血塗られた戦車道   作:多治見国繁

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みほ陣営のお話です。


第67話 秋山優花里の抵抗

みほは執務室の引き出しからアンチョビの拉致に関する命令書を取り出すと実行を命令するサインをした。そして諜報活動局長の優花里を呼び出し命令書を手渡した。

 

「それじゃあ。この通りアンチョビさん。本名安斎千代美さんの拉致よろしくね。今回は優花里さんが再教育している元生徒会軍の子たちも連れて行ってあげて。使えるかどうか見定めたいから。」

 

みほは微笑みながら書類を差し出した。優花里は差し出されたその書類を受け取らずに下を向きながら黙っていた。優花里は今回の作戦は心の底からやりたくないと思っていた。この度の戦争で命を取り合った元敵ではあったものの、誰が自分が可愛がり、愛情を持って接していた者たちを犯罪者に染め、手を汚させたいと思うだろうか。優花里は元生徒会軍の者たちを本当に優しく再教育しており、鬼だ、悪魔だと言われ、血も涙もない非情で冷酷な軍隊と評されたみほ率いる反乱軍の中でも優花里だけは天使だと言われていた。特に四悪と言われた反乱軍の幹部クラスの西住みほ、澤梓、川島恵子、赤星小梅とは違い、優花里は異質であり数少ない心のある人物だと評されていた。優花里は元生徒会軍の者たちには罪の意識に苛まれることもなく幸せに暮らしてほしいと心から願っていた。優花里は心の中で呟いた。

 

(手を汚すのは自分だけで充分です。私はもう汚れに汚れきっているのですから。だけど、私が教育を担当している生徒会軍の子たちにはこれから先も幸せに暮らしてほしいです。何としても守りきらなくては。)

 

優花里はいかにしてみほの魔の手から元生徒会軍の者たちを守ろうかと思案していた。

 

「優花里さん?どうしたの?」

 

みほは訝しげにこちらの様子を伺っている。優花里は腹をくくった。思い切って自分の思いを素直にみほに伝えてみることにした。

 

「西住殿…私は今回の命令には承服しかねます…」

 

みほは一瞬全ての表情が抜け落ちた。そして、すぐにニコニコ満面の笑みを浮かべる。そして、優花里に質問を返した。

 

「優花里さん?今なんて言った?」

 

「で、ですから。今回の命令には承服しかねると…特に、元生徒会軍の子たちを行かせるのはやめておいたほうがいいかと愚考いたします。まだ元生徒会軍の子たちは諜報員としての練度が低く、とても諜報員としての資質はありません。ですから、今回は私一人で行かせてください。」

 

嘘だった。生徒会軍の者たちは練度はとても高い。もうどこに出しても恥ずかしくはない諜報員になっていた。

 

「そっか。わかった。わかったよ…」

 

優花里はホッとした。優花里は生徒会軍の者たちを守りきれたと確信していた。しかし、それも束の間だった。

 

「ありがとう…」

 

優花里はみほにそこまでお礼を言いかけた。その時だった。みほはクスリと笑いながら大きく手を振り上げて優花里の頰を打った。パーンという優花里の頰を叩く音が部屋中に響き渡った。

 

「ふふ…優花里さん?どう?痛かった?それで?言いたいことはそれだけかな?さっき言ったこと、全部嘘だよね?」

 

「え…?」

 

優花里は頰を叩かれたことに驚きよろめきながら座り込み、呆然としながら頰を抑える。みほの目は人間を見る目ではなく、まるでゴミを見るかのような冷たい目をしていた。

 

「お…お言葉ですが…嘘ではありません…私が言っていることは本当です…」

 

みほは蔑みながらもう一発優花里の頰を打つと机の引き出しから書類の束を取り出して優花里の目の前に投げ渡した。

 

「まだいうの?これを見ても同じことが言えるかな?」

 

優花里はその書類の束を手に取り目を剥く。それは、優花里が預かっている諜報員部隊の練度についてのレポートだった。

 

「これは…?」

 

