血塗られた戦車道   作:多治見国繁

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西住みほの陣営のお話です。


第64話 引き裂かれた姉妹

みほは、楽しそうに笑いながらゲームを続けるように促した。

 

「さあ!楽しいゲームの続きを始めましょう!新しい局面を迎えた最高の憎しみあい、殺し合いのデスゲームを!」

 

「うう…痛いよ…痛い…うう…うああ…」

 

空は床に突っ伏しながら苦痛にあえいでいる。いつまでも、苦しみ、悶える姿を見て真央は少し苛つきながら空に早く席についてゲームを続けるように冷たく言い放った。

 

「空!早く席についてよ!さっさとはじめるよ?もし、ゲームに参加する気がないならあんたが死になよ。」

 

「うう…そんな…お姉ちゃん…ひどいよ…これもみほさんのせいなの?こんなことがある前は優しいお姉ちゃんで私の自慢のお姉ちゃんだったのに…どうして…」

 

美幸の悲しそうな声に真央は唇を噛む。そうである。こんなことがある前は、真央という人間はこんなに冷酷な人物ではなく、むしろ心優しく明るい人物だった。

 

「私だって…こんなこと…やりたくなんてない…誰が…妹や家族の苦しむ姿や死ぬ姿が見たいだなんて…でも…生きるためには…自分だって変えなきゃ…ごめんね…みんな…」

 

真央は皆に聞こえない声で呻く。真央はわざと血も涙もない冷酷で家族を殺すこともいとわない人物を演じていた。みほの好みになるために。そして、みほのそばで生き残るための最大限の努力をした。

 

「お姉ちゃん…?なんか言った…?」

 

「な、何でもないわ。さあ、ゲームの続きをやるわよ。生き残るための殺し合いを。」

 

美幸は訝しげに真央を見ている。真央は一度、目を瞑り息を深く吐くと目を見開いた。そして、空から背を向けて座った。指を切断された手をおさえながら痛みで苦しそうに席につこうとする空を見ると涙が溢れてきそうで仕方なかったからだ。すると、みほが微笑みながら近づいてきた。そして、真央の耳元で囁く。

 

「へえ〜、そういうことだったんだ。私に気に入られるためにわざわざこんな小細工をねえ。」

 

真央は目を剥く。まさか、みほに聞かれているとは思わなかったのである。そもそも、聞こえないように呟いたつもりだった。他の誰にも気づかれていないのにみほだけは真央の呟きに気がついた。内容まで全て。真央は震え上がった。

 

「な、なんで…」

 

「うふふふ…私に聞かれていないとでも思ったの?私はいつでもどこでも貴女たちを監視しているし、いつでもどこでも貴女たちの会話や呟くことも全て聞いています。特にこの空間にいる間はね。くれぐれも気をつけてくださいね。えへへへ。これから先のこともありますから。ふふふ…」

 

みほは真央の肩にポンと手を置き、すうっと撫でた。真央はプルプルと恐怖で肩を震わせ頷いた。みほは真央を嘲笑うように見下していたが、翻ってゲームの再開を宣言した。

 

「さあ!ゲームは自らの指を引き換えに5000万アンコウを追加した空さんが追い上げるのか!それとも真央さんがそのまま独走するのか!さあ、わからなくなってきました!ステージ4スタートです!」

 

空は椅子に座っているのもやっとという状態だった。苦しそうに声をあげ息を切らしている。切断された右手からはポタポタ血が滴り落ちている。そんな状態ではとても正常な判断などできるわけがない。しかし、無情にもゲームは始まる。皆、賭ける目と金額を決め、告白の時間が訪れた。真央は今までとは打って変わって少し控えめの500万アンコウを賭けた。今回出た目は2の黒だった。全員、黒もしくは偶数だと宣言した。

 

「わかりました。ここで皆さんにお知らせがあります。今回から、このゲームにどこに何人賭けたかわかる制度を取り入れようと思います。皆さん、タブレットの右下をご覧ください。サーチと書かれているアイコンがあります。そこをタップしてみてください。」

