血塗られた戦車道   作:多治見国繁

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久しぶりに本編です。
前半が30年後の世界で後半がカルパッチョ目線からのお話です。
よろしくお願いします。
また、本日は天才冷泉麻子さんの誕生日!
お誕生日おめでとうございます!


第132話 出会いと再会

長い長い学園艦史の中にいくつかある謎の中でも有数の謎。 知波単学園第2部第8課の謎が今、明らかにされようとしている。このことは、私たち3人にとっては心踊ることだった。第2部第8課については反乱軍による戦争が終わった少し後に、そのような組織が暗躍していたらしいという話が何度か出て、反乱軍による戦争を検証するために戦争に関わった各学園艦が選出した委員により構成、設置された検証委員会による研究を始めとして、何人もその存在を追い続け、実態を明らかにしようとしてきた。しかし、知波単学園艦が出した公的な文書等の史料となるものが何一つ残っておらず、実態が全く見えていなかった。それならばと関係者に話を聞こうにも他の学園艦職員の人事記録や生徒の記録はしっかりと残っているのにも関わらず、第8課のものだけはすっぽりと抜け落ちており、結局、誰にも話を聞くことができずに、そのまま細々と調査は続けられていたが、詳細不明のまま調査は終わってしまっていた。その結果、都市伝説のような形でその存在が語り継がれているに過ぎない存在になってしまっていたのだ。誰しもがその存在の実証を諦めかけていた頃に、このような史料と手記が思いがけずに発見され、具体的な作戦行動などその実態まで明らかになるということは大快挙だったのだ。更に、この戦争についてを自らの研究とは別のライフワークとして捉えている秋山優花里にとってその喜びはひとしおだっただろう。だが、知的興奮を覚えながらも、秋山優花里とエルヴィンは冷静だった。まず、最初に口を開いたのはエルヴィンだった。

 

「すごく興味深い史料だが、これだけでは断定できないな。何か裏付けが必要だ。偽物の可能性も十分ある。誰か、当時の継続のことがわかる関係者がいるといいが。」

 

エルヴィンの言う通り、実はこれだけでは、これが本物であるかどうかは断定できない。それを裏付ける史料、もしくは証言が必要だ。公的な命令書などの文書については前述した通り、簡易的なものではあるが、西住みほの筆跡と同一人物のものであるという鑑定結果が出たが、手記についてはまだ本物であるという確証がない。素人はこうした裏付け作業を行わず、情報を鵜呑みにしてトンデモ論に引っかかるが、やはり2人とも流石は学者(プロ)だった。あの戦争の関係者の人脈を広く持つ秋山優花里が腕を組んでしばらく考え込み、しばらくして口を開いた。

 

「えっと……実は、継続高校は謎が多い学校なんですよ。だから、関係者が生存しているかどうかもわからなくて……でも、探してみます!」

 

さて、その日は時間が来てしまったので、一先ず史料と手記の検討は終わることとした。史料と手記は私の手元に置いておいても、検討は大学で行われるので、また持ってこなくてはならない。それはとても面倒くさい。そのことについては二人とも理解してくれて、どちらかの研究室に保管してくれることになった。最初、秋山優花里が自分が預かると申し出てくれたのでそちらに預けようと思ったが、エルヴィンがあの本が山積みで足の踏み場がない部屋にこれ以上物を増やすのは得策ではないという忠告を受けて、エルヴィンの研究室で保管してもらうことにした。秋山優花里は、残念そうだったが、30年前という最近のものとは言え、史料保存の方法を心得ているエルヴィンに預けた方が良いだろう。もちろん、秋山優花里だって大切に扱ってくれるとは思うが、あれ以上物を増やし、秋山優花里の研究室で本来の研究ができないというのは申し訳ない。それに秋山優花里は継続高校の関係者を探すと言っていたこともあるから、史料の検討と研究はエルヴィンに任せる方が色々スムーズに進むだろう。もちろん、私も丸投げするつもりはない。私もいくつか公的文書である反乱軍司令部から発せられた命令書の類を持ち帰り、秋山優花里たちと別れた。帰り際、大学の門の辺りで何気なしにスマホを見てみると落合陽奈美から不在着信があった。どうやら、夕方の15時頃にかかってきたようだ。集中しすぎて気がつかなかったらしい。時計を見ると16時30分頃だった。今ならまだ、常識的な時間なので掛け直すと、落合陽奈美はすぐに電話に出た。用件を聞くと、あの戦争の時の続きの話の件で、自身の予定がはっきりし冷泉麻子からも了承を得た。土日に集合できるが予定はどうかという問い合わせだった。その日は特に予定もないので了承した。集合は今日と同じ東京帝大だった。それまでの1週間。取材の成果などをまとめて時間が過ぎた。

