血塗られた戦車道   作:多治見国繁

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第35話 中地区市街戦における生徒会側のエピソードです。


第36話 最高責任者

杏は、初めて「戦争」を遠く離れた場所からではあるが体験した。そして、「戦争」がどういうことなのかを初めて理解した。杏は今まで大抵のことはさほど苦労なく乗り越えてきたし、的確な指示とリーダーシップで率いてきた。しかし、今回は違う。親友が死に、つい先ほどまで笑いあっていた仲間が1時間後には屍となるかもしれない命のやり取りを行う。それを率いる最高責任者なのである。みほへの怒りと憎しみで我を失っていたがこういう時こそ冷静にならなければならない。大粒の涙を流しながら生徒会室のカーテンを閉めた。桃と100人の仲間はもうこの世にはいない。今は、他の生きている仲間を守り学校を守らなければならない。杏は呟いた。

 

「河嶋と100人の展望台守備隊のことは忘れよう。」

 

それを聞いた柚子は思わず叫んだ。

 

「そんな!忘れるなんて、会長!親友じゃなかったんですか?仲間じゃなかったんですか!?親友と仲間を忘れてしまおうなんて会長!正気ですか!?」

 

「わかってる。わかってるよ…でも、私たちがこれでは他の生きている仲間たち。そして避難民はどうなる?私たちがこの戦争の生徒会陣営の最高責任者だ。だからこそ、今は死んだ人間よりも生きている人間のことを考えなければならない。河嶋と100人の展望台守備隊のみんなもわかってくれるはずだ…最後に冥福を祈って手を合わせてやってからもう忘れよう。」

 

杏は手を合わせお経を読み始めた。柚子も理解してくれたようだ。涙を流しながら、手を合わせている。

杏は涙を拭き、柚子に指示を出す。

 

「小山。次の作戦に移行する。50名を集めてくれ。」

 

生徒会軍の次なる作戦は市街地おけるゲリラ作戦だ。杏は展望台の麓の市街地にゲリラ兵50名の展開を指示した。今回の戦争が劣勢であることは認めざるを得ない。火を見るよりも明らかだ。みほたちの次なる狙いは展望台の麓の市街地の制圧だろう。放置しておけばあっという間に占領され更に劣勢に陥る。しかし、それは絶対に許してはならない。だからこそ、市街戦に持ち込み、長期の消耗戦、神経戦によって僅かでも反乱軍の兵力の消耗と神経を疲弊させ、サンダースの援軍到着まで少しでも長く抗戦し、援軍が来たら一気に反撃に打って出ようと考えていた。

 

 

「展望台の攻防戦で我々は敗れた。そして、河嶋は反乱軍に捕らえられ、無惨に惨殺され腹を裂かれて晒された。この仇は必ず討つ!しかし、今は戦力差が圧倒的だ。もう間も無く、援軍も到着する。その間に少しでも反乱軍を消耗させ、神経的なダメージを与えておきたい。みんなの任務は重大だけど、任せたよ。みんなを信じてる。」

 

杏は50名を集めて訓示を行なっていた。その時である。

 

「俺たちも戦わせてくれ。」

 

男性が声をかけてきた。彼は、学園艦内で文具店を開いている男性だった。彼の後ろには他にも20名ほどの男性が立っている。彼らは学園艦に店を開く店主たちだった。

 

「しかし、貴方たちは避難民です。避難民の方を危険な目に合わすわけには…」

 

「俺たちの店は俺たちが守りたい。これ以上、西住みほとかいうやつに蹂躙されてたまるか!だから頼む!俺たちも戦わせてくれ!」

 

杏はその言葉に嬉しさのあまり涙がこぼれそうだったが唇を噛み、必死にこらえた。

 

「皆さんの覚悟、しっかり受け取りました。わかりました。お願いします。」

 

ゲリラとそれに加わる民兵たちは、桃たちと同じように笑顔で出撃していった。今度こそ無事の帰りを祈った。今度は、長い戦いになる。これ以上、皆に負担を負わせてはならない。なんとかこの事態を打開できる方法はないか必死に考えた。その時だ、一つの案が浮かんだ。杏はすぐに受話器を取り、ある人に電話をかけていた。

