血塗られた戦車道   作:多治見国繁

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敵前逃亡は軍隊において重大な軍規違反である。


第14話 逃亡の罪

「あ…秋山先輩……?」

 

優花里は何も答えない。ただ淡々と身柄確保を進めた。

梓は、目隠しをされて鞄に押し込まれ連行される。

そして、20分ほど経っただろうか。どうやら目的地に着いたようだ。優花里は、持っていた梓を入れた鞄を床に置き、それを開けた。

目隠しが取り去られると目の前には、みほと白衣を着た麻子が立っていた。

 

「西住殿、連れてきました。Dチームの他のメンバーはどうしますか?」

 

「優花里さん。ありがとう。他のメンバーの子たちはいいや。あまり派手に動いて叩き潰されても困るし。」

 

「了解です!」

 

「さてと…」

 

みほはそういうと尋問を始めた。みほは、怒ってなどいなかった。むしろとても嬉しそうに笑顔で尋問を行なった。

 

「梓ちゃん、あれだけ逃げちゃダメだって言ったよね?なんで逃げちゃったのかな?」

 

「砲撃があまりにも激しくて…怖くて…逃げてしまいました…」

 

「そっか。怖くなっちゃったんだ。でもね、敵前逃亡は重罪だよ。私たちね、そのせいで負けちゃった。もしかしたら、梓ちゃんたちが逃げずに戦ってくれたら、負けることはなかったかもしれない。」

 

もっともな話だ。もしかしたら、自分たちがいれば負けなかったかもしれない。みほたちには本当に申し訳ないことをした。そんな風に梓は思った。

 

「すみませんでした…」

 

梓は、泣きそうになりながら謝った。みほは相変わらず笑顔で言った。

 

「それじゃあ、私からの話はおしまい。じゃあ、処分が正式に決まったらまた教えるね。それまで、拘留することになるけど、仕方ないよね。梓ちゃんは重罪を犯しちゃったもんね。もちろん学校にもしばらくはいけないよ。」

 

「え…それは…」

 

梓は何かを言いかけたが、優花里に促され尋問部屋から拘留部屋に連れていかれた。

そこは、最初に連れてこられた建物ではなく、同じ敷地内にある別の建物の部屋だった。

梓はそこに投獄された。

 

「澤殿には今日からしばらくこの部屋で過ごしていただきます。学校には風邪でお休みと話を通しておきますから。」

 

優花里はそういうと、梓の手と足を鎖でつなぎ、ドアに厳重なロックをかけて、部屋から出ていった。

しばらくすると、みほ、優花里、麻子の3人の声が聞こえてきた。どうやらこの拘留部屋の隣にある会議室で梓の処分を会議で決めているらしい。壁が薄いのだろうか声が漏れてきた。

その漏れた声に梓は聞き耳を立てていた。

 

「さ…さすがに、モルモットは可哀想です。しかも、澤殿はこれからの戦車隊のメンバーとして貴重です。」

 

優花里の抗議する声が聞こえてきた。梓は、貴重なメンバーだと優花里に言われてなんだか照れ臭い思いだった。しかし、優花里は気になることを言ったことに梓は気がついた。

 

(秋山先輩。モルモットは可哀想って言ってたけど、モルモットって一体なんのことだろう。)

 

「でも、世界の通例だと敵前逃亡は死刑だし、やっぱり死刑がいいと思うな。それに、ちょうどあれも完成したんだし、梓ちゃんで効果を試しちゃおうよ。」

 

今度は、みほの声で何やら物騒な単語が耳に飛び込んできた。

梓は、まだ冗談か何かだと思っていた。

 

「しかし、大洗の人間、しかも戦車道やってる人間をモルモットに使うと色々厄介なことになるんじゃないか?特に今は戦車隊ができたばかりだし、無関係の人間にまで動揺が広がるという事態はなるべく避けたほうがいいんじゃないか?もし、実験で死んだらそのまま行方不明として処理するんだろ?」

 

麻子は何やら懸念しているようだ。淡々と反論をする。

 

「でもなぁ、せっかく毒ガスができたんだからその効果を試してみたいって気持ちはあるんだよね。せっかく、上玉のモルモットが手に入ったんだし…しかも、反逆者に罰を与える。今回はその正義がこっちにあるから…」

 

梓は息を飲んだ。そして、ただただ隣の部屋で繰り広げられている冗談みたいな恐ろしげな話に困惑していた。

 

(え?え?死刑?毒ガス?モルモット?一体何が起こってるの?もしかして私…いや、まさか。先輩たちの悪い冗談だよね?)

