血塗られた戦車道   作:多治見国繁

83 / 150
30年後の話が続きます。
お待たせしました。


第78話 見捨てられた少女たち

彼女は日本を代表する科学者である。だから、冷泉麻子には様々なパイプがある。それこそ、研究者はもちろんのこと、政府筋にも顔が通るのだ。だから、冷泉麻子は私から取材の申し込みを受けて一度断ってから私たちと合流するまでの間、独自のルートであの戦争を色々と調査していたようだった。

 

「山田さんから電話があった後、私も色々調べてみたが、おもしろいことがわかった。」

「おもしろいことですか?一体なんでしょう。」

 

秋山優花里が首を傾げながら冷泉麻子を見る。すると、冷泉麻子は一泊二日の旅行には似つかわしくない、冷泉麻子の身体と同じくらいの大きさのキャリーバッグの中から書類の山を取り出し、テーブルの上に置いた。

 

「これは西住実記といってな西住家に関する記録が書かれている古文書だ。西住家では、この古文書に代々記録を残すらしい。注目して欲しいのはここからだ。この西住実記の中に西住さんの母親のしほと姉のまほの名前はある。しかし、妹のみほの名がない。こっちは、西住家の家系譜だがこれも見て欲しい。西住家代々の名前が書いてあることがわかる。もちろん、跡を継がない兄弟姉妹たちの名前も記されている。しかし、今代つまり、まほの代にみほの名前がない。つまり、西住家の中で西住みほという人物は最初から存在していないことになっているんだ。しかも、もっとおかしなことがある。この調査をする時、私の大学の人文学部に赴任して来た元大洗の松本里子と杉山清美。確か、私たちはエルヴィンと左衛門佐と呼んでいたかな。その2人に九州の歴史学者を紹介してもらって現地の地理がわからないから、私と一緒に西住家に関する資料を取って来てもらおうとした。しかし、九州中の歴史学者から断られたんだ。西住みほと聞いた途端に。だから仕方なく、エルヴィンと左衛門佐に頼むことにしたんだが、これは絶対に裏に何かある。何か大きな力が働いているに違いない。」

 

冷泉麻子は腕を組みながら調査の結果を報告してくれた。冷泉麻子の持ってきた史資料はどれも貴重なものばかりだった。さすがは学者である。調査の方法はよく心得ているようだ。こういうものはなかなか素人が見れるものではない。これらの史資料は学者だからこそ手に入れることができるのだ。私は、冷泉麻子という心強い仲間を得た。

 

「あの。冷泉さん。これ、見てもいいですか?」

 

「ああ、もちろんだ。そのために持ってきたんだからな。」

 

どの史資料から見ようかと私は色々と物色していた。すると、私はとある古い本を見つけた。よく見ると「diary」と書いてあった。かつて誰かがつけていた日記帳のようである。私は冷泉麻子にこの日記帳の出所を尋ねた。

 

「冷泉さん。これも何かの史料ですか?どうやら日記帳のようですが…」

 

「うん。そうだ。先方との約束で詳しくは言えないがこれは、西住さんが生を受けた西住家宗家と血を分けた九州各地に散らばる西住家分家の当主の1人がくれた日記帳だ。これには西住実記と西住家系譜から西住みほの名前が消された経緯が書いてある。」

 

冷泉麻子は私から日記帳を取るとパラパラとその日記帳をめくり、あるページを開いた。そこにはこのように書かれていた。

 

[2015年 6月1日 月曜日 天気 晴れのち曇り 今日、西住宗家に臨時招集された。私は西住家の分家当主としてその会に参加する。その会は西住実記と西住家系譜に西住みほの名前を記すか記さないかという会議だった。みほは、私の姪であるから当然記して欲しい。しかし、それは叶わないらしい。私の姉のしほとその長女すなわちみほの姉のまほによると、みほは黒森峰女学院で戦車隊の副隊長という立場を使い、黒森峰女学院の戦車隊を我が物にしようとし、恐怖で支配しようとした。しかし、その計画は失敗に終わり、みほを西住の家から追放し、戦車道のない学校に転校させた。これに懲りてみほはおとなしくなると思っていたがみほは止まることなく残虐非道な処刑や人間狩りといった行為を転校先の大洗女子学園で繰り返し、大洗女子学園を我が物にしようと企んでいる。これは、大洗女子学園の生徒会長角谷杏からもたらされた情報であり、みほが黒森峰女学院で行った恐怖政治を鑑みると、十分信用に足るものであるとのことだ。ここまで証拠が揃っているのならば仕方がない。みほを西住家系譜と西住実記に記さないということに同意し、彼女が悪魔であることを認めるしかないのだ。また、これ以上西住家はみほに関する一切の無関心、無干渉とすると決議された。それはすなわちどれだけ大洗女子学園の角谷杏という人物から援軍を請われてもそれに応じることはないということだ。その後、私たちはこのことを決して他言しないこと、そしてこの話は忘れることを誓う誓約書を書き、解散になった。しかし、本当にそれでいいのだろうかと私は帰り道で考える。そして、西住宗家のやり方に反感を持った私はその誓約を1日もしないうちに破ることにした。このことは後の世のために書き記しておかねばならぬ。西住家が生み出した西住みほという悪魔を野放しにし、苦しみ喘ぐ罪のない大洗女子学園の生徒を家の名誉のために見捨てるという西住家の流派の裏側にある闇は計り知れない。]

 

この日記の一文を読み、私は怒りに震えた。西住家は全てを知っていたにも関わらず、大洗女子学園を見捨てたのだ。

 

「それじゃあ…西住家は…全てを知っていたのに何もせず、家のために大洗女子学園を見捨てたんですか!?」

 

