血塗られた戦車道   作:多治見国繁

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お久しぶりです。今日はカエサルたちのお話です〜
よろしくお願いします!


第134話 軍事境界線を越境せよ

冷泉さんが反乱軍の人事に苦戦し、落合さんが捕らえられ、辱めを受けて苦しんでいた頃、私たち歴史好きの4人は1軒の家に集合していた。呼びかけ人はもちろんカエサルで議題は落合さんの件についてだ。そこは戦争が始まる前までは私たちが日々を暮らしていた戸建ての寮だった。会合場所に私たちの寮が選ばれたのには訳がある。まず一つ目にその寮は西住隊長の支配圏内にあり、特に障壁なく自由に行き来できることである。しかし、西住隊長の勢力圏内にあると聞くと、盗聴などの心配があるのではないかと心配されるかもしれないが、私たちもあの時は高校生だったとはいえ、そのくらいのことは分かっていた。だから、細心の注意を払って会合は行われた。まず、声を発さなくても良いように、会合は全て筆談で行なった。更に、どこかから見られないように会合はその寮にあった屋根裏部屋で行われた。屋根裏部屋には窓はなく、私たちの趣味である歴史に関する書物を収納する書庫のようになっており、足の踏み場もない。例え、屋根裏部屋には潜もうにもこの本の山を突破するのは至難の技で、管理者である私たちにしかできない。だから、簡単には侵入することはできない。例え、この山のような本を退けて侵入したとしても、私たちはどこに何の本があったのか全て覚えているから動かされていたらすぐにわかる。更に、設計者も倉庫のように使用することを想定していたようで電気は通っていないので、電気を使うアダプター式の盗聴器は付けられないから微々たる確率かもしれないが盗聴のリスクも下げることができる。これだけ完璧に対策しておけば、そうそう情報が流出することはないだろう。最初にペンを取ったのはカエサルだ。サラサラとノートに文字を書いていく。

 

『今日は、集まってくれてありがとう。早速だが、話を始めようと思う。話は、ひなちゃんのことについてだ。私は、ひなちゃんがこれ以上、傷つき、苦しむ姿は見ていられない。だから、私はひなちゃんをここから脱出させたい。もちろん、これは私のわがままだから、みんなに協力は矯正できない。この作戦は命の保証はない作戦だ。あの西住隊長のことだから、もしこの計画がばれたらどうなるか。十中八九殺されるだろう。少なくとも、首謀者の私は必ず殺される。もしも、参加したくないということであればすぐに立ち去っても構わないし、私は決して責めるつもりはない。しかし、私は一人でもひなちゃんを脱出させるつもりだ。それが、親友としての使命だと思っているからだ。だが、それでも、危険を冒してでも私に協力してくれるというのであれば、どうか力を貸して欲しい。』

 

カエサルはそのように書かれたノートを私たちに見せて頭を下げた。私たちは、もとよりカエサルに協力するつもりだったから、4人とも頷いてノートに『喜んで協力する。』という文字を書いた。すると、カエサルは目を潤ませて私たちの手を取って黙ったまま頭を下げ続けた。カエサルは震える手でノートに『ありがとう』の5文字を書いていた。私たちは微笑んでカエサルの肩に手を置いて任せろとばかりに首を縦に振った。すると、カエサルも頼もしそうに笑っていた。私たちはその後すぐに議論に入った。まず最初にペンを取り、具体的な話を始めたのは左衛門佐だった。

 

『して、何か策はあるのか?これだけの大ごとだ。まさか無策で突っ込むことなぞできまい。』

 

すると、カエサルは頷き、左衛門佐が置いたペンを取る。

 

『そこなんだ。隊長の勢力範囲からひなちゃんを脱出させるには軍事境界線である森林地帯を抜けて、逃す必要がある。しかし、軍事境界線の守りと警備はとんでもなく堅い。そこをいかに攻略するかが問題だ。』

 

そのようなことは皆、わかっている。私たちだってあの森で警備をしたことがあるからだ。少しの間、考えて今度は私がペンを取った。

 

