血塗られた戦車道   作:多治見国繁

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みほ陣営のお話です。
アンチョビの運命はいかに…?
そして、みほの心の闇とは?みほが考える理想の世界とは?
ちなみにいうとこの作品に政治的意図はございません。そこは明確に主張しておきます。


第70話 二度とは踏めない土

優花里は時を忘れてずっとその海が見える公園にいたがいつの間にか夜になっていたので、広場に向かうことにした。

 

「あ、優花里さん。こっちですよ。」

 

「皆さん、遅くなってすみません。えっと。全員揃ってますね。それじゃあ行きましょうか。」

 

優花里は点呼を取るまでもなく全員の無事を確認するとアンチョビの寮に向かって歩き始めた。蒲池がトボトボと後を気まずそうについてくるのを見て優花里は胸が痛んだ。先ほど、自分が怒鳴りつけたせいで蒲池はこんな表情になっているのだ。優花里は蒲池に謝罪した。

 

「蒲池殿…先ほどは申し訳ありませんでした…蒲池殿が悪いわけではないのについ怒鳴ってしまって…びっくりしちゃいましたよね…」

 

「いえ…私こそ出すぎたことを言いました…申し訳ありません…」

 

優花里と蒲池は下を向いて目を伏せていたが、優花里はにっこり笑いながら手を差し出した。

 

「さあ、仲直りの印です。握手でもして、もう水に流しましょう!」

 

「本当に申し訳ありませんでした.…」

 

蒲池は今にも泣き出しそうな小さな声で優花里の手をとった。

 

「そんな…気にしないでください。はい。この話はもうおしまいです。」

 

優花里がそう言うと蒲池は安心したのだろうか。ワンワン声をあげて泣き出してしまった。優花里はびっくりしてしまった。いきなり泣き出すとは思わなかったのである。そして、どうすればいいのか困った表情でおろおろとし始めた。すると、何事かと元生徒会の局員たちが優花里と蒲池に近づいてきた。

 

「あれ?優花里さん。泣かせたんですか?優花里さん女の子を泣かせるなんてひどいですよ。」

 

奈那がニヤニヤと笑いながら優花里をからかう。優花里は慌てて否定した。

 

「い、いえ…そんなことは…」

 

優花里はアワアワと慌てる。その様子を見て奈那はおもしろそうに笑うと優花里をますますからかった。

 

「でも、泣かせたことは事実ですよね?ダメですよ。女の子をいじめちゃあ。」

 

そう言うと優花里は口をつぐむ。優花里は何か言いたげではあったが奈那は間髪入れずに蒲池の肩を抱くと優しく語りかける。

 

「かわいそうに…優花里さんにいじめられたの?何があったかは知らないけど元気出して?」

 

「そんな…いじめてなんていませんよ!」

 

優花里は少し怒ったような口調で奈那に抗議した。すると、そのやりとりを泣きながら見ていた蒲池はクスクスと笑い始めた。

 

「うふふふ。大川さん。別に私は何かいじめられて泣いたりなどしていません。ただ、嬉しかったんですよ。優花里さんと仲直りができて。」

 

すると奈那は満足そうに頷きながら優しく微笑む。そして優花里の方を見ると得意げな顔をして語りかけた。

 

「優花里さん。これでみんな笑顔になりましたよ。笑顔が一番です。優花里さんは不思議と人を優しい気持ちにさせてくれる何かを持っています。ごめんなさい。優花里さん、からかって。でもこの子を笑顔にするにはそれが必要だったんです。許してくださいね。」

 

「大川殿はそれを見越して…さすがです。私にはできない…」

 

優花里は呟くと奈那を見て優しく微笑んだ。そして、皆の方に翻ると優花里は自分の思いを皆にぶつけた。

 

「皆さん!これからも私と一緒にいてください!お願いします!」

 

優花里は頭を下げる。すると皆優しい顔をして異口同音に叫んだ。

 

「もちろんです!私も優花里さんと一緒にいたいしみんなと一緒にいたいです!」

 

