杏は、詳しい作戦を1000人の兵士たちに下知した。
「今回は、籠城で時間稼ぎをしてもらいたい。養殖施設に立て籠もって、西住ちゃんたちを釘付けにしてしばらく動けないようにしてほしい。食料は豊富にあるし、しばらくは多分大丈夫だと思う。それじゃあ頼んだよ。」
「はい!」
兵士たちは出発した。しばらくして、養殖施設に到着したとの知らせが入った。杏は生徒会室から戦場となる水産科の養殖施設と農業科の農地の様子を見ていた。みほたちはまだ来ていない様子である。森はまだ大火に包まれており、しばらくはみほたちも来れそうにない。何とか一息つける時間はとれるだろう。パチパチと木が燃える音、燃え尽きてガラガラと崩れる音だけが聞こえている。森は朝まで燃え続けた。翌朝、杏は外を見ると、森は焼けて遠くまで見渡せるようになり、まさに焼け野原になっていた。
「来た…うわぁ!すごい数…これは参ったね…」
杏は呟く。みほたちが進軍を開始したのだ。その姿は圧巻だった。そして、あっという間に養殖施設を取り囲んだ。
「いつまで持つかな…?こっちも早いうちにカールを組み立てなきゃね…小山!カールの組み立ての進捗状況は?」
「もうあと少しです。3日もすれば完成するそうです。」
「わかった。ありがとう。」
杏は少しホッとした。籠城戦をするなら恐らく、3日は持つだろう。その3日で何とか完成させて早く皆を楽にしてやりたい。そう思っていた。再び、外を見て様子を伺っていると、何やら運び込んでいるようだった。杏は双眼鏡の倍率を上げた。そして、杏は目を剥いた。何と遺体をうず高く建物の入り口に積み上げているのだ。
「あれは…西住ちゃん…いったい何のつもりで遺体なんか…」
次から次へと遺体が運び込まれているようだ。そして、2つの山が完成したところでみほが拡声器で大声で話す。
『生徒会の兵士…私は、反乱軍の西住みほ…諸君、外を見て……は、……惨めな……って、屍の砦を築きた……私は、無……戦いはしたくな……どうせ勝敗の……いる戦いをするのであれば、我々に降って幸せに暮らそうじゃな………私は、諸君を……もし、降伏すれば命の保証は……し、いつか私が………確立したときには、地位を……する。降伏の……いつでも……おく。いつでも我々は諸君を受け入れる……………』
遠くてうまく聞こえないが微かに聞こえて来た。どうやら降伏を勧告しているようだ。杏は唇を噛む。今更、何を言っているのか。絶対嘘に決まってる。出て行ったら確実に殺される。そう思った。気が付いたら、杏は無線を手に、必死に呼びかけていた。
『みんな!西住ちゃんに騙されないで!西住ちゃんは、残虐だ。出て行ったら必ず殺される!必ず助けに行くからそれまで頑張って!お願い!絶対に西住ちゃんの甘い嘘に誘惑されないで!』
『わかってます!私たちを信じてください!』
『うん…みんな…苦労かけるね…』
『そんな…この学校のためですから!』
杏は無線を切った。
「みんな…西住ちゃんに騙されないで…お願いだ…」
杏は跪き、兵士たちの無事を必死に神に祈った。しかし、みほは追い討ちをかけるように、みほは砲撃を開始した。杏はギョッとした。今まで助けると言っていたのに検討する時間も与えないで砲撃かそう思った。しかし、何やら様子がおかしい。よく見てみると、みほは空砲を撃っているのであった。その砲撃は昼も夜も絶え間なく続いた。杏は理解ができなかった。みほがいったい何をやろうとしているのか理解できなかったのである。1日目は何とかしのげた。しかし、2日目現場からの無線で何が目的であり、みほが何を狙っているのか理解をした。
『会長…精神不調の者が続出しています…』
『え…?原因は…?』
『空砲の砲撃音で眠れないのと、遺体を見たショックとその遺体から漂う悪臭で…このままでは危険です…とても持ちません…』
『そっか…そんなに…1日でも早く救援に迎えるようにするよ…』
『それまで、せいぜい足掻いてみせますが、どうなるかは何とも…』
そういうと無線は切れた。杏はただ祈ることしかできない。自分の情けなさに唇を噛む。そして、拳を机に叩きつけた。
「西住ちゃんの狙いはこれだったのか!心理的、精神的に我々を追い込む!これが西住ちゃんの作戦!もっと早く見破っていたら何か対策を立てれたのに!!こんな簡単なことにも気がつけないなんて!」
柚子が驚いて部屋に飛び込んで来た。
「会長!どうされたんですか?」
「いや、何でもない…すまない…」
自分が情けなくて悔しくて仕方なかった。後は、兵士たちの忍耐に頼るしかなかった。しかし、その期待も脆くも崩れた。次の日、みほたち反乱軍は施設に襲いかかった。一気に制圧に動き始めたのであった。
『会長!西住さんたちが攻めて来ました!え…?嘘…そんな…どうして…』
『どうしたの?何があったの?』
『は…はい…非常に申し上げにくいのですが…』
『いいから!早く言って!』
『は…はい…西住さんの軍勢の中に我々の軍の子が…』
『え…?え…?何が起こってるの…?』
『わかりません…ただ一つ言えることは寝返りが出たということです…』
『え?今なんて言った?』
杏は耳を疑い、思わずもう一度聞き返してしまった。
