血塗られた戦車道   作:多治見国繁

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第44話 第45話の生徒会陣営のエピソードです。


第46話 初勝利

杏は援軍に来たナオミを含めて、改めて戦略会議を開催した。

 

「今、我々は連敗していて非常に厳しい戦いを強いられている。しかし、その苦難の日は終わる。援軍が来てくれたから。次の西住ちゃんの狙いは恐らく、この森を超えたところにある水産科の養殖場と農業科の農地だろうな。ここを奪われたら大変なことになる。補給路が断たれては戦えないからね。」

 

杏は地図に自軍と敵に見立てた駒を置き、現在の敵の位置と次の想定される目標を指差しながら説明する。

 

「すまないが、カールの組み立てにまだ、しばらく時間がかかる。だから、なるべくこの森で苦戦させて時間稼ぎがしたい。」

 

ナオミは申し訳なさそうな表情である。

 

「せっかく援軍に来てくれたんだから焦らなくていいよ。ゆっくり組み立てて。時間稼ぎか。そうなったら、再びゲリラ作戦かな?」

 

「そうですね。それがいいと思います。」

 

「うん。そうだな。ゲリラ戦が妥当だ。」

 

「じゃあ、ゲリラ戦で行こう。さて、そうなると敵の戦力を知っておきたい。今、一体何人くらいいるのかとか全くわかんないし…上原ちゃんいる?」

 

「はい。何かご用ですか?」

 

杏が声をかけると、どこからともなく声がして、黒い長髪の一人の少女が現れた。上原英梨。大洗女子学園の普通科に通う2年生だ。彼女は杏が特別な訓練を受けさせた、特殊部隊の一人だった。杏はこの戦いが始まってから体育会系の部活に入っていた者を中心にこっそりと隠密行動ができる部隊として訓練を行い用意しておいたのであった。数で不利なら情報で優位に立とう。そういう考えだった。英梨もまた陸上部のエースであり、逃げ足がとても早い。そして、英梨はスパイとしての能力を身につけ、特殊部隊の中でもエースになった。また、彼女はクールでありポーカーフェイスで表情を表に出すことも動揺することもない。まさに、スパイとしてうってつけだった。

 

「うん。偵察に行ってくれないかな?西住ちゃんたちの兵士と戦車の数と次の目標を知りたい。」

 

「了解しました。」

 

そういうと英梨は無表情のまま頭を下げて出て行った。突然現れた英梨に驚いたのか柚子は目を丸くしながら杏に尋ねる。

 

「会長!あの子は…?いつの間に…?」

 

「言ってなかった?特殊部隊の子だよ〜」

 

「言ってません!しかも特殊部隊って何ですか?」

 

「西住ちゃんたちとの戦いが始まった時に、何か役に立つかもしれないと思って、作ってみた!スパイ活動や工作活動を担ってもらおうかなってね。」

 

「そんなこと考えてたんですか…全く知りませんでした。」

 

「敵を欺くにはまず味方からっていうでしょ?そういうことだよ〜」

 

「なるほど…さすが会長ですね。ここまで万全な布石をしておくなんて。」

 

「先読みして行動しないとね。」

 

杏はニカっと笑いながらVサインをする。柚子は頼もしげに微笑んだ。

英梨が出かけて2時間経った。まだ戻ってこない。使者を出した時のことが頭によぎる。もしかして捕まってしまったのだろうか。杏は動悸がして、嗚咽を覚える。しかし、それは杞憂だった。英梨はひょっこり戻って来た。

 

「会長。ただいま戻りました。お待たせして申し訳ありません。なかなか作戦の訓示がされなくて。反乱軍は、15000人全軍と全戦車をもって大攻勢をかけるようです。12000人は水産科の養殖場と農業科の農地を。残りの約3000人は搬入口の制圧に向かう模様です。ちなみに、12000人はおそらくこのように進むと思われます。」

 

英梨は地図の森の部分を指でなぞる。

 

「やっぱり森を突破するつもりか…わかった。上原ちゃんありがとう。」

 

「いえ、また必要なら呼んでください。いつでも偵察に行きますから。」

 

「うん。」

 

杏がニッコリと笑いながら頷く。すると英梨は何か思い出したような顔をした。

 

「そういえば、偵察に行く道中、こちらの動きを伺っている怪しい人物がいました。」

 

「え?どんな感じの人だった?」

 

「天然パーマでした。双眼鏡でこちらの様子をしきりに見てました。」

 

「恐らく秋山ちゃんかな…ありがとう。」

 

杏はニッコリと笑いながら頷くと英梨は無表情のまま部屋を後にした。

 

「うーん。秋山ちゃんが偵察に来たか。恐らく、戦力知られちゃったかな。それに次の狙いは搬入口もか…仕方ない。搬入口は放棄しよう。」

 

「え?良いんですか?」

 

「仕方ないよ。両方確保しておきたいけど、私たちは西住ちゃんよりも兵が少ない…だから一つは捨てなきゃいけない…搬入口よりも食料を生産する施設を奪われた方がきつい。その分、食料生産の施設は何としても守らなきゃ…」

 

「分かりました…」

 

「今から暗くなっても仕方ないよ。そんな暗くちゃ勝ちが逃げてくよ。」

 

「そうですね。そうですよね。」

 

「それで、作戦はどうするんだ?」

 

今まで目を瞑り黙っていたナオミが声を出す。

 

「うん。森にゲリラを放ち西住ちゃんたちの戦車隊が過ぎ去ったら後方の歩兵に攻撃をかける。それで、戦車の援軍が来たらまた別のところに攻撃をかける。その繰り返しで混乱させて戦闘を長引かせ、精神的ダメージを与える。これが今回の作戦かな。」

