もう一つの【銀狼 銀魂版】   作:支倉貢

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志乃にとって、一番幸せな記憶。




「朧兄ちゃん!」

 

結論から言うと、志乃は朧に懐いた。

元々人懐っこい彼女が、外の世界の人間に心を許すのも早く、志乃はいつもこの小屋で朧が訪ねてくるのを待っていた。まるで、かの有名な忠犬のように。

その姿が実に哀らしく感じた朧は、定期的に彼女に会いに行った。もちろん毎日ではなく、二、三日に一度。

それでも会いに行く度に、志乃は幸せそうな笑顔を、朧に見せてくれるのだ。

元気に駆け寄ってくる彼女を抱き上げ、髪を撫ぜてやる。

すると志乃はぎゅーっ!と朧に抱きついて、胸に顔を埋めた。

 

「……相変わらず元気だな」

 

「うん!」

 

彼女の眩しい笑顔に触れる時だけ、朧は穏やかな気持ちになれた。

仮にも自分は、暗殺組織に身を置いているというのに。

さらに言えば、朧は彼女から父・吉田松陽を奪ったのだ。

それを知らないとはいえ、兄である銀時達が何故戦っているか、それくらいは理解できる歳のはず。

しかしそれを伝えていないから、当然だが志乃が朧を敵として見ることはなかった。

 

「朧兄ちゃん!今日は何して遊ぶ?」

 

「……そうだな、」

 

そう答えて、チラリと周囲を見渡す。

塀に囲まれたそこは小さな庭がある。そこには、春の訪れを告げる花々が咲き誇っていた。

彼の脳裏に、ある記憶が蘇る。

子供の頃、「ガキらしくない」と揶揄ってきたあの(ひと)が教えてくれたあれを。

 

「……少し待っていろ」

 

「?」

 

朧は志乃を下ろすと、庭に座り込み花を手折る。

それは確か、白詰草とかいう名前だったか。なんてことを思い出しながら、花を摘んでいく。

それらを纏めて括りつけ、輪っかの形にした。

 

「なぁに?それ」

 

興味を持った志乃が、朧のすぐ隣に腰を下ろし、草花を編んでいく朧の手を見つめる。

完成したそれを、朧は彼女の小さな頭に乗せた。

 

「…………わぁぁ……!かわいいっ!」

 

「……昔、ある人に教わった。花冠、というらしい」

 

「すごいすごいっ!ねぇねぇ、どうやったの?教えて!」

 

彼女のキラキラと輝く瞳。

それに見つめられたら、頷く他ない。

彼女の母に教わったことを、娘である志乃に教える。何の因果か、と朧は思った。

ふと隣を見ると、白詰草を手折って準備を進める志乃の背中。

中にはクローバーも混ざっていたが、彼女は気に留めない。

 

「これくらいでいいかな?ねえお兄ちゃん、教えて!」

 

ニコッと笑う志乃が、とても輝いて、美しく見えた。

 

********

 

「……できたーっ!!」

 

花冠作りに没頭すること約三十分。

きゃっきゃっと楽しそうにはしゃぐ志乃の隣で、朧は深い溜息を吐く。

女だから手先が器用、という自分の見解がそもそも間違っていた。

失敗と失敗と成功に見せかけた失敗とを繰り返し、あちこちにぐちゃぐちゃになった哀れな花々が散乱している。

それを横目で見つつ、幸せそうに笑う志乃を見やった。

 

「……!お兄ちゃん、抱っこしてー」

 

言われるがまま、彼女の小さな体を抱き上げる。

志乃は朧の頭に、自作の花冠を乗せた。

 

「コレ、お兄ちゃんにあげる!」

 

「……………………俺に、か?」

 

「うん!」

 

にっこり、と笑顔を浮かべる志乃。その顔が、本当に彼女(・・)に似ている。

彼女はおそらく母似なのだろう。

風に靡く美しい銀髪も、温かな光を宿す瞳も。あの頃確かに自分が憧れ、恋心を抱いていたあの(ひと)と同じものだ。

それを思い出しながら、ぎゅっと抱きしめる。

鼻腔をくすぐる甘く優しい匂いが、彼の心を安らがせた。

 

「ふふ。お兄ちゃん、気に入ってくれた?」

 

「……………………ああ。ありがとう」

 

「えへへ……」

 

風が吹いて、花びらを空中に持ち上げる。

ふわり、ふわりと舞う花弁が二人の周囲を包んでいく。

この時間がどうか永遠に続きますように、と二人は密かに願った。




永遠に続くはずがない幸せ。でも、そう願いたい。志乃にはまだわからなくても、朧はそれをよくわかっていた。
この二人だけの時間が崩れるのも、早い話。

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