『実は、こんな話を軍事境界線の警備隊員が話しているのを聞いたことがある。軍事境界線の森林地帯付近で生徒会派のパルチザンが活動しているらしい。噂によると、ゲリラは縦横無尽に森中にトンネルを張り巡らせて神出鬼没で困っていると聞いたことがある。もしかしてパルチザンなら私たちに協力してくれるかもしれない。何とか接触できないだろうか。』

 

すると、私を除いた3人は思わず声をあげた。

 

「それだ!」

 

私は慌てて人差し指を口元で立てる。皆も慌てて口に手のひらを当てる。カエサルが3人を代表してペンを取った。

 

『すまない……つい……では、その方針でいこう。パルチザンとはどのように接触する?』

 

すると、今度はおりょうがペンを持った。

 

『それは、生徒会の支配圏に渡って接触する他ないぜよ。反乱軍の支配圏にいる状態で接触したところで信用してもらえんぜよ。スパイ思われて殺されるのがオチぜよ。』

 

確かにおりょうの言う通りだ。しかし、軍事境界線には精鋭ではないものの厳しい監視の目が光っている。境界線付近に侵入し踏み越えようとしようものなら、射殺されるのがオチだ。どちらにせよ殺される未来しか見えない。私たちはどうすべきか考え込む。しかし、良い案が浮かんでこなかった。私たちではこれ以上は無理だった。仕方がないあの人に相談してみよう。私はペンを持つ。

 

『冷泉さんに相談してみるか。何か良いアイデアを教えてくれるかもしれないし、あの人は我々と違って幹部だしその中でもとりわけ地位が高いから、融通してくれるかもしれない。』

 

カエサルたちはそれに同意した。そして、私たちは屋根裏部屋から這い出して冷泉研究室に向かった。冷泉研究室は真っ暗だった。だが、それはいつものことだ。冷泉さんは普段研究室にいるときは仕事などほとんどしない。いつも毎回必ず寝ている。そういう時はいつも何度もしつこく扉を叩くと出てくるが、今日はなぜか居なかった。それもそのはずだ。私たちが訪ねた時間、冷泉さんは人事案作成というとても面倒な仕事を隊長から任されていたのであった。人というのは集まれば、派閥というものを形成する面倒くさい生き物だ。今回の人事でも知波単の派閥争いがあったことはすでに冷泉さんが話した通りだ。しばらくして、冷泉さんはふらふらになりながら帰ってきた。冷泉さんは私たちをちらりと見ると辛そうな顔で言った。

 

「すまない……せっかく来てくれたところ悪いが少し寝させてくれ……疲れた……今日、朝早くから駆り出されて、人事編成をしていたんだ……悪いが、1時間後くらいに来てくれ……今は……無理だ……」

 

そう言うと、冷泉さんは研究室のドアを開けて倒れこみ、寝息をたてて眠り始めた。こうなったらしばらく起きないし、見ていて不憫なので今は寝かせてあげて後でもう一度来訪することにした。そして、1時間半後くらいに再び冷泉研究室を訪ねた。すると、相変わらずまだ真っ暗だった。冷泉さんはどうやら自分から起きる気はさらさらないらしい。扉をまるでヤクザの借金取り立てのごとく激しく叩くと目をこすり迷惑そうな顔をして冷泉さんが出てきた。

 

「冷泉さん。時間だ。」

 

私がそう言うと冷泉さんは時計をちらりと見て。ぺこりと頭を下げる。

 

「ああ、もうそんな時間か。すまない。迷惑かけた。それで、何の用だ。」

 

カエサルが私たちを代表して用件を伝える。

 

「例の件だよ。冷泉さん。」

 

すると、冷泉さんは無表情のまま、中に招き入れる。

 

「ん……わかった。早く入れ。」

 

冷泉さんは私たちが入ったことを確認すると外の様子をよく確認して扉を閉める。

 

「それで、何かあったのか。」

 

冷泉さんは椅子に座って手のひらを組んで私たちに尋ねた。今度は私が口を開く。

 

「ああ。ある人たちと接触したいんだ。」

 

 

「ある人たち?」

 

冷泉さんは首をかしげる。すると、今度はおりょうが口を開いた。

 

「パルチザンぜよ。」

 

