血塗られた戦車道   作:多治見国繁

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みほ陣営のお話です。


第85話 もう、誰にも止められない

戦争で荒廃し、強風が吹き荒ぶ大洗女子学園の学園艦において今次、反乱軍の滑走路として使用されている1号幹線道路に轟音を立てて知波単の輸送機が着陸した。この飛行機には4人の男性たちが乗っていた。ここまでは今まで輸送機で運ばれた捕虜や闇市場の人間たちとなんら変わりはない。しかし、今回搭乗した4人の男性たちと今まで搭乗した人物とでは明らかに対応が違った。今回は最前線に派遣された兵士や戦略上重要な地の守備隊とみほを除くほとんど全ての兵士たちが1号幹線道路沿いに並び、降りてきた4人の男性たちを熱烈に歓迎したのである。なぜ彼らはここまでの大歓迎を受けたのか。それは彼らの社会的地位に秘密がある。実は彼らはただの4人組の男性ではない。少なくとも3人は誰もが知っているビックネームである。飛行機が着陸した時から巻き起こっていた拍手と歓声はドアが開くとひときわ大きな歓声に変わる。飛行機の中からは中年から高年の男性たちが出てきた。彼らは作り笑顔で手を振りながら飛行機から降りてくる。彼らは現職の閣僚と官僚であった。福安佳三総理大臣を先頭に森田朋雄防衛大臣、菅原治官房長官そして最後に渡木良明防衛装備庁長官という順に次々と降りてくる。梓は深呼吸をしてゴクリと唾を飲み込むと前に進み出て緊張しつつも手を差し出した。

 

「本日はご多忙の中お越しいただきありがとうございます。今回、接待を担当する澤梓です。よろしくお願いします。」

 

「こちらこそよろしくお願いします。福安です。彼が、森田防衛大臣。彼が、菅原官房長官。そして彼は防衛装備庁っていうところで長官をやっている渡木長官です。私と森田君と菅原先生はテレビとかで見たことあるかな?ところで、早速ですが西住さんにお会いしたいのですが…」

 

「はい。いつもご活躍ぶりを拝見しております。隊長は間も無く参りますのでどうぞこちらにお越しください。」

 

梓は首相たちと握手を交わすと応接間に案内する。首相をはじめとする国務大臣が学園艦を非公式で訪問するなどということは前代未聞である。もちろん、首相たちは望んで戦争真っ只中の大洗女子学園学園艦を訪れたわけではない。やはりみほの仕業なのだ。彼らはみほにほとんど強制させられるような形で訪問した。いや、訪問させられたと言った方が正確かもしれない。梓はカチカチになりながら一生懸命たどたどしい敬語を使い、愛想笑いを作って首相たちをもてなす。首相たちも作り笑いをしていたが、応接間に近づくにつれて首相たちの表情は硬くなり青ざめていった。みほは確実に首相たちより優位な立場にある。それは今回のみほの行動からもみて取れるだろう。客人を待たせるということは自分が優位な立場にあり主導権は常に自分にあるという紛れもないアピールだ。みほは一体彼らの何を握っているというのだろうか。梓は首相たちを応接間に連れて行きながら頭の中では、数日前みほが言い放ったある言葉が反芻していた。

 

*****

 

話は、梓がみほから防衛装備品を譲ってもらおうというおそるべき計画を明かされた日にさかのぼる。あの時、梓はすべてを見透かすようなみほの眼にオオカミの群れに囲まれて今にも狩られそうな子ヤギのようにおびえていた。口をパクパクと動かして何かを言おうとしても言葉が出てこない。梓は、自らの首が冷たい手にじわじわ絞めつけられていくような感覚に陥っていた。

 

「ふふふ…梓ちゃん。私が怖いの…?仕方ないか…得体の知れない存在は誰でも怖いもんね?当たり前だよね。うふふふ。怖がってる梓ちゃん可愛い。」

 

みほは意地悪そうに笑うと梓の首に手を当てる。梓はビクリと身体を震わせた。

 

「隊長…」

 

梓は声を震わせながら呻くことしかできない。みほは梓の身体を後ろから包み込むと耳元で囁く。

 

「ねえ…梓ちゃん…頼みがあるの…」

 

梓はブルブル震えながらゴクリと苦くてまずい唾を飲み込む。

 