 

梓は、この時点でまだ先輩たちが変な冗談でも言って怖がらせようとしているのだろう程度にしか思っていなかった。

みほは、急かすように主張する。

 

「一応、梓ちゃんがいる部屋ってすぐにでも毒ガス実験できる部屋だよね。やっちゃおうよ。」

 

それを2人は、何やら諭しているようだ。必死で反対している。

 

「いやいやいや、ダメですって。後継者がいなくなってしまいます…」

 

「そうだな。後継者のことも考えたほうがいい。西住さんがずっとこの大洗の面倒を見れるってわけでもないし。」

 

しかし、3人の口ぶりはとても、冗談とは思えない、真剣そのものだった。

梓は得体のしれない恐怖に襲われ、嫌な汗が止まらなくなっていることに気がついた。

 

「じゃあ、間をとってこうしたらどうですか?澤殿にも、屈辱を受けて諜報員になってもらうこと。そして誰かをモルモットとして連れてくること。これで命は助ける。この条件でどうでしょう。」

 

「私はいいと思う。」

 

「うーん。仕方ないね。でもまあ、梓ちゃんに屈辱を与えることができるならいっか。梓ちゃんの可愛い姿は見たいし、じゃあ、優花里さんの言う通りにするよ。」

みほは、やや不満そうな声だったが、なんとか納得したようだ。

梓が3人の話を盗み聞きしていると、どうやら、命だけは助けられるらしい。梓は少しホッとした。しかし、やはり何か重い罰があるのは確からしい。梓は、震えながら処分が下るのを待っていた。しかし、3日経っても5日経っても処分は一向に発表されなかった。その間、食事と水を飲むときなど以外はずっとつながれたままだった。

結局、処分が下ったのは7日後の夜だった。

 

みほはいつもの可愛らしい口調で、処分を通達した。立会人として優花里と麻子が両脇に立っている。

 

「梓ちゃんが犯した、敵前逃亡の罪はやっぱり重いの。そして、仲間の暴走を止められず、流されるように自らも逃げてしまったと言うのも、監督に問題があるね。そこで、やはり梓ちゃんにはそれ相応の罰を受けてもらうことにするね。」

 

「梓ちゃんは、これから私の諜報員になってもらいます。そして、誰でもいいからモルモットを連れてきてもらいます。」

 

梓は、言われている意味がわからなかった。

 

「西住隊長。言われている意味がよくわからないのですが…」

 

「ああ、ごめんね。わかんないよね。諜報員っていうのはそのまま、辞書通りの意味に捉えてくれればいいよ。私の指令に従って、暗殺や誘拐、他の学校への偵察とかをやってもらう。そして、モルモットっていうのはね、毒ガス実験用の人間のことだよ。本当は、梓ちゃんをモルモットにして毒ガス実験やろうかなって思ってたけど、跡継ぎがいなくなったらどうするんだって2人に止められちゃって。えへへ。代わりに梓ちゃんが誰か連れてきて。」

 

梓は今でも冗談だと思っていた。そんな様子を見たみほは

 

「梓ちゃん。私が言ってることに冗談や嘘はないからね?あ、でも言葉だけじゃわからないもんね。じゃあ、梓ちゃんちょっと待っててね。」

 

そういうと、みほは部屋から出て行った。

 

しばらくすると、みほはウサギを手に戻ってきた。

 

「これは、毒ガス実験を動物で行う為のウサギなんだけど、まあいいか。今回は、毒ガスを実際に発生させるわけにもいかないから毒薬をこのウサギに投与するね。麻子さん。いいよね。」

 

「ああ。構わない。」

 

麻子が返答するとみほはボールペンを取り出しそのウサギに、突き刺した。するとウサギは苦しそうにもがき苦しみながら泡を吹いて動かなくなった。動かなくなったウサギをみほはおもしろそうに弄ぶと、やがて飽きたのか投げ捨てた。

 

「え…隊…長……」

 

梓は、ようやくみほに嘘や冗談はないと理解した。そして、梓が感じていたみほへの違和感がこれであったと理解した。みほの闇を梓ははっきりと視認したのだ。

梓は恐怖に支配されていた。体中の震えと汗が止まらなくなった。

そんな梓をみほは、見下ろしながら悪魔のような黒い笑顔で眺めていた。その顔は影になって真っ黒だった。まるで、みほが持つどこまでも深い闇のように。

 

つづく


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