「私も同じ気持ちです!」

 

優花里は嬉しくなった。この仲間たちと一緒なら何も怖くない。そう思った。

 

「ごめんなさい。足を止めてしまって。それじゃあ皆さん行きましょう!」

 

優花里は満足そうに頷くと再び優花里は進行方向を向いて優花里を先頭にアンチョビの寮に向かって歩き始めた。アンチョビの寮の正面玄関前に着くと優花里は局員たちに砂糖でジュースに偽装した睡眠剤がたっぷり入ったワインを取り出し、優花里を中心に円のように集合するように指示した。

 

「これは睡眠剤入りのワインです。皆さんは決して飲まないように。それと、アンチョビさんたちにはジュースであると説明してください。それではくれぐれも慎重に任務に当たってください。お願いします。それでは任務番号03を1900に開始します。」

 

そう言うと優花里はアンチョビの部屋がある2階の角部屋に向かう。そしてインターホンを押した。するとアンチョビはすぐにでてきた。

 

「おお!おまえたちか!待ってたぞ!さあ、中に入れ。」

 

アンチョビは手招きしながら早く上がるように促す。

 

「本日はお招きありがとうございます…」

 

優花里が挨拶を述べようとするとアンチョビは笑いながら話をかぶせてきた。

 

「あはは。そんな堅苦しい挨拶はいらないから早く上がってこい。料理ももうすぐできるからな。あいつらもきてるし。アンツィオは食にはかなりこだわってるからうまいぞ。」

 

「それでは、お言葉に甘えて。あっ!そういえばこれ皆さんに。飲み物持ってきました。よかったら飲んでください。美味しい葡萄のジュースです。」

 

「おい、それってまさか…酒じゃないよな…?未成年なんだから酒はダメだぞ?」

 

アンチョビは訝しげにこちらを見ている。優花里はギクリとしたがとっさに嘘をついてごまかした。

 

「あ、安心してください。本当にジュースですから。実は私の家は葡萄農園でそれで作ったので美味しいはずです。」

 

「なんで今、一瞬言葉に詰まったんだ…?まあ、いいや。おまえたちを信用するよ。ありがとう。」

 

「ええ、安心して飲んでください。」

 

一瞬、見破られそうでヒヤヒヤしたがなんとかごまかせたようだ。優花里は安心したような表情をしてアンチョビの部屋に上がる。そこにはものすごい数の料理があった。そして、人もたくさんいる。こんな狭い寮にどうすればこんなに入るのかと優花里たちは驚きの声をあげる。

 

「これは…」

 

「どうだ?美味しそうだろう?今日はおまえたちが主役だ。思いっきり楽しんでくれよ。」

 

「はい!ありがとうございます!」

 

優花里たちは美味しそうな料理を前に思わず唾を飲み込む。死の心配をせずに安心してご飯を食べられるのは久しぶりのことだった。すると、コックの格好をしてフライパンを持ったペパロニが話しかけて来た。

 

「ああ!来たっすね!さあ、まずはアンツィオに来たらアンツィオ名物の鉄板ナポリタンっすよね!それじゃあ早速作りますから待ってて欲しいっす。」

 

「いや、まてペパロニ。まずはサラダから食べるのが普通だろ。それに乾杯がまだだろう?乾杯したらみんなに作ってやってくれ。」

 

「それもそうっすね!わかりました!」

 

アンチョビは満足そうに笑うとペパロニに皆のコップに飲み物を注ぐように指示を出した。

 

「こいつらが持って来てくれたんだ。こいつの実家から送って来たブドウジュースらしい。」

 

「おお!気がきくっすね。ありがとうっす。」

 

狙い通りアンチョビは睡眠薬入りワインをペパロニに渡す。ペパロニはそれぞれのグラスにその危険な飲み物を注ぎ始めた。優花里はその危険な飲み物が注がれないようにあらかじめ用意した普通のブドウジュースを局員たちのコップに注ぐ。皆に飲み物が行き渡ったところで、アンチョビが一つ咳払いをして開会の挨拶を始めた。

