翌朝起きると優花里は裸で相変わらず、両手両足縛られている。
「に、西住殿いい加減、解放していただけませんか。」
「ダメ。ギリギリまでその格好でいて。」
「はい…」
抵抗したら命はないことはもはや昨日の出来事でわかっている。
みほにその気がない限り解放されることはないと、諦めた。
そして、優花里は縛られたまま、みほに食べさせてもらいながら朝ごはんを食べた。あまりの恐怖で味がしなかった。
「に、西住殿そろそろ学校に行きませんか?」
「そうだね。じゃ、学校終わったらまた一緒にここに来よう。諜報員になるための訓練や講義やるから。」
「わ、わかりました…」
優花里は8時間ぶりに服を着た。そして、学校へ向かおうと外へ出る。
すると、優花里が監禁されていたのは学園館の端の端にある寂れたビルの一室であったことがわかった。
「じゃあ、行こうか。」
みほは、いつもの友達に見せる笑顔に戻っていた。悪魔の顔は完全に陰を潜めていた。
優花里にとって今日は、待ちに待った戦車に乗る日になるはずだった。そう、昨日までは。しかし、みほの本性を知ってしまったのである。こんなにも恐ろしい西住みほと一緒にあの狭い空間にいなければならない。そのことを考えるだけで嫌な汗をかき、動悸が止まらなくなっていた。
(なぜ、なぜこんなことに…憧れていた西住殿が、こんなに恐ろしい人だったなんて…)
苦悩の表情が顔に出ていたのか、みほは耳元で囁く
「秋山さんのご先祖様って、秋山虎繁公なんでしょ?秋山虎繁公の正室、おつやの方は織田信長の叔母だったのに信長を裏切ったんだよね。その結果、おつやの方は長良川で処刑された。秋山さん、何が言いたいか秋山さんならわかるよね?もし、秋山さんが裏切ったら、おつやの方以上の罰を受けてもらうからね。」
優花里は驚いた。秋山家が秋山虎繁の子孫であることは、当然、秋山家の人間以外知る者はいないはずである。みほは他人の家の歴史までよく知っているのだ。優花里は、もはや逃げることはできないと悟った。完全に優花里がみほの手に落ちた瞬間だった。昨日までなら、まだ事情を話して転校するなりなんとか逃げるチャンスはあったかもしれない。しかし、家のことまで詳しく情報を握られている以上もはやこれまでだ。
みほは、クスクス楽しそうに笑う。そして続けた。
「逃げられると思わないことだよ。」
「…」
言葉が出ない。するとみほはすっと目を細めながら、少し低い声で迫る。早くしろとばかりに。
「返事は?」
「は…はい。」
「うん!それじゃ、よろしくね!」
「あ、私少し家に戻るから、先学校に行ってていいよ。」
みほがそういうのでそうすることにした。むしろ、みほと2人だけという重苦しい空気から解放され少し気が楽になった。
学校の近くで武部沙織と五十鈴華が声をかけてきた。
「ゆかりん、おはよう!」
「おはようございます。優花里さん」
みほにはこの2人が知らない裏の顔がある。そんなことを考えると、なんだか2人に教えたくても教えられないジレンマのような状態に陥った。
「お、おはようございます…」
「どうしたのゆかりん、元気ないじゃん。」
「気分が優れないようなら、今日はおやすみした方が…」
この2人が後でみほに余計なことを言うと色々問い詰められてまずい気がしたので全力でごまかした。
「い、いえそんなことありません!大丈夫です!きっと、今日は戦車道で初めて戦車に乗る日で、昨日興奮しすぎてなかなか眠れなくて寝不足のせいです!」
「そ、そうなんだ。寝不足はお肌にも悪いから気をつけてね。」
武部沙織はホッとしつつ、苦笑いをする。
なんとか、自分の教室に着いた。優花里は、みほたちとはクラスが違うのが唯一の救いだった。戦車道の授業まで少し時間がある。少し、心の準備をしてから授業場所に向かった。
授業場所に向かうと、みほはまだ来ていなかった。始業時間になっても来る気配がない。
しばらくすると、みほはようやく現れた。
「寝過ごしちゃって…」
