血塗られた戦車道   作:多治見国繁

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みほたちの陣営のお話です。


第49話 任命

生徒会の補給先である、水産科の養殖施設と農業科の農地を奪い取ったみほは兵士たちをそのまま駐屯させて拠点に戻ることにした。

 

「諸君!よくやってくれた!私は捕虜の管理、そして生徒会側から寝返った者の処遇について事務作業などもあるので、ここを離れ一度拠点に戻る。諸君はこのままここにとどまって養殖施設と農地を守ってほしい。ただ、油断はするな。いつどこから生徒会の連中が襲ってくるかもわからない。念のため警戒に当たれ!」

 

「はい!」

 

「それでは解散!」

 

みほは、満足そうに頷くと解散を指示した。

 

「優花里さんと梓ちゃんは一緒に来て。」

 

「了解です!」

 

「わかりました。」

 

3人は拠点に歩きながら今回の戦闘に対する講評を行なった。

 

「今回は、意外と早く戦闘が終結したのがよかったと思います。さすが西住殿です。心理戦が功を奏しました。」

 

「確かに、あれ以上長引いてたらまずかったかも…カールが完成してたら…」

 

「はい。眠れないように、砲を撃ち続ける。この作戦は大変よかったと思います。さすが隊長です。」

 

「そんなことないよ。」

 

3人は笑いながら歩いた。するとすぐに拠点についた。優花里は驚きながら思わず声を出した。

 

「あれ?戦線の最前線から拠点までってこんなに短かったですか?」

 

優花里は戦争が始まってかなり経ち、大分占領が進んでいるように感じていた。しかし、拠点まで実際に歩いて戻ってみると拠点までの距離は意外に短く、なかなか占領が進んでおらず、むしろまだ広大な学園艦の大半は生徒会の支配下であることを物語っていた。

 

「まだまだ全然占領が進んでないんだよ…まだ、これだけの距離しか…」

 

みほが申し訳なさそうに肩を落とす。

 

「そ…そんな。西住殿、落ち込まないでください!」

 

「そうですよ隊長!ここまで勢いに乗ってるんですから油断しなければ、すぐに完全占領できます!」

 

「2人とも…ありがとう!」

 

みほたちは重く、錆びついた扉を開けて、建物の中に入る。そして、長い廊下を歩きみほたちは会議室に入った。

 

「さてと…」

 

みほはそう呟くと2人に椅子を勧める。

 

「ひとまず、2人とも戦闘お疲れ様!」

 

「お疲れ様であります!」

 

「お疲れ様です。」

 

「今日、2人に来てもらったのはこれから急増するであろう捕虜の問題についてなんだけど…」

 

「捕虜ですか…確かに今回の戦闘で多くは寝返らせたとはいえ100人はいますからね。」

 

「捕虜をどう管理するかが問題なんだよね…あまり多いと今までのあの部屋だと入りきらなくなるし…まあ、一部はプラウダに提供するつもりだけど」

 

すると、梓が手を挙げて提案した。

 

「そんなの、造らせればいいんですよ。捕虜自身に。」

 

「場所はどうするんですか?」

 

優花里が尋ねると、梓は可笑しそうに笑う。

 

「秋山先輩、忘れたんですか?私たちは広大な更地を作ったじゃないですか。」

 

「え?そんなことしましたっけ?」

 

「もう!秋山先輩忘れちゃったんですか?ここですよ!」

 

梓が地図を指差す、梓が指を指したのは焼き尽くされ破壊し尽くされた市街地だった。

 

「え…ここは…」

 

「ここは何ですか?何か問題でも?秋山先輩?」

 

「い…いえ何も…」

 

優花里は青ざめた。なぜなら、梓はまるでみほのようだったからだ。みほのように笑顔でこちらに迫って来た。人を追い詰めるのを楽しんでいた。まるでみほのように。梓もまたみほと同じ悪魔のようだった。

 

「ここに捕虜たち自身で全て収容施設を建設させれば楽です。奴らなどバラック小屋で十分でしょう。あの施設は毒ガス実験や処刑など専用に使えばいいのです。そして捕虜には強制労働をさせましょう。働けなくなったもの、初めから働けないけが人や病人精神異常者ははすぐに処刑、またはモルモットにしてしまいましょう。そうすれば、効率的に捕虜を管理できます。そして、元気な捕虜とそうでない壊れた蛆虫の入れ替えもうまくできます。」

 

梓は、満面な笑顔で本当に楽しそうにプランを話した。何が梓を変えてしまったのだろうか。心当たりがあるとすればあの時の紗希の死だろう。あそこから、梓は変わってしまった。憎しみと恨みそれが梓を完全なる悪魔に変えたのだ。優花里は何も言えず、下を向きながら汗をダラダラ流し、唇を噛みながら黙っていた。2人の悪魔と同じ空間にいるのが耐えきれない。

