血塗られた戦車道   作:多治見国繁

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リクエストがあった近況報告のお話です。30年後、みんなはどんな仕事や生活をしているのでしょうか。


第37話 近況報告

重苦しい雰囲気になってしまった。当たり前である。過酷な戦いの話をしているのだから。

 

「なんか、雰囲気が重くなってしまいましたね。ちょっと休憩してホテルのカフェでお茶にでもしませんか?みなさんの近況報告なども聞きたいですし。」

 

秋山優花里が提案するとみんな賛成した。私も今、関係者たちがどのような職につきどんな生活をしているのか聞きたかった。

カフェに着くと秋山優花里が代表してコーヒーを5つ注文した。コーヒーはすぐに皆のテーブルに届いた。

 

「さて、コーヒーも届いたところで…皆さん知ってますよね?冷泉殿、すごいです!」

 

「あぁ、冷泉ちゃんか!まさか本当に取るとは思わなかったなぁ」

 

「本当ですよね!冷泉先輩、高校時代から天才でしたけどまさかあそこまでとは!」

 

私は秋山優花里たちが何の話をしているのかよくわからなかった。最近、ろくにニュースも見ていなかったのである。

 

「あの、先程から冷泉さんの話をしているようですが、一体何があったんですか?」

 

「え?フリージャーナリストなのに知らないの?」

 

角谷杏がニヤニヤと笑っている。

 

「最近ニュースを見れていなくて…」

 

「冷泉殿がノーベル化学賞を受賞したんですよ!」

 

「え!?」

 

私は驚いてしまった。冷泉麻子は大天才であるということは秋山優花里から聞いていたがまさかここまでの天才とは思っても見なかったのである。

 

「冷泉殿は大洗を卒業後あの有名国立大学の東京帝国大学に現役で入学、その後アメリカやドイツなど研究機関や大学を転々として、今は母校の東京帝国大学で教授になっています!」

 

「本当にすごいよね。でも、その研究ってもともと…」

 

「そうです…西住殿が命令した毒ガス研究からスタートしています…なんか皮肉ですよね…」

 

また、場が少し暗くなった。すると秋山優花里が慌てだした。

 

「あぁ!だから暗くなってはダメです!今ぐらい明るくいきましょう!」

 

「そうだね。じゃあ次は秋山ちゃんの近況報告お願い。」

 

「え?私ですか。聞いて驚かないでくださいよ?私の今の職場、実は冷泉殿と一緒です!」

 

「「え!!」」

 

これには一同驚いた。

 

「秋山さん。詳しくお願い。」

 

小山柚子が促すと優花里は興奮して話し始めた。

 

「私はですね、大洗女子を卒業した後、普通に大学を卒業したんですが、どうしても戦車に関する戦略の研究をしたくてアメリカの大学に、もう一度入学したんです。大学院にも進学しました。そして、帰国後、防衛省の研究所の研究員になったんですが、1年ほど前に戦車道の審判養成の規定が変わり、一般の大学でも戦車道審判課程を履修さえすれば審判の資格を取ることができるようになったんです。そして、その課程が冷泉殿が、教鞭をとる、東京帝国大学に設置されることになったのです。今まで自衛隊員が審判を務めていて、自衛隊員には戦車に関する専門的な知識があったのですが、一般大学の学生には当然のことながら、専門的な知識はない。そこで、科目を追加することになったのですが、それを教える教員がいない。そこで、冷泉殿からぜひうちの大学で教えて欲しいと頼まれて、冷泉殿と同じ東京帝国大学で教鞭をとることになったというわけです。今は、全学共通科戦車道審判課程の准教授です!」

 

秋山優花里は、自慢げに胸を張る。

 

「へえ!自分の大好きな戦車のことを1日中研究できるなんて、夢のようでしょ?」

 

「はい!もう楽しくて楽しくて仕方ありません!学生たちもすごくおもしろい子ばかりで!ヒヤッホォォォウ!最高だぜぇぇぇぇ!!」

 

「出た!秋山ちゃんのパンツァー・ハイ!」

 

角谷杏がおもしろそうにからかうと4人はどっと笑った。

 

「澤殿は今は何を?」

 

「私ですか?私は、刑務官をしています。」

 

「刑務官ですか。なんでまた刑務官に?」

 

「高校時代、収容所の所長を務めてからあの感覚が忘れられなくて…そのまま刑務官に…」

 

それを聞いて角谷杏が苦笑いをした。

 

「あぁ〜。確かに、澤ちゃん収容所ですごかったもんね。鬼所長だったよ…」

 

「なんか、今の刑務所は味気ないです…もっと色んなこと、囚人にしたい…」

 

「西住ちゃんが過激すぎるんだよ!実際にやっちゃダメだよ!死んじゃうよ!」

 

「澤殿は今でも西住殿の闇に囚われたままって感じですね…」

 

優花里が遠い目をして呟く。

 

「もう!皆さん冗談ですよ!会長たちは今、何やってるんですか?」

 

「今のは絶対に冗談ではなかったような…そうですね。会長たちの近況、気になります。」

 

「あぁ、私はね大洗町の町長やってるよ〜」

 

「えぇ!!町長ですか?すごいですね!って澤殿は、知らなかったんですか?大洗町に住んでるのに?」

 

「はい。実は東京の拘置所に勤めているので大洗には滅多に帰ってこないんです。今日は皆さんと会うために大洗に、というわけです。」

 

「なるほど。そういうことですか。」

 

「今回で二期目の町長だけど、結構楽しいよ〜大洗の戦車道振興とか町おこしとか福祉医療の充実とか公約にしてる。」

 

「会長らしいですね。副会長は何やってるんですか?」

 

「私?私はね、大洗町会議員をやってるよ。」

 

