私を含めて皆、沈痛な面持ちをしている。当たり前だ。澤梓の話は地獄というものが本当にあったとしたらそれがこの世に具現したかのような話だ。利き手の指を全て切断される恐怖は想像を絶する。
「そんなことが…そんなことが起こってたなんて知らなかった…許して…」
角谷杏は涙を流しながら犠牲になった御霊に必死で許しを請う。
「私もこんなことが起こっていたなんて知りませんでした…」
秋山優花里もこのようなゲームが開催されていたことに気がついてなかったという。私は意外に思った。私は疑問点を秋山優花里にぶつけた。
「秋山さんも西住さんと同じ陣営でしかも幹部クラスだったのに知らなかったんですか?」
「ええ、私はあくまで諜報活動局の局長であり、その職を拝命してからは捕虜たちや収容所の収容者についてはあずかり知らなくて…まあ、そもそもはこの戦争において特に西住殿の陣営は自分の職務については口外しないことが原則になっていましたから、誰も語ることがなかったんです。私も、この戦争の体験話を語るのは初めてなんです。」
「私も同じです。秋山先輩から諜報活動局の話を聞いたこともなければ収容所の職務や戦争の体験について誰にも話したことなんてありません。話せるわけないですよ。特に子どもや夫になんて、実は私の手は血塗られていて何人もいや、何十人もこの手で殺したことがあるなんて言えるわけ…」
「そうですよね…辛い記憶を思い出させてしまい、申し訳ありません…」
私が暗い顔をして2人に謝ると、気にする必要はないといった顔をして私を励ましてくれた。
「いえいえ、貴女から取材の依頼がなければ私たちはこの話を墓場まで持って行くつもりでした。今、話せてよかったです。」
「そうです。私たちが体験した地獄ともいえるこの話を伝えてください。」
「ありがとうございます。頑張ります。」
私は4人に向かって頭を下げてお礼を言った。4人は静かに微笑んでいた。すると、秋山優花里が気がついたように声を上げる。
「うわあ!もう深夜1時回ってしまってます!すっかり話し込んでしまいましたね。明日も話す時間はありますから今日はお開きにしましょうか。」
「こんな遅くまで付き合わせてしまって申し訳ありません。取材を受けていただいてありがとうございました。明日もよろしくお願いします。」
「ホテルに部屋が取ってあるよ〜澤ちゃんと秋山ちゃんと山田さんの3人部屋で310号室私と小山が311号室。それじゃあまた明日〜」
「え!?私は、帰りますからお気遣いなく。」
「いやいや、気にしないでよ。せっかく大洗に来たから大洗でゆっくりして言って欲しいんだよね。これはこれからの取材を受ける条件だよ。」
そこまで言われてしまっては仕方がない。私は、お言葉に甘えてそのホテルで泊まっていくことにした。
「あのぉ、本当によろしんでしょうか。」
「会長もあのように言っていますから、いいと思いますよ。というより、泊まっていけって言われてましたよね?取材を続けたいなら泊まっていくことが得策だと思いますよ。」
私は恐縮しながら秋山優花里たちと部屋に向かった。つくづく私は驚いていた。どこの誰かもわからない大手の記者ではなくフリーの私にこんなに優しくしてくれる大洗の4人に心から感謝した。私はやはり信じられない。何度も思っていることだが、私は目の前の女性がかつて殺しあい、憎しみあい、澤梓に至っては非人道的なゲームの主催者側に身を置いていたなどという事実があったとは考えられない。私は西住みほという人物に一度会ってみたいと思っていた。いったいどのような人物なのだろうか。また、彼女たちは西住みほのどこに惹かれたのだろうか。その謎を探るためには西住みほが悪魔と化した原点である、黒森峰時代のことを知る必要があるだろう。そんなことを考えていると部屋の前に着いた。
「それじゃあ、また明日ね。おやすみ〜」
「おやすみなさい。」
「はい!おやすみなさい!明日はラッパでモーニングコールしますね!」
「秋山先輩!迷惑ですからやめてください。」
「あははは。冗談ですよ。」
「本当にお気遣いありがとうございます。おやすみなさい。」
私と秋山優花里と澤梓は部屋に入る。秋山優花里と澤梓はベッドに腰掛けた。