 

「なるほど…」

 

やっとの思いで呻くように、優花里は声を出す。

みほは、梓の提案を目を瞑り黙って聞いていたがニヤリと笑いながら呻いた。

 

「梓ちゃん…なかなかやるな…これなら…」

 

みほは、梓にある重要な任務を任せようとしていた。

 

「梓ちゃん。後で。そうだな、1時間後くらいに執務室に来て。」

 

「え?はい!わかりました。」

 

「優花里さんは小梅さんを呼んで来てくれない?」

 

「え?はい、了解です!」

 

そういうと、みほは出て行った。みほは、廊下を歩き執務室に向かった。

 

「うわあ!大量の書類の山だ!これも早く片付けなくちゃね。」

 

みほは書類の山からある任命書を取り出した。

 

「これこれ。これにサインしてと…これでよし!それにしてもこの数はひどいな…仕方ない。少し片付けようかな。」

 

そういうと、みほは書類の山をテキパキとさばきはじめた。すると、一時間はすぐに来た。

 

「失礼します。西住殿、赤星殿お連れしました。」

 

「みほさん?私に何かご用ですか?」

 

「失礼します。隊長、時間が来たので…」

 

「あ、梓ちゃんと小梅さん。ちょっとね。」

 

そういうと、みほはある書類を取り出し読み上げる。

 

「澤梓。貴女を、秘密警察隊隊長兼思想課長、そして捕虜・反逆者収容所の所長に任命します!」

 

「え?はい!ありがとうございます!がんばります!」

 

梓は最初みほが何を言っているのかわからず思わず、ポカンとしてしまった。しかし、梓は思い出した。あれは、みほにさらわれて少し経った時だった。その時に、みほは確かに梓には秘密警察を任せたいと言っていたのである。

 

「突然だったのでびっくりしちゃいました。一瞬何を言ってるのかわかりませんでしたよ。」

 

「あはは。突然ごめんね。梓ちゃん、すっかり板について来たからそろそろ任命してもいい頃かなって思って。」

 

「そうですか。ご期待に添えるようにがんばります!」

 

みほは、次に小梅の方を向く。

 

「じゃあ、次は小梅さん。」

 

「え?私もですか…私はそんな…」

 

小梅は驚いて目を丸くした。まさか、大洗に来てまで何かに任命されるなどと思っていなかったのである。しかし、みほはこれには理由があるというような口調で訳を話した。

 

「梓ちゃん、まだまだ経験があまりないから秘密警察のスキルとか収容所の運営について色々教えて欲しいんだ。」

 

そういうことなら仕方ない。当然、断れるわけはなく、引き受けることにした。

 

「なるほど。そういうことですか。わかりました。」

 

「ありがとう。赤星小梅。貴女を秘密警察顧問兼収容所顧問に任命します!」

 

「経験を活かしてがんばります。必ず梓ちゃんを立派な秘密警察官、収容所所長に育てます!」

 

「うん!よろしくね!次は優花里さん。」

 

「え!私もですか?」

 

「うん!だって優花里さんいつも頑張ってくれてるんだもん。そろそろ任せてもいい頃かなって。」

 

「きょ、恐縮ですぅ!」

 

優花里は髪をくしゃくしゃと掻きながら思わず叫んでいた。皆、目を丸くして笑った。

 

「す…すみません…」

 

「優花里さん。大丈夫だよ。秋山優花里。貴女を諜報活動局局長に任命します!」

 

「西住殿の期待に応えられるように全力で頑張ります!」

 

3人に任命状を手渡し、みほは改めて3人を見回しながら、語りかけた。

 

「頑張ってね!期待してるよ!3人とも!」

 

「「はい!」」

 

「さて、梓ちゃん。早速なんだけど、仕事を頼みたいんだ。早速、秘密警察の権限を発揮してもらいたい。風紀委員の人たちを使って、ある人を捜査して欲しいんだ。」

 

「え?誰ですか?」

 

「この人だよ。」

 

みほは一枚の写真を取り出した。その写真は聖グロリアーナのオレンジペコが写っていた。

 

「この人って、援軍に来てくれた…?」

 

「うん。聖グロリアーナのオレンジペコさんだよ。」

 

「実は、彼女が裏切るかもしれないっていう情報が匿名で流れてきたんだ。しかも、彼女が誰かに手紙みたいなものをこっそり渡してるのを見たって報告もあったことだし、彼女の動向を監視して。そして何を企んでるのか調べて欲しいの。」

 

「わかりました。」

 

「それじゃあ、よろしくね。小梅さんは色々教えてあげて。」

 

