お待たせしました。遅れてすみません。
今日は梓が思わぬ再会を果たします。
その後すぐである。みほに永久の忠誠を誓うために梓がみほの足を舐めていると、突然誰かが飛び込んできた。梓は一瞬何が起こったのかわからなかった。しかし、梓は気にすることなく、みほの足を舐めて続けた。
「みほさん!ゲーム参加者の川谷空が目を覚まし…まし…た?って!みほさん!?何やってるんですか!?」
みほは、飛び込んできた黒森峰の生徒をちらりと見るとため息をつく。
「直下さん…人の部屋に入るときはノックをするようにってあれだけ私が黒森峰にいた頃から言ったのに…」
「ごめんなさい…でもそれっていきなり入ったらマズイことを常にやってるってことですよね?ていうか、みほさんにまさかそんな趣味があったなんて…」
直下はニコリと微笑んだ。みほは直下からの思わぬ指摘にみほは少したじろぎながら必死に否定する。
「ち…違うよ。私は人に足を舐めさせる趣味なんてないよ。ただ、梓ちゃんの忠誠心を確かめるために…」
「本当ですか…?あ、そうだ。このこと赤星に報告しちゃおうかな…」
直下は、粘りつくような視線をみほと梓に向けている。直下が小梅に今ここで目の当たりにしたこの一連の出来事を報告すると言った途端、みほはやおら慌て始めた。
「やめて!小梅さんには言わないで!お願い!」
梓は驚いた。いつもは何事にも動じることのないみほがこんなに慌てふためくとは思わなかった。小梅とみほの間に一体何があるのだろうか。
「あはは。冗談です。赤星、怒らせると怖いですからね。私でも口が裂けてもこんなこと言えませんよ。」
「そうだよね…今見たことは特に小梅さんには絶対内緒だよ。お願いね。」
みほが指を口に当てて微笑むと直下はいたずらっ子のように笑った。そして、こんな事態になってもまだみほの足を舐め続けている梓をちらりと見ると呆れたような顔をする。
「それで梓ちゃんはいつまでみほさんの足を舐めているんですか…?そんなに美味しいですか…?」
「え?いや…これは…その…」
梓はようやく我に返った。完全な無意識だった。梓はみほ以外の何もかもが見えていなかった。直下にこの姿を晒したのが恥ずかしくてたまらなくなった。
「あはは!正直に言ってみてください。美味しかったんですか?みほさんの素足。確かに綺麗な素足ですから甘くて美味しそうですけどね。」
梓は顔を真っ赤に染めながら下を向き、小さな声で呟いた。
「はい…美味しかったです…幸せな時間でした…」
「ふふ…正直で良い子ですね。今回のことは見なかったことにしておいてあげます。みほさんに恋をするのは良いですが、赤星にばれないように気をつけてね。もしばれたら…命がないかも…」
梓はゴクリと苦い唾を飲み込む。そして何度も大きく首を縦に振った。直下は満足そうに頷く。
「それじゃあ、2人とも一緒にゲーム会場まで戻りましょう。梓ちゃんは決して赤星にみほさんへの恋心がばれないように注意してくださいね。それじゃあ行きましょうか。」
「わかった。ところで空ちゃんはどんな様子だった?」
みほは倒れた空の容態を尋ねた。直下は心配いらないといった口調で報告する。
「現在容態は安定していますが、酷く痛がっていました。誰かが傷口に塩を塗ったみたいで。いったい誰でしょうね?こんな悪魔みたいなことをする人は…ふふふ…」
「そうだね。誰だろう。うふふ…」
答えはもはやわかりきっている。こんなことやる人は1人しかいない。ゲームマスターのみほしかいないのだ。わざわざ、傷口に塩を塗って犠牲者が苦しむ表情を喘ぎながら眺める者はこの学園艦にはみほ以外考えられないのだ。
「まあ、答えは知ってるんですけどね。こんなことやる人はみほさんしかいないですから。みほさんは本当にいたずら好きで困りますよ。」
「えへへ。そうだよね。私しかいないよね。こんな酷いことやる人は。でもね、楽しいんだ。」
みほは本当に楽しそうな笑みを浮かべる。まるで遊園地に行った子どものように楽しそうな笑顔だ。
「なるほど。それじゃあ、行きましょうか。」
みほはタオルで梓の唾液を拭くと、靴下と靴を履いて準備をした。そして、ライフルを手に外に出て収容所へと向かった。収容所の門が大きな音を立てて開いた。みほはニコニコ笑いながら収容所の中へと入っていく。