『裏切りが出たんです!』
『どうして…』
杏はただ呆然としていた。まさか裏切りが発生するなど考えてもみなかったのである。すると、今度は別の兵士から連絡が入った。
『会長…すみません…私たちは…生きるために寝返ります…全ては生きるためです…お許しください…私は今日から西住さんの軍門に降ります…』
『え…ちょっと待って…』
そう言ったときにはもう無線は切れていた。生徒会の軍勢は混乱した結果、みほに養殖施設も農地も奪われてしまった。杏はがっくりと項垂れた。
「食料施設まで奪われた…私はどうすればいいんだ…どうすれば…」
結局蓋を開けてみれば900人以上が裏切ったとの情報が入った。裏切らなかった者は全員みほに捕らえられどこかに連れて行かれたと聞く。杏はまたしても大事な仲間を失った。
悲しみに暮れていたときである。耳を疑う報告が入った。
「会長!聖グロリアーナのオレンジペコさんからの密書です。」
「え?何で聖グロから?聖グロは敵だったはずじゃ…この密書誰から渡されたの?」
「わかりません…ただ、オレンジペコさんの密使だと言っていました。その人は赤い服を着ていました。」
「わかった。ありがとう。」
杏はその手紙を受け取り、手紙に目を通す。そして杏は目を剥いた。手紙にはこう書かれていた。
[親愛なる大洗生徒会の皆様
ごきげんよう。私は聖グロリアーナの1年生オレンジペコと申します。急ぎの用件で突然密使を遣わせてしまい、申し訳ありません。早速本題に入らせていただきます。私たちは、今までダージリン様と共にみほさんと同じ陣営で今回の戦いを遂行して参りました。しかし、みほさんはあまりに残虐でその残虐さは目に余ります。聞くところによると、みほさんは生徒会広報だった河嶋さんを助けると言って情報を聞き出し、さらに裸で踊らせて屈辱を受けさせた後、その約束を反故にして処刑し、さらに遺体のお腹を裂き磔台に晒したというではありませんか。さらにそれを骨格標本にしたと聞きました。しかも、それをみほさんは罪悪感など微塵もないと言わんばかりに嬉々として語るのです。さらに、遺体の扱い方も酷いもので今回の恐怖の心理作戦に利用するなど、非人道的です。私たちはこれ以上みほさんを許せません。残虐行為を看過できません。しかし、ダージリン様は、私の意見を一切聞き入れてはくれませんでした。ダージリン様はみほさんという悪魔に囚われているのです。人の皮を被った美しい悪魔に。悪魔の囁きに魅了されているのです。ダージリン様と戦うのは心苦しい、でも私たちは私たちの正義を信じたいのです。私は悪魔にはなりたくありませんし、悪魔に魂は売りたくないのです。私たち聖グロリアーナの生徒の一部でそうした声が上がっています。そこで、同調する人数は少ないのですが、私を筆頭にみほさんの陣営を離脱し生徒会側にお味方したいのです。これは、ダージリン様を悪魔から救うための戦いでもあります。つきましては、一度角谷杏様はじめ生徒会陣営の幹部の方とお会いしたいのですが御目通りかないませんでしょうか?安全上の理由で中立の地でお会いしたいと思っております。良いお返事をお待ちしております。
オレンジペコ]
杏は、手紙の内容に色々な想いや感情がぐちゃぐちゃに混ざりあい、複雑な思いを抱いていた。杏は柚子とナオミを集め、この手紙を議題にどう対応するべきか意見を仰ぐことにした。
「今、密使でこんな手紙が届いた。この手紙は信じていいか、どういう対応を取るべきか意見を聞かせて欲しい。」
まず始めにナオミが口を開いた。
「そんなもの、信じていいわけないだろう。罠に決まってる。戦争に謀略や罠はつきものだ。これも謀略に決まってる。油断するな。戦場ではこういうおいしい話は全て嘘だと思った方がいい。」
「うーん。やっぱりそうだよね…普通はそう考えるよね…」
柚子がすぐに反論した。
「でも、もしかしたら本当に味方したいのかもしれませんよ?そうだとしたら…このまま放置するのは可哀想ですし、もしこの密書が何かの拍子に西住さんに渡ったら大変なことに…」
「確かにそれもそうだな。相手の安全も考えなくては…なら少なくともこちらの支配地で会見を行うべきだな。中立のどちらの支配も及んでいない地で会見をするなどもってのほかだ。危険すぎる。もしも、この話が嘘で敵に捕らえられたら何をされるかわかったものではない。それに、なるべく優位に交渉を進めるべきだ。」
「それは、私も肯定します。」
「わかった。それじゃあ、今は判断する材料があまりにも少なすぎるから、しばらく相手の出方を探ってみることにするよ。返事はそれからだ。」
「今回は、慎重に扱わないといけない。偽書ならこちらが危険。本物なら向こうが命の危険だ。」
「うん。そうだね。遵守するよ。ところで、話は変わるけど、カールはできた?」
「あぁ。もうできたはずだ。私が見たときにもうすぐだったから今頃もうできてるはずだ。」
「見に行ってもいい?」
「あぁ、こっちだ。」
杏はワクワクを抑えきれなかった。そしてその巨大な自走砲と対面した。
「これが…カール自走臼砲…」
杏はその大きさに圧倒された。ついにカールが完成した。戦況は新たな局面を迎えようとしていた。
つづく