「実は、小山は野党議員で私にいっつも厳しい指摘してくるからちょっと怖い存在なんだよね〜」

 

「もう!町長がそんなんじゃ困りますよ!これからも厳しく追及しますからね!」

 

「お手柔らかに頼むよ〜」

 

「ダメです。」

 

小山柚子はニッコリと笑う。その笑顔が少し怖い。

 

「え!さらに驚きです!副会長と会長の舌戦、見てみたいです!澤殿もそう思いませんか?」

 

「確かにそれは見てみたいですね。今度議会を傍聴しようかな。」

 

「澤さん。ぜひ、気軽に見に来てね。そんなに、気張る必要もないから。」

 

「わかりました。」

 

一通りここにいるメンバーと冷泉麻子の近況報告が終わったところで、角谷杏が躊躇いがちに口を開く。

 

「…西住ちゃんは…何やってるんだろうね…」

 

「隊長…確かに隊長の近況は気になります。一体何をやっているんでしょうか?高校卒業して行方をくらませたままどこへ…」

 

「あのぉ、私、実は西住殿に2年ほど前に会ってます。」

 

秋山優花里が手を挙げながらそういうと、皆、驚愕した。当然私もだ。そういう重要なことは先に言って欲しい。

 

「え!?秋山ちゃん、西住ちゃんに会ってるの!?そういうのは早く言ってよ!いつどこでどんな風に会ったの?」

 

「はい、2年前の確か10月に戦略学の、国際的な学会がドイツで開かれることになったんです。それでドイツのミュンヘンに行った時に偶然バッタリと会ったんです。外見は高校生の頃とほとんど変わってませんでした。私は色々と近況を報告したのですが、西住殿は詳しくは話してくれなくて…ただその時、西住殿はドイツではダッハウとオラニエンブルクとハンブルク。その後は、ポーランドのオシフィエンチムに行くって言ってました。なんか妙に引っかかったので後々になって調べてみたらやっぱり私の予感は当たってました。西住殿が行くって言ってた都市は全てナチスの強制収容所があった場所です…それを知って私は全身から恐怖で血の気が引いたのを覚えています…」

 

「西住ちゃん、本当に何を考えてるのかわからないな…あの悪夢はもう二度と…!」

 

「そんなの私もです…西住殿は大好きですが闇住殿はごめんです…」

 

再び、空気が重くなってしまった。すると秋山優花里が慌てて謝る。

 

「あぁ、すみません!こんなに空気を重くする気は…そういえば皆さん結婚はしているんですか?」

 

「はい。私はしてます。子どもも2人います。」

 

「私もしてるよ〜、子どもは3人かな。」

 

「私もしてるよ。子どもはいないけど。」

 

「秋山ちゃんは?」

 

「私は…」

 

「あ…秋山ちゃん、なんかごめんね…」

 

「いえ…研究に熱中しすぎて婚期を逃したってやつです…」

 

秋山優花里が下を向きながらぼそぼそ呟いていたが、すぐに元気になった。秋山優花里は切り替えが早い。

 

「あ!そういえば記者さん。誰かに似てる気がするんですが…」

 

「あぁ、それ私も思ったんだよね〜なーんか誰かの雰囲気に似てるなって。」

 

「そう言われてみれば似てますね。誰でしょう?」

 

「え!そうですか?誰でしょう?」

 

私は必死にごまかした。私の正体がバレないように。もしバレたら取材に支障が出るかもしれない。

 

「まあいっか、さあ休憩もこれくらいにして対談の続きをやろっか。」

 

「そうですね。そうしましょうか。さあ、お二人とも部屋に戻りますよ。」

 

角谷杏と秋山優花里がそういうと皆、席を立つ。私はホッとした。部屋に着くと再びあの地獄のような戦いの記憶を話し始めた。




近況報告まとめ

秋山優花里

結婚:未婚

現在は東京帝国大学の准教授。専門は戦略学と地政学で全学共通科の戦車道審判課程で戦車戦略論の授業を担当している。研究に没頭するあまり婚期を逃したらしい。

冷泉麻子

結婚:不明

現在は東京帝国大学の教授。専門は毒物化学。高校時代に行ったみほの指示による毒ガス研究を元に大学、大学院と研究を続け、母校の教授になった。最近専門外のことではあるが世紀的発見をし、ノーベル化学賞を受賞。日本を代表する化学者。彼女の担当する授業では遅刻してもかなり寛大らしい。それどころか彼女自身が授業に遅刻してくる。

澤梓

結婚:既婚

現在は刑務官をしている。詳しくは語らなかったが、西住みほの闇に現在でも囚われている雰囲気。結婚し子どもを2人授かる。

角谷杏

結婚:既婚

現在は大洗町長。2回当選を果たし、戦車道の振興や教育支援、福祉医療の充実、町おこしなどに持ち前のリーダーシップを発揮している。子どもを3人授かり、充実した人生を送っている。

小山柚子

結婚:既婚

現在は、大洗町会議員。杏と対立する野党議員で杏と舌戦を議会で繰り広げている。子どもはいないが幸せに暮らしている。

西住みほ

結婚:不明

高校卒業後行方をくらましていたが、2年前ドイツで優花里の前に突如現れた。ドイツとポーランドでナチスドイツの収容所を訪ね歩くなど4人にとって謎の多い恐ろしい人物。

みほが訪れた都市にある元ナチスドイツ強制収容所
オラニエンブルク

オラニエンブルク強制収容所
ザクセンハウゼン強制収容所

ハンブルク

ノイエンガンメ強制収容所

ダッハウ

ダッハウ強制収容所

オシフィエンチム

アウシュヴィッツ=ビルケナウ強制収容所


また、新しい話を今日中に更新できたらします。

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