう。それで阻害されたように感じた娘は、父と母二人の業を一緒くたに背負おうとする。

親の心子知らず、逆もまた然り。ということですね。

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