 

「えっと、今日は新しい仲間が増えた歓迎会だ!みんなもう知ってると思うが一気に8人増えた!今日はみんな楽しんでくれ!それじゃあ乾杯!」

 

「乾杯!」

 

パーティーは最初は盛り上がった。皆ワイワイと食事を楽しむ。アンツィオの生徒たちはよく食べよく飲んだ。優花里たちはそれに目を丸くした。しかし、3時間もすると一人また一人と眠りに落ちるものが続出した。睡眠薬入りのワインである。アルコールと睡眠薬のダブルパンチで睡魔に襲われるのだ。勝てるはずもない。

 

「おぉい…これって本当にブドウジュースなのか…?身体がフラフラしてくるんだが…」

 

「もちろんですよ。ほら、私たち酔ってないでしょう?さあもう一杯どうですか?」

 

優花里はさらにフラフラで立っているのもやっとの状態のアンチョビに睡眠薬入りワインを勧める。

 

「うーん。わかった、わかったからそんなに急かすな…」

 

その一杯を飲み干した時アンチョビは机に突っ伏して眠ってしまった。スヤスヤと穏やかな寝顔だ。優花里はアンチョビが本当に寝ているか揺すってみた。

 

「アンチョビ殿!アンチョビ殿!」

 

アンチョビは起きない。優花里が時計を確認すると時計は23:00を指していた。まだ行動するには早すぎる。優花里は皆にしばらくその場で待機することを指示し、優花里は置き手紙をしたためた。

 

[アンチョビ殿が用事ができたらしいので少し出かけます。すぐに戻りますからご安心ください。

秋山]

 

それから2時間優花里は何もせずにじっとしていた。優花里は何も知らないアンチョビの穏やかな寝顔を眺めて心の中で呟く。

 

(アンチョビ殿、申し訳ありません…アンチョビ殿はもしかしたらもう2度とアンツィオ高校に戻って来れないかもしれません…)

 

そしてついに任務開始の刻限午前1時になった。優花里は時計が午前1時を指したことを確認して行動を開始する。優花里はアンチョビの口にガムテープを貼って手と足を拘束し、アンチョビを鞄に入れる。鞄のチャックを閉じて辺りを見回しながら抜き足差し足で住宅街を通過し、昼間に確認したコンビニ船の荷物が運び込まれる搬入口に隠す。優花里はアンチョビを入れた黒い鞄を無表情で見つめ呟く。

 

「大人しくしておいてくださいね。」

 

そして、優花里たちはその夜その搬入口で一夜を過ごした。といってもまさかゆっくり眠れるはずがない。誰かにこの計画が露呈しないかそして誰かに見つからないか不安で仕方なかったのだ。その日の夜は優花里はうとうとしては物音に驚いて飛び起きてしまいろくに眠れなかった。そして、翌朝コンビニの制服を着てなんとかコンビニ船に乗り込み、三河港に上陸できた。そこからしばらく歩いて豊橋駅に到着して名鉄名古屋本線で神宮前まで出た後中部国際空港行きの電車に乗る。その間、アンチョビが起きてしまい、モゾモゾ動いて周りから怪しまれないか気が気でなかった。ここで見つかって誘拐で現行犯逮捕されては困るのだ。きっと塀の外に出た後みほに殺されるだろう。自分たち以外は誰にも荷物を触らせないようにしなければならないし、アンチョビには確実に眠っていてもらわなければならない。優花里は心配で仕方なかったのでちょくちょく鞄を覗き込みアンチョビの様子を伺っていた。しかし、優花里の心配とは裏腹にアンチョビは相変わらずスヤスヤと穏やかな寝息を立てて眠ったままだった。奈那たちは優花里の表情がコロコロと変わる様子をおもしろそうに笑いながら眺めていた。中部国際空港についた優花里はこれでもう安心だと思っていた。飛行機に乗ってしまえば、鞄の中に詰め込んでいるアンチョビのことを誰かに知られる心配もないと思っていた。しかし、奈那の一言で大きな問題に直面することになる。

