血塗られた戦車道   作:多治見国繁

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遅くなってすみません。
お待たせしました。
みほ陣営のお話です。


第75話 人間の丸焼き

少女は真鍮製の雄牛に腰掛けながら微笑みながらがっくりと跪く川谷一家を蔑むように見ている。その中でただ1人、美幸だけは姉の空を抱きながらみほを憎悪の表情で睨む。しかし、みほはどこ吹く風と言った様子で動じることもない。

 

「うふふふ。美幸ちゃん。私を恨んでるね。さあ、空ちゃんに最期のお別れをしてね。」

 

ただゴミを見るような目で冷たく見つめて呟くだけである。罪もない人々を処刑することに快感さえ覚えている西住みほという悪魔には理不尽に処刑される人々の悲しみや憎しみが最上の喜びであった。なぜ、そうなってしまったのかそれはみほ自身が地獄の悪魔、憎しみそのものであり、あまりの恨みの深さで心や良心といったものをかき消してしまったからであると言えるだろう。また幼少期から過ごした西住流という箱に押し込まれたことも大きな要因となっているのは間違いないのである。人間の人格形成は幼少期の生育環境が大きな影響を与える。みほが嗜虐的な性格になった原点がそこにある。みほは、この後梓に幼少期のことを語ることになるがそれはまだもう少し後の話だ。さて、幼少期から少しずつ溜まり始めたみほの憎しみと恨みは、黒森峰時代に大きく増大し、ついには許容量の限界寸前まで追い込まれたが、みほは自分が考え出した方法でガス抜きを行なったことにより、大爆発はなんとか防ぐことができていた。しかし、運命は残酷だ。少しずつ歯車が狂い始めて、ついには家族にまで否定され黒森峰ばかりか家からも追放され、島流しのような扱いを受けたことにより、みほの憎しみと恨みは頂点を超えて大爆発して復讐を決意し、その足固めのためにここ大洗女子学園で暴走を始めたわけである。確かに、黒森峰でみほがやったことは間違っている。しかし、少しでも西住家が頭ごなしに否定しなかったら。もし、みほを西住流という箱に押し込めなかったら。もし、黒森峰の生徒たちがみほをいじめなかったら。こんな結果にはならなかったかもしれない。まさに運命のいたずらといえるだろう。さて、みほ自身も周りの者もいずれ自分は死んだら地獄に行き罪を裁かれるのだろうと思っていた。決して許されない罪を犯した重罪人で自分たちが極悪人であることはわかっていた。だから死んだら裁かれるのも仕方がないことだと思っていた。しかし、みほのそば近くにいる者たちはみほが死後地獄の王になると信じている者が多くいた。梓もまたその1人である。つまり、みほは死んでもなお悪魔として生き続けると信じているのだ。悪魔などというと所謂中二病みたいに捉えられるかもしれない。しかし、キリスト教世界には悪魔という概念が神の敵対者として存在しているという共通認識がある。科学が発展した今でも悪魔は存在しているという認識は変わらず、エクソシストと呼ばれる神に仕える者たちが人間に取り憑いた悪魔を祓うという謎めいた儀式を今なお行なっている。その中の悪魔とされる存在には歴史上の人物、例えば古代ローマの暴君、皇帝ネロやあの悲惨な第二次世界大戦の引き金を引き、残虐の限りを尽くしたヒトラーなども悪魔の1人として数えられている。その理屈で鑑みれば西住みほという存在もそれらの人物と匹敵するような悪魔として確実に列挙されることになるのだろう。それらの理由からみほのそば近くにいる者たちはみほが死後悪魔として現世に現れ存在し続けると信じているのだ。いずれにせよ、西住みほが残したブラックホールより黒い何かはその身が滅んだとしてもこの世に存在し漂い続けて、人々に取り憑き支配して、死と破壊へ導くのだろうと考えていた。梓はそんなみほに恐怖しながらも魅了されるという不思議な感覚に陥っていた。なぜそんな感覚になるのかはわからない。もちろんかけがえのない友達まで処刑しろと命じるみほのやり方に反発がないといえば嘘になる。動揺するし、どうすればいいかわからなくなる。しかし、やがて何とも感じなくなる。みほから命じられることは全てが正しいから殺すこともやむを得ないという感覚に変わるのだ。これはもはや西住みほという存在への信仰と言えるだろう。みほを唯一絶対の神として崇めているのだ。いや、神を崇めるというよりは悪魔崇拝というべきなのだろうか。兎にも角にも、梓はみほのことを崇拝していた。しかし、これはみほがやらせたわけではなく、自発的に自然発生したものなのだ。実はこれが重要なことなのかもしれない。強制ではなくあくまで自発的に崇拝させることこそみほの狙いだったのかもしれない。梓は自分の頭をフルに稼働させて今の自分とこの世界を客観視して状況の説明と頭の整理を試みていた。その時、突然誰かから呼ばれた。赤星小梅だった。

 

「あ…赤星さんどうしたんですか?」

 

「どうしたのはこちらのセリフです。何やら心ここに在らずと言った様子だったので、それに声もなんか変ですよ?どうしたんですか?」

 