「あ、皆さん!元気ですか?えへへ。こんなに痩せちゃって…頑張ってくださいね。」
みほは収容者たちに嘲笑いながらゲーム参加者の特別区として指定されている収容所へと歩いた。髪を丸刈りにされ、痩せた収容者たちはみほたちを恨めしそうに見ていた。梓は身体を縮こまらせて歩く。視線が痛くてたまらないのだ。しかし、みほは拠点に帰る時と同様どこ吹く風といった具合で手を振りスキップでもしそうな勢いで堂々と胸を張りながら歩く。梓は収容者たちの視線に耐えながら歩いていると突然声がしてきた。
「梓ちゃん…?こんなところで何やってるの…?」
梓はハッとして声のする方を振り向く。そこには懐かしい友の姿があった。
「彩ちゃん?なんでこんなところに…?」
「わからないよ…戦争が始まった時、私たち家族は一度学校に避難していたんだけど、一時帰宅の許可が出たから帰ってたら突然街が襲われて捕まって…お父さんとお母さんとは離れ離れでどこに行ったかもわからない…」
梓は目の前の哀れな友人の頰に両手をそっと当てて涙を流しながら友人の体温を感じた。
「こんなに痩せちゃって…それに髪も…あんなに長かったのに…どうして…」
「髪はバリカンで刈られちゃったの…それにご飯も乾パン一個とかで…それに労働も厳しくて…今までも何人も苛酷な環境に倒れていったわ…それよりも、なんで梓ちゃんがあの悪魔と一緒にいるの…?」
梓は何を言えば良いのかわからずに口をつぐむ。彩は心配そうに梓を見つめている。明日の命さえもわからないのに友達を心配する心優しい少女だった。みほは思わぬ再会を果たした梓たちを遠くから見ていた。しかし、その様子を見ているとみほの真っ黒な心がくすぐられた。真実を告げた時、彩がどんな反応をするのか見てみたくなったのである。
「どうして梓ちゃんがここにいるのか教えてあげようか?」
みほはニコニコ満面の笑みを浮かべながらこちらに向かってくる。梓はやおら焦り始める。
「隊長…やめてください…」
「えへへ。梓ちゃん。良いじゃない。どうせすぐにバレるんだから。あのね。梓ちゃんは…この収容所の所長なんだよ。だからここにいるの。みんなをこんな目にあわせてたのは貴女の友達の梓ちゃんだったんだよ。」
彩は目を剥いた。そして青い顔をしてぶるぶると震える。まさか友達がこんなことをしていたなんて自分たちをこんな目にあわせていたなんて思ってもみなかった。
「梓ちゃん…嘘でしょ…?嘘だよね…?梓ちゃんが…そんなこと…梓ちゃん…」
彩と梓はふたりとも泣きそうな顔をして見つめ合う。梓はどう答えれば良いかわからなかった。
「それは…」
梓は必死に誤魔化そうとした。けれど、それを彩は許さなかった。梓の肩を掴みながら身体を揺らして問いただす。
「梓ちゃん!ちがうよね?梓ちゃんがこんなことするわけないよね?ねえ?梓ちゃん?教えてよ…」
梓は彩の頰から手を離して下を向き首を横に力なく振りながら声にならない声で呟く。
「そうだよ…私は…隊長が言うようにここの収容所の所長だよ…全て私が命令した…でも、髪まで刈って食事まで乾パン一個にしろなんて言ってない…」
「嘘でしょ…?梓ちゃん…変な冗談やめてよ…」
彩は悲しそうに笑った。梓はこれ以上友達の彩を困らせるのはかわいそうだと思った。梓は断腸の思いで彩との交友を断ち切ることを決意した。それが双方にとって良いと思った。
「彩ちゃん…ごめんね…冗談じゃないの…私がこの収容所の創設を提案して、捕虜たちの扱いも私が決めてた…だから彩ちゃんをこんな目にあわせたのは私…全て私の責任…失望したよね…私、悪魔だよね…私たちはもう…会わない方がいいかもしれない…彩ちゃん…私たち交友を断ち切ろう…その方が彩ちゃんは幸せになれる…」
「何いってるの!?なんでそんなこと言うの?そんなの嫌だよ!梓ちゃんともう会えないなんて嫌だ!梓ちゃんが悪魔?ううん!違う!梓ちゃんは悪魔なんかじゃない!梓ちゃんはとっても優しい子だよ!梓ちゃんは西住みほという悪魔に唆されただけだよ!梓ちゃん…前までの優しい梓ちゃんに戻って!お願い…」
梓は心が締め付けられる思いだった。梓は彩の手を振りほどくと思いっきり走った。
「梓ちゃん!待って!どこに行くの!?梓ちゃん!」
「ごめんね…ごめんね…彩ちゃん…」
みほは走り去って行く梓と力なく座り込みながら梓に向かって叫ぶ彩を交互に見ながら楽しそうに笑う。