「な…なんですか…?」

 

「ふふふ…梓ちゃん震えてるね…可愛いなあ…実は梓ちゃんにね…これから呼び出す首相たちのお世話をしてもらいたいんだ…」

 

「え…?」

 

梓は一瞬みほが何を言っているかわからなかった。梓は恐る恐る尋ねる。

 

「あの…聞き間違いでしょうか…今首相って聞こえた気が…」

 

「うん!言ったよ!」

 

「そんなことができるんですか…?一国の首相ですよ…?女子高生がそんなこと…」

 

梓が下を向きながら後ろ向きなことをうじうじと言っているとその声をかき消すようにみほが高笑いする声が聞こえてきた。

 

「あっはははは!梓ちゃん大丈夫だよ!見ててごらん!」

 

みほはそう言うと携帯電話を取り出してどこかに電話をかける。

 

『もしもし、内閣官房ですか?私、西住みほと申します。福安首相につないでいただけますか?』

 

『に…西住様…!わ…わかりました少々お待ちください!』

 

電話の向こう側の相手は明らかに動揺している。みほはニッコリと微笑むと、わかりましたと答えた。しばらく保留音が鳴り続けると男性の声が聞こえてきた。男性の声は緊張からか声が上ずっていた。

 

『福安です…西住さんどうされましたか…?』

 

『福安総理、お久しぶりです。私のこと、覚えていますか?』

 

『もちろんです…忘れたことなど一度もありません。』

 

みほは満足そうに笑う。福安総理もそれに合わせるように声を震わせながら笑った。

 

『ふふふ…さて、それでは本題に入りましょうか。福安総理、5日後大洗女子の学園館に官房長官と防衛大臣、それに防衛装備庁長官を連れて来ていただけませんか?少し貴女とお話ししたい。』

 

『ま、また突然ですね…でもその日は公務が…』

 

福安総理は渋ったが、みほは福安総理の言い訳を最後まで言わせなかった。ニッコリと満面の笑みを浮かべるとみほは機械のような冷たい声で話を被せる。

 

『なら、公務が終わったらすぐ来てください。』

 

『し…しかし、その日は…』

 

福安総理はなんとかしてみほに会わない方法を模索していると言った様子だ。しかし、みほはそれを許さない。みほはくすくすと冷笑する。

 

『ふふふ…貴女の代わりはいくらでもいるんですよ。福安佳三さん。誰のおかげで今、貴女はその総理の椅子に座っていると思っているんですか?私が前政権の献金リストを検察にリークしてあげたからですよね?私は、貴女たちが知られたくない秘密も全て知っている。例えば、そうですね。貴女が防衛大臣とカンボジアで何をしたか…ふふふ…私に逆らったらどうなるか頭のいい貴女ならわかるはずですよね?私は頭のいい人は大好きなんです。でも、逆に頭の悪い無能は大嫌いです。さあ、貴女はどちらですか?ふふふ…』

 

福安総理は観念した。最初からわかっていた。みほにターゲットにされたら逃げられるはずがない。福安総理は躊躇いながら呻く。

 

『ど…どうしてそれを…貴女は一体…わ…わかりました…わかりましたから…行きます…行きますから…どうかあのことは誰にも…』

 

『あっはははは!素直なのはいいことです。それでは、5日後に羽田空港でお待ちしております…総理。うふふ。あっはははは!』

 

みほは高笑いすると電話を切る。梓は身体を硬直させてその一部始終を見つめていた。

 

「隊長…今の電話って…」

 

「うん。大体、梓ちゃんの想像通りだよ。福安総理大臣だよ。まあ、言わなくてもわかってるよね?さっきからずっとそうだって言ってるもんね。ほら?簡単でしょ?総理大臣だって私の言いなり。本当だったでしょ?梓ちゃんは今私の力を目の当たりにした。これなら信じられるでしょ?」

 

「は…はい。」

 

梓は戸惑いながら頷く。みほは相変わらず楽しそうにニコニコと笑う。

 

「ふふふ…良い子だね…本当に純粋で良い子だ。私と出会わなければもっと真っ当な人生を歩めていただろうにね。」

 

みほは少し寂しそうな表情になった。梓は何も答えることなく下を向いていた。そしてみほの顔色を伺いながら恐る恐るみほに尋ねる。

 