そして1週間後、私は再び東京帝大に来ていた。場所は前回、秋山優花里たちと史料を検証した時同じだ。この日よりも少し前に冷泉麻子から今回は、エルヴィンと左衛門佐が参加する旨は連絡を受けていた。確か、落合陽奈美を救うことを企図したのはカエサルこと鈴木貴子を首班とする戦車隊の歴女チームたちだったから今回の参加は自然なことで頷ける。今回、おりょうこと野上武子は都合で欠席になった。会場に入ると落合陽奈美とエルヴィンと左衛門佐は既に来ていた。しかし、時間になっても冷泉麻子だけがなかなか来ない。気長に待っていたが遅すぎだ。とうとうしびれを切らして、大きく溜息をつき、エルヴィンが口を開いた。

 

「冷泉さん……大学で伝説になっていると聞いていたがどうやらあの話は本当のようだな……毎回遅刻してくる先生がいて、授業時間終了10分前にしかこないって……流石に単なる噂かと思ったが……まったく……仕方がない……どうせまたどこかで寝ているんだろう。武部さんが言っていたが、本当に世話が焼けるな。ちょっと見てくる。」

 

そう言うと、エルヴィンはどこかに走っていった。30分ほどしてエルヴィンは冷泉麻子と一緒に戻ってきた。冷泉麻子は眠そうな顔で目をこすっている。

 

「すまない……待たせてしまって……」

 

冷泉麻子はペコペコと頭を下げていた。冷泉麻子の遅刻についてはいつものことなので誰も非難はしなかった。冷泉麻子が席に着くと本題に入った。あの戦争の体験の続きである。まず、最初に口を開いたのは落合陽奈美からだった。

 

「それでは、全員揃ったので始めましょう。話は私からで良いですか。」

 

「私はそれで良いですが、冷泉さんたちはどうですか。」

 

私が尋ねると冷泉麻子は学者陣3人を代表して言った。

 

「私たちはそれで良い。ただ、落合さんの話しと私たちとで交互に話していこう。」

 

「わかりました。では、準備しますね。」

 

私はそう言って、取材用のノートと音声を録るICレコーダーを用意した。準備が完了すると落合陽奈美は徐に語り始めた。

 

********

 

反乱軍に捕虜として捕らえられた私は、大洗に知波単の輸送機で連行された。しかもただ普通に連行されるだけでなく、あの女悪魔西住みほはわざわざ私の服を全て奪った上で全裸で街を歩かせられながら連行された。私を見世物にしたのだ。そして、連行される輸送機の中で、護送担当のあの悪辣な護送管理官に辱めを受けた。あの時の私が味わった心の痛みは一生忘れない。いや、あの時の私の心は、私が受けた辱め以上に形容し難い酷い出来事が沢山あり、死んでしまっていたと言う表現がぴったり合致するような状態にあったので、そのようなことを考える余裕はあるいはなかったかもしれない。私の心は度重なる虐殺と辱めによって、冷たく閉ざされて闇の中に放り出され、完全に光を見失っていた。ここまでは、話したように思う。今日はここから何が起きたのかを話していこう。

管理官は離陸するまでの間、始終、私の体に触れて私の嫌がる姿やその反応を眺めては愉悦に浸っていた。弱々しい私の姿は悪辣でサディストの管理官にとって嗜虐心を昂らせる対象であっただろう。しかし、これだけで終わりではなかった。輸送機がアンツィオ高校学園艦を離陸すると、管理官は密室状態をいいことにとんでも無いことを始めた。担当官は私の身体をただ触るだけでは飽き足らずアンツィオ学園艦の人々が処刑される中継映像を流しながら、私の体の愛撫を始めた。いや、訂正しよう。あれは愛撫などと言う生易しい表現で済むものではない。あれは、同性同士であったとはいえ、強かんと拷問を折り合わせたものだった。輸送機内で、しかも雲の上であり、咎める人は誰もいない。だから担当官はやりたい放題だった。彼女は輸送機に荷物を乗せる際に使う小さなクレーンのようなものに私を鎖で吊るした。私の手首に鎖が食い込む。痛みで思わず顔を歪ませる。私は何とか脚を閉じて大切な場所だけは晒さないようにする。管理官はそれを見てニヤリと悪い笑みを浮かべて、私の体をまじまじと眺める。私の顔を羞恥で真っ赤に染まった。