 

「そういえば、飛行機って保安検査がありますよね…?あれってどう通過しますか?まさか、アンチョビさんを鞄に詰め込んだまま手荷物検査受けるわけにはいかないですし…」

 

「手荷物検査…?大川殿私、飛行機に乗ったこと一度もないのでよくわからないのですがそんなのがあるんですか?」

 

「ええ、一応ハイジャックなどに備えて乗客は保安検査を通過しないと乗れません。ちなみに手荷物はx線検査されます。」

 

「そんな…それじゃあ、アンチョビ殿が鞄の中に詰め込まれているとバレてしまいます…」

 

「こうなったら仕方ありません。アンチョビさんを起こさないように車椅子に乗って普通の搭乗客みたいな風に装いましょう。」

 

奈那の提案で眠ったままのアンチョビを車椅子に乗せて保安検査官にバレることなく保安検査場を無事通過することができた。優花里たちは自分たちが零式輸送機に搭乗することを空港職員に伝えると空港職員はプライベート機が駐機しているエリアに優花里たちを案内した。零式輸送機が駐機してあるエリアに到着すると職員は車椅子に乗ったアンチョビを座席まで運びこんだ。続けて優花里たちも搭乗した。空港職員は爽やかな笑顔で行ってらっしゃいと声をかけてくれた。優花里たちも微笑み行ってきますと返した。空港職員が去ると機長の遠藤は誰も入ってこれないように飛行機の扉を閉めてこちらにやってきた。

 

「皆さん。お帰りなさい。任務は達成できましたか?」

 

「遠藤殿、これをみてください。大成功です。」

 

優花里は椅子に座った体勢で手と足を拘束されているアンチョビを指差しながらニッコリと微笑む。すると、幸子は満足そうに頷きながら微笑みを返す。

 

「それなら良かったです。任務達成おめでとうございます。それではこの飛行機間も無く離陸するのでシートベルトを締めておいてください。」

 

「あ、遠藤殿この飛行機豊田市の上空とアンツィオ高校の学園艦の上空を通ることってできますか?」

 

「え?ええ、できるとは思いますけど、何のために?」

 

「おそらくアンチョビ殿が見る最後の生まれ故郷とアンツィオ高校になると思いますから最後に見せてあげたいんです。」

 

「そういうことですか…わかりました…それじゃあ、アンチョビさんを起こしておいてください。起こしてからセントレアクリアランスに出発の申請を行いますから…離陸したらあっという間に通過してしまいますから…」

 

幸子は一瞬だけ悲しそうな表情になると再び笑顔を見せた。

 

「わかりました。」

 

そういうと優花里はアンチョビの身体を揺すったり叩いたりしながらアンチョビを起こす。

 

「アンチョビ殿!アンチョビ殿!起きてください!アンチョビ殿!」

 

するとアンチョビは目をこすろうとしなら眠そうな声を出す。

 

「まだ、眠い…今何時だ…?あいたた。頭が…痛い…ガンガンする。あれ?手が動かない?足も?」

 

アンチョビは自分が縛られていることに気がついていない。それどころかアンチョビは自分の部屋にいると思っているらしい。目覚まし時計を探し始めた。アンチョビは昨日酒を大量に飲んだことによる二日酔いの症状を起こしているようだった。その様子を見て優花里は離陸の許可を願い出るようにと目で機長の幸子に合図した。そして再びアンチョビに呼びかけた時、飛行機はゆっくりと滑走路に向かって走り始めた。

 

「アンチョビ殿!気を確かに!」

 

「ん?おまえは…誰だ!って…優花里か…何で優花里がこんなところに…?確か昨日は…あっそうか。昨日はおまえたちの歓迎パーティーをやったんだったな。それで、昨日はあのまま眠って…でも、ここは私の部屋じゃなさそうだな…ここはどこなんだ…?おまえたち。ちょっと聞いていいか?ここは一体どこなんだ?」

