最近課題に追われて忙しいの。ゆっくり考える時間があまりないの。どうしてこうなったんだンゴ三兄弟。私のせいですねすみません。
松下村塾一の実力者・吉田志乃には、ある習慣がある。
それは、散歩だ。元々活発な性格の彼女は、昼下がりに毎日散歩に出かける。護身用の木刀を腰に挿し、愛用の草鞋を履いて、外へ飛び出す。
「いってきまーす!」
「暗くならない内に帰ってくるんですよ」
「はーい!」
その背中を父・吉田松陽は、微笑ましい気持ちで見守っていた。
志乃は母に似て、元々体が弱い娘だった。幼い頃はよく熱を出し、その度にヒヤヒヤしたものだ。
その娘が元気に外を駆け回っている。丈夫に育ってくれて本当に良かった、と安堵した。
しかし、出かける度に、護身用として木刀を持たせるのは、いささか気分が良くなかった。
天人襲来当初、治安はまあ悪くなった。そもそも地球を蹂躙する目的でやってきた連中だ。反りが合うわけがなく、かつてはぶつかり合い、首都の江戸には未だ攘夷浪士達が蔓延っているという。
そんな時代だからこそ、自分の身は自分で護れるくらい、できなくてはならない。それがすごく、苦々しくて。
そして、今日も願う。どうか、あの娘の剣が抜かれませんように、と。
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村を一回りした志乃は、西日に照らされた土手を步いていた。そこには小さな広場があって、子供達が遊んでいるのが見える。それを横目に、空を仰いだ。
赤と紫の境目がぼんやりする夕焼け空。暗くなる前に帰ってこいという、父の言葉を思い出す。
「……そろそろ帰ろっかな」
父が娘である自分を溺愛してくれているのは、もちろん彼女自身も知っていた。 娘のことになると自身を顧みず、いつも心配してくれる。それがかなり大袈裟で困ることもあるが、私のことを想ってくれているのだと思うと、とても嬉しかった。
そんな父に、心配をかけたくない。小走りで自宅へ向かおうとしたその時。
「きゃああああああああああ!!」
「わああああああああん!!お母さーん!!」
「!?」
空気を切り裂くような、悲痛な叫び。志乃は思わず足を止め、振り返った。
声は、あの土手から聞こえてくる。一度だけかと思えば、子供の泣き声は何度も聞こえてきて、ただ事じゃないことを匂わせた。
土手の広場に向かうと。
「……なっ」
志乃は目を疑った。
泣き叫ぶ子供達を連れていこうとしている、異形の生物達。地球では決して見ることのない、そいつらはーー天人だった。
何で。どうしてこんな片田舎に、天人が襲ってくるんだ。
初めて見る天人の姿に、志乃は一歩退がる。とにかく、誰か助けを呼ばなければ。天人に打ち勝てるほど強い人は、この村ではーー。
グイッ!
「頭ァ、もう一人ガキを見つけましたぜ!」
「っ!?」
首根っこを掴まれ、足が宙に浮く。天人に見つかり、捕まったとわかるのは早かった。脳が恐怖にジャックされ、ジタバタと暴れ出す。
「や、放してっ!!」
「けけっ、イキのいい娘だ」
「それに見ろよ、この顔」
天人に顎を乱暴に掴まれ、持ち上げられる。
「これくらいの上玉なら、相当高く売れるぜ」
「オイ、無闇に傷つけるなよ。せっかく捕まえた商品の価値が下がるだろ」
天人達の会話を聞いて、志乃は青ざめた。
売られる。このままじゃ遠い宇宙のどこかに売り飛ばされて、二度と父さんの元へ帰れないかもしれない。それどころか、その先でもっと酷い目に遭うかもしれないーー。
嫌だ。怖い。怖い!
「ッ!!このガキ、暴れるな‼︎」
逃げようと必死に抵抗しても、数人に押さえつけられて、自由になれない。周りの子供達の泣き声が耳に入り、さらに恐怖は募っていく。
助けて。誰か、助けて。父さんッ……!!