 

「ふふふふ。改めて見てみると、本当に綺麗な体してるんですね。何時間見てても飽きないわ。ああ……また……またゾクゾクしてきた……ふふっ……次は何しようかな。」

 

私は吊られたことによって鎖が食い込んだ手首の痛みに思わず悲鳴と叫び声をあげる。

 

「痛い!痛い!痛い!いや!やめて!もうやめて!」

 

「うるさい!黙りなさい!静かにしないと射殺しますよ!」

 

管理官は怒鳴りながら拳銃を構えた。私は苦痛に顔を歪ませながら口をつぐむ。管理官は満足そうに笑うと今度は腹部に手を伸ばして撫でまわし始めた。私は今度は消えそうな声で言った。

 

「うぅ……もう……もうやめてください……お願いです……」

 

しかし、ここで終わるはずはない。管理官は私の弱々しい姿を見て嗜虐の心をくすぐられたのか、悪辣な笑みを浮かべる。

 

「あっははは!こんな綺麗な体を見せられたら、やめられませんよ。大洗学園艦に着くまではあなたの白くて柔らかくてすべすべした甘やかな可愛い体は隊長のものではなく私だけのもの。大洗に着陸するその瞬間までまだまだ時間はありますからたっぷり楽しませてもらいますよ。」

 

管理官はしばらく吊られた私の裸体を眺めていたが、やがて私を再び下ろして、積まれていたマットレスのようなものに私を寝かせた。そのマットレスの近くの壁に手枷と足枷が付いていてそれを私の手首と足首に固定した。担当官は優しい手つきで私の髪と頰を何度か撫でる。

 

「ああ……可愛い……可愛いわ……もう触るだけじゃ満足できない……見れば見るほどにその柔らかい体を全身で感じたくなる……」

 

そう言うと、自らの服に手をかけて一枚一枚脱いでいき、管理官は生まれたままの姿になった。そして、同じく生まれたままの姿で手枷と足枷で固定されて体を開き、まるで行為を待っているかのような格好の私の裸体に抱きついて素肌と素肌を擦り付けた。

 

「きゃっ……!」

 

私は思わず悲鳴をあげた。すると、管理官は顔を赤らめて息を荒げながら満足そうな笑みを浮かべる。

 

「ふふふ……可愛い鳴き声……もっともっと可愛い声で鳴いて!あああ……柔らかくてすべすべで心地いい……もっとあなたの体を全身で感じたい……」

 

管理官はさらに腕に強く力を入れて体同士を密着させて素肌と素肌を擦り付ける。管理官にとっては心地よく気持ちの良い感触なのかもしれないが、私にとっては恐怖と気持ち悪さの象徴に過ぎない。私は体をくねらせてなんとかもがこうとした。管理官は全身を私に預けてきた。管理官も女の子だから彼女の体が特別重いというわけではないが、人ひとりが私の上に乗っているのだ。私はその重みが体にのしかかる苦しさにうめき声をあげた。

 

「くっ……うぅっ……」

 

しかし、その呻き声によって行為は更にエスカレートした。私の呻き声はどうやら、管理官を喜ばせ、煽ってしまったようだ。管理官はいきなり私の初めての唇を奪ってしまった。

 

「な、な、な、何するんですか!キ、キ、キスなんて……!そんな……そんな……」

 

私が管理官に抗議すると管理官は再び体と体を擦り付ける。そしてわ素肌と素肌が触れ合う柔らかな感触とそれに相反するような強烈な刺激と背徳感を愉しんでいた。そして、私の髪を手櫛するとそのまま足の先までをねっとりとした手つきで撫で回して、体全体で私の裸を愉しむ。