「あははは。これは川島さんが提出したレポートなんだけど、このレポートによると優花里さんが預かっている諜報員部隊は全員練度も高くて任務にも十分耐えうると記述されているんだけど、優花里さんはそれでもまだ彼女たちに資質がないというんだね。私もこっそり見たけどどう見ても任務に投入できると思うよ。それでも優花里さんはまだまだっていうんだね。優花里さんは私の目がおかしいっていうのかな?それとも、ただ単に彼女たちを任務に出したくないだけなのかな?」

 

「それは…」

 

優花里は口ごもった。正直に言うべきか嘘をつき通すべきか迷っていた。優花里は苦い生唾を飲み込む。そして、覚悟を決めたかのように目を見開く。

 

「はい。嘘です。本当はどこへ出しても大丈夫なほど練度は高いです。しかし、私は彼女たちを使いたくないのです。彼女たちは私が愛を持って教育したいわば教え子です。お願いです…今回は私だけでいかせてください…」

 

優花里は涙を流しみほの脚にすがりつきながら嘆願した。しかし、みほは相変わらずゴミを見るような冷たい目を優花里に向けてため息をつくと優花里を蹴り飛ばした。

 

「優花里さん。邪魔です。離れてください。」

 

「うぐ…」

 

優花里は蹴り飛ばされ転がる。みほはさらにもう一回優花里のみぞおちの部分を思いっきり蹴り飛ばし、踏みつけた。

 

「ぐはあ!うぅ…」

 

みほは苦しそうに腹を抑えながうなだれる優花里を嘲笑う。

 

「あははは。優花里さんが彼女たちをたいそう可愛がってるって聞いてたから、もしかしたらその子たちに任務をさせたがらずに小賢しい小細工をするかもしれないって思ったら予想通りだったね。愛か。優花里さんにとってはそうかもしれないね。でも、私にとったら単なる道具にすぎない。道具は使わなくちゃ。ねえ?優花里さん?」

 

優花里は自身の身体中からダラダラと嫌な汗が噴き出してくるのがわかった。優花里はまさに蛇に睨まれた蛙のように動けなくなっていた。みほは今にも優花里に襲いかかってきそうだ。優花里は口を力なく開閉させる。

 

「西住殿…西住殿…」

 

優花里はみほの名をうわごとのように紡ぐのが精一杯だった。

 

「それで、優花里さんの処遇はどうしようか!?嘘の報告は重罪!この場で処刑してあげることもできるんだけどねえ!?」

 

みほは悪魔のように高らかに笑いながらスラリとサーベルを抜く。

 

「西住殿…どうかお許しを…」

 

「うふふふ。さあ、覚悟はできた?優花里さんは有能だと思ってたのに残念だなあ。でも、無能なら仕方ない。無能な人間は死ななくちゃいけない。まさか優花里さんをこの手で処分しなくちゃいけないことになるなんてね。思っても見なかったよ。このサーベルまだ人を斬ったことがないみたいなんだ。優花里さんが初めてだねえ。切れ味を確かめるいい実験台ができたよ。あ、そうそう。優花里さんが預かっていた子たちは全員私が直轄部隊として育てるから安心して。とことんこき使ってあげるから。さあ、最期に神仏に祈って。次は私と巡り合わなければいいねえ。うふふふ。」

 

みほはサーベルを構えると優花里に向かって振り下ろそうとする。優花里は逃げようと手足を動かそうとするが恐怖ですくみ動かない。みほはどんどん迫ってくる。終わりだ。斬られると思いぎゅっと目を瞑る。その時である。突然の声が叫んだ。

 

「隊長!おやめください!秋山先輩はこれから先の戦争に必要不可欠な人物です!どうか、ご再考を!」

 

梓だった。梓はみほの手に握られたサーベルを無理やり奪い取る。

 

「梓ちゃん…?何をするの…?返してよ…」

 

みほはゆらゆらと身体を揺らしながら梓に迫る。みほは再び裏切られた怒りに支配されているといった様子だった。優花里と梓はみほを裏切るつもりはなかったが、みほには裏切ったように見えたらしい。