 

「ここは知波単の零式輸送機の機内です。今から離陸するところです。アンチョビさんには今日、生まれ故郷と母校に別れを告げなくてはいけません。今からこの飛行機は豊田市とアンツィオ高校の上空を通過します。最後に空から別れを告げてください。2度とは土を踏めないのですから…」

 

アンチョビはポカンとしながら首を傾げている。アンチョビは未だに自分の身に何が起こっているのかこれから何が起きるのか分かっていなかった。

 

「アンチョビ殿…自分の今の姿を見て察してください…」

 

「今の姿って…え?!何で私は縛られているんだ?!」

 

アンチョビは目を剥く。その瞬間、零式輸送機は離陸のために滑走を始めた。アンチョビは叫ぶ。

 

「おい!ちょっと!待て!私をどこに連れて行こうというんだ!私をアンツィオ高校に帰してくれ!あの子たちにはまだ私が面倒を見てあげないといけないんだ!」

 

優花里はアンチョビの必死に懇願する目を見てアンツィオ高校に来て何度目かの涙をこぼす。

 

「アンチョビ殿、諦めてください…さあ、離陸しました。あと少しで貴女の生まれ故郷の豊田市とアンツィオ高校が見えて来ます。見納めしてください。」

 

「せめて一つだけ教えてくれ…私はどこに連れて行かれるんだ…?」

 

「大洗女子学園です…」

 

「大洗女子学園って…そういえば角谷から電文が来てたな…アンツィオはお金の問題で支援をする余裕がないから返事を出さなかったが…それで、大洗に連れて行ってどうするつもりだ…?」

 

「それは…まだ答えられません…さあ、そろそろ豊田市上空です。」

 

優花里が指を指そうとした時、アナウンスが入った。

 

『現在、当機は豊田市上空に差し掛かりました。眼下に広がっているのが愛知県豊田市です。次は、アンツィオ高校上空に向かいます。』

 

そういうと5分もしないうちにアンツィオ高校の学園艦上空に差し掛かったというアナウンスが入った。アンチョビは頰を窓にぴったりとくっつける。そして、徐々に小さくなっていくアンツィオ高校の学園艦を眺めながら泣き出してしまった。

 

「あああ…どんどん小さくなっていく…みんなすまない…心配してるだろうな…あいつらこれから大丈夫かな…?いや、私は帰る。絶対にもう一度母校の土を踏んで見せる。」

 

泣きじゃくるアンチョビを見ていると辛くなってくる。優花里は耐えきれなくなった。優花里はポケットから睡眠薬をアンチョビに飲ませようとした。しかし、アンチョビは首を振って抵抗してなかなか飲んでくれない。

 

「やめろ!何する気なんだ!?」

 

「大丈夫です!毒じゃありません。」

 

「信用できるわけないだろう。こんなところ連れて来ておいて白々しい。」

 

「仕方ありません…本当はこんなことしたくないのですが…」

 

そういうと優花里はアンチョビの鼻をつまんだ。しばらくは屁でもないといった顔をしていたがだんだん息が苦しくなって来た。苦しそうにもがくアンチョビに優花里は優しく語りかける。

 

「さあ、早く楽になりましょう。口を開けてください。」

 

アンチョビはついに口を少し開いた。すると優花里はそれを見逃さなかった。すかさず薬をアンチョビの口に投げ入れる。ようやく飲ませることができたと一安心したのもつかの間、そこからがまた一苦労だった。せっかく口の中に放り込んだ薬をアンチョビは吐き出そうとするのだ。なんとか水を流し込み、薬を飲ませることに成功した。すると、薬の効果だろうか。アンチョビは再びうとうとし始めて眠り始めた。アンチョビが眠ったことに安心したのだろう。優花里も眠り始める。帰りも終始順調なフライトだった。優花里が気がついた頃にはすでに大洗女子学園に到着しており、機内には誰一人いなかった。

 

「ん…あれ?皆さんは…?」

 