 

「あなたがいけないの。あなたがこんなに可愛いから。可愛いからいじめたくなっちゃうのよ。ああ……可愛い……!可愛い……!柔らかい……!柔らかい……!柔らかい……!柔らかい……!最高……!最高よ……!今度は匂いを嗅がせてちょうだい。」

 

更に、管理官は私の髪を鼻先に持っていってその匂いを愉しむ。そして鼻先を首筋の方に移動して全身の素肌の匂いを愉しんだ。

 

「やめて……嗅がないでください……」

 

管理官は私の言葉には耳を貸さずに匂いを愉しみながら言った。

 

「ふふふふ。なぜ?とてもいい匂いですよ。さすがは女の子ね。アンツィオではきっとお風呂に入れなかったでしょうけど、甘くてとってもいい香り……」

 

管理官の鼻先は更に移動してついに私の大切な場所に到達した。

 

「いやっ……!そ、そこは……!」

 

管理官は自らの指を私の下腹部で蠢かせて意地悪く私の耳元で囁く。

 

「ふふふふ。え?ここは……?何……?ふふふ、どんな匂いがするのでしょうね。」

 

「やだ……!やめて……!そこだけは….!だめ……!」

 

私は今まで以上に強く拒否する。無駄な抵抗だが、ガチャガチャと手枷と足枷を鳴らして、体を閉じようとした。私にはどうしても強く拒否しなければならない理由があった。もちろん、大事な純潔を守ると言うことも理由の一つだが、実は私はアンツィオでマフィアに捕らえられ、恐怖のあまり漏らしてしまってから、風呂に入る余裕はもちろん、何かしらの適切な処理をする余裕さえもなくそのままにしていた。そんな状態の下腹部を嗅ごうというのだ。間違いなく強烈な臭気を放っているだろう。普通の人ならそのようなものを嗅ごうとはしない。しかし、目の前で今にもそれを堪能しようとしている管理官にとっては通用しない。彼女にとってそれは濃厚で豊潤な香りなのだ。嗅ぎたくて仕方がないものなのだ。それに、目の前の残虐な心を持つ少女が実は私がかつて恐怖のあまり高校生になってから失禁して経験があると知られたらどうなるだろう。きっともっとひどい目にあうのは目に見えている。だが、何としてもそこだけは守りたかった。だが、そのようなことは当然聞き届けられることはなく、管理官は私の下腹部に鼻先がぴったりとくっつきそうな距離まで持っていき思い切り息を吸い込む。すると、管理官は少し顔を歪ませた。あまりの臭いに少し驚いた様子だった。しかし、すぐに満面の悪魔のような笑みをたたえて私の耳元で囁く。

 

「ふふふふ。この匂い……もしかして、失禁(もら)したの……?熟成されて芳しい良い香りになってますよ。」

 

私の秘密がばれてしまった。私はこれらの辱めを唇が紫になるまで噛み締めて耐えていたが、これ以上は我慢の限界だった。これ以上、こうした辱めを許せば、管理官はどこまでも際限なく辱めを続けるだろう。やがて超えてはいけない一線まで踏み超えてしまいそうである。私は管理官に懇願した。

 

「お願いです……お願いですからこれ以上は……」

 

しかし、管理官は私の下腹部を辱めていた指を口に持っていってねっとりと舐り、自らの唾をたっぷりと滴り落ちるほどつけて、上気した両頬に手を当てると狂乱するように笑い叫び声をあげる。

 

「あっははは!こんな扇情的な姿を見せられたらもう止められませんよ!可愛い蝶よ、あきらめて私に食べられてしまいなさい!」

 

「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 

管理官が私の貞操を奪おうとした時、思わぬ形で救いの手が差し伸べられた。それはこの輸送機の機長だった。管理官の手が下腹部に伸びて今にも貞操が奪われるかという瀬戸際のタイミングで突然、機内放送が入った。

 

『あの……えっと……お楽しみのところすみませんが、着陸態勢に入るのでお二人とも席についてください。』

 

すると、管理官は残念そうな顔をして。大人しく席に着く。いくら管理官でも、流石に乗務員に逆らうことはできないようだ。管理官はため息をつく。

 