梓は身体を震わせる。先ほど、直下から小梅には気をつけるようにと注意を受けたばかりである。要注意人物が目の前にいるのだ。梓は必死にばれないように取り繕った。しかし、取り繕えば取り繕うほどボロは出やすい。梓の焦っている表情に、小梅は半眼の粘るような目つきをする。

 

「なんか怪しいですね。何か隠してますか?」

 

「い、いえ…なんでもないです!」

 

梓は声を裏返ってしまいますます焦りの表情を顔に出す。それを見て、小梅は納得するように頷きながら微笑んだ。

 

「澤梓さん。これが終わったらちょっと来てください。お話があります。」

 

梓は口中に溢れる苦い唾を飲み込み頷く。小梅の顔はみほのようだった。まるで、みほが残虐なことを思いついた時のような笑顔である。それがまた恐ろしさを醸し出していた。梓にとったら小梅とは恋敵ではあるが敵対はしたくない相手である。小梅もまた、みほを崇拝している。だから、みほのような残虐行為をやることになんの抵抗もない。敵と認識されたらどんなことになるかわかったものではないのだ。

 

「さあ、そろそろいいよね。処刑の時間だよ。」

 

不意にみほが微笑みながら川谷一家に話しかけた。みほは雄牛の鍵を外して扉を開ける。

 

「さあ、どうぞ。この中に入って。」

 

「嫌だ…嫌だ!嫌だ!嫌だ!死にたくない!死にたくない!」

 

空は這ってでも逃げようとした。しかし、無駄なあがきだ。みほは目で空を捕らえるように梓と小梅に命じた。空はすぐに梓と小梅に両手両足を掴まれて捕らえられる。空は必死に逃れようとするがしっかり掴まれているので逃れられない。

 

「あはっ!あははは!さっきから言ってますよね?逃げることなんてできないって。梓ちゃん。小梅さん。空さんをこの中に入れて。」.

 

ついに処刑の時が来た。梓たちはみほの命令通り空をファラリスの雄牛の投げ入れると速やかに扉を閉める。

 

「死にたくない!死にたくないよ!まだ、私は生きていたい!出して!助けて!お願い!」

 

雄牛の中からバンバンと金属を叩く音が聞こえて来た。しかし、みほはその必死に生きようとする叫び声を聞いてニヤリと笑うとまるでそれを嘲笑うかのようにガソリンを撒き、火を放った。火はあっという間に大きくなる。雄牛の中はフライパンのような状態だ。雄牛の中はさながら地獄だろう。

 

「うふふふふふふ。空さん。本当にいい叫び声を上げてくれる。さらに命乞いまでしてくれるなんて本当に最高だよ。あああ。胸が高鳴ってくるね。さあ、もっともっとその可愛い叫び声を聞かせて。最期の時まで私を楽しませてね。」

 

みほがそう呟いてすぐ後のことだった。中からものすごい叫び声が聞こえて来た。皆、必死に耳をふさぐ。

 

「いぎゃあああ!熱い!あっ!つい!熱いよお!助けて!出して!」

 

雄牛の中から熱くて空がもがく音が聞こえてくる。必死に外に出ようともがいている。逃げ場などどこにもないのになんとかこの熱から逃れようともがき苦しむ。

 

「あはっ!あははははは!さあ!中は全てがフライパン。間違って転んで熱々のフライパンに肌を直接くっつけたらどうなるかな?あははは!」

 

しばらくするとガタンとひときわ大きな音がした。そして、中からひときわ大きな叫び声が聞こえる。

 

「熱い!熱い!うわああああ!肌が!くっついて取れないいい!痛い!痛い!」

 

「うふふふ。そう。正解は肌がくっつく。熱で張り付いたらなかなか取れない。そして、肉がじっくり焼かれる。そして、人間の丸焼きが出来上がり。さあ!次がついにこのファラリスの雄牛の最大の見せ場!この頃になると雄牛に触れている部分は焼け焦げて感覚はなくなり、放射熱で身体全体を焼き始める。だけどなかなか死なない。意識を保ったまま、熱は身体を焼き続ける。身体から水分が抜けてしまうまでその間全身を焼かれる苦しみを味わうの。そして、最後は自分の肉が焼けた煙と水分が蒸発することにより発生する蒸気で呼吸が苦しくなって…そして最後に手を出すのが内部にある管。その管を使って息をしようとすると…」

 

みほがそう言いかけると不気味な鳴き声が聞こえてきた。それはまぎれもない、ファラリスの雄牛の鳴き声だ。雄牛は猛り狂う。それは、ファラリスの雄牛の犠牲者が最期に奏でる音楽だ。犠牲者の命が尽きようとしている時、奏でられる音楽だ。

 

「ヴォォォォウヴォォォォウ!ヴォヴォウ!」

 

「ああ!最高!素晴らしい!素晴らしいよ!いい音だよ!あっはははは!」

 

雄牛の鳴き声はやがて聞こえなくなった。それは、命が尽きたことを意味している。

 

「あ…あぁ…お姉ちゃん…なんで…」

 

