血塗られた戦車道   作:多治見国繁

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第16話 第一回目の実験

梓は罰を受けてしばらくは、傷を癒すためにみほから療養を指示された。その療養期間も傷の回復状況を見るという名目で裸にされあちこち触られた。とても、療養どころではなかった。そして、療養期間も過ぎ2週間ぶりに学校へ行った。みほからは傷を隠すためにしばらくはタイツを履いて登校するように指示されていた。学校へ向かう途中、いつもの仲良しDチームのみんなに会った瞬間涙が流れてきた。

 

「あ!梓じゃん!2週間も学校に来なかったけどどうしたの?心配したんだよ?」

 

あゆみが少し怒りながらも安心したように声をかけた。

 

「ご…めんね…、ちょっと肺炎で…入院してて…」

 

まさか、本当のことを話すわけにもいかない。梓はとっさにごまかした。

 

「はいえんってなぁにぃ?」

 

桂利奈のいつも通りの様子を見て、安心した梓は本格的に泣き出してしまった。

 

「ちょっと、梓!どうしたの?本当に大丈夫?」

 

みんなが心配そうに声をかけてくれた。零れ落ちる涙を拭って梓は呻く。

 

「会えない間寂しくて…やっぱり、友達っていいね…」

 

紗希が無言で背中をさすってくれた。闇の心に触れ続け、冷たく冷えきり、生気のなかった梓の心はすっかり暖かくなっていた。幸せな時間だった。久しぶりにいつも通りの日常を過ごした。「いつも通り」これがいかに幸せなことなのか、実感した瞬間だった。しかし、幸せな時間は長くは続かない。今日から、みほの諜報員としての訓練が始まるのであった。梓は名残惜しそうに言った。

 

「みんな、ちょっと私、今日も病院行かないといけないからみんなとは帰れないんだ…また明日ね。」

 

「そっか。それなら仕方ないね。じゃあ、また明日ね。」

 

みんなはそう言って帰って行った。みんながいなくなると、廊下から突然、声が聞こえてきた。

 

「梓ちゃん…行こっか…」

 

「ヒャい!わかりました…」

 

みほはどこからともなく突然現れた。まさに神出鬼没である。梓は突然声をかけられたので驚いて変な声を上げてしまった。みほの方を見ると夕日の逆光でみほの顔が黒くなっていた。

梓とみほ、優花里、麻子は葬列のように静かに歩く、沈黙の中を歩き続ける。みほはおもむろに口を開いた。

 

「梓ちゃん。今日、みんなに傷のこと、ばれなかった?」

 

「はい…大丈夫でした…」

 

「ふふ…よかった。バレてたら今度こそ完全に消さなきゃって思ってたけど…」

 

「うぅ…隊長…消す…なんて…言わないでください…」

 

梓は、悲痛な声で抗議した。それを見たみほはただ、にこにこと笑っていた。

また、しばらく沈黙が続く。そして、またみほが口を開いた。

 

「ところで、梓ちゃん。モルモットは見つかった…?」

 

「い…いえ…まだです…」

 

梓は、激しい汗と動悸、そして嗚咽に襲われた。忘れていてほしい。そう願っていたが無駄であった。みほは、しっかり覚えていたのである。

 

その様子をみほはおもしろそうに眺めていた。

 

「1週間以内に連れてきてね。もし、連れてくることができなかったら、Dチームの6人全員で実験に参加してもらうね?」

 

みほは、楽しそうに語った。

 

「…わかりました…連れてきます…」

 

消え入りそうな悲痛な声で同意してしまった。もはや、自分の命が助かることだけで必死だった。人のことなど考えられなかった。

しばらく歩いて、拠点についた。梓が最初に連行された建物だった。梓は苦痛な記憶を思い出し、さらに激しい動悸と嗚咽を覚えていた。

重たく古い扉が大きな音を立てて開いた。今日は、連行された部屋とは別の部屋に通された。そこで、諜報員になるための講義と訓練が行われた。

今回は、優花里に誘拐術を色々教えてもらいながら訓練を行った。

優花里はかなり手馴れていた。もしかして、誰か誘拐したことがあるのだろうか。そんな風に思っていた。そして、その日は訓練を終えた。

次の日、梓は教室で注意深くクラスメイトを観察していた。誰をモルモットとしてみほに提供するか選ぶためだった。

すると、誰かが声をかけた。

 

「あ、地味っ子梓ちゃん!今日も地味だね!あはは!あんた、本当に地味なんだから!」

 

クラスメイトの高橋萌だった。いつも、地味だ地味だとからかってくるし、何やら影でバカにしているという話も聞いたことがある。梓は外面では笑っていたが、内心とても腹が立っていた。

 

(よし、隊長に提供するモルモットは萌にしよう。)

 

梓は、萌をモルモットとして提供することに決めた。そして、みほに報告した。

 

「隊長。モルモットに提供する予定者、決まりました。高橋萌。同じクラスの16歳です。」

 

「わかった。ありがとう。じゃあ、今度の土曜日に連れてきて。」

 

「はい。」

 

そういうと、梓は懸命に訓練に励んだ。

そして、決行の日梓は萌を遊びに誘っていた。萌は、この日も地味だ地味だとからかってきた。梓は絶対に成功させると心に誓っていた。萌は楽しそうに過ごしていた。この後、自分に降りかかる運命など知る由もない。梓は、少しだけ可哀想に思えてきた。しかし、動き出したものは今更止めることなどできない。帰る時間となり互いに別れた後、梓は行動を開始した。