「良いところだったのに……空気が読めないのね……まあ、仕方ないですね。到着するまでって約束でしたから。」

 

どうやら、一線を超えるような辱めはないようだ。それにはひとまず安心したが、管理官の手は常に私の胸にあった。管理官は始終、片手で私の胸を愛おしそうにこねくりまわしていた。放送が入って以来、輸送機は少しずつ高度を下げた。そして、やがて大洗の学園艦が見えてきた。私は窓側に座っていたから、横目で学園艦を見たが、ひどい光景だった。輸送機の進行方向手前側が恐らく反乱軍側と思われる。そこは綺麗な街だったが、そこから少し離れたところの地区は上空から見てもわかるほどに瓦礫だらけで色のない街と化していた。その色のない街にバラック小屋がいくつかあった。それが、絶滅収容所であることを知ったのはだいぶ先の話だ。さて、輸送機は何回か旋回してから大洗女子学園の大幹線道路に着陸した。大洗に着陸すると管理官は改めて私の情報が載ったファイルを確認した。

 

「えっと……あなたは……ああ、特別監房行きですか。まあ、可愛いですからね。隊長のお眼鏡にかなって良かったですね。少なくともあなたは生命は維持できますよ。あれに映る死にゆくゴミどもと違ってね。まあ、精神がどうなるかは知りませんが。」

 

そう言って管理官が指し示す映像では血だらけの裸の遺体が大穴に山積みになっており、今まさにその日最後の処刑が行われようとしていた。大穴のへりに裸の少女が跪かされている。そこに、真っ黒な服を着た処刑執行人が拳銃を突きつけ引き金を引こうとしている。その少女の目は恨めしそうにカメラの方を見ていた。その少女の恨みの目はまるで私に向けられているかのようだった。助けたい。でももう私にはどうすることもできない。私は震える腕を伸ばした。

 

「ああ……もう……やめて……殺さないで……なぜ罪のない子たちがこんな目に……?」

 

しかし、引き金は容赦なく引かれる。発射音がすると同時に私は思わず目を背けてしまった。私は心の中で処刑された人々へ謝罪し続けた。なぜ、彼女たちが殺されねばならないのだろう。彼女たちに罪はない。この戦争でもし、戦争責任を取らなければならないとすれば、それは私。もしそれでは足りないというのであれば生徒会の役員だけだ。全くわけがわからなかった。確かに、私も人間だから生きたいと思っており、先ほど管理官から少なくとも生きることはできると言われてかなり嬉しかったし、ホッとしたのは間違いない感情だ。しかし、処刑するならこの私なのになぜという複雑なえも言われぬ感情だった。それに、管理官は「隊長のお眼鏡にかなった」から命は助かると言っていた。その言葉に不穏なものを感じた。もしかして、私には殺されるよりも酷いことが待つ予感がしていた。体中から冷たく嫌な汗がじわじわと染み出し、背中を流れていくのがわかった。私は未知の恐怖にガタガタ震えていた。その姿は管理官の嗜虐心を煽る要因になった。

 

「ああ……怖がる姿もまた可愛い……!その恐怖に染まる顔……!その怯える目……ああ……可愛い……!可愛い……!可愛い……!」

 

管理官はじりじりと私に近づいてくる。私は思わず後ずさりをするが狭いスペースですぐに行き止まりになった。

 

「やめて……!来ないで……!」

 

しかし、私の体は管理官の手に絡め取られてまた素肌と素肌をぴったりとつけて私の頬を撫でながら耳元で囁く。

 

「最後にもう一度だけ、あなたの柔らかくてすべすべで心地いい肌の感触と髪と肌の香り堪能させてください。」

 

管理官は私の肌の感触を忘れないよう何度も何度も私の素肌に触れ、さわさわと撫で回し、体と体を擦り合わせる。そして、髪の匂いと肌の匂いを再び愉しんだ。10分ほど堪能して、私はようやく辱めから解放された。私は、席から立たされて手錠と腰紐をつけられて輸送機から降ろされた。席を立って輸送機のタラップを降りる間も管理官は私の臀部を撫であげていた。輸送機の外に出ると別の反乱軍兵士が私の身柄の引き取りに来ていた。反乱軍兵士と管理官は何度か言葉を交わすと管理官はファイルをその兵士に手渡し、こちらに戻ってきた。