心の中で、叫んだその時。
カツン
ジタバタさせていた足が、ふと腰に挿した木刀に当たる。志乃はその感覚に、ハッと我に返った。
そうだ……何のために、
恐怖に囚われていた頭が、急に冷静になっていく。
暴れなくなった志乃を押さえていた天人が、彼女の腕を掴む手を緩めた。
その瞬間。
ドォウッ!!
志乃は一瞬で木刀を抜き、押さえていた天人達を一掃した。
そのコンマ単位の出来事に、他の天人達も子供達も驚愕を隠せない。その中で、志乃だけが悠々と木刀を肩に置いた。
「なっ……何しやがる、クソガキィィィ!!」
武器を持って襲いかかってきた天人。動きを見た志乃は、驚いていた。
ーー何こいつ?こんなに鈍くて、勝てると思ってんの?
世界がスローモーションみたいに、ゆっくり動いて見える。いや、天人が遅いだけかと判断し、攻撃される前に強烈な一撃を叩き込む。
他の天人達も、同じくゆっくり動いて見えた。
躱し、殴り、時に蹴る。正直に言って相手にならないほど、敵は弱かった。
志乃は確信する。自分は、強いと。
「ひ……ひィっ!!」
「な、何なんだこの娘は!?」
「オイてめーら」
怯えて後退りする天人に、志乃はビッと木刀を差し出す。
「今すぐその子達全員解放しろ。そしたら命だけは助けてやらァ」
「なにっ……!?」
「このまま戦っても、てめーら総潰しになるだけだっつってんだよ。それともアレか?ここで全員殺されたいのか?選択肢は二つに一つだろ。ホラ早く選べ。3秒待ってやる。ハイいーち……」
「わ、わかった!!ガキ共は全員置いて帰る!!それでいいだろ!!」
「よろしい」
天人達は、志乃の強さとただならぬオーラに、引き退る他なかった。子供達を全員解放し、倒された仲間を引きずって帰る情けない姿を見送った志乃は、彼らに嘲笑を送った。
そして、助けた子供達を振り返る。
「みんな、大丈夫?怪我はない?」
「「「うわあああああああああん!!」」」
子供達が一斉に泣き、志乃に集まってくる。べたべたと抱きつかれて、動けなくなった。
志乃はその子供達の頭を、一人一人優しく撫でる。誰も怪我をしていないみたいだ。
よかった。私も、何かを護れたんだ。そう思うと、嬉しかった。
怖かった。怖かったよ。ありがとう、お姉ちゃん。
涙でぐちゃぐちゃになった顔を押し付けて、彼女にお礼を言う子供達。
「もう、大丈夫だよ」
志乃が優しく声をかけると、子供達の涙の大合唱は、さらに大きくなったーー。
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「ーー何?それは本当か?」
地球に停泊している、とある船。そこでは天人達が忙しなく行き交い、何かを運んでいる。
ダンボールに詰められたそれの中身は、全て白い粉ーー転生郷だ。そして、それを売り捌く彼らは、宇宙海賊「春雨」の末端。
そこの事実上のリーダーは、片田舎から子供を誘拐しようとしていた部下が戻った報告を受け、彼らの元へ足を運んだ。
しかし、目的の子供は一人もいない。なんでも、攫おうとした子供の中に桁外れな強さを誇る娘がいて、それに邪魔されたという。しかもその娘ーー。
「まさか。しかし"奴ら"は、先の戦争で絶滅したのではなかったか」
「はい、確かに戦争で"奴ら"の血筋は途絶えたはずでした。ですが、容姿の特徴とバカげた強さ……我々もまさかとは思いましたが……」
「ーー間違いありません。あの娘、"銀狼"の生き残りです!!」
松陽は娘に銀狼の血が流れていることを隠していました。おかげで志乃は今まで平和に暮らすことができたわけですが……。
アレですね、やっぱ松陽が育てても銀時が育てても、結果は同じでしたね。志乃は自分の正体を知らずに育つっていう。