美幸は絶望している。大好きな姉がみほによって殺されたのだ。その恨みは相当に深いだろう。しかし、みほは美幸の恨みを逆撫でするような態度をとる。

 

「うふふ。死んだ!死んだね!死んじゃったよ!私から逃げたばっかりに!あっはははは!哀れ!空さんの哀れな姿、どうなっているか後でたっぷり見せてあげる!皆さん!おめでとうございます!皆さんは見事生還されました!皆さんはこの後、次のステージに行くことができます!が…少し予定を変更します!空さん1人があの世に寂しく送られるというのはかわいそうですし、空さんの霊を慰めるために、皆さんのうち1人をあの世に送りたいと思います。」

 

「西住みほ…許さない…お姉ちゃんを…人の命を…一体なんの権利があって!絶対に…絶対に殺してやる!」

 

みほは目を瞑っていたが見開くとニヤリと笑いうなだれる美幸を蔑みながら突然刀を抜く。

 

「うふふふ。決めた。次は貴女の番だよ。」

 

「私の番って?どういうこと…?」

 

美幸はみほが言いたいことをわかりかねていた。しかし、母親の雅子は気がついたようだ。美幸を庇いながら、みほに嘆願する。

 

「私が、私があの世に行きます!だから、娘をこれ以上私の宝を送らないで!お願い!娘たちを助けてください!」

 

「あはっ!あははは!雅子さんもおもしろいことを言いますね!それはできませんよ。もう決めたことなんですから!」

 

「そんな…」

 

雅子は項垂れる。そんな母親の様子を美幸はいきなりの事態で頭がついていけていないと言った様子で困惑顔で見ていた。みほは高らかに笑い、今にも踊り出しそうだ。機嫌良さげに美幸に宣告した。

 

「美幸ちゃん。貴女には死んでもらいます。」

 

「え…?」

 

美幸は目を剥き急に黙り込む。まさか、自分にそんなことが降りかかるなんて思ってもみなかったのだ。

 

「どうしたの?急に黙っちゃって。うふふ。美幸ちゃんは心が弱いね。貴女は強がってるだけ。死の恐怖を味わって本当の貴女を見てあげるよ。あっはははは!でも、貴女にはファラリスの雄牛は使いません。私たちの役に立ってもらってから死んでもらいます。そうですね。人体実験か、生体解剖か。ふふ…あ、安心してください。空さんの哀れな姿は後で必ず見せてあげます。美幸ちゃんがいつ死ぬかはわかりません。精々死の恐怖をたっぷり味わってください。それじゃあ、梓ちゃん。小梅さん。美幸ちゃんを拘束してあの実験棟に連れて言ってください。麻子さんはしばらく残っていてください。空さんの死体の引き渡しの手続きと、検体登録の手続きなど諸事務手続きを行います。」

 

「「了解です!」」

 

「わかった。」

 

3人は了解の応答をした。梓と小梅は速やかに美幸の手に手錠をかけて腰紐をつける。そして立ち上がるように促すと抵抗することなく素直に立ち上がった。美幸はおそらく最後になるだろう空を仰ぎ見て静かに微笑むとみほに向かって叫んだ。

 

「西住みほ!おまえを呪ってやる!おまえは私から姉を奪い、幸せを奪い去った!絶対に許さない!死んでも恨んでやる!」

 

みほはぎりぎりと歯ぎしりをして憎悪の表情を浮かべる美幸に近づくと美幸の頭を撫でながら嘲笑う。

 

「うふふ。私と貴女は触れられる距離にいるのに貴女は私に何もできない。こんなに近づきながら何もできない。結局貴女は何もできないんだよ。口ではいくらでも言えるけどね。貴女は私を止めることはできない。いくら恨んでも無駄だよ。私は憎しみと恨みそのもの。みんなが恨み、憎んでくれることが私にとっては最上の喜びなんだ。あっはははは!」

 

「くっ…それでも私はおまえを呪ってやる!」

 

みほは何も言わずに笑顔を見せた。梓たちが紐を引っ張って促すと睨みながら実験棟に連れられていった。

 

ファラリスの雄牛はしばらく熱くて触らないので、雄牛の中にある空の死体は取り出せない。何もすることがなく暇を持て余していると近くを航行中の知波単高校の学園艦から連絡があった。

 

『間も無く、アンツィオに向かっていた飛行機が帰ってきます。』

 

『わかりました。連絡ありがとうございます。』

 

アンツィオに、アンチョビ誘拐作戦を行なっていた優花里たちが帰ってくるのだ。

 

(今日はかねてから念願の楽しいファラリスの雄牛を使った楽しい処刑もできたしなんていい日なんだろう。アンチョビさんを使って早く新しい細菌を使った人体実験をしたいなあ。そう考えたらやっぱり、美幸ちゃんは生体解剖かな。きっと綺麗な腹わたなんだろうな。うふふ。いずれにせよ、美幸ちゃんをどうするかは私次第。全ては私が握ってる。もう最高だね。あははは!)

 

みほは心の中で呟いた。そして、胸を高鳴らせて、スキップをしながら拠点に向かった。

 

つづく


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