 

『はい。蝶野です。』

 

『蝶野亜美一尉。お久しぶりです。大洗女子学園生徒会長の角谷杏です。』

 

『あら、角谷さん。突然どうしたの?』

 

『蝶野一尉にご相談がありまして。信じられないかもしれませんが、聞いていただけますか。』

 

『え…ええ。何かしら?』

 

『実は、我が校の戦車隊長、西住みほが武装蜂起しました。彼女は、全校生徒の三分の二、12000人を率い、更に戦車隊までも率いています。』

 

『え…?』

 

蝶野は信じられないというような声だった。杏は更に続ける。

 

『更に、他校までもが彼女の武装蜂起に支援を表明しています。このままでは、我々の学校は西住みほに支配されてしまいます。どうか助けてください。』

 

『一体、何が起こっているの…?』

 

『戦争ですよ。蝶野一尉。我々の学校では戦争が起こっています。これは、戦車道連盟としても由々しき事態ではないのですか?』

 

『ちょっと待って。戦争ってどういうこと?武装蜂起って、本当に殺し合いが起こってるの?』

 

『はい。殺し合いです。現時点で我々は、100名と生徒会役員の河嶋という生徒が西住みほに殺されています。』

 

『河嶋さんってあの河嶋さん?あなたたちの戦車のメンバーだった…?』

 

【はい…そうです…しかも、西住みほは陸戦条約をことごとく無視した捕虜の虐殺も厭わない。どうか助けてください。』

 

受話器からガチャリという音が聞こえた。蝶野はあまりの衝撃に受話器を落としたらしかった。

 

『それは…それは看過できないわ…!!あの優しそうな娘がそんなことするなんて!!すぐにそちらに向かえるように上官に取り合ってみるわ!少し待ってて!』

 

杏は笑った。自衛隊さえ出てこれば、みほを捕らえ、この戦争を終わらせることができる。そう考えていた。4時間後、生徒会室の電話がなった。

 

『はい。大洗女子学園生徒会です。』

 

『蝶野です。角谷さんはいらっしゃいますか?』

 

蝶野の声は暗かった。

 

『私です。どうでしたか?』

 

『ごめんなさい…派遣は…無理よ…』

 

『え…?何故ですか…?殺し合いですよ…?それなのになぜ…?』

 

『上官によると、学校への自衛隊の介入は行えないそうよ。更に西住みほという名前を出した途端、顔色を変えてこれ以上関わるなと言われたわ。仕方ないから防衛大臣に直訴したの。そうしたら、私は今日付で何をするのかよくわからない部署に異動することになったわ…左遷っていうことね。何かこれには国家をも巻き込む深い闇がありそうよ。気をつけてね…』

 

そういうと電話は切れた。杏は受話器を持ったまま呆然とした。戦争終結の策を失ったのだ。自衛隊がこの調子なら、警察など絶対に出てこないだろう。これから後は殲滅するか、されるかである。杏はフッと顔をあげて外を眺めた。中地区の方向がオレンジ色だ。しばらく何も考えられなかったが現実に引き戻された。中地区の市街地が燃えているのである。炎が市街地を飲み込んでいた。そして、これは戦車からだろうか榴弾が炸裂している。さらに砲撃の合間合間に銃を連射している発砲音も聞こえる。間違いない。これはみほの仕業だ。みほがゲリラを炙り出し、砲撃で吹き飛ばしそれに耐えかねて逃げだしたゲリラと市民を銃で撃ち殺しているのだ。杏は死にゆく仲間と市民をただ呆然と遠くで見ているだけしかできなかった。もはや涙も枯れ果てた。

 

「あははは。燃える燃える。みんな燃える。みんな私のせいで死んでいく。」

 

「どうすればいい…どうすれば…誰か…教えてくれ…」

 

杏は壊れる寸前だった。みほというあまりにも大きな闇に押し潰されそうだ。もういっそ降伏した方が楽だろうか。そんな風に思い始めていた時だった。

「会長。サンダースからお電話です。後1日で援軍が到着するそうです。」

 

希望の光が差し込んだ瞬間だった。杏は大きくガッツポーズをして喜んだ。

 

つづく


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