「「了解です。」」

 

梓と小梅はハモった。二人は顔を見合わせてクスクスと笑い合う。みほはニッコリと笑っていた。

 

「あ、そうだ。それから、今日入った新入りの捕虜は全て梓ちゃんに任せるよ。もう、捕虜収容所の所長だもんね。」

 

「.あ、それなら私たちのところも制圧が終わってるので捕虜を預かってください。」

 

 

「わかりました。預かります。」

 

「よろしくね。」

 

全員が執務室から退室すると、みほはクスクスと楽しそうに笑いながら呻く。

 

「裏切り者は逃がさないよ…」

 

そして、また仕事をはじめた。山積みになった書類を次々とさばいていく。それらの書類は戦後の支配に必要な命令だった。それらに次々と目を通してサインしまくった。そして、3時間ぶっ通しで黙々とそれをやり続けて、ようやく終わった。みほの集中力は素晴らしいものであった。常人なら2日はかかるであろう書類の処理を僅か3時間で済ませてしまったのだ。

 

「疲れた。やっと終わったよ…書類はしばらく見たくないな。あ、そうだ。プラウダに連絡しなきゃ。時期を調整してうまく接近してもらわなきゃいけないし…」

 

みほは、受話器を取りプラウダ高校に電話をかける。

 

『もしもし。大洗女子学園の西住です。カチューシャさんはいらっしゃいますか?』

 

『カチューシャ様はもう寝てしまいました。代わりに私が伺いましょう。』

 

『貴女は?』

 

『失礼しました。ノンナと申します。』

 

『ああ、ノンナさんでしたか。はい。実は、そろそろプラウダの皆さんに援軍のお話をしておきたいと思いまして。』

 

『なるほど。そういうお話ですか。』

 

『上手い具合に接近の日が合わないと大変ですから今のうちに日程調整をと思いまして。今、プラウダの学園艦はどの位置にあるのですか?』

 

『はい。今プラウダの学園艦は北海道の太平洋側の沖合を航行中です。大洗の皆さんはどこにいるですか?』

 

『私たちは、関東の公海付近です。なので、ずいぶん沖合に離れています…』

 

『随分遠いですね。なぜ、そんなに遠く?』

 

ノンナが不思議そうに尋ねる。

 

『戦争だからです。マスコミに察知されたらうるさいですし、なるべく陸地に知られたくないので。』

 

『なるほど。よく考えて行動しているのですね。素晴らしいです。とりあえず、今はお互い遠いのでまた具体的な日取りが決まったらカチューシャ様に直接お話ししてください。』

 

『はい。わかりました。あ、そうだ。カチューシャさんにお伝えください。プラウダに持ち帰ってもらう捕虜のお土産はたくさん用意しておくので楽しみにしておいてくださいって。えへへ。』

 

『うふふ。わかりました。伝えておきます。では、また。До свидания.』

 

『はい。ではまたお電話します。』

 

みほは電話を静かにおき、ニヤリと笑う。あの気まぐれのちびっ子隊長ではなく、ノンナに約束させることができた。それはつまり、プラウダも完全にみほの味方をするということを示している。全ては順風満帆だった。

 

「えっと…何か忘れてるような…しまった!捕虜の名前の登録と寝返った子たちの処遇について話すの忘れてた!まあ、捕虜の名前の登録は、梓ちゃんに任せればいいけど、寝返った子たちの処遇はしっかり会議で決めないといけないのに…」

 

みほは再び、梓、優花里、小梅の3人を集めた。

 

「何度もごめんね…ちょっと忘れてたことがあって…」

 

「うふふ。そういうところはみほさんらしいです。少し天然というかドジというか…」

 

小梅が可笑しそうに笑う。梓と優花里も笑った。

 

「ごめんね…」

 

「大丈夫ですよ!さあ、はじめましょう!」

 

みほが下を向いてしまったので優花里が明るく声をかけた。

 

「うん!あのね。今回の戦闘で私たちに寝返った子がいるよね?その子たちをどうしようかって思ってて。」

 

「いきなり前線に出すのは色々な意味で無理でしょう。しばらくは最教育期間として、拠点に待機させましょう。再教育が終わり次第、戦線に投入しましょう。」

 

優花里が具申すると皆それがいいと同意した。

 

「わかった。それじゃあ、そうするよ。何度も呼んじゃってごめんね。今日はゆっくり休んで。」

 

「はい。おやすみなさい。」

 

「うん。おやすみ。」

 

みほは、執務室で腕を組みながら次の作戦と同時に戦後の支配について考えていた。

 

「全ては私の掌の中。全て計画通り。全ては順調。ああ!楽しいな!」

 

みほは嬉しそうに笑いながらそう呟いた。

 

つづく


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