冷泉さんはおりょうのその一言で全てを察したようだった。

 

「ふむ。なるほど。そう言うことか。つまり、生徒会の支配圏に渡りたいから私に融通しろと。そう言いたいんだな。」

 

私たち4人は頷く。カエサルは満足そうに笑みを浮かべた。

 

「話が早くて助かるよ。そう言うことだ。何とかならないか。」

 

冷泉さんは少し考えて躊躇いがちに慎重に口を開いた。

 

「どうにかならなくはない。だが、君たちが辛い思いをするかもしれないが、それでもやるか。」

 

冷泉さんは私たちを見回してその覚悟を試していた。カエサルは即答した。

 

「ひなちゃんのためなら私はやるよ。」

 

私はおりょうと左衛門佐と2人と目を見合わせる。2人とも頷く。私たちももとより覚悟はできていた。私は他の二人を代表して答えた。

 

「私たちもだ。もとより覚悟はできている。」

 

冷泉さんはしばらく微動だにせずにカエサルの瞳をじっと見つめて、ふうっと深く息を吐いて言った。

 

「そうか。わかった。そういうことなら、何とか向こう側に行けるように手配してやる。それこそどんな手を使ってでもな。ただ、恐らくは命令で派遣されるという形になるだろう。しばらく、別命あるまで待機ということになるが、それで良いかな。」

 

カエサルは頷きながら言った。

 

「わかった。では、それで頼む。」

 

これで何とかこちらの警備隊に撃たれる可能性なく生徒会の支配圏に行ける目処がついた。あとは、向こう側に行ってからパルチザンとの交渉次第になる。冷泉さんに協力を得られて満足して礼を言ってから帰ろうとした時、冷泉さんに呼び止められた。

 

「ちょっと待ってくれ。伝えておくことがある。君たちに朗報だ。実は君たち全員、今回の人事で新政権幹部に内定した。正式な辞令は、また後日赤星さんか西住さんから伝えられると思う。これで幾分動きやすくなるはずだ。」

 

私はしめたと思った。冷泉さんの言う通り、これで随分動きやすくなる。後に知ったことだが、冷泉さんはこの人事を通すのに相当な準備をしたようだ。私たちのために本当にありがたいことである。いつも無表情で無愛想に見えて、不器用なりに気遣いをしてくれる冷泉さん。私たちは嬉しくて涙が出そうになった。私たちは冷泉さんの気遣いに対して礼を言って冷泉さんの研究室から立ち去ったのであった。

次の日、軍事境界線警備を行う戦車隊の当番メンバーだった私たちは西住さんに突然呼ばれた。用事は昨日、冷泉さんに言われた人事についてだろうと大体予想がついていた。西住さんの執務室の前に到着すると、カエサルが代表で3回ノックをした。

 

「失礼します。鈴木貴子はじめ4名、入ります。」

 

「はい。どうぞ。」

 

中から入室を許可する西住隊長の声が聞こえたことを確認して、私たちは入室する。すると、中には西住隊長の他に冷泉さんと赤星さんが待っていた。代表して、西住さんが口を開く。

 

「冷泉さんから、昨日伝えてあるとは聞いているけど、改めて伝えるね。あなたたち4人を新政権の幹部として迎えます。それで、今日呼んだ理由は辞令の交付と、早速何人かに仕事をお願いしたいからです。まずは、辞令の交付から行います。赤星さん例のものをここに。」

 

西住隊長に声をかけられた赤星さんは仰々しく西住隊長に紙のようなものを数枚手渡した。西住隊長はそれを受け取り、ちらりとそれを確認すると厳格な顔つきで名前を呼んだ。

 

「鈴木貴子さん。前へ。」

 

「はい。」

 

カエサルが返事をして前に歩み出る。西住さんは辞令を読み上げた。

 

「鈴木貴子。あなたを総務局総務課長に任じます。」

 

カエサルは一礼してから両手で辞令書を受け取り、再び一礼する。西住さんはニコッと微笑むとすぐに厳格な顔に戻って次の名前を呼んだ。

 

「松本里子さん。前へ。」

 

「はい。」

 

