サンダース戦から数日後、みほはついに計画実行に向けて動き始めた。アンツィオ戦まではまだ時間がしばらく開く。今のうちに生徒会を失脚させて支配を確立してしまおうと考えたのであろう。先日の戦車隊メンバーも演説を聞いてまだかまだかとクーデター決行を待ちわびている。みほは優花里を拠点に呼び出し、とある指示を出した。その指示はこれから先クーデターを起こすために非常に重要な任務の指示だった。みほは、クーデターを起こして支配権を手に入れた際の大きな後ろ盾を他校に得ようとしていたのだ。
「優花里さん。ちょっと知波単に行って来てくれないかな?」
「え…知波単ですか…また突然ですね…知波単に何かあるのですか?」
優花里はこの時またみほに誘拐を依頼されるのかと汗をダラダラ流しながら不安そうに尋ねた。
「あ、優花里さん。今回は誘拐任務とかじゃないから安心して。えっと。サンダース戦も終わったことだからそろそろクーデターを起こす時期がきたかなって思ってね。そのための準備で私の後ろ盾になってくれる学校が欲しいんだ。」
「なるほど。わかりました。」
優花里の表情はパッと明るくなる。そしてホッとして承諾した。みほの目的は知波単にみほの支配を確実に承認してもらうという密約を結ぶことだった。みほは優花里の表情の変化を見ておもしろそうだったが返答を聞くと満足そうに頷いていた。
「それじゃあ、知波単で川島さんという人に会って来て。連絡はこっちからしておくから。あ、川島さんには全て本当のこと伝えていいからね。彼女も優花里さんと同じ諜報員だからどうせ隠してもバレるし。川島さんは経歴から何から何までとてもおもしろい人だよ。どんな人かしっかり見届けてくるといいよ。」
「了解です!」
優花里は早速準備を始めた。そしてすぐに出発した。優花里はまたもコンビニの定期船に乗り込む。今度の知波単はとても近かった。30分ほどでついた。そして、知波単に潜入した。すると、優花里は突然声をかけられた。
「君が秋山優花里ちゃんか?」
「ひゃっ!」
優花里はいきなり声をかけられたので驚いて変な声を出してしまった。振り向くとそこには軍服を着た短髪の少女が立っていた。
「ははは。そんなに驚かなくてもいいじゃないか。僕が川島だ。川島恵子だ。」
「秋山優花里です。川島殿。本日はお会いしていただきありがとうございます。」
「ははは。川島殿なんておもしろい子だな。私は、大した人間ではない。そんな敬語で話さなくてもいいんだぞ。」
すると優花里は照れながら訳を話した。
「やっぱり気になりますか。でも、なんだか癖になってしまっていて…もうどうにも治らないんですよ。」
「そうなのか。ならそれでもいい。」
優花里と川島はしばらく世間話をしていたが、やがて本題に入った。
「さて、本題に入ろうか。みほちゃんからも聞いたが、改めて君からも話を聞きたい。」
「はい。我々は、悪の巣窟である生徒会を取り除く。という名目で、クーデターによる生徒会の失脚を狙っています。その際に、知波単にはその西住殿の支配下に入った大洗の体制を認めて欲しいのです。」
「なるほど。それはおもしろい。しかし、我々知波単にどんな利があるんだ?」
川島の言うこともごもっともな話だ。利がないのにもかかわらず、この計画に乗ることはないのだ。優花里は必死に利を説明した。
「西住殿は戦車道のなかでもトップクラスの知識を持っています。我々に協力していただいて我々の仲が良くなれば交流する機会も増え、戦車道において西住殿の知識で新しい戦略なども生み出せるなど、貴校にも大いに利があるのではないのでしょうか?」
「なるほど。それは確かに重要だな。こちらにも利はある。まあ、体制を承認してやるくらいならそのくらいの利でもなんとかなるかな。よしわかった。この話、乗ろう。だが、君たちは僕の曾祖母が日本軍から受けたような扱い、つまりは利用するだけ利用してゴミのように捨てるみたいな扱いはしないだろうな?」
「そんなつもりは毛頭ありません。あのぉ、差し支え無ければ、貴女の曾お婆様のお話を聞かせてくれませんか?もしかして貴女の曾お婆様って…」
優花里はある可能性を頭の中に描いていた。それを確かめるために恐る恐る聞いてみた。すると川島は誇らしげだった。
「ああ、おおよそ優花里ちゃんが予想している通りだ。僕の曾祖母は川島芳子だ。川島芳子は、あの日中戦争の後、漢奸として一時処刑されかけた。しかし、処刑が執行される前に曾祖母は逃げ出してそのまま満州でひっそりと暮らした。その後、僕の祖母は日本に渡り日本人と結婚した。そして、僕の母が生まれ、僕が生まれた。僕は曾祖母に憧れている。だから僕は曾祖母と同じような出で立ちで同じように諜報員をやっているんだ。この知波単でね。そしてそれは僕の誇りだ。」
秋山優花里はキラキラとした表情になった。
「川島芳子さんが生き残っていたなんて…」