「あぁ〜疲れた。お風呂、どうしますか?大浴場、今なら誰もいないですしゆっくりとできると思いますが。この大浴場には露天風呂もあるみたいです。このホテルは海のすぐそばにあるので、雄大な海も眺めることができるなかなか定評のある露天風呂のようですよ。」
「露天風呂!それじゃあ、私も行きます。山田さんはどうしますか?」
「それじゃあ、私もご一緒します。」
私は秋山優花里とともに入浴セットを持って大浴場に向かった。すると、大浴場には先客がいた。角谷杏と小山柚子だった。
「あははは。また、会いましたね。」
秋山優花里が笑うと角谷杏と小山柚子も同じように笑った。
「あははは。みんな同じこと考えるよね。ここのお風呂は眺めいいし、気持ちいいからね。」
「ここの温泉の効能は肩こりによく効くって聞きますよ。」
小山柚子がここの効能を説明してくれた私は思わず喜んでしまった。
「それは嬉しいです。最近記事を書いてると肩が凝って仕方なくて…」
「あははは。年取るのは嫌ですよね。私も山のような学生に提出してもらう課題レポートを読んで評価をつけないといけないので身体中が凝って仕方ないですよ。」
「秋山先輩も大変そうですね。私も子育てやら家のことやらでストレス溜まりまくりですよ。」
「たまにはいいよね。温泉も。私は毎回、小山が厳しい質問ばかりしてくるからストレスが…ん?みんなどうしたの?」
「い、いえ会長どうかご無事で。」
秋山優花里と澤梓が角谷杏と小山柚子から離れていく。角谷杏は2人の行動を訝しげに見ていた。
「ちょ・う・ちょ・う?」
小山柚子は角谷杏の肩に手を置きがっしりと角谷杏の肩を掴むと角谷杏は身体をビクッと震わせて顔を強張らせ、後ろを振り向く。小山柚子の顔は笑っているが目が全く笑っていない。
「小山…どうしたの…?」
「どうしたのじゃありません!私は野党の議員なんですから町長に色々追及するのが仕事なんですからね!しっかりしてくださいよ!大体、これじゃあ私だけが全てのストレスの原点みたいじゃないですか!どういうことですか?」
小山柚子はガミガミと角谷杏を叱っている。角谷杏は小さくなって耐えていた。そんな元生徒会をよそに私は秋山優花里に尋ねる。
「あの…戦争に参加したのは皆さんだけじゃないですよね?単刀直入に聞きます。知波単の西絹代さんと黒森峰の赤星小梅さんはそのあとどうなったんですか?」
私の問いに秋山優花里は少しためらいつつも話し始めた。
「西殿は最後の最後まで西住殿に付き従いました。というよりも、傀儡状態と言った方が良いでしょうか。とにかく西住殿に心も何もかも全てを支配されていました。西住殿のどんなに理不尽な要求でも何でも聞いていました。いいえとは言わなかったと記憶しています。確か、知波単の戦車道の教員をしているはずです。」
「なるほど、現在教員ですか。一応、ほかの学園艦は独立を保証されていますよね?それなのになぜ西さんは西住さんのいうことをなんでも聞いたのですか?」
「そうですね。普通ならそうなります。しかし、西住殿は抜け穴を見つけたのです。西住殿は学園艦の本来の役割、生徒の自主独立心を養い、高度な学生自治を行うためこの部分に着目したんです。」
「どういうことですか?」
「私たちが戦車道をはじめたきっかけ、これは大洗女子学園が廃校になるという危機だったから戦車道の試合で優勝すれば廃校を撤回するといわれたのではじめたというのは知っていますよね?西住殿はここに目をつけました。つまり、こうした事態は自治が充分に認められていない。という確たる証拠であるとして文科省を中心とする関係各所に手紙と意見書を送りつけたわけです。その意見書の内容は学園艦自治協議委員会の設置を求めるものでした。その意見書は確かにその通りであるとして問題なく認められました。この協議委員会では、学園艦間の貿易や産業などの協議、それと自治に関する審査が行われる組織でした。この協議委員会で自治が充分でないと認定されると自治協議委員会から自治不十分を認定された学園艦に顧問を派遣することができると定められていました。その顧問の権限は強大で学園艦における様々な自治権利をその学園艦の生徒会長などの許可や委任がなくても協議委員会が許可をすれば代わりに行使できるという権限を有していました。