血塗られた戦車道   作:多治見国繁

59 / 150
みほ陣営のお話です。


第54話 処刑

梓は、牢獄の扉の前に立ちオレンジペコに語りかける。

 

「オレンジペコさん。よろしいですか?」

 

「はいどうぞ。」

 

梓は雑居房の扉を開け中に入る。

 

「どうしたんですか?」

 

オレンジペコは梓に微笑みかける。オレンジペコは傷だらけで手当もされずに裸で放置されている。あんな酷い目にあったのにこんなに優しい笑顔を見せてくれるオレンジペコはまるで天使のようだった。

 

「なぜオレンジペコさんたちはそんなに強いんですか?隊長からあんな目にあわされてもこんなに強いそして、明日死ぬかもしれないのに怖がりもしない。私は不思議でたまりません。なぜそんなにも…」

 

梓が尋ねると、オレンジペコはしばらくの間黙っていた。

 

「何ででしょうね。私にもわかりません。だけど、何だか何も怖くない気がするんです。不思議なんですけどね。なぜか。みほさんへの反逆を決めた時からもうこうなる覚悟はできてたからなのでしょうか。ただ、一つ言えるとしたら私は正義のためにこの反乱を計画したんです。私という存在が何かこの残酷な戦いに良い変化を作用させるきっかけになればと思っています。」

 

「なるほど…まるで天使みたい…」

 

梓はそれだけしか言えなかった。微笑み、はにかんだオレンジペコは今度は梓に質問をする。

 

「そんな、天使だなんて…では、次は私から質問しますね。梓さんはどうしてこんな仕事をしているんですか。秘密警察と収容所の所長をやっているんですか?」

 

「命令だからですよ。仕方ないのです。命令だからやっているんですよ。」

 

「命令…ですか。」

 

「はい。命令です。それ以上でもそれ以下でもなく。もし、命令に背いたら殺されるのは私だから仕方なくやっています。」

 

オレンジペコは目を瞑り何かを思考していたがやがて目を見開き呻く。

 

「おぞましい…」

 

「え?」

 

「だってそう思いませんか?全て命令で自分の身が危険なら、人間はどんな人でも残虐な行為を実行できるということですよ?恐ろしいじゃないですか。」

 

「確かにそうかもしれません。でも、誰しもが貴女のような聖人にはなれないのです。仕方ないことだと思いますよ。」

 

梓は苦笑いをした。そして、そっとオレンジペコから目をそらす。

 

「うふふふ。人間って罪深いですね。」

 

オレンジペコと梓はたくさんの話をした。サンダースの空襲により、紗希が亡くなったこと。今までの過酷な戦闘。梓がみほから受けた虐待行為。梓は言葉を詰まらせながら全てを打ち明けた。

 

「そんなことがあったんですね…心中お察しします。」

 

「それから、私たちは悪魔になってしまいました。サンダースと生徒会が憎くて憎くて仕方ないのです。」

 

オレンジペコは涙を流す。梓は驚いてしまった。まさか、自分のために泣いてくれるとは思わなかったのである。明日の命もわからない身なのに梓のために泣いてくれたのだ。

 

「すみません…こんな時にこんな話をしてしまって。」

 

「いいえ。貴女も辛い思いをして来ているんですね。私は明日刑場の露と消えることになるでしょう。しかし、貴女の心に私が生き続けてくれると思うと安心して逝けます。それに、私には私と一緒について来てくれた仲間がいます。その人は少しガサツなところがあるのが心配です。もっとそばに居たかったのですが、もうそれも叶わない。残念ですがそういう運命なら仕方ありません。16年生きてきましたけど短くも楽しい人生でした。それと最後にダージリン様に会えてとても嬉しかったです。ありがとうございました。」

 

梓は目から涙が溢れ出す。すっかり枯れ果てたと思っていた涙が頬を伝う。オレンジペコは優しく微笑みながら梓を諭した。

 

「梓さん。泣かないでください。可愛い顔が台無しです。これが私の運命なのですから仕方ありません。明日は笑って見送ってください。あ、そうだ。私の今生最後のわがままを聞いていただけますか?」

 

「何でしょうか?」

 

「今夜は私と一緒にいてくれませんか?」

 

「うぅ…はい…お安い御用です…」

 