「あの…先ほど電話で防衛大臣の話ししてましたけど、どんな話なんですか?」

 

「聞きたい?」

 

梓は息を飲む。なんだか聞いてはならない話のような気がしたが、気になって仕方ない。梓は静かに頷いた。みほはわかったとでも言うかのように頷くと楽しそうに話し始めた。

 

「うふふふ。それじゃあ教えてあげる。森田朋雄防衛大臣はカンボジアで6歳の女の子をやっちゃったの。やっちゃったって意味わかるよね?エッチなことしちゃったの。酷い人だよね。しかも、そこに首相がいたからさあ大変。彼らはペドフィリア、小児性愛者の変態さんなんだよ。証拠の写真も手に入れてる。こんな写真が世間に出回ったらどうなるかな…?一国の総理大臣と防衛大臣が揃って小児性愛者だなんて日本は国際的信用も失って大変なことになるよね?だから、彼らは決して私に逆らうことはできないんだよ。」

 

みほは懐から写真を取り出した。梓がその写真を見ると隠し撮りされたのだろうか。裸の男性が同じく裸の小さな女の子の上にのしかかっている写真だった。女の子は苦痛そうに顔を歪めている。女の子の上の男性の顔は確かに森田防衛大臣の顔だった。部屋のソファにはいやらしい笑顔を浮かべながら座る首相もいた。梓は嫌悪感に顔を歪ませる。

 

「隊長…この写真はどこで…?」

 

みほは人差し指を立てて唇に持っていくといたずらっ子のように笑った。

 

「それは秘密かな。でも、正規のルートではないよ。それだけは言える。ふふふ…」

 

「隊長…!隊長は平気なんですか?私は許せません!この国の総理大臣がこんな変態で恥さらしなことを…!隊長!隊長も女の子ですよね!?隊長が6歳のとき、もしこんな目にあったら!隊長は心が痛まないんですか!?貴女はこの写真を持って警察に行くべきです!ついでに貴女が犯した罪も告白したらどうなんですか!?この悪魔!鬼畜生にも劣らない殺人鬼!」

 

闇の中で埋もれていた梓の正義が一筋の光となって闇を引き裂き心に正義の火を灯した。我慢ができなかった。梓は唇を震わせて半狂乱のような状態で叫ぶ。梓は我を忘れて決してみほの前で言ってはならないことを叫んでしまった。梓はハッと我に帰る。真っ青になり泣きそうな顔をしてみほの顔を見るとみほは大きなため息を一つつき、満面の笑みを浮かべる。

 

「梓ちゃん…それはできないよ。せっかく手に入れた操り人形をみすみす失うわけにはいかないよ。残念だけど、私はこの写真を見ても何も思わない。ただ、小さな女の子が男に蹂躙されている。それだけだよ。それに私はまだ捕まるわけにはいかないよ。いや、私は誰にも捕まらない。捕まえられないよ。私が出頭しない限り何があってもね。うふふふ。でも、今梓ちゃんが言ったことは問題だなあ。どうしてあげようか。」

 

みほはそう言うと梓の首に両手を当てる。梓は恐怖で身体を震わせる。

 

「た、隊長…先ほどのことは謝ります…お願い…助けて…」

 

「ふふふ…あまり変なことを口走らない方が賢明だと思うな。もともと貴女は反逆者なんだから。あまり私を怒らせて貴女自身の評価を下げると真っ先に処刑されることになるかもしれないよ。気をつけて。」

 

みほはそう言うと白くて細い指で梓の首を絞めつけ始めた。

 

「た…隊長…何を…う…うああ…苦しい…」

 

みほは梓の苦しそうな声を聞くと狂ったように笑いながらますます強く首を絞めつける。

 

「あっはははは!苦しい?梓ちゃん。苦しいよね?あっはははは!あははは!人の首をじわじわ絞めていくのも楽しいね…こんなにゾクゾクするものなんだあ。えへへへ。ほらほら、梓ちゃんもっと私を楽しませてよ。もっと苦しんで。」

 

「う…うぁ…苦…しい…隊…長…や…め…て…」

 

みほはますます手に力を入れた。ああ。これでおしまいだと梓は思った。目の前が少しずつ霞んでくる。私はここで死ぬのか。そう思って瞼を閉じた。その時、梓は解放された。みほはだらりと手足を脱力させた梓を放り投げて冷たい目で蔑む。