ここまでは良かったのです。しかし、その後の文科省の対応がまずかった。どういうわけかその協議委員会の委員長として西住殿を任命し、委員の選定を西住殿に委任したのです。おそらくは、西住殿が文科省に脅しをかけたのでしょう。その選定の前後に西住殿と文科省の役人そして文科大臣が面会しているのを目撃したことがありますが明らかに西住殿の方が立場が上でした。役人と大臣はひれ伏している様子でした。その時に西住殿は役人たちに委員の選定権を認めるようにと脅したのだろうと思います。つまり、その選定は最初から決定されているようなもの、西住殿の息のかかった人物ばかり選ばれるということです。なので、この協議委員会でも西住殿のやりたい放題にできるというわけです。支配したいところがあれば自治不十分を認定し、自分の息がかかった人物を顧問に任命してその顧問を使って支配を進めればいいのです。その制度の犠牲になった代表が知波単というわけです。西住殿は知波単を自治不足と認定し、顧問を送り込み、その顧問に次々と知波単、戦車隊隊長の西殿が認められている権利、すなわち軍令権をはじめとする軍事権と知波単生徒会の権利を奪い取らせました。西住殿に任命された顧問は軍事権と政権を西住殿に委任するという規定を定めたのです。これで、西住殿の支配は完全に完了です。つまりは、西殿たちの上に西住殿が糸を操っている。西殿たちは単なる操り人形にすぎないというわけです。これが西さんたちが西住殿の言うことを聞かざるを得ない秘密です。」
「政治家や官僚までも西住さんにひれ伏すなんて…すごい影響力ですね。そして、やり方も悪辣。そう言う制度を作ってしまえば合法的に支配できるということですからね。恐ろしい…」
「ああ、そういえば隊長、眼鏡をかけた役人と小太りの中年男性を連れてきていましたね。私はその人たちに収容所とガス室に案内するように言われて案内した覚えがありますね。その時、隊長が何やらその男性たちの耳元で囁いたのですが、その人たちは途端に青い顔をして、許してください。なんでも言うことを聞きますからって言ってました。その様子を見て隊長は笑っていました。あの悪い笑顔は今でも鮮明に覚えています。」
「なるほど…そんなことが…赤星さんは30年経った今どうなったんですか。」
「存命しているはずです。西住殿のことを愛しているというような感じでしたから。赤星殿は卒業後西住殿と一緒に姿を消しました。今でもおそらく西住殿と行動を共にしているかちょくちょく連絡を取り合っているのではないのかなと思われます。西殿の行方はわかりますが赤星殿はどこに行ったかわかりません。」
「あの、大変厚かましいお願いですが、今度西さんを紹介していただけませんか?」
「わかりました。お話ししていただけるかはわかりませんが、西殿に連絡を取ってみます。」
「ありがとうございます!それと、西住流の現在ってわかりますか?熊本に本家があることは聞いているのですがそれ以上はわからなくて…」
「風の噂では聞いたことですが、現在、一家は行方不明で西住屋敷は不審火で焼け落ちたとのことです。まあ、噂なので真偽はわかりませんが…」
「なるほど…」
私は腕を組み西住みほという人物について考える。私はますます西住みほという人物に面会してみたいと思った。私は、西住みほという人物に謎めいた魅力を感じ始めているのがわかった。私がいつまでも風呂に入っていて動かないので秋山優花里が心配して声をかけてきた。
「あの、山田さん?大丈夫ですか?」
「ああ、申し訳ありません。大丈夫です。考えごとしてました。」
私たちは身体を洗い、部屋に戻った。部屋に戻るともう2時を回っていた。私たちは部屋に早く戻りすぐに眠ることにした。新たな証言も得られたし、もしかしてさらに新たな人物、西絹代に話を聞くことができるかもしれない。明日もたくさん4人から証言を聞き取りをする必要がある。西住みほという人物がどんな人物だったのか、そしてあの時何が起こっていたのかそれを解き明かすことは私の使命である。私は床に就きながらあの時起こっていたことをそして西住みほという1人の少女に翻弄された者たちがいたことを次代に伝えていくことを決意していた。
つづく