優花里は信じられないと言うような顔をしていた。それもそのはず。今まで、川島芳子の生存はあくまで説として捉えられていたに過ぎなかったからだ。その川島芳子の子孫が今、目の前にいる。これは感動であった。そんなことを思っていると、川島が可笑しそうに笑う。
「ははは。川島芳子の子孫だってことにそんなに憧れるかい?僕はそんな大した人間じゃない。そんなことより、これからも両校の発展のために、お互い頑張ろうじゃないか。君も諜報員なんだろう?」
「は…はい!ありがとうございます!」
優花里は、川島の人間的な部分にも憧れた。決して飾らない。素敵な女性であった。
「あ、そうだ。こういう重要なことはしっかり文書で残しておかないとな。ちょっと待っててくれ。今、西隊長のところに行って書類に承認のサインをもらってくるから。」
「あ、そんな慌てなくても大丈夫ですよ。」
「いや、善は急げだ。すぐにもらってくるから待っててくれ。あ、でもそれだと偽文書と疑われるかもしれないな。手間をかけるが一緒に来てくれ。」
「え?いえ、そんな。あ!」
そういうと川島は優花里を引っ張って駆け出した。川島と優花里はあっという間に隊長室に来た。
「失礼します。西隊長、先日お話しした大洗からのお客様です。」
「ああ、ありがとう。秋山殿、ようこそ知波単へ。西絹代です。どうぞごゆっくりして行ってください。」
西絹代は、敬礼をする。どうやら歓迎してくれているようだ。優花里も答礼した。
「ありがとうございます。秋山優花里です。こちらこそ突然お邪魔してしまって申し訳ありません。」
川島はその様子を微笑ましく見ていたがやがて折を見て、先ほどの一部始終を絹代に話し始めた。
「それで西隊長。みほちゃんたちは、大洗においてクーデターを企てているようです。そして、そのクーデター後の体制を我が知涙単に認めて欲しいとのことなのですが、こちらの書類で正式な密約を交わそうと思っております。つきましては、西隊長のサインをいただきたいと思いまして。」
川島が説明するとそんなことはお安い御用だとでもいうようにさっとペンを取る。
「これでよろしいでしょうか?我々、知波単と大洗は正式な密約を交わしました。西住殿が体制を確立した暁には我が知波単は真っ先に西住殿の体制を承認いたします。」
優花里はパッと笑顔になる。兎にも角にも、知波単からみほの支配を認めるという約束は取り付けた。優花里は任務が成功してホッとしていた。そして、絹代と川島に何度もお礼を言った。
「ありがとうございます。本当にありがとうございます!」
その様子を2人ともにっこりとして見ていた。
「また何か頼みごとなどあればいつでもおっしゃってください。」
「その時はまた僕を通してくれたらすぐに隊長に頼んでおくからな。」
「お二人とも本当にありがとうございました。」
優花里はご機嫌で午後のコンビニの定期船に乗り込み大洗に戻った。大洗に戻った時はまだ昼だった。まだ昼だし学校も終わってないから拠点にはみほはいないだろうなどと思って、半ばいなくても仕方ないと思いつつ拠点に向かうとなんとみほはもういた。
「優花里さん速かったね。まあ、知波単すぐそこだもんね。それでどうだった?」
「西住殿!成功です!知波単との密約を交わして来ました。西隊長のサイン付きです。」
優花里は喜びを爆発させながらみほに書類を渡す。するとみほも同じように喜びを爆発させていた。
「優花里さん!すごいね!それで、この密約には条件とかってあるの?」
「はい。西住殿が知波単に行って訓練をするというのが条件です。」
「それだけでいいの?随分破格だね。そんなことはお安い御用だよ。よし、これでまた一つ仕上がった。えっと。次は…」
みほはニヤリと不気味な笑みを浮かべながら次なる一手を考えているようだ。
みほは、知波単学園という大きな後ろ盾を得た。みほのクーデター計画は着々と進んでいる。
みほは今回の密約で事実上、外交権も生徒会から奪った。生徒会への宣戦布告も時間の問題であった。
つづく
実在の人物(史実)
氏名 川島芳子
本名 愛新覚羅顯㺭
生没年 1907〜1948
清国皇女として生まれるが、日本人川島浪速の養女になり、日本で教育を受けた。その後、日本軍の工作員として諜報活動に従事し、第一次上海事変を勃発させたと言われているが、不明な点も多く実際に諜報活動を行ったかなど彼女の実態は謎に包まれている。
戦後間も無く、国民党に漢奸として逮捕され銃殺刑に処された。
通称 男装の麗人・東洋のマタ・ハリ
オリジナルキャラクターのご紹介
氏名 川島恵子
所属 知波単学園
学年 3年生
年齢 18歳
男装の麗人と呼ばれた川島芳子の曾孫。知波単学園の諜報員として諜報活動を行う。曾祖母である、芳子に誇りを感じており、芳子そっくりの出で立ちで話し方までそっくりである。
みほの支配の承認交渉において両校の架け橋のような役割を果たす。
通称 現代の男装の麗人