血塗られた戦車道   作:多治見国繁

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第10話 大量破壊兵器

麻子はまず、山のような研究ノートを全て3時間ほどかけてざっと読んでみた。ノートを開くと化学式と実験方法がたくさん並んでいる。常人では理解できない化学式と実験の方法ばかりだが、麻子は学年主席である。理解することは容易いことだった。ノートに書かれた一通りの化学式と実験方法は全て暗記してしまったのである。

そんなことで、とりあえずみほの元で仕事の1日目は終了した。

 

「今日は、とりあえず、研究ノートの精読をして化学式と実験方法を覚えた。だが、毒ガスといってもノートの中にたくさん種類がある。何を優先して製造すればいいか考えておいてほしい。」

 

「お疲れ様。ありがとう。うん。考えとくね。」

 

その日はみほに研究の進捗状況を報告して帰ることにした。

麻子はもはや研究者のようだった。この毒ガスがどんなに非人道的なことに使われようとも、麻子はもはやどうでもよかった。とりあえず、自分が生き残るために必死だったのだ。

人のことを考えられるのは、自分に確実に明日があるという確証を得られる時だけであり、明日の命もわからない身では、人のことを考える余裕など到底ないのだ。

次の日、みほから優先製造すべき毒ガスが発表された。

 

「麻子さん。今回、麻子さんに優先してほしい毒ガスは3つだよ。糜爛剤のマスタードとルイサイト、そして血液剤のシアン化水素。この3つを、お願いね。」

 

「わかった…じゃあ、そういう方針で研究を進める。」

 

麻子はそういうと自分の研究室に向かった。

 

(何に使うのかはわからないが、容赦ないな)

 

麻子はそう思った。特に血液剤のシアン化水素は、このノートに書かれていた毒ガスの中で最も致死率が高いものであった。シアン化水素が使われた場所は、ホロコーストのナチスのガス室などで使われた。また、糜爛剤のマスタードとルイサイトもイラン・イラク戦争で使われたものでいずれも悪名高い。

みほの思惑はまだ全く見えない麻子だったが、みほにやれと言われてやらねばこっちが殺されてしまう。

麻子は考えるのをやめ、防毒マスクなど装備をつけて、早速研究を始めた。

ノートに書かれていた薬品を調合して、実験を繰り返す。もちろん最初から上手くいくはずはなく、最初は失敗の連続だった。しかし、それでもめげずに研究を続けた。とにかく必死だった。

そして、戦車道の練習試合の1日前、とうとう麻子はシアン化水素を作り上げた。みほは大いに喜んだ。

 

「麻子さん!こんなに早くできるなんて!すごいね!ありがとう!残りも期待しているよ!」

 

麻子は、自らに達成感が芽生えていることに気づいていた。そして、今までの正気を失った状態からふと我に帰った。目が覚めたのだ。人を大量に殺すかもしれない毒ガス研究のはずなのに、それをやり遂げた自分がいた。

そう。麻子はやり遂げてしまったのだ。悪魔の所業を。

麻子は激しく自己嫌悪を覚えた。そして、自分に恐怖して嫌な汗をダラダラ流していた。そんな様子の麻子を見て、悪魔の笑顔を浮かべながらみほは耳元で囁いた。

 

「麻子さん。とうとう、悪魔の研究をやりとげたんだね。麻子さんはもはや私から逃れられない。麻子さんも共犯者になったんだから。私と麻子さんは今日から運命共同体だね。麻子さんは私と同じ。悪魔になったんだよ。」

 

「くっ…わ…たしは…悪魔じゃない…」

 

そういうと、みほは

 

「そうかな?でも、麻子さんは化学兵器を作り上げたという事実は変わらないよね。そして、麻子さんはこれからも研究を続けてもらうよ。悪魔の仕事を手伝ってる時点で悪魔だと思うけどな。」

 

みほは容赦なく、麻子に闇を注ぎ込む。麻子はまるで自分に黒い闇がドロドロと襲いかかる、そんな感覚に陥っていた。麻子の顔は苦悩で歪む。確かにそうかもしれない。化学兵器を作り上げた事実は永久に変わらない。麻子はそんなことを考えてより大きな自己嫌悪に支配されそうになっていた。

そんな、麻子の苦悩の様子を、みほはおもしろそうに眺めていた。そして、

 

「残りもよろしくね…麻子さん。」

 

そう囁いた。麻子は残りの毒ガスの研究も苦悩しながら続けた。

そして、麻子は残りのマスタードとルイサイトを完成させた。

これで解放される。そう思っていた。しかし、そんなにみほは甘くはなかった。

 

「すごいね。麻子さん。こんなに早く終わるなんて思ってなかった。じゃあ、次はVXガスとサリン、そしてシアン化塩素を作ってほしいな。よろしくね。」

 

麻子は愕然とした。これ以上毒ガスの製造などしたくもなかった。麻子は、俯いたまま何も言わないままでいると、

 

「ふふ…麻子さん。一回作ったら解放されるとでも思ってた?そんな甘くないよ。前も言ったよね?私と麻子さんは運命共同体だって。麻子さんにはこれからも、毒ガスの研究を続けてもらうからね?それじゃ、麻子さんよろしくね。」

 

「…分かった」

 

麻子は拠点の廃ビルの中の自分の研究室の中で突っ伏した。そして、消え入りそうな声で呟く。

 

「…悪魔なんかに…なりたくない…西住さん…今は、従うが、いつかは…」

 

麻子は、みほに対して表では従属、裏では反発をするという態度を決め込むことにした。

そして、みほに言われた通り新しい毒ガスの研究を始めた麻子であった。

 

つづく

 




次回、また時間が一度30年後になります。

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