 

皆、一斉にタップする。すると、そこには黒2名赤1名偶数1名と書かれていた。みほは説明のために持っていたタブレットを皆の方に見せるとニヤリと笑う。

 

「これは…」

 

「うふふふ…おかしいですね。赤が一人つまり、一人だけ嘘つきがいますね。一体誰でしょうね。嘘をつく人は。」

 

「そんな…酷い…私が指を失ってまで手に入れたものを…酷すぎる…あ…」

 

そうだ。赤に賭けたのは紛れもなく空だった。普通の状態だったら、こんなこと口を滑らせるわけがないにもかかわらず、指を失い正常な判断ができなくなっていた空には困難だった。みほは、正常な判断ができない人間が追い詰められるとどうなるのかといういわば心理実験を見越してこのゲームにこのような悪辣な制度を取り入れたのだ。みほは、あいかわらずニコニコと微笑んでいる。

 

「さあ、誰でしょうね。嘘つきは。誰か、追及したい人はいますか?」

 

「私…追及するわ…」

 

「はい。わかりました。それでは真央さん。追及するのは誰ですか?」

 

「空…貴女ね…嘘をついているのは貴女…」

 

「嘘でしょ…真央…」

 

「お願いだ…真央…取り消してくれ…」

 

「お姉ちゃん…どうして…」

 

「え…お姉ちゃん…どうして…どうして私を殺そうとするの…?私に何の恨みがあるの?私が何をしたというの…?」

 

「あははは。空さん!貴女が賭けた真実の目はなんですか?さあ、本当の告白をしてください!」

 

「い…嫌です…お願いです…見逃してください…お願いします…」

 

「追及に対する拒否権は認めません。もし吐かないというのであれば拷問をして無理やりにでも吐かせてあげましょうか?私はそれでも構いませんが?えへへへ。白くて綺麗な柔らかい太腿ですね。私はこれ以上貴女をだるま女みたいにはしたくないですが、吐きたくないというなら仕方ないですね。」

 

みほは、空の太腿をそっと撫で回し、いやらしい手つきで揉んだ。そして、斧を手にして構えた。みほは今にもその斧を空の脚にむかって振り下ろしそうだ。

 

「わ、わかりました…わかりましたから…これ以上私の身体を傷つけるのはやめてください!お願いします…」

 

「うふふふ…分かればいいんですよ。さあ、貴女が賭けた真実の目は?」

 

「ごめんなさい…私が嘘をついてました…私が賭けた本当の目は赤です…」

 

「真央さんの勝利!真央さんには空さんから1500万アンコウの支払い!と同じく1500万を報酬としてこちらから支払い!合計金額32億5500万アンコウ!空さんは2500万アンコウのマイナス!合計金額2500万アンコウ!」

 

「あああ…あんな耐え難い苦痛を味わって追加資金を手に入れたのに…こんなにあっさりと…お姉ちゃん…なんで…私に…なんの…怨みが…うわああああ!」

 

空は錯乱して倒れた。気絶したのである。みほはその一部始終をニコニコと笑いながら見ていた。

 

「きゃあ!空!」

 

「空!大丈夫か!?」

 

「お姉ちゃん!お姉ちゃん!」

 

父親の賢治、母親の雅子そして妹の美幸は空の側に駆け寄り必死に空の身体を揺らしている。真央は平静を装っているが拳を握り身体を震わせている。真央は内心ではみほを憎んでいたし、もっとも妹のことが心配でたまらなかった。そんな真央の想いも知らないで美幸は真央のことをひどく憎んだ。真央はもともと冷酷で最初から空を葬ろうと考えていたと思い込んだ。憎しみと怨みの表情で空は真央の後ろ姿を睨みつけている。

 

「殺してやる…」

 

美幸は声にならない声で呟いた。みほは憎しみと怨みを露わにしている美幸の側にしゃがみこむと肩を抱きながら耳元で囁いた。それは悪魔の囁きだった。

 