不安そうな顔で機内を見回していると、機長の幸子がやって来た。

 

「ああ。優花里さん起きましたか。もう大洗女子学園についてますよ。他の皆さんは到着後すぐに降りて行きました。アンチョビさんはみほさんがどこかに連れて行きました。優花里さんはこのまま寝かせておいてあげてほしいと言われたのでこのまま…」

 

「そうだったんですね。お気遣いありがとうございます。」

 

優花里も飛行機を降りる。そして、優花里はみほに任務完遂の報告をするために探し始めた。拠点に向かうとみほはすぐに見つかった。みほは、麻子の研究室にいた。麻子と何やら相談している。

 

「培養は終わっている。だが、本当に効くかどうかわからない。そのために効果を確かめたいが…」

 

「わかった。それじゃあ、これをお茶に入れてアンチョビさんに出すね。」

 

優花里は中で何か恐ろしい内容が話されているのに気がついた。優花里は報告がてらそれとなく聞き出そうと思っていた。扉をノックしようと思っていたその時だった。突然扉が開き、みほが出てきた。

 

「うわあ!びっくりした。あ!優花里さん!お疲れ様!」

 

「西住殿。任務はなんの問題もなく完遂しましたので一応報告を…」

 

「うん!助かったよ!ありがとう!」

 

「ときに西住殿。先ほど何のお話をされていたのですか?」

 

「ああ、優花里さんにも話しておかないといけないね。人体実験の話だよ。」

 

「人体実験…?」

 

「うん!麻子さんがこの間いった、コレラ菌、赤痢菌、サルモネラ菌の培養が終わったけどしっかり病気にすることができるかわからないっていうから3つの菌の効果を確かめるために人体実験をやろうと思ってね。で、今回アンチョビさんがいるよね?アンチョビさんを実験のモルモットとして使いたいなって思って。」

 

「そんな…そんなことして死んでしまったらどうするんですか…」

 

「大丈夫。症状が出たら速やかに治療するから。多少苦しむだろうけど治療すれば問題ないよね?えへへへ。それに、人体実験にアンチョビさんを使うことで怖がらせて逆らえなくする狙いもあるし。まあ、最も逆らったら命ないけどねえ…ふふふ…それに、そもそも私の秘密を知った以上アンチョビさんが無事帰れるわけないよね?アンチョビさんには私の監視下で一生暮らしてもらうか、それとも…殺すか…人体実験のモルモットとして致死率の高い病気や毒ガスの餌食になってもらうのもいいなあ。でも、アンチョビさんの怖がる顔見てみたいから拷問して殺すのも私としてはやぶさかではないけど…ふふふふ…」

 

みほはニッコリと笑いながら廊下を歩き、給湯室の前までやって来た。その日は少し暑い日だった。冷たい麦茶が美味しいだろう。みほはその麦茶の中に試験管の中に入った細菌の培養液を注ぎ始める。

 

「はい。これがコレラ菌の培養液でこれが赤痢菌、えっとこっちがサルモネラ菌。よく混ぜてっと。えへへへ。」

 

みほはニコニコ楽しそうな無邪気な笑顔を見せながらその白く細い華奢な手でティースプーンを手にしてクルクルと混ぜ始めた。

 

「全部入れるんですか…?」

 

「うん。もちろん。時間もないから3つの細菌を入れても効くかどうかという実験も兼ねてるからね。ちなみにこの実験は麻子さんが考えた人体実験だよ。天才とマッドは紙一重っていうけど麻子さんはどっちなんだろうね。ふふふ。」

 

「そんな…まさか…冷泉殿が…」

 