梓は泣きながら答える。涙が止まらない。止めようとしても次から次へと溢れ出る。自分は看守でオレンジペコは囚人である。情を移してはいけないことくらいわかっている。今まで触れたこともない暖かい心がみほの真っ黒な心に冒された梓の心に入り込んでくる。梓は自身の凍りついた心が少しずつ溶けていく気がしていた。そんな梓の様子を見て見透かしたようにオレンジペコは微笑んだ。

 

「ありがとうございます。やっぱり貴女は本当に優しい人なんですね。」

 

梓は涙を拭う。この時、梓は迷っていた。梓は推測ではあるが明日の軍法裁判において非常に重要な役目を担うことになるのだ。それを話そうか話さまいか迷っていた。

 

「梓さん。何か言いたげですけど、何ですか?打ち明けてください。」

 

梓は目を丸くした。オレンジペコには全てお見通しだった。梓は苦笑いをしてポツリポツリと話し始めた。

 

「オレンジペコさん…全部お見通しですね…実は…一応形式的に軍法裁判を開かなくてはいけないのです…」

 

「軍法裁判ですか…意外としっかりとした機構を持っているのですね。」

 

「隊長の意思次第でいかようにもなる形骸化したものですけどね…それで、私はそこで検察官役をやらなくてはいけないのです…つまり…」

 

「死刑を求刑しなくてはいけないということですか?」

 

オレンジペコは何のためらいもなく、梓がためらっていた言葉の続きを言った。

 

「そういうことです…私は…」

 

「ためらわず、死刑を求刑してください。どちらにしろ、私の運命は変わらない。もし、私に気を使ってためらい、みほさんに逆らったら今度は貴女がみほさんに殺される。それは私も嫌です。死ぬのは私たち2人で十分です。貴女は生きてください。生き続けて、いつか私たちのことを誰かに伝えてください。この惨状を伝えてください。それが貴女の天命なのでしょう。」

 

「天命…」

 

梓はオレンジペコに言われたことを頭の中で反芻する。そうしているといつの間にか眠りに落ちていた。

朝起きるとオレンジペコたちはすでに起きていた。

 

「おはようございます。梓さん。」

 

「おはようございます。2人とも早いですね。いつもこんなに早く起きているんですか。」

 

「ダージリン様たちが来る前に色々やることもたくさんありましたからね。いつも早いです。」

 

「そうですか。大変そうですね。ひとまず私は失礼します。」

 

「そうでもありませんよ。とても楽しいです。わかりました。今度会うときは軍法会議の会場ですね。」

 

梓は雑居房の外に出た。鍵を閉め、ため息をついてみほの執務室に向かう。その途中、優花里に遭遇した。

 

「秋山先輩!どうしたんですか?」

 

「澤殿ですか。実は、今日の裁判の弁護士役をやることになってしまって。ひとまず、オレンジペコ殿たちに会っておこうと思いまして、澤殿はオレンジペコ殿に会われましたか?」

 

「はい。会いましたよ。というか、今さっきまで一緒にいました。」

 

「どんな感じの人でしたか?」

 

「ええ。とっても優しい人でした。処刑してしまうのが惜しいくらいです。もっと生かしてあげたい。」

 

「そうですか…ありがとうございます。」

 

「オレンジペコさんはとても思慮深くて素晴らしい人格者です。秋山先輩も会ってみればわかると思いますよ…では、私は隊長の元へ向かうので失礼します。」

 

梓は優花里と別れ、改めてみほの執務室に向かう。その足取りは重い。今までオレンジペコという天使に溶かされ、洗われた梓の心はまたしてもみほという真っ黒な悪魔に支配されるのだ。梓はみほの執務室の前にたどり着いた。苦い生唾を飲み込み扉をノックする。

 

「どうぞ。」

 

「失礼します。ただいま戻りました。」

 

「お帰りなさい。聞きたいことは聞けた?」

 

「はい。聞けました。とても有意義な時間でした。」

 

「そっか。それじゃあ、今日の裁判まあ、形式上に過ぎないんだけど説明するね。梓ちゃんは検察官役をそして優花里さんが弁護士役をやってくれる。裁判官は小梅さんと川島さんで小梅さんが裁判長。それで、判決が出たらその日のうちに刑を執行しておしまい。そういう流れになってるからね。それじゃあよろしくね。」

 

みほはニコニコと微笑みながら今日の予定を伝えた。梓は予想通り検察官役を担うことになった。昨日の天使のようなオレンジペコたちの顔が浮かぶ。梓は思い切ってみほに、提案してみることにした。