「お姉ちゃんがそんなに憎いの?殺したいほど憎いの?怨んでいるの?なら殺せばいいんだよ。だって、空ちゃんをこんな目にあわせるきっかけを作ったのは全部お姉ちゃんの真央さんなんだから。全てを奪い取ってゲームオーバーにしてしまえばいいんだよ。あ、そうそう。さっき殺してやるって言ってたけど、私を殺そうなんて思わない方が身のためだよ。私はいつでもどこでも貴女たちの行動を監視している。うふふふ…」

 

「わかってます…私がみほさんに敵うわけありませんから…」

 

みほは立ち上がり、唇を噛む美幸と倒れている空を蔑むように見下ろした。

 

「わかってるならいいけどね。もし、私に逆らったりしたらその瞬間貴女の命はない。ゆめゆめ忘れないようにね。また、中断ですか、本当に空さんは仕方ない人ですね。」

 

みほは倒れている空を見るとつまらなさそうな口調でそういう。そして、空の頭を蹴り上げた。

 

「みほさん!何するんですか!倒れているお姉ちゃんを蹴るなんて!さすがに酷すぎます…」

 

「あははは。酷い。酷いか。あははは。それじゃあ美幸ちゃんも蹴って見るといいよ。動かない人間を蹴るのは楽しいよ。ほらほら。」

 

みほは、美幸たちの必死の抗議を嘲笑うかのように空の身体を蹴り、さらに頭を地面に踏みにじった。みほの行動はどんどんエスカレートした。

 

「梓ちゃん!塩と登山用のスパイク持ってきて!」

 

「わかりました。」

 

みほは、梓に塩とスパイクを持ってくるように指示した。しばらくすると梓は塩とスパイクを持って戻ってきた。みほはビニールの手袋をすると空の右手に巻かれた包帯をほどきはじめた。

 

「みほさん…一体何を…?」

 

「うふふふ…それは見てからのお楽しみ。」

 

空の右手から全ての包帯が取り去られた。その手は痛々しい切断面が見える。まだ血が止まっていないようだ。血がどんどん流れてくる。みほは悪戯っ子のような笑みを浮かべると塩を手に取り、その塩を空の右手の指の切断面に塩を塗りたぐったのだ。

 

「あはははは。痛そう。目が覚めた時、激痛が走るよ。かわいそうに。あははは。あ、そうだ。おまけに唐辛子も塗ってあげよう。えへへへ。目が覚めた時が楽しみだなあ。」

 

さらにその右手を登山用のスパイクで踏みにじった。登山用のスパイクには棘状のものが付いている。わざわざ靴を履き替えてみほはそんな行動をとったのだ。みほの全体重がその棘状のものに伝わり、空の右手に新しい傷を作る。みほは楽しそうに空の右手踏み潰している。美幸はもうみほを許せなかった。みほには絶対に敵わないとわかっていてもだ。何としても、空の仇を取りたいと思っていた。真っ白で純粋だった美幸の心は真央とみほへの怨みと憎しみで真っ黒に染まっていった。

みほは、美幸が自分に対して怨みと憎しみを抱いていることに感づいていた。しかし、みほはわかっていた。美幸は決して自分に対して攻撃や反抗ができないことに。みほはこの状況を楽しみ、最も憎い悪魔西住みほを殺したくても殺せない哀れで可哀想な美幸の心を弄んだ。そして、憎しみと怨みを募らせる美幸を嘲笑うかのように満身創痍の空を痛めつけ続けた。みほは確信していた。美幸はこのデスゲームからおそらく最初か2番目の脱落者になり生還をすることは絶対にないと。

 

(うふふふ…美幸ちゃん。私を怨んでるね。怨みと憎しみに心を支配されてる。せいぜい長生きしてね。まあ、恐らくはすぐに脱落することになるとは思うけど、せいぜい私を楽しませるために踊ってよ。私の掌の上でね。うふふふ。あははは。)

 

みほは心の中で呟く。みほは美幸がファラリスの雄牛に入られて恐怖に歪む顔を想像して微笑んだ。

 

つづく。


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