 

「わかった。」

 

「小山。500人をここに集合させてくれ。」

 

「了解です。」

 

作戦をまとめ終わると杏は、柚子に指示を出し500人を集合させた。そして作戦の下知を行なった。

 

「西住ちゃんたちによる、大攻勢が始まった。これまで、私たちは連敗を喫して来た。これからも厳しい戦いを強いられることになる。だが、我々にも援軍が来てくれたから西住ちゃんも今までのようにはいかないだろう。みんなはゲリラ兵として森林で西住ちゃんたち反乱軍との戦いを長期化させてほしい。西住ちゃんたちに一矢報いよう!ただ、西住ちゃんたちが何か怪しげな動きをしたらすぐに逃げて来て。無理して深追いせずに絶対に逃げて来てね。命が1番だから。絶対に約束だよ。」

 

「はい!」

 

今回は森林戦だ。森の中では簡単にはゲリラを見つけだせないだろうし、起伏に富む森ではなかなか身動きが取れないはずである。そして、今回は縦横無尽に動き回ることができる少数のゲリラが有利のはずである。今度は長い戦闘でカールの組み立てまで時間を稼ぎたい。そして、今度こそ生きて帰ってきてほしい。杏はそう願っていた。

銃声が響いた。戦闘が始まったようだ。あちこちで銃声が響く。しかし、その銃声は1時間程度で止んだ。森から反乱軍が撤退して行くのが見えた。

 

「え?もしかして勝った?」

 

杏はとても喜んだ。初勝利だ。このまま勢いに乗りたいそう考えていた。そう思ったのもつかの間である。生徒会側の兵士もそれと同時に撤退して来たのだ。杏は訳を聞いた。

 

「みんな、勝ったのに撤退してどうしたの?」

 

「それが…どうもこの撤退は怪しいのです。西住さんたちはあまり長いこと交戦せずにすぐに撤退していきました。何か考えがあって戦略的撤退かもしれません。念のため撤退して来ました。」

 

「なるほどね。」

 

「しかも…」

 

「しかも?」

 

「あ、いえ…なんでもありません…」

 

「そっか。わかった。それじゃあ、ちょっと様子を伺ってみようか。」

 

すると、1時間後のことである。杏のもとに連絡が入った。

 

「会長!未だ近くを航行中の知波単の学園艦から10機航空機が飛び立った模様です。機種は、四式重爆撃機です!」

 

杏はギョッとして目を剥いた。そして、ある可能性を頭に思い浮かべた。みほは森を焼き払い、ゲリラごと森を燃やすつもりだったのではないだろうかそう考えたのだ。その予想は的中した。爆撃機はすぐに大洗女子の学園艦上空に達し、超低空飛行で焼夷弾を落としていった。まるで、円を描き炎の壁で中の人を焼き尽くすそんな感じがした。みほらしい悪辣な作戦だった。杏は冷や汗をかき、心臓は激しい動悸を引き起こしていた。もしも、森林に出撃していった兵士たちがみほたちの怪しい動きに気がつかなかったら。あの500人の兵士たちは今ごろ炎から逃げ惑い、最後は逃げ場を失い炎に焼かれ、黒焦げの炭になって杏の前に現れたであろう。杏はブルブル震えていた。ただ、ほとんどの者が無事だったのが不幸中の幸いであった。

 

「みんな…よく…よく無事で戻って来てくれたね…」

 

「私たち、実は不思議な体験をしたんです。私たちはもともと勝ったから逃げるつもりなどありませんでした。しかし、どこからともなく声が聞こえて来たのです。油断するな、早くここから逃げろって。最初は空耳だと思っていたのですが全員が聞こえたっていうので気味が悪くてあの森を立ち去ったんです。でも、今考えるとあの声は河嶋さんに似てた気がします。もしかして、河嶋さんが危険を教えてくれたのかな?」

 

「あはは。河嶋か…河嶋も粋なことするね…死んでもなお私を…助けてくれる…いや、違うか…常にそばにいるのかな?頼もしいよ…私は河嶋を誇りに思うよ…」

 

杏は泣き笑いしながら兵士たちの話を聞いていた。例えそれが兵士たちの勘違いだったとしても、嬉しかった。桃がいつでもそばにいてくれる。そんな気持ちになった。そんな温かい気持ちを切り裂くように、轟音が響いた。杏は慌てて窓のそばに行き、空を見上げる。そこには、30機を超える輸送機が飛んでいた。ついに聖グロリアーナが来たのだ。無数の人間がパラシュートで降下してくる。さらに、戦車も5両落ちてくる。輸送機は何十回と往復を繰り返していた。杏は震える手を必死に抑え、次なる下知を出した。

 

「森は焼かれてしまった。しかし、食料施設は守らなきゃいけない。食料がなければ戦えないからね。そこでみんなにはこのまま、養殖場と農地の防衛に入ってもらいたいんだ。1000人つけるから、何としても守ってほしい。頼んだよ。」

 

「はい!」

 

何はともあれ、悪い流れを脱することはできた。杏は内心、聖グロリアーナまであらわれ、怖くて泣いてしまいそうだった。心が折れてしまいそうだった。しかし、杏は奮い立つ。負けるものかと拳を強く握り、遠くを見つめ、桃への想いを馳せながら勝利を信じて戦うことを誓っていた。

 

つづく

 

 




オリジナルキャラクター紹介

名前 上原英梨
学年 2年

もともと、陸上部のエースとして活躍していた。戦争が始まると、杏が創設した特殊部隊に誘われ入隊。そこでも、エースとして頭角を現し、実力を発揮する。ポーカーフェイスでスパイとしての能力も高い。

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