梓は薬品を布に染み込ませた。

そして、誰もいないことを確認すると、その布を萌の口と鼻に押さえつけた。

萌は、何事かともがくが意識を失ったようだ。動かなくなった。そのまま、急いで鞄に詰め込んだ。誘拐は成功した。

梓は、走って拠点に急ぐ。そして、みほの元に連れて行った。

 

「た…隊長…連れてきました…さあどうぞ…」

 

「梓ちゃん。ありがとう。そんなに急がなくても良かったのに。」

 

梓のあまりの慌てように、みほは笑った。

 

「さあ、早く目がさめないうちに実験やっちゃってください。」

 

「え?梓ちゃん。それはダメだよ。事情を説明してあげないと可哀想だよ。梓ちゃん、梓ちゃんがこの子連れてきたからこの子には梓ちゃんからきちんと説明してあげてね。」

 

みほは、意地悪そうに話す。梓は絶望した。

 

「そ…そんな…」

 

梓はうなだれる。それを見たみほは囁いた。

 

「梓ちゃんもとうとう悪魔になるんだよ。悪魔の仕事の手伝いをしちゃったからね。梓ちゃんも私と運命を共にするしかなくなったんだよ。」

 

みほはニヤリと笑う。

 

萌は、梓が拘留されていた部屋に留め置かれることになった。その部屋はそのまま実験に移れる。萌は、裸で鎖に繋がれ眠らされている。梓は苦悩していた。どう説明すればいいのかわからない。そんなことを考えていると萌はようやく目を覚ました。

 

「う…うぅん…あ…梓…?あれ?え?何で私、裸で鎖に繋がれてるの?!」

 

萌の声が聞こえたので梓は覚悟を決めた。萌の最期を宣告するのだ。

 

「高橋萌さん。あなたは、毒ガス実験の実験体として選ばれました。犠牲になってもらいます。」

 

「え?ちょっと梓。何言ってるの?何の冗談?」

 

 

梓は何も言わなかった。

すると、萌は突っかかってきた。

 

「ちょっと梓聞いてる?ねえ!」

 

梓は思わず、鞭で萌を叩きつけていた。その鞭は、みほがもしも、モルモットが反抗したら使うようにと梓に指示し、渡していたものであった。乾いた革の音が部屋に響いた。梓はよくわからないがすっきりとした気持ちでその部屋を出た。萌は泣いていたが、そんなことは気にも留めなかった。そして、15分後実験の刻限となった。梓が2階にある、観察部屋に入るとすぐに実験は開始された。立会人として、毒ガスを作り上げた麻子とこの実験を計画したみほ、そしてモルモットを連れてきた梓が立ち会った。この日実験に使われたのは糜爛性の毒ガス、即効性のルノサイトと遅効性のマスタードガスを組み合わせたものだった。

 

「現時刻、20:00より第一回の毒ガス実験を始めます。よろしくお願いします。」

 

みほは、毒ガス実験の開始を宣言した。

厳重に閉ざされたその空間に毒ガスを流し込むためのボタンをみほが押した。

中の様子は監視カメラで見ることができる。毒ガスを流し始めるとすぐに咳やくしゃみを始めた。そして、身体がかなり痛むようだ。激しく痛がり悶える様子を見せ始めた。そして、嘔吐も始める。30分後、今度は肌に発赤が見られた。そして、皮膚が爛れ始める。12時間後、皮膚に水疱ができていた。この頃になると、もう動かなくなっていた。毒ガスを大量に吸い込んだため、死亡したのだ。死因は恐らく肺浮腫であると思われる。麻子は実験開始から死ぬまでの一部始終を克明に記していた。

みほは、満足そうに言った。

 

「やったね。麻子さん。麻子さんの毒ガスは十分効果があることが実証されたよ!」

 

みほは無邪気に喜んでいた。

すると麻子も

 

「あぁ、よかった。本当に良かった。」

 

と、喜びを噛み締めていた。

梓は、全て命令だから仕方なかったのだと割り切っていた。誘拐したのも命令、虐待したのも命令、そして、毒ガス実験もみほから命令されたからやった。全ては命令これだけであった。だから梓は淡々と

 

「毒ガス実験成功おめでとうございます。」

 

とだけ語った。

それを聞いたみほは悪魔の笑みを浮かべていた。

遺体は、厳重な装備をつけた麻子により調査された。そして同じく厳重な装備をつけた優花里により運び出されドラム缶に厳重に詰められ、毒が流出しないように何重にも鉄の板でドラム缶を包み込み夜中のうちに海に捨てられた。その日はちょうど学園艦がかなり沖合に出ている頃であったので処分するにはちょうど良かったのである。

寂しく流れていくドラム缶を見てもなお梓は何も感じなかった。何故ならこれも命令だったからである。

1人の一般人が命令によって非道な残虐なことをなしうる。これを実証した瞬間であった。

梓はみほが命令すればどんなことでもためらいなくなんでもやる。そんな人間になったのであった。

 

つづく




オリジナルキャラ紹介

氏名 高橋 萌
年齢 16歳
梓のクラスメイト。梓により、連れ去られる。その後、糜爛性の毒ガス実験により死亡。遺体はドラム缶に入れられ海に遺棄された。

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