「信じられない?でもそれがまさかの麻子さんが提案してるんだよね。麻子さん、この実験が成功したら今度はもっと致死率が高いペスト菌で実験がしたいんだって。だから、モルモットがもっとたくさん欲しいんだって。できたら老若男女いろんなサンプルが欲しいっていってたな。麻子さん。意外だよね。あんなに抵抗しようとしてたのに。こんなに積極的に生物化学兵器の製造に従事するなんて。えへへへ。人間なんてそんな生き物だよ。業が深いね。だから私は人間を信じることができない。私は何度も裏切られたからね。あの日、黒森峰から追放された時、私は決めたの。もう人間なんて信じない。支配してコントロールしてやるって。そのためには圧政と抑圧そして逆らう者たちの徹底した弾圧をしてみんなを私に逆らえないようにいや、逆らおうと思わないくらいに血の一滴まで恐怖で支配すること、そしてそのためには逆らったらどうなるか徹底的に思い知らせること。そして最後に強大な軍隊を持ち、勢力を広げ続けることこれこそ平和と安定のために必要なんだって。人間は自由なんてものがあるから矛盾が生じてああだのこうだのぶつかり合う。ならいっそのことロボットみたいにしてしまえばいいよね?私がコントローラーになってみんなを支配してみんなはロボットみたいになんでも従って。それが理想だよね。何も考えなくていいから楽だし。いや、むしろ人間は支配されることを望んでいるのかもね。今の時代人間は支配されてるもんね。スマホに。ふふふ…この計画は私のためでもあるけどみんなのためでもあるの。これ以上ぶつかり合って憎しみあわない為にはこれしかない。そして、この計画の為なら私は神にでもなってあげる。有能な人間は重用するけど無能な人間は殺してあげる。間引いて有能な人間だけを残して無能な人間は私が死ぬ理由を与えてあげる。うふふふ。どう?この計画。最高だよね?楽しそうでしょ?えへへへよし完成。特性食中毒麦茶の完成!うふふ。アンチョビさんかわいそうに。作った私がいうのもおかしいけどね。すっごくお腹痛くなるだろうなあ。」

 

みほは楽しそうにみほが考える理想の夢の世界を話す。その世界は歪んだ世界だ。みほが語る考えは狂っている。みほの語る未来絵図は一聞すると狂人が語る戯言に聞こえる。しかし、それをみほが語ると妙に現実感が出るのだ。今までの歴史は自由が勝利して悪政を敷いたファシストたちは皆滅びた。しかし、みほはその歴史を覆す可能性があった。みほなら知らないうちにやり遂げることができそうで怖くて仕方なかった。いや、怖いという概念を超越している。気がついたら知らないうちにそう決まっていそうで怖い。みほは非常に頭が良かった。だから集団を動かす技術も知っている。みほはこんなにも多くの人々を熱狂させて強大な軍隊を作り上げた。そして、みほはその美しい顔と甘い声そして凛々しい軍人としての顔2つを持っている。これもまたみほの才能と言えるだろう。反対にみほの狂気に気がついて止めようとした人々はすでにボロボロだ。腐った建物のように一蹴りしたら脆くも崩れ去りそうなほど弱体化し、滅ぼされようとしている。みほを止められるものはもういない。さらにみほは日本国だけでなく海の向こうの超大国、そして国際社会の裏にうごめく人間のあさましい金の亡者たちの大きな闇にも通じている。みほの心の中には何があるのだろうか。みほの心には悪魔と悪神が住んでいる。もちろん。最初から住んでいたわけではない。みほの心は最初は真っ白で絹のように綺麗で光に包まれていた。しかし、黒森峰時代、いじめられたことで蓄積され始めた憎しみと怨みは心に悪魔と悪神を住み着かせ、彼らを大きく育てた。そして綺麗だったみほの心の中を真っ黒に染め上げ、ついにはみほの心に光さえも抜け出せないブラックホールを作り上げた。この頃になるとみほは勢いに乗りに乗って残虐行為も何もかもどんどんエスカレートして止まることを知らなかった。優花里は皆がロボットのように生気のない顔をして、ドイツ第三帝国の軍服を着こんだみほが出す、残虐な命令を何の疑問もなく実行している姿を思い浮かべた。優花里の顔から血の気が引いていくのがわかった。みほは、艶めかしくコップのフチを撫でながらニヤリと不敵な笑みを浮かべていた。

 

つづく


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