みほはそうごまかす。しかし、優花里は知っている。寝過ごすわけがないことを。一体、みほは何をやっていたのだろうか。優花里はただただ不安になった。
「教官も遅い。焦らすなんて大人のテクニックだよね…」
沙織は何やらぼやいている。聞くとこによると、昨日会長から、今日かっこいい教官が来ると言い含められたらしい。
しばらくすると、空に輸送機が飛んで来て、10式戦車が降って来た。戦車は、駐車場に着地すると、学園長の車をなぎ倒し、さらにわざわざ押しつぶして止まった。
「こんにちは!」
中から出て来たのは、確かにかっこいい女性教官、戦車教導隊蝶野亜美一尉だった。
沙織は不服そうであったが、教官の紹介もそこそこに、早速訓練開始となった。教官は、大雑把な性格で優花里が今日はどんな訓練をやるのか尋ねると練習試合を早速行うなどと言う。皆不安そうだったが教官は
「戦車なんて、バーって動かしてドーンと撃てばいいのよ!」
なんて言っていた。しかし、みんな戦車の動かし方なんて何もわからない。どう動かせばいいのかわからず苦戦していたが、なんとか操縦することができた。
みんな所定の試合開始位置についた。優花里たちAチームはみほが装填手兼通信手、優花里が砲手、華が操縦手、そして沙織が車長である。みほが装填手兼通信手なのは、皆みほは経験者なのだから車長と思っていたのに、みほが車長なんて無理だ。などと言ったので、仕方なく、くじ引きで決めた結果である。みほはすっかり人見知りで少しドジで純粋無垢な可愛らしい女の子に戻っていた。優花里は表と裏の違いにただ、もどかしく感じながら傍観しているしかなかった。
試合開始の号令の後、すぐにAチームは経験者がいるとの理由から危険視され他チームから真っ先に狙われた。
逃げ回っていると、原っぱのようなところに出た。そこで、何やら人が倒れているのを視認したみほは
「危ない!」
と声を出した。すると、その人は戦車に飛び乗って来た。
「あ…今朝の。」
みほは、見覚えがあるような声を出した。
「あれ?麻子じゃん。」
「お友達?」
「うん、幼馴染。何やってるのこんなところで授業中だよ!」
「知ってる。」
沙織は呆れたような表情をした。
その時、徹甲弾が付近に弾着した。
「危ないから中に入ってください!」
とりあえず、砲撃は続いている。競技とはいえ、実弾を使用している。もし当たったりしたら大変だ。急いで中に入ってもらった。
「酸素が薄い…」
辛そうである。優花里は声をかけた。
「大丈夫ですか?」
代わりに沙織が答える。
「麻子、低血圧で。」
みほは、
「今朝、辛そうだったもんね。」
と言った。なるほど、この子が要因で遅れたのか。優花里は納得した。
吊橋のところで、みほは戦車から降りて誘導を始めた。その時である。他のチームが発射した砲弾により、操縦手である華が失神してしまったのである。
「操縦は苦手だけど、私がやるしか…」
みほは呟く。しかし、そこに救世主が現れた。なんと、そばで見ていた冷泉麻子が操縦を始めてくれた。しかも、今覚えたという。沙織も流石は学年主席だと称賛した。優花里はただただ、驚きを隠せないでいた。
みほが優花里に向かって何か言った。
「冷泉さんか。あの子欲しいな。秋山さん。次のターゲットは決まりだね。冷泉さんを狩ろう。」
みほは、優花里にしか聞こえない小さな可愛らしい声でそっと耳打ちした。優花里は青ざめた。暗い戦車の中のみほはより黒く見え、恐ろしさはさらに増した。
みほの笑顔のその下には悪魔がのぞいていた。
つづく
寝ぼけ眼でやったので、誤字脱字があるかもしれません。
おかしかったら教えてください。
左衛門佐の歴史講座
作中の歴史上、特に戦国時代の人物を紹介するコーナーです。
秋山虎繁
実在した武将。武田氏家臣。武田二十四将にも数えられる。
おつやの方
実在した織田信長の叔母。秋山虎繁が岩村城を攻めた時、虎繁と結婚を条件に城の無血開城を提案され応じ、織田から武田に実質的に裏切ることとなる。
しかし、織田信長の反撃によって岩村城は落ち、おつやの方は岐阜の長良川で処刑された。