 

「隊長!正気に戻ってください!隊長は怒りに支配されている!いいですか?秋山先輩ほど有能な人物はいません!」

 

「黙れ!さあ、サーベルを返しなさい!」

 

「ダメです!返しません!」

 

みほはギリッと歯を鳴らす。その表情は怒りに満ちていた。

 

「そうか。おまえまで上官に逆らうと?わかった。そこまでいうなら澤梓!秋山優花里!おまえたち二人ともまとめて死んでもらう…」

 

みほは梓と優花里を睨みつけながら懐から拳銃を取り出し、梓と優花里に向けた。

 

「わかりました…隊長のそばにもういらなくなるのは心残りですが…思う存分撃ってください…」

 

優花里は梓がみほを挑発するようなことを言ったので驚いた。そして、これで何もかもおしまいだと感じた。しかし、梓は動じることなくみほの前に立ちふさがっている。みほはずっと拳銃を構えている。その時だった。みほは頰を緩める。

 

「ぷふっ!ふふふふ。あははは。ああおもしろい!あははは。」

 

「西住殿…?」

 

優花里はポカンと口を開けて不思議そうな顔をしている。みほは優花里の様子をおもしろそうに眺め、首を傾げる。

 

「ん?どうしたの優花里さん?」

 

「どうしたのはこちらのセリフです。突然笑い出してどうされたのですか…?私は殺されるんじゃ…」

 

優花里の困惑のしようにみほは腹を抱えて笑い転げる。

 

「あははは。確かに優花里さんは罪を犯した。でも、優花里さんにはまだ利用価値はある。殺すつもりは最初からなかったんだよ。ちょっと痛めつけて終わりにしようかと思ってた。でも優花里さんがあまりにも怖がるからちょっとからかっちゃおうって思ってね。」

 

「うぅ…西住殿酷いです…」

 

「でも、嘘の報告をしたのは確か…それなりの処分は覚悟しておいてね…」

 

「はい…」

 

みほはニヤリと笑い頷くと優花里の肩に手をおく。

 

「それじゃあ、優花里さん。よろしくね。」

 

みほは改めて命令書を差し出す。しかし、優花里はためらっていた。これを受け取ったら自分が愛を持って育てた元生徒会の手を汚させなくてはいけない。そんな優花里の様子を見てみほは拳銃を優花里の胸に突きつけながら優花里の耳元で囁いた。

 

「優花里さん。今度はいくら利用価値のある優花里さんでも許さないよ。腐ったみかんは取り除かなくてはならない。優花里さんのせいで私に反逆する人間が増えたら困るからね。早いうちに処分しないといけなくなっちゃう。私にこれの引き金を引かせないで。お願い。さあ、優花里さん。」

 

「うぅ…」

 

優花里は声にならない声で呻いた。みほは拳銃を優花里に突きつけながら軍隊を指揮する司令官のような低い声で凄むように優花里に命じた。

 

「秋山優花里…命令書を取りたまえ。」

 

優花里は守りきれなかった悔しさに涙を流しながら受け取った。

 

(みんな…ごめんなさい…私はみんなを守りきれませんでした…私を許してください…)

 

優花里は心で呟く。優花里が悔し涙を流しながらみほを見る。みほの顔は軍帽で暗くなっていた。よく見えなかったが一瞬だけその目が見えた。優花里はその目の奥の狂気と対面した。みほは優花里を蔑み、嘲笑っていた。そしてみほは優花里にだけ聞こえる声で呟く。

 

「ふふ…私に逆らうなんて100年早い…私に逆らったこと後悔させてあげるよ…思い知らせてあげる…私に逆らうとどうなるか…ふふふ…あははは…」

 

みほは優花里にとってとてつもない苦痛を用意しようと考えていた。みほが優花里にどんな苦痛を与えたのか。それがわかるのはまだしばらく後のことだ。さて、優花里はこの任務を生徒会軍の者たちに伝えなくてはならない。優花里は命令書を手にしてそれを握りつぶしてぶるぶる震えていた。

 

つづく


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