 

「あの、隊長。この処刑やめませんか?オレンジペコさんはとても思慮深くて人格者です。処刑するのはもったいないと思うのです。」

 

「ふーん。梓ちゃん。また、私に逆らう気なのかな?」

 

「いえ…そんなことは…」

 

みほは近くにあった銃剣を手に梓に迫る。みほは笑顔だった。みほは梓を壁際まで追い詰める。

 

「梓ちゃん。言ったよね?軍隊では規律が大事で上の者の命令は必ず聞かなくてはいけないって。梓ちゃん。ちょうどここに切れ味の良さそうな銃剣があるんだけど、この銃剣まだ一度も人を切ったことないみたいなんだあ。」

 

みほは梓に銃剣を突きつける。そして梓の耳元で囁いた。

 

「梓ちゃんで試しちゃおうかな。」

 

みほは銃剣の峰の部分で梓の頭の先から足先までを撫でた。

 

「わかりました…もう逆らいませんから許してください…」

 

梓は声を上ずらせながら呻いた。みほは満足そうに頷きニッコリと優しく笑う。

 

「言うことさえ聞いててくれたら身の安全は保証してあげる。ただし、私に逆らったりしたら命はないよ。」

 

梓はオレンジペコを助けるのを諦めた。オレンジペコの言う通り、自分は自分の職務に当たることにした。梓はゲシュタポの制服を着込み軍法会議が開かれる部屋に向かった。全ては自分の生存のためだ。仕方がない。そう自分に言い聞かせ頬をパンと両手で叩く。軍法会議が開かれる会場に着くとすでに優花里は着いていた。しばらくすると小梅と川島が入廷し、最後にオレンジペコたちが入廷した。

 

「それではただいまから軍法会議を始めます。まず、検察官から起訴状の読み上げを。」

 

小梅が開廷を宣言する。梓は立ち上がり、起訴状の読み上げを始めた。

 

「はい。本事件はオレンジペコとディンブラが敵に内通する手紙を聖グロリアーナの駐屯地から生徒会へ送付しようとしていたところを現行犯で逮捕したものです。これは、我が軍を混乱に陥れる反逆罪にあたります。」

 

「被告はこの事実を認めますか?」

 

「はい。認めます。」

 

「では、只今から陳述を始めます。」

 

梓は立ち上がる。そして、陳述を始めた。

 

「被告は生徒会と結託し我が軍を混乱に陥れ、潰そうとし、さらには隊長に逆らうと言う軍の規律上最も忌み嫌われる抗命を平気で行おうとした。被告は危険分子です。私は被告に死刑を求刑します…」

 

「被告、何か言いたいことはありますか。」

 

「私は、自分の良心に従ったまでです。自由のないところに正義はない。正義のないところに自由はない。それだけです。私はみほさんのやり方が許せないのです。」

 

「弁護人、何か言うことは?」

 

「私は、彼女たちと話し、そして彼女たちを処刑してしまうのは非常にもったいないと思いました。更生させて、戦線に復帰していただきたいと考えています。どうか情状酌量の判決をよろしくお願いします。」

 

とんだ茶番だった。それも仕方がないことである。これは、もはや決定した裁判で手続きの都合上仕方なくやっていることなのだ。形骸化されなんの意味もないものである。軍法会議は10分も経たないうちに終わった。

 

「被告人は求刑通り死刑とします。」

 

オレンジペコとディンブラは動揺することなく、前を見据えている。そして、裁判官、弁護人、そして検察官を務めた梓たち4人に頭を下げる。

 

「こんな茶番…」

 

梓は呟く。オレンジペコたちの死刑執行書は即日発行されみほのサインが入れられた。そして、ダージリンたちが呼び出される。ダージリンたちはすぐにやってきた。

 

「みほさん!ペコとディンブラはどうなるの?」

 

「オレンジペコさんとディンブラさんは先ほど軍法会議を開いた結果死刑に決まりました。」

 

ダージリンとアッサムは目を剥く。まさか、死刑になるとは思っても見なかったのである。

 

「そんな…死刑だなんて…冗談よね…?」

 

「えへへ。冗談だと思いますか?」

 

「そんな!貴女言ったじゃない!考慮するって!なのにあんまりよ!」

 