私もカエサルに倣って同じような所作で前に出る。西住さんは私の辞令も読み上げた。

 

「松本里子。あなたを総務局行政管理課長に任じます。」

 

私は再びカエサルに倣った所作で辞令書を受け取った。また、西住さんはニコリと微笑んですぐに厳格な表情に戻った。それをあと2回繰り返して、辞令の交付は終わった。おりょう、野上武子は外務局外務政策課長に、左衛門佐、杉山清美は総務局企画課長にそれぞれ任じられた。これで、政権の幹部にもなれたことだから、益々作戦の遂行がしやすくなるし、情報も一般では出回らないものまで幅広く入ることになるから上々だと思っていた。しかし、そう簡単にやすやすといかないのが世の常というものである。西住さんはふふふと笑うと笑顔で私たちに"最悪な仕事"を命じた

 

「早速、皆さんには働いてもらいます。外務政策課長は外交政策の立案をしてください。行政管理課長は、新たに領地にしたアンツィオ方面の行政管理を直下総督と考えてください。そして、総務課長と企画課長は……人体実験の新鮮なモルモットを生徒会支配圏から仕入れてきてください。」

 

「え……?」

 

私は耳を疑った。隊長が何を言っているのか分からなかった。それを補足するかのように冷泉さんが口を開いた。

 

「私が研究中の細菌兵器の実験に新鮮で健康なモルモットが数人いる。だが、収容所の収容者は健康状態が悪く、使い物にならないし、この間手に入ったアンツィオの者たちも生活環境が悪いから同じようなもので、あまり健康状態が良いとはいえない。そこでだ。モルモットを仕入れてきてほしい。指定は中1から高3までの女子だ。少なくとも各学年一人ずつはほしい。絶対ないとは思うが、まだ実験段階の兵器だ。学年ごとにもしも、万が一罹患率が変わったら困るからな。それでは、頼むぞ。」

 

冷泉さんは無表情のままペラペラと何でもないことのように言ってどこかに立ち去っていった。カエサルは青い顔で言葉を失っていた。

 

「それじゃあ。そういうことだから。みんな、よろしくね。」

 

西住さんはそう言うと退室を促した。過酷な任務を命じられたカエサルと左衛門佐はトボトボとした足取りだ。辛いものになるかもと聞いてはいたが、まさか、代償がこんなにも大きなものであるとは思わなかったのだ。これはどういうことなのか、冷泉さんに問いただす必要がある。私は西住隊長の部屋を出るなり駆け出した。そして、冷泉さんの部屋に入って怒鳴り声をあげた。

 

「冷泉さん!これは一体どういうつもりだ!モルモットを狩ってこいだと!?よくもそんなこと言えたものだ!冷泉さんはこの鬼畜どもの中でも唯一の良心だ思っていたのに!失望したよ!」

 

冷泉さんは最初、びっくりした目をしていたがすぐに俯く。そして、小さな消えそうな声で言った。

 

「すまない……これが、私が出来る精一杯なんだ……こんなこと、君たちにさせたくはないし、私も人体実験などしたくもない……だが、そういう理由を付けないと、君たちの安全を守れないんだ……疑われて隊長に粛清されないためにも……頼む……理解してほしい……モルモットとして要求はするが、私としてはすぐに逃がす方針だし、もし実行せざるを得なくなってもすぐ治療をして助ける方針だ。」

 

なるほど、そういうことか。そういうことなら仕方ないし、いずれ助かるのであれば少しは安心できる。冷泉さんにはそのまま任せることにした。その前に怒鳴ってしまったことを謝罪しなければならない。私が恐縮しながら謝ると、冷泉さんは許してくれた。その後、絶望するカエサルに事の真相を話して、その後、冷泉さんの口からも説明してもらって、説得して、これでなんとか落合さんの救出作戦という劇の舞台は整った。あとは、全2幕を無事に演じ切らなくてはならない。第1幕、パルチザンとの接触の開演までは後少しだった。ただ、それが上手くいくかどうかはまた別の話。この劇を演じきるのには一筋縄ではいかない巨大な障壁が私たちに迫ろうとしていた。

 

つづく

 




次回はまたtwitterと活動報告でお知らせします。

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