管理官は私の肩に手を置いて言った。

 

「あの兵士に付いて行ってください。」

 

管理官はまた臀部を最後の一撫でと言わんばかりに撫であげてから私の肩を後ろから小突いて早く行くように促した。私にはもはや抵抗する気力さえもなかった。私は兵士に小銃を突きつけられ、小突き回されながらしばらく歩かされた。やがて、私はある建物に連れてこられた。その建物の前に小さくてまるで子どものように可愛らしい白衣を着た黒髪が美しくよく似合う少女が立っていた。そう。この人こそ、私の命の恩人、冷泉麻子さんだ。私は彼女と出会ったが故に助かった。彼女は、反乱軍の中でも唯一の良心といってもいいほど聡明で心の美しい少女だった。だが、この時はまだ私は彼女が優しい人だということは知らず、他の反乱軍の兵士や幹部たちのように心底心が冷たい残虐な人物なのだろうと思っていた。しかも、恐怖の対象だったのは彼女の白衣姿だった。こうした残虐な考えを持つ支配者が支配する国などの組織に捕らえられた捕虜が白衣姿の人物と対面した時、何が起きるかは私だって高校生で其れ相応の教育を受けてきたから理解していた。私の頭の中には"人体実験"と"生体解剖"の二つの言葉が浮かんだ。しかし、冷泉さんは私の想像とは全く真逆の人だった。冷泉さんは全裸で連行されてきた私の姿を見て心底驚き、慌てて駆け寄ってきた。

 

「その格好……どうしたんだ……!?なぜ裸なんだ……!?」

 

冷泉さんは白衣を脱ぐとそれを私に着せて問い詰めた。私はあっけに取られて何も話せないでいると今度は兵士の方に問い詰めた。

 

「おい……君、何か知ってるんじゃないか……?」

 

冷泉さんはじっとりとした目で兵士を見つめる。兵士は答えに窮していた。

 

「まさか、君がやったのか……?」

 

すると、兵士は慌てて否定した。

 

「ち、違います!私じゃありません!」

 

冷泉さんは想定外の低い地を這うような声で兵士に迫った。

 

「じゃあ、誰がやれと言ったんだ。言え。」

 

兵士はぴくりの体を震わせて、怯えたような表情で口を開いた。

 

「た、隊長だと私は聞いています!」

 

冷泉さんは納得したような顔をして頷く。

 

「そうか。君は何もしなかっただろうな。」

 

すると、兵士は背筋を伸ばして叫ぶように言った。

 

「小突いてしまいました!」

 

すると、冷泉さんはますます険しい表情になって兵士を睨みつけた。

 

「何をしているんだ。この人たちは学園艦を守るために戦ったんだ。捕虜は私たちの名誉あるゲストだ。そういうことは二度とやめろ。」

 

冷泉さんの言葉は素直に嬉しかった。反乱軍の中に私たちの戦いを肯定し、敗戦しても私達を客人として捉えて迎えてくれる人がいたのだ。兵士の少女は90度に腰を曲げて冷泉さんに謝罪する。

 

「申し訳ありません!」

 

「私じゃない。謝るならこの子に謝れ。」

 

冷泉さんは私に対して兵士の少女に謝罪させた。

 

「はいっ!申し訳ありませんでした!」

 

兵士の少女は先ほどよりも更に深く頭を下げる。私はあっけに取られて許すとも許さぬとも何も言うことができなかった。すると、まだ許されていないと思ったのか、兵士は膝をつきはじめた。土下座する気なのだろう。私は慌ててそれを止めた。

 

「もう、やめてください。許しますから、そんなことしないでください。」

 

すると、兵士は顔を上げてホッとしたような表情になって、冷泉さんの方を向き、書類を差し出した。

 

「お許しを頂きありがとうございます!それでは冷泉さん。確かに捕虜の身柄を引き渡しましたからこれにサインを。」

 

冷泉さんは兵士から書類を受け取り、サインをする。兵士はどこかに立ち去って行った。それを見送ると、冷泉さんは私の方へ、くるりと体を向けて口を開いた。

 

「ここまで連行されて来るまでに大変な酷い目に沢山あってきたのだろう。あとで話を聞こう。まずは、私の部屋に案内する。付いてきてくれ。」

 