「ああ。そういうことになるな。これを見て欲しい。これは、5月から6月までの1ヶ月の黒森峰女学院の学園艦の航路を記したものだ。6月1日まで黒森峰女学院の学園艦は東、すなわち大洗女子学園に向かって航行している。しかし、6月2日から3日にかけて大きく方向変えて再び九州方面に航行を始めている。黒森峰では当然のことながら西住家の力は強い。西住流御用達の学校だからな。これは、西住家から何らかの圧力があったと思って相違ないだろうな。」

 

冷泉麻子は淡々と感情を移入することなく、理路整然と語る。私は人間という生き物の汚さ罪深さをを実感していた。しかし、それ以上に絶望していたのが元生徒会長の角谷杏だった。

 

「そんな…信じていたのに…援軍が来る、だから私たちは多大な犠牲を払いながら戦い続けた…なのに…そんなに前から…もう来ないことが決まっていたなんて…」

 

確かに家の名誉、これは大切だろう。戦車道の家元のならばなおのことだ。しかし、そこから悪魔が生まれたのもまた事実だ。西住家は責任を持ってこの悪魔に対処しなくてはならなかったはずだった。身内のことにかたをつけて始めて家元と言えるのではないのだろうか。私は、西住流に大洗女子学園を見捨て、悪魔を野放しにしたとして何かしらの罰が下ることを願った。しかし、現実は非情である。

 

「信じていたのに裏切られる。これほど悲しいことはないな。そもそも、西住さんもそれが始まり…皮肉なものだ…ああ。あと、西住流の家元があったところに行ってみたが、そこはもぬけの殻になっていた。噂では焼け落ちたという話だったが、建物は綺麗にそのまま残っていた。あの噂は噂が一人歩きしたものだったようだ。近所の人に聞いてみたが、その建物は今は別荘のような扱いになっていて他の場所に引っ越したそうで、西住まほたちが今、どこにいるかわからないらしい。だが、たまに誰かそこに西住流の人間が出入りしているそうだ。また、これも噂にすぎないからどうせ噂が一人歩きしているに過ぎないだろうが、西住流になぜか多額の金が入って、東京にマンションを丸ごと購入し、そこに移ったという話があるらしい。これらのことを鑑みると私は西住さんと西住流の裏のつながりは否定できないのではないかと考える。」

 

冷泉麻子によると元住んでた家を別荘にできるほど西住流は繁栄しているという。現実は何とも非情なのか。救うべき人間たちを見捨てたものが栄華を誇り、救われるべき人間が苦しみ喘ぐ。こんなことがあって良いのだろうか。この戦争には様々な人間の思惑に大洗女子学園が翻弄された戦争と言えるだろう。また、これはもしかしたら西住みほ1人だけが企てものではなく西住流を含めた何か大きな闇が裏で蠢いていたのではないか。冷泉麻子はそう仮説を立てた。

 

「それでは、冷泉さんの仮説は西住流は表では西住みほを批判していたが、裏ではもしかして1つの複合体のようにつながっていたと言いたいのですか?」

 

「ああ。そういうことになると言いたいところだが、この2人の反応を見ているとどうも違いそうだな。」

 

冷泉麻子はちらりと秋山優花里と澤梓を見る。2人の顔は何とも微妙といった顔をしていた。

 

「はい。それだといくつかおかしな点が生まれます。それならなぜ、西住殿はわざわざ黒森峰から追放される必要があるのですか?それに、西住殿は親と姉を相当恨んでいました。あの恨みは本心からの恨みでした。そう考えると冷泉殿の理屈は少し…というか全く別物の気が…ああ…すみません…」

 

「そうですね。私たちが対面してきた悪魔の隊長とは違うと思います。」

 

冷泉麻子は無表情のまま腕を組み秋山優花里と澤梓が指摘した自身の仮説の問題点を頷きながら聞いていた。

 

「あれは私なりに考えた仮説に過ぎない。私はみんなの体験は一切知らないからな。私は、西住さんに言われて毎日生物化学兵器の研究と人体実験をしていた。みんなと接触するにしても戦車の操縦だけだった。だから、西住さんのそばに昼間は長くいたわけではないから、西住さんの昼間の様子はあまりわからない。夜は長く一緒にいたがな…というか何度も一夜を…そして…まあそんな話はどうでもいいが、とにかく、私から言えることは西住流は西住みほの残虐非道な処刑や人間狩り、虐殺についてすでに6月1日の時点で把握していた。それにもかかわらず、西住流の名誉のために西住みほという存在を西住家から抹消し、野放しにして大洗女子学園を見捨てた。私が知っているのはそれだけだ。だから、秋山さんや梓の体験も聞かせて欲しい。もちろん、私も自分の体験をできる限り詳細に語ろうと思う。」

 

私は無意識に冷泉麻子に頭を下げていた。冷泉麻子のおかげで調査と取材が大きく進展した。まさに救世主と言える。すると、冷泉麻子はぶっきらぼうな口調で一言呟く。

 

「やめてくれ。私は大したことはしていない。ただ、私の償いをしているだけだ。さあ、みんなの体験談を聞かせてくれ。私も話せることは全て話す。」

 

「わかりました。それじゃあ、あの時代の話の続きをしましょう。」

 

秋山優花里たちはまた、悲惨な少女時代の話を始める。私は無意識にペンをぎゅっと握りしめていた。私の手には事態を知っていたにも関わらず見て見ぬ振りををして、大洗女子学園を見捨てた西住家への怒りと大人の都合で裏切られ、西住みほという毒牙に晒され、殺されていった大洗女子学園の生徒たちの悲しみで震えていた。

 

つづく


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。