「何がおかしいんですか…私たちの仲を引き裂いてそんなに楽しいですか…?」
「うん。楽しいよ。私は人が絶望している姿を見るのが大好きなの。」
彩はみほに憎悪の表情を向けた。彩はみほを睨みつけ、脚にしがみつきながら叫んだ。
「西住みほさん。梓ちゃんを解放してください。自由にしてあげてください。」
「それはできないよ。私は梓ちゃんを支配しているんだから。梓ちゃんは私の血を飲み、私の足を舐めて私への永久の忠誠を誓った。梓ちゃんは私のものだよ。梓ちゃんは私の操り人形。彩ちゃん。もう諦めて。」
彩はみほの傲慢さに怒りで身体を震わせる。なぜ、こんなにも人を支配したがるのかわからなかった。
「許せない…西住みほ!私は貴女を許さない!梓ちゃんを、あの優しい梓ちゃんを返して!」
「うふふ。ここで私にそんな口を聞いていいのかな?私は梓ちゃんの上にいる。だから梓ちゃんにどんな命令でも出すことができる。貴女を殺すことだってできるんだから。」
彩は殺すという言葉に恐怖で身体を硬直させて何も言えなくなった。みほは彩の顎を持ち嘲笑った。
「あはっ!あははは!ほらほら!怖いでしょ?私が怖いでしょ?彩ちゃんも弱虫だね。あははは!」
「くっ…!」
みほは彩を挑発した。彩は歯ぎしりをして悔しそうな表情を浮かべる。みほは彩にある言葉を言わせようとしていた。さらにみほは彩に挑発を繰り返す。みほは彩の手を取ると自らの首に彩の手を当てながら彩に囁いた。
「ほら、殺してごらん。手に力を入れればいいだけだよ?うふふふ。」
彩は息を荒げみほを睨みつけながら手を震わせる。しかし、できなかった。彩の心は純粋だ。どんな理由があれ人を殺してはならない。そう信じていたから目の前の少女がたとえ悪魔であったとしても殺すことができなかったのだ。
「やっぱり…できない…」
みほはその言葉を聞くとニヤリと怪しく笑い、彩の耳元で囁いた。それは彩にとっては何よりも辛い宣告だった。
「そうだ。彩ちゃん。お父さんとお母さんのこと知りたい?」
「それは…はい…」
「そっか。じゃあ、教えてあげる。彩ちゃんのお父さんとお母さんはね。もうこの世にいないよ。私が身体を引き裂いて処刑してあげた。そして、死体は犬に食べさせてあげたよ。よかったよ。あの処刑は…身体を引き裂く時に血が飛び散って2人ともものすごい叫び声をあげてくれて。うふふふ。すっごくゾクゾクしたよ!ふふ…はははは!」
みほは喘ぎながら話す。彩は再び目を剥いた。信じられないといった表情だった。そして、みほにすがりついた。
「嘘…嘘ですよね…?」
「うふふふ。動画もあるよ。見てみる?辛いだろうけどね。ほら!」
みほはタブレットで動画のファイルを開くと彩の目の前に差し出した。その映像は今まで記録されてきた処刑の映像だった。彩は顔を歪めながらその映像を見ていた。みほは懐に忍ばせたICレコーダーを起動させた。次の瞬間だった。彩はものすごい叫び声をあげた。
「うわああああああ!お父さん!お母さん!なんで!?なんでなの!?」
「ほらね。本当でしょ?あなたのご両親はね、私に逆らったから殺してあげたの。死体も犬が残らず全部食べちゃった。これが、犬が食べた後の死体の写真だよ。」
彩の顔は今まで見たことのない憎悪の表情をみほに向けた。みほはその様子を満足そうに微笑みながらみていた。次の瞬間、彩はみほが待ち望んだ言葉を紡いだ。
「殺してやる!絶対に殺してやる!」
「うふふ。そっか。頑張ってね。あははは!」
みほは高らかに笑いながら歩いていった。そして、みほはICレコーダーを取り出して録音された音声を再生した。憎悪の言葉がICレコーダーから聞こえてきた。みほはニヤリと笑う。
「えへへ。これで口実ができた。彩ちゃんを処刑する口実が。私に対する殺害予告と反逆の罪。うふふ。」
みほは、梓の忠誠心を試すために恐ろしい計画をしていた。みほは梓に彩を処刑させようと考えていたのだ。しかもその方法は梓が考えた処刑方法だった。みほは梓に友人を刺殺させようと考えていたのである。梓が考えた方法で梓自身が苦しむ。なんとも皮肉な話である。梓にこれを命じた時、梓はどんな表情をするのだろうかとみほは楽しみで思わずスキップしながら先に逃げるように駆け出していった梓を追いかけていった。
つづく