私がコクリと首を縦に振ると冷泉さんは微笑をたたえて、私を建物の中へと案内してくれた。その中のある部屋にたどり着いた。冷泉さんは私を部屋の中へ通した。

 

「ここだ。入ってくれ。」

 

冷泉さんは鍵を開けてその部屋に入っていく。その部屋には本と何かのファイルと実験道具があふれていた。どうやら研究室か何かのようだ。私は少し警戒して、入室をためらっていた。やはり、冷泉さんは何か実験する気なのではないだろうかと。すると、冷泉さんは私が入ってきていないことに気がついて不思議そうに首を傾げた。

 

「どうかしたのか?」

 

「いえ、えっと……その……」

 

冷泉さんに返す適切な言葉が見つからずに答えに困っていると冷泉さんは察してくれた。実験器具を手に取り、それらを引き出しなどにしまいながら言った。

 

「ああ、これか。出しっ放しで怖がらせてしまったな。何もしないから大丈夫だ。安心してくれ。」

 

私はその答えを聞いて勇気を出して一歩ずつ慎重に足を踏み出した。冷泉さんは私に応接用の椅子を勧めた。冷泉さんはその隣に座り、私の体をまじまじと見ると私に言った。

 

「少し検診を行わせてくれないか。」

 

「まさか、あなたも私の体目当てですか!?」

 

私は胸の前で腕を交差して胸を隠す。冷泉さんの言葉に私は最初、不信感を募らせていた。このひともまた、私の体を好き放題弄ぶのだろうと思っていた。しかし、冷泉さんは即座に否定した。

 

「違う。そんなつもりはない。私は、反乱軍の中で防疫と衛生を担当しているんだ。君が悪い病気にかかっていないか調べたいんだ。調べたら、服を着てもらって構わない。しっかり用意してあるから信じてくれ。」

 

冷泉さんは引き出しから布のようなものを取り出して私に渡した。受け取って広げてみるとそれは着物状の服だった。

 

「サイズが合うかわからないが、検診が終わったらひとまずはそれを着てくれ。」

 

私は納得して検診を受けた。そんなに難しい特殊な検診ではなくありふれた普通の検診だった。検診が終わってその着物状の服を着終わると冷泉さんは執務用の椅子に座って兵士に渡されたファイルを開いて基本情報の確認を行った。

 

「まず、名前を確認するが、君の名前は落合陽奈美さんで間違いないな。」

 

「はい。間違いありません。」

 

「所属はアンツィオだな。それで、戦車道の副隊長で、戦時に生徒会の仕事をしていたとあるが、これも間違いないか。」

 

「はい。それも間違いありません。」

 

「わかった。ありがとう。私は冷泉麻子。2年生だ。」

 

冷泉さんは基本情報に間違いがないことの確認が終わると、ファイルを閉じて椅子に座りなおし、自らの自己紹介をしてから若干前のめりになって私に言った。

 

「さて、それでは本題に入ろうか。落合さんが話したいこと何でもいいし、どこからでも話せる範囲で構わないから話してくれないか。」

 

私はコクリと頷くとポツリポツリと話し始めた。まず、戦争の始まり。知波単の爆撃機や戦闘機による空襲でペパロニはじめ多くの戦車隊の戦友を亡くしたこと。その空襲で自らも機銃掃射で目標にされたこと。機銃掃射で多くが目の前で死んでいったこと。生徒会の仕事を任されることになった経緯と、災害対策本部長として業務を懸命に行ったが、及ばずに降伏することになったこと。占領軍がやってきて、捕虜として捕らえられ、西住みほに裸にさせられ辱めを受け、そのまま裸のまま連行されたこと。処刑執行を無理やり担わされたこと。そして、輸送機の中で管理官に体に触れられて辱めを受けたことなど、墜落し、逮捕した知波単の飛行士に裁きを下したこと以外の全てのことを告白した。冷泉さんは真剣な表情で全ての話を黙って聞いてくれた。私の目からは自然に涙が溢れ出てきた。それを見て冷泉さんも泣いていた。そして、私が口を閉じると冷泉さんは苦虫を噛み潰したような顔をして、次に怒りを露わにした。そして、机に自らの拳を叩きつける。

 

