前置きが長いですが、一応ここまで知ってから読むとわかりやすいかと思われます。
①
志乃という名の少女を知らぬ者は、春雨の中にいない。
齢五つにも関わらず、春雨第二師団に属する天才剣士。
二歳の時に師団団長・馬董と出会い、彼を師事して春雨にやってきた。
その実力は馬董に勝るとも劣らないほどで、一振りの刀だけを武器に、大軍をたった一人で殲滅できる力を持つのだ。たった5歳の少女とは思えない、桁違いの実力。
志乃という名の少女を知らぬ者は、春雨の中にいない。
「シノ?誰それ?」
はずだった。
********
「誰それ?」
春雨に入団して間もない神威は、シノという聞きなれぬ名に、目の前に座る阿伏兎に尋ねた。
「なんだ、知らねーのか?……今日の昼、団長の所にその志乃がやってくるから、まァ見とけや。お前さんよりもずっとガキだからよ」
「ふーん」
自分から尋ねておいて、興味無さそうにぶらぶらと足を動かす。
そのシノという女は強いのか。強いのならば、即行殴りかかってやろう。
神威はニヤリとほくそ笑む。それを見ていた阿伏兎は、厄介な事になりそうだ、と溜息を吐いた。
********
第七師団団長・鳳仙。夜兎の王と呼ばれた男の目の前に、幼い少女が立っていた。
「初めまして、鳳仙様。第二師団馬董団長の弟子、霧島志乃です」
名乗りながら敬礼する少女を、鳳仙は値踏みするように見つめていた。
見ただけでもわかる、綺麗な長い銀髪。眩しい色の髪とは正反対に、赤い目は燻みを帯び、血の色を写していた。
まさに、人形のような顔立ち。触れれば壊れてしまいそうな、繊細な肌。目鼻口どれも均衡が取れていて、しかしその表情は柔らかく、あどけなさを感じさせた。
「挨拶が遅くなってしまい、申し訳ありません」
「構わぬ」
あの夜王と謳われた鳳仙を前に、堂々と挨拶をする少女。その小さな姿に、第七師団の面々は感嘆の声を上げる者もいた。
「ちょうど第七師団にもお前と年の近い者が入ってな。お前よりは年上だが」
「そうですか。是非お会いした……」
ドカァッ!!
大きな音と共に、鈍い打撃が神威の足に伝わる。確かに、目の前の幼い少女を蹴った。その感覚を感じた。
しかし。
ギギッ……
「……もしかして、貴方が鳳仙様の仰っていた方ですか?」
「な……っ!?」
神威の足は、志乃の刀の柄によって止められていた。潰そうと襲いかかる蹴りに負けないくらいの力で、神威は押し返された。
神威が体勢を立て直そうとした瞬間、志乃は抜刀する。神威が両足を地面に着けたその時には、彼の目前にキラリと光る銀色の刃が。
「いきなり危ないじゃないですか」
「くっ……」
「これが私じゃなかったら、貴方の勝ちだったかもしれないですけど」
刀を下ろした志乃は、チン、と小さな音と共に鞘にそれを納める。
あの神威の一撃を止めるとは。鳳仙の目が、強者を見る色に変わった。
ニコリと微笑む志乃と、悔しげに顔を歪める神威。この二人が春雨の戦力トップの座を争うのは、まだ先の話。
********
二人が出会って、7年後。志乃は12歳、神威は18歳になっていた。
志乃は春雨第二師団副団長として、その地位を確かなものにしていく。神威も鳳仙の隠居後、第七師団団長を引き継ぎ、それぞれ仕事という名の悪行を重ねていった。
この二人の出会いのエピソードは、春雨内で最早伝説のように語られていた。
神威の蹴りを受け止めた志乃の刀の柄が実は壊れていたとか、全力の殴り合いになって鳳仙も止めるのに一苦労だったとか、他にもたくさんある。
そんな噂を囁かれるくらい、二人の不仲は有名だった。
「よぉ神威。相変わらず腹立つ顔してんな死ね」
「やぁ志乃。相変わらずチビだねバカ」
「あんだとゴラァ!!お前もチビだろーが!!」
「お前よりかはデカいよ」
「上等だコラ!!表出ろ、今日こそ決着をつけてやる!!」
廊下でバッタリ会っただけでこれなのだ。有名になるのもわかる。副団長の阿伏兎は呆れて、もう口出しもしない。
これが、第七師団団長神威と、第二師団副団長志乃の日常。出会ってすぐに喧嘩を吹っかけ、船が大破するのではと思われるほど暴れまくる。
そしてその喧嘩を邪魔する者は、誰であろうと二人がかりで潰しにくる。
そう。志乃と神威は、仲が悪そうに見えて、案外仲良しなのだ。
そして今日も二人は、仲良く喧嘩する。