「ええ。確かに考慮するとは言いました。しかし、それは私は考える余地はあるということで言ったに過ぎないことであり、確実に死刑を避けるという意味で言ったわけではありません。確かに考慮してみました。しかし、その余地さえもなかった。そういうことです。私は何一つ約束を破ってはいませんよ。えへへ。」

 

「それは…」

 

ダージリンとアッサムが答えに窮しているとみほは立ち上がった。

 

「ダージリンさん。アッサムさん。こちらへ。」

 

みほに案内されてダージリンはおぼつかない足取りでついていく。ダージリンは再び目を剥いた。ダージリンが見たもの。それは丸太に縛り付けられ身動き取れない状態のオレンジペコとディンブラの姿だった。

 

「あ、ダージリン様!来てくれたんですか!嬉しいです!」

 

オレンジペコは優しく微笑む。その顔は覚悟は決まっているという顔だった。

 

「ペコ!ディンブラ!」

 

ダージリンは駆け寄ろうとした。みほは、ニヤリと笑うとダージリンとアッサムの足元に知波単から借りた銃剣を投げ、その進路を妨げる。

 

「これは…?」

 

「引導はダージリンさんとアッサムさんが渡してあげてください。」

 

「どう言うこと…?」

 

「その銃剣でオレンジペコさんとディンブラさんを刺殺してあげてくださいってことです。」

 

「そんなこと…できるわけないじゃない!私たちの手でペコたちの命を奪うなんて!」

 

「貴女たちが出した反逆者は貴女たちが処分してください。」

 

「無理よ…!そんなこと私にはできない…!」

 

「反逆者を出したダージリンさんたちにも責任はあります。だから、ダージリンさんたちも、処分を受けてもらわないといけません。これが貴女たちの処分です。」

 

座り込み震えるダージリンの様子を見ていたオレンジペコはダージリンに優しく語りかける。

 

「ダージリン様、アッサム様。私たちは覚悟はとっくにできています。ダージリン様とアッサム様の手で逝くことができるなんて私は幸せです。躊躇えば今度はダージリン様たちが殺されてしまうでしょう。どうか、ペコの最後のわがままだと思って聞いてください。私を殺してください。」

 

ダージリンは何もいうことができずにしばらく黙っていた。しかし、立ち上がり銃剣を手に取るとオレンジペコに向かって構えた。アッサムも同じように銃剣を手に取る。みほは、満足そうに頷くとオレンジペコたちに尋ねる。

 

「反逆者オレンジペコとディンブラ。何か最後に言い残すことはありますか?」

 

「みほさん!例え私の身が滅んだとしても第2第3の私が何度でも立ち上がるでしょう。みほさんの野望はいつの日か潰える!恐怖で人を支配できると思っているのなら大間違いです!自由はいつか勝ち、悪魔はいつか滅びる!

ダージリン様!目を覚ましてください!西住みほという悪魔に囚われないで!私はダージリン様に仕えることができて幸せでした!」

 

「私も、自由のために戦い自由のために死んでいく本望です!ダージリン様、アッサム様幸せでした!ありがとうございました!」

 

「くっ!構えろ!やれ!」

 

みほは処刑を執行するように命じる。

 

「うわあああああああ!!」

 

ダージリンたちは半狂乱となりオレンジペコとディンブラの身体を刺した。オレンジペコとディンブラは苦痛の声を上げるみほはさらに何度も刺すように命じる。ダージリンとアッサムは狂ったように刺しまくる。瞳は濁りきっている。オレンジペコとディンブラは最後に絶叫して刑場の露と消えた。みほは遺体を確認する。脈も呼吸も止まっていることを確認するとみほは悪魔のように笑った。

 

「あはは。反逆者は死んだ!愚かだな。私に逆らわなければこんな惨めな死に方しなくても済むのに。あははは。」

 

ダージリンとアッサムは血だらけで縛られている2人の遺体の前でヘナヘナと座り込む。そして、うわ言を言い続け、泣き叫んだ。みほはその様子を悪魔のような笑顔で見つめていた。そして2人に近づくと耳元で囁く。

 

「貴女たちが2人を殺したんですよ。何度も何度も刺してね。ダージリンさんたちも立派な人殺しですね。ダージリンさんたちのその手を見てください。血に染まってますよ。うふふ。」

 

みほはダージリンたちを真っ黒な笑顔で見下ろしていた。

 

つづく


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。