「何ということだ!これが人間のすることか!こんなことが許されていいはずがない!」

 

「きゃっ……!」

 

冷泉さんの突然の大声に体を震わせて小さく悲鳴をあげると冷泉さんはハッとしたような顔をして私を抱きしめて背中を撫でながら私以上に泣きじゃくりそれでも優しい声で言った。

 

「すまない……怒りに我慢ができなかったんだ……落合さん。君はよく頑張った。もう頑張らなくてもいい。私が守る。だから、私を信じてくれ。私が必ずここから解放するから。」

 

冷泉さんはまっすぐ私の目を見つめていた。その目は曇りのない綺麗な目だった。信じてもいい人の目だ。この人なら信頼しても良さそうだ。私は、彼女の目を見つめ返しながら問う。

 

「本当に信頼しても良いのですね。」

 

冷泉さんはためらうことなく首を縦に振った。私は安心して彼女に身を委ねることにした。私は冷泉さんを信頼したことで、冷泉さんに、大洗に来たら聞きたかったことを尋ねた。

 

「あの、ドゥーチェ……安斎千代美先輩と、たかちゃん……鈴木貴子ちゃんは無事ですか。ここにいると聞いたのですが。」

 

「ああ、もちろん無事だ。近いうちに会わせてあげよう。」

 

私はそれを聞いて心底安心した。再会する日を楽しみに生きようと思っていた。そのうちの一人とこの後すぐに再会するとは思ってもみなかった。それは、私が冷泉さんが管理する特別な収容所に収容されることになった直後の話である。この収容所は私が捕虜であるから格子はあるものの、比較的優しい収容所だった。厳しい労働があるわけでもなく自由に過ごしていても問題がないし、食事もそれなりに良いものを用意しているとのことだった。あの、過酷な占領政策を行う者たちと同じ組織が運営する収容所だとは思えないほどだった。私は悪くない待遇で安心していた。私には独房が与えられた。私がゆっくりと独房のベッドの上で寝転がって過ごしているとこちらに近づいてくる二つの靴音があった。そして、私の部屋の前でその靴音が止まり、ガチャリと音を立てて鍵と扉が開き、冷泉さんが顔を覗かせた。

 

「お待ちかねの人が来てくれたぞ。」

 

冷泉さんはそう言うと後ろに控える人物に中に入るように促した。入ってきたその人は私が夢にまでみた会いたくて会いたくて仕方なかった私の大親友だった。鈴木貴子ちゃんだった。私は大親友のたかちゃんと遂に再会したのだった。

 

「た、たかちゃん……!」

 

「ひなちゃん!ひなちゃん!やっと……やっと会えた!無事で良かった!怪我はない……?」

 

私たちは互いに泣きじゃくりながら抱き合った。たかちゃんとの再会は本当に嬉しかった。今まで感じたことのない嬉しさだ。

 

「うん……うん……平気よ……」

 

私たちは互いに再会を喜びあった。そして、積もるいつものおしゃべりをまず最初にした。そのあと、たかちゃんは本題を切り出した。

 

「実は私、裸で大洗の学園艦を連行されていくひなちゃんを見ちゃったんだ。それで、わかったんだ。ひなちゃんが酷い目にあってるって……それで心配でつい、飛び出してきちゃった……辛かったでしょう……私でよかったら話聞くよ……?」

 

たかちゃんは私の肩を抱きながら言った。私はまたもボロボロと大粒の涙を流しながら今までの経緯をポツリポツリと言った。たかちゃんの顔は険しく怒りの形相へと変わっていった。そして。

 

「許せない!そんなことされていたなんて絶対に許せない!体を好き放題に弄ばれるなんて……!ひなちゃん!私決めたよ!私はひなちゃんを絶対にここら出す!だから、諦めないで!ひなちゃんは自由になるんだ!私がひなちゃんを輝く太陽の光のもとに連れ出してあげる!約束するよ!私を信じて!」

 

たかちゃんは私の肩をがっしりと掴んで言った。私には2人の心強い仲間がいる。それは、私にとっての何よりの希望だった。私は絶対に諦めない。絶対にここから逃げてみせると誓った。しかし、それがとてつもなく厳しく辛い道のりになることを私たちはまだ知る由もなかった。

 

つづく




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