 

「今日はこの辺で許しておいてあげる。次はないよ。どうしたの?梓ちゃん。さあ、立ち上がって。いつまで陸に上がった瀕死の魚みたいにピクピク痙攣してるの?」

 

「う…隊…長…」

 

梓は激しく咳き込みながら苦しそうに呻く。みほは興味を失ったような目で梓を見つめると静かに微笑む。

 

「それで、梓ちゃんどうするの?首相たちの接待引き受けてくれるかな?あの話聞いちゃった後だと気がひけるかもしれないけどね。もちろん。断るならそれなりの覚悟はしてもらうことになるけどね。うふふふ。さあどうする?」

 

そんなこと、答えは最初から一つしか用意されていないじゃないか。梓はそう心の中で呟いた。

 

「うぅ…やります…やりますよ…やりますからどうか…命だけは…命だけは…命…だけは…取らない…で…」

 

梓は泣きじゃくりながらみほに懇願した。みほは梓の涙を満足そうに微笑みながら眺める。そして、みほは梓に最後のトドメと言わんばかりの言葉を言い放つ。

 

「ふふふ…そっか。ありがとう。梓ちゃんは本当に良い子だね。あ、そうそう言い忘れてた。梓ちゃん。もしかして、梓ちゃんには身体を差し出してもらうことになるかもしれない。それだけは先に伝えておくね。ふふふ。あっはははは!」

 

梓は絶望した。みほに心を好き勝手に弄ばれてプライドも捨てて何もかも差し出した来たのにみほはさらに身体までも奪おうとした。身体だけは自分の好きな人に捧げようと思っていた。そのささやかな夢さえもみほに奪われようとしている。この現実はどうしても受け入れ難い。梓は地面を這いながら必死にみほの脚にすがりつく。

 

「隊長!お願いです…それだけは…それだけはやめてください…身体だけは私の好きな人に捧げたいんです…」

 

するとみほは鬱陶しそうに梓を脚から振りほどきながらため息をついた。

 

「梓ちゃん。根本から勘違いしていないかな?梓ちゃんはまだ自分のことを人間だと思っているの?梓ちゃんはもう人間じゃないんだよ?」

 

「え…?」

 

梓はみほが言い放ったことに理解が追いつかなかった。ぽかんとしている梓を見てみほは再び大きなため息をつく。

 

「仕方ないなあ。それじゃあもう一度だけ説明してあげる。梓ちゃんはね、私の可愛い操り人形でもあり道具でもあり、おもちゃでもある。決して人間ではないの。えへへへ梓ちゃんは名前がついた生きた道具にすぎない存在なの。だから梓ちゃんをどこでどう使うかは私次第。梓ちゃんの心も肉体も命も全てが私の所有物。そういうことだよ。ふふふ…」

 

みほは艶かしく自分の指を舐めるとその手で梓の頰に触れた。梓はすぐにでもみほの手を振り切って逃げ出したかった。しかし、それ無理だった。みほは躊躇なく人を殺せる。今までだって逃げ出そうとした人は大勢いた。しかし、その度にみほは笑顔で虐殺していった。まるで子どもが小さな命を粗末にするようにいとも簡単に命の火を消していったのだ。命を奪われかねない行動を起こすよりはみほに永遠に屈服し、みほのおもちゃに甘んじて生きていく方が楽だろう。梓は全てを諦めた。いや、最初から諦めさせられていたのだ。梓はみほの掌の上で踊らされていただけだったのである。自分の意思で忠誠を誓ったと思っていたが本当はみほにそうするように誘導されたのだ。梓は悔しそうに拳を握りしめる。みほはやっと気が付いたのかと嘲笑うかのような顔をしている。梓は絞り出すような声で呻いた。

 

「それじゃあ…あの戦車隊も…聖グロの子たちも…知波単の子たちも…みんな…」

 

「うん。そうだよ。みんな私の道具。」

 

「それじゃあ、もしかして…紗希も…」

 

「うふふふ。あの子は最後の最後まで最高にいい道具だった!だってあの子はウサギさんチームのみんなを悪魔に変えてくれたんだもの!恨みと憎しみで突き動かされて躊躇なく敵を殺してくれて敵を人間とは思わない殺人悪魔に!あっはははは!梓ちゃん。私を恨んでる?憎んでる?私のこと殺したい?ふふふ…でも、梓ちゃんは私に何もできない。梓ちゃんは私を恐れているからね。それじゃあいつまでたっても私には勝てないよ。梓ちゃんは永遠に私のもの。だってあの時梓ちゃんは私の操り人形になることを自ら誓ったんだから。あっはははは!」

 

梓は心の中で初めてみほを憎んでいた。自らの親友をここまで汚し、侮辱するみほのことを到底許せるものではなかった。利用されて死んでいき、死んでもなお利用され続ける紗希の仇をいつかとってやると思っていた。でもそれは決して叶わない。梓はうなだれながらみほに問う。

 

「隊長…そこまでして貴女は一体何を手に入れたいんですか…?何が目的ですか…?復讐のためならここまでしなくてもいいはずなのに…どうして…」

 

「そっか。まだ誰にもいってなかったんだね。私の最終目標を。ふふふ…わかった。教えてあげる。」

 

そういうとみほは引き出しの中から分厚い書類を取り出すと梓に投げ渡した。それは計画書だった。梓はその題名を見て目を剥いた。

 

「帝国樹立と日本国からの独立に係るプロセスについての計画って…これはなんですか…?一体何を企んでいるんですか…?」

 

「私はね、私だけの帝国を作り上げてこの日本から独立することを最終目標にしているんだよ。そのために今回は首相たちを呼び出した。圧力をかけるためにね。もちろん、本格的な国際関係上の独立を目指すのは難しい。でも、学生自治を前提とした独立なら可能なはず。私はこれを目指している。学園艦の設立理念を拡大解釈をすれば学生自治の自治政府を日本の施政下から切り離すのは十分可能なはず。実際、今の現状ではやはり文科省が廃校を目論んで介入してきて十分に自治が行われていないよね?今回はここを追及して首相たちに圧力をかけていくつもり。首相たちから圧力をかけられたらさすがの役人どもも言うことを聞くしかないはずだよね?ふふふ…」

 

楽しげに語るみほに梓は背中が寒くなった。みほの企みを実現したらますます恐ろしい世界になる。一体どんな世界になるのかわかったものではない。梓の全身から嫌な汗がダラダラと流して息を荒げる。梓は焦っていた。何かを言おうとしても何も言えない。言葉が見つからないのだ。梓はとっさに頭に浮かんだ言葉を紡いだ。

 

「そんなこと…どうやって…とても現実的ではないと思います…」

 

みほは梓の言葉を物ともせずに自信満々に目的を達成するためのプロセスを語った。

 

「もちろん、自信はあるよ。まず第一段階はこの大洗を占領しないと始まらないからこのまま一気に占領して、会長たち生徒会の連中を捕らえて新しい政権を樹立する。そして占領したら第二段階、プラウダ、知波単、聖グロリアーナの軍事力を背景として他のサンダースを始めとする大きな学園艦を牽制しつつ小さな学園艦を屈服させる。その時に一番大切なのは恐怖を植え付けること。だから、一番最初に攻める学園艦は徹底的に皆殺しにする。そうすればきっと恐怖で他の学園艦では戦わずして屈服するはず。そして第三段階、学園艦自治法を政府に提出してもらってそれを根拠に自治権を拡充、そして自治のチェック機関を名目に学園艦自治協議委員会を設立して私が委員長に就任。そして、私の息がかかった委員を就任させて今回の戦争で私の敵になった学園艦を自治不可能学園として認定して私の息のかかった顧問を送り込んで内側から学園を蝕む。そして、崩壊しかけたところを一気に占領して、最後はプラウダ、知波単、聖グロも攻め取り、学園艦統治委任法を国会で承認してもらっておしまい。このプロセスで行けば確実に悲願の私の帝国を樹立できるはず。」

 

「で…でも、黒森峰はそんなに一筋縄では…あそこはだって…」

 

「私の敵って言いたいのかな?確かに黒森峰は最大にして最強の脅威。でも、私が何も対策せずに黒森峰を去ると思う?実はね、小梅さんには内緒だけどエリカさんをお姉ちゃんに取り入るように説得したのは私なんだ。お姉ちゃんを油断させて内側から黒森峰を崩壊させるためにね。エリカさんは私と通じている。お姉ちゃんはそんなこと知る由もなく常に爆弾をそばに置き続けている。えへへへ。本当に愚かでおバカさんだよね。お姉ちゃんを油断させるためにあえて小梅さんたちを虐待させた。敵を欺くにはまず味方からってことだよ。うふふふ。どう?これでわかった?もう誰も私に勝てない。さあ、梓ちゃん。一緒においで。一緒に理想郷を創ろう!理想の帝国(ライヒ)を!」

 

「隊長は一体どれだけの恨みと憎しみを生み出し続けるおつもりですか!?これじゃあ誰も幸せになれないじゃないですか!?私はだんだん隊長が何を考えているかわからなくなってきましたよ…隊長の計画ではその学園艦で生活する人のことなど何一つ考えられていないじゃないですか!」

 

「そりゃあそうだよ。だって私にとっては現地の人たちは関係ない。異議を唱えれば容赦無く皆殺しにするだけだよ。人々の恨みや憎しみは恐怖で押さえ込める。恐怖さえあればそんなに支障はないはずだよ。ふふふふ…」

 

*****

 

思い出しただけでも悪寒がしてくる。梓は恐怖でカチカチと歯を鳴らしながら首相たちを案内した。首相たちも青い顔をして後に続く。いよいよ前代未聞の歴史的な会見が始まると思うと緊張してくる。一体みほは今回の会見で何を首相たちに要求する気なのか。そう考えていた。しばらく歩くと応接間が見えてきた。梓はぎこちなく笑いながら後ろに翻る。

 

「こちらが応接間です。どうぞ。」

 

梓が扉を開けると誰もが困惑した。そこにあるはずのものがそこにはなかった。昨日までその部屋には応接セットがあったはずだ。なのにそれが今はない。梓は目を白黒させる。すると突然後ろから声がかかる。

 

「一体どうしたんですか?どうぞお座りください。えへへへ。」

 

梓が驚いて振り向くとそこにはドイツ第三帝国の高級将校のいでたちのみほがいた。梓が驚いて尋ねる。

 

「た…隊長!応接セットが…応接セットが…消えてしまいました…」

 

するとみほは気にする必要はないというような口調で静かに笑った。

 

「大丈夫です。ここであってるよ。さあ、首相たちを座らせてあげて。」

 

梓は戸惑いながら首相たちをとりあえず床に直接座らせた。するとみほは満足そうに微笑むと一段高くなっている台の上に置かれた椅子に深く腰掛けて困惑顔の一同を眺めまわすと少し顔をしかめてとんでもないことを言い出した。

 

「皆さん。ご苦労様です。わざわざきていただいてありがとうございます。しかし、皆さん。ここの支配者を前にして随分態度が大きいことで…私にそんな態度とっていいと思っているんですか?まず座り方がおかしいですよ。行儀よく正座してください。政権を失いたいですか?いいえ、それどころか社会的に死にたいですか?この写真、週刊誌にでも送っちゃおうかな。ふふふふ…」

 

みほは首相たちを蔑みながら写真をピラピラとさせる。

 

「そ…それだけは…ご勘弁を…」

 

「あっはははは!あははは!それなら、しっかり態度で示してください!私に忠誠を誓ってください。ほら、頭が高い!」

 

みほの狙いは身分の違いを明らかにすることだった。ここでの最高権力者は自分であることを暗に伝えているのだ。梓はあからさまなみほの態度に戦々恐々としながらみほを諌める。

 

「た、隊長…やりすぎ…やりすぎですよ。」

 

しかし、みほは聞く耳を持たない。それどころかさらに挑発を繰り返す。

 

「あっはははは!いい格好ですね!こんな屈辱味わったことはないでしょう。さあ、私に続いて宣誓の言葉を復唱し、誓詞をしたためてください。私、福安佳三内閣総理大臣以下全閣僚は西住みほに忠誠を誓います。はい繰り返してください。」

 

「そ…それは…私はこれでも一国の首相ですよ…無理です。一個人に国家が忠誠など誓えるはずがない…!日本を、この国を舐めないでください!」

 

するとみほは一つため息をつく。そして跪く首相をゴミを見るような目で見つめると殴る蹴るの暴行をした。そして、懐から拳銃を取り出すと空に向かって一発撃つと首相のこめかみに突きつける。

 

「誰にそんな口を聞いているんですか?貴女のような無能な変態さんを首相にさせてあげたのはどこの誰でしたっけ?貴女の代わりはいくらでもいるんですよ。待機組もあんなにいますからね。もっとも懲らしめに野党を次の選挙で勝たせることだってできます。私のいうことさえ聞いていればこのまま首相の座に居座ることができるのに本当におバカさんなんですね。あの写真、国連に持ち込んで日本の首相はトップがこんなに変態なんだって世界に知ってもらうってのもいいですよね。きっと貴女のせいで日本は見捨てられますよね。それとも、ここで殺してあげましょうか?海の上ですから事故死に装うこともできますし、あっそうだ!そうしましょう!上が頭悪いとこちらも交渉するときに困りますからね!貴女を殺して新しい首相に変えてしまいましょう!もっと異議を唱えることもない忠誠心の塊のような人にしましょう!ふふふふ。」

 

「わかりました…サインします!復唱しますから!」

 

「ふふ…そうですか。素直なのはいいことですね。それでは復唱してください。私、福安佳三内閣総理大臣以下全閣僚は西住みほに忠誠を誓います。はいどうぞ。」

 

「私、福安佳三内閣総理大臣以下全閣僚は西住みほ様に忠誠を違います…」

 

首相は抵抗したもののみほにはかなわなかった。躊躇いながらみほの言葉を復唱し誓詞を書かされた。首相でさえこの有様だ。もう誰も逆らうことも抵抗することもできない。みほはその様子をただ面白そうに眺めていた。みほは大人が自分のせいで右往左往している姿が面白くてたまらないと言った様子である。みほは日本政府という大きな権力を支配する快感を味わっていた。みほは笑いが止まらないらしい。みほは支配欲が満たされていくこの快感に高笑いをしていた。

 

「あっはははは!あははは!これで完全に日本政府に私は干渉できる!日本政府さえも私の支配下!全ては計画通り!」

 

「隊長…なんてことを…本当に言葉通り日本政府さえもいとも簡単に自分の支配下においてしてしまうなんて…」

 

梓は誰にも聞こえない小さな声でそう呟いた。梓がみほをちらりと見るとみほは嬉しそうに無邪気に手を叩いている。その姿はまるで子どものようだった。こんなにえげつないことを平気でやり遂げるような人には見えない。普通の無邪気な可愛い女の子に見えた。しかし、やはりみほは悪魔だった。みほは、顔を上げると悪い笑みを浮かべながら言った。

 

 

「さあて。それでは本題に入りましょう。今日は貴女方に要求があって呼び出しました。首相、わかっていますよね?断ったらどうなるか。ふふふふ…ああそうだ。断ったらどうなるか事前に見せておいてあげましょう。小梅さん!」

 

みほが扉に向かって声をかける。目隠しされた裸の少女が磔台にくくりつけられて入ってきた。みほは悪い笑顔を浮かべるとそばにあった銃を手に取る。

 

「隊長!まさか!」

 

梓がとっさに声を上げるがもう間に合わない。言葉を紡いだ頃には既に引き金は引かれていた。発射された鉛の弾は少女の心臓と頭を貫き、赤黒い血が滴り落ちる。磔台の少女は首をがくりと垂れて絶命した。誰もが言葉を失っていた。みほは要求を断ったらどうなるかその説明のためだけに収容所に収容されていた無実の少女を銃殺したのだ。みほはライフルを担ぎながら高笑いする。

 

「あっはははは!あははは!ああ!楽しい!」

 

「隊長!彼女に何の罪があったと言うのですか?あまりに酷い!こんなことって…」

 

するとみほは心を痛めるそぶりをすることもなく平気な顔をして梓の質問に高笑いしながら答える。

 

「えへへへ。何の罪もないよ。適当にでっち上げただけ。でも、首相たちにどうなるか説明しなきゃわからないでしょ?だから犠牲になってもらった。仕方ないよね。梓ちゃん?言ったよね?私の支配下にある人は人間ではなく道具に過ぎないって。だから、今回は処刑に使ったそれだけだよ。あっはははは!それじゃあ、話を始